憲法記念日に際して

筆者はいわゆる「護憲論者」ではない。
憲法第1条から第8条の天皇条項に
反対である。
24条の、
「婚姻は、
 両性の合意のみに基いて成立し……」、
つまり「両性=男と女」の合意によってしか婚姻は成立せず、
男同士、女同士の合意によっては
婚姻が成立する余地がないとする条項などは、
即時改正が必要であるとすら考えている。

天皇条項のような「生まれ」による差別、
24条のような性的指向による差別……。
一面において、
こうした理不尽で残酷な側面を併せ持つ
現行の日本国憲法は、
本来、僕たち左派の目から見ても
決して「ベストな憲法」ではないはずだ。

だから、
例えば社会民主党が「護憲」を掲げたり、
あるいは日本共産党が「守ろう憲法」を
旗印にしなければならない状況というのは、
それ自体が不幸な事態だと筆者は思う。
本当なら、
もっと民主的な、もっと人権擁護的な、
そしてもっと平和的な憲法への旗振り役を
務めるべき勢力が、
防戦一方の状態に追い込まれていることを
意味するからだ。
憲法を巡る状況はそこまで深刻であるということだ。

憲法がこの国の最高法規であるという
最低限の規範性すら
もはや忘れられてしまったかのように、
当時 米英軍の占領中であったイラクに、
日本の自衛隊はあっさりと出ていって
その一翼を担ってしまった。

「すべて国民は、
 健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」。
とかく「押しつけ憲法」と批判されがちな日本国憲法であるが、
この憲法第25条は、
当初のGHQ案にはなく、
日本初の男女普通選挙で選出された
議員が集う衆議院において、
独自に追加された条項である。
だが現実はどうか。

名古屋ふれあいユニオンにはこの間、
派遣切り・非正規切りによって職を奪われた
多くの人々が押し掛けている。
中には岡崎から2日間かけて、
歩いてやって来た相談者もいた。
岡崎から名古屋までの電車賃すら
彼は持っていなかったのだ。
彼はトヨタ系企業に派遣されていた時、
ずっと雇用保険に入っていた。
なのに派遣会社の社長は離職票すら発行しない。
お金がなくなって市役所に助けを求めても、
「まずは雇用保険をもらってから」と
相手にしてもらえない。
ハローワークに行くと
「労基署に行け」と言われ、
労基署に行くと
「うちじゃ何もできんで、
 ここにでも相談してみたら」と
名古屋ふれあいユニオンを紹介されたのだという。

今日の寝るところはもちろん、
食費すら持っていない人間を目の前にして、
どの役所も一体何をやっているのだろうか。
それが「すべて国民」に、
「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を保障する
行政のやることなのか。

日本国憲法の積極的な側面が、
足下で全く生かされていない現実を目の当たりにした時、
自衛隊のイラク派遣だ、ソマリア沖で国際貢献だといった
威勢ばかりのよい議論はそれ自体空しく映る昨今である。


【参考記事】
2人の「左翼」が僕を改憲論者に転向させた
左からの改憲提言はタブーか
「守る」運動から「変える」運動へ
「九条の会」で雨宮処凛さんと対談
「改憲派」社民党員の提言

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by imadegawatuusin | 2009-05-03 23:15 | 政治