太宰治「魚服記」について

――「空白の一行」に隠された物語――

■スワは父親から強姦された?
一読して
「訳のわからない話だ」という印象を受けた。
いや、もっと正確に言うと、
「話になっていない」のである。
スワの生活ぶりが描かれる前半と、
突然滝に飛び込む後半との間に
飛躍がありすぎる。
全く訳がわからない。

そこでよくよく読み返してみると、
三章の中に一カ所、
章が変わっているわけでもないのに
一行、空白になっている部分がある。
「初雪だ! と夢心地ながらうきうきした。」
という部分と、
「疼痛。
 からだがしびれるほど重かった。
 ついであのくさい呼吸を聞いた。」
(太宰治「魚服記」『晩年』新潮文庫版93ページ)
という部分との間の、
一行の空白である。
ここに、物語の断絶がある。

「魚服記」にはここ以外に、
章が変わったわけでもないのに
「一行空け」されているようなところはない。
だからここに、
「何か」があるのだ。
作品には明示されていない物語が、
この一行の空白の間で
展開されたのだ。
そう考える他はない。

本来あるべき物語が、
一行の空白を持って抜け落ちている。
このことが、
この「魚服記」という作品を
訳のわからないものにしている。
では、
そこに本来あった物語は
どういったものだったのか。

通説はどうやら、
「スワが父親によって強姦された」
というものらしい。
確かに、
「空白の一行」の後に突然現れる
「疼痛。」という一節は、
スワが単に精神的にだけでなく
肉体的にも傷つけられた事を示唆するし、
その後の「ついであのくさい呼吸を聞いた」という言葉も、
それが
「炭でも茸でもそれがいい値で売れると、
 きまって酒くさいいきをしてかえった」父親(前掲書92ページ)
によるものであることを示している。
(「『あの』くさい呼吸」とある以上、
 それが既に作品中で明示されている、
 父親の「酒くさいいき」のことであるのは
 明らかだ)。
「からだがしびれるほど重かった」というのは、
自分よりはるかに重い
大人の男性(=父親)に のしかかられたことを
意味するのだろう。
スワはそのショックで、
「阿呆」と叫んで
「ものもわからず外へはしって出」て、
最後は滝に飛び込むまで
追いつめられたのだ……と考えると
話は通る(前掲書93ページ)。

……とはいえ、だ。
だとすればスワが滝に飛び込む直前に発した言葉、
「おど!(筆者注:=お父!)」というのは
何だったのかということになる
(前掲書94ページ)〔注1〕。

おそらく死ぬ覚悟で滝に飛び込む寸前、
最後の最後に叫んだ言葉が、
自分を強姦した父親だというようなことが
ありうるだろうか。

ところが、だ。
スワは滝に飛び込むと
鮒になる(前掲書94~95ページ)。
そしてそのとき、
一番に思い浮かんだことが、
「うれしいな、
 もう小屋へ帰れないのだ」だったというのである。
だとすると、
スワはやはり父親の待つ小屋には
帰りたくなかった、ということになる。
乙女心は複雑……というような
ありふれた言葉で片づけてしまっていいのか。
僕は今でも、
この「魚服記」がわからない。
〔注1〕この点に関し、
「Yahoo!知恵袋」の中でthe18percentgrayさんが、
〈滝に飛び込む場面で
 「『おど!』とひくく言って飛び込んだ。」とありますが、
 「ひくく」という部分に
 父親への恨みの響きを感じます。
 滝の中にいる父親に会いに行く、
 というのでもなく
 (実際父親は滝の中にいない)、
 別れの言葉というよりは
 「あんたのせいで
 私は滝に身を投げるんだ」という
 決意のように聞こえます。〉
と、優れた考察を発表している↓。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1311813498?fr=rcmd_chie_detail
なるほど、そういうことなら筋が通ると
ようやく理解することができた。




【参考記事】
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太宰治「思い出」について
太宰治「列車」について
太宰治「地球図」について
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by imadegawatuusin | 2009-05-25 23:07 | 文芸