氷室冴子『海がきこえる』について

――本書で垣間見た氷室冴子の意外な才能――

■超一級のエンターテイナーは超一級の文学者
「BOOK・OFF」で
105円でたなざらしになっていたのを
見つけて買った氷室冴子『海がきこえる』だが、
これほど面白いとは全く期待していなかった。

元々僕は氷室冴子の『なんて素敵にジャパネスク』シリーズや
『シンデレラ迷宮』シリーズの大ファンで、
むろん本書のことを知らないわけではなかった。
だが、
どうも「期待はずれ」に終わりそうな予感がして
手に取るのをずっと躊躇してきた。
僕が期待する『ジャパネスク』なんかと
全く違う「文学臭」とでもいうべきものが、
ブックカバーやあおり文から漂っていたのだ。

僕の予想は半分は当たり、
半分は はずれた。
本書の作風は『ジャパネスク』シリーズなどでおなじみの
氷室冴子の作風とは全く違うものだった。

本書巻末の解説で社会学者の宮台真司が、
物語のあり方を
1.普通にはありえない波瀾万丈の経験を描く
  「代理体験もの」
と、
2.これって私という具合に
  自分と他人の関係を解釈するためのモデルに使える
  「関係性もの」
の2つに分類している(本書292ページ)。
僕にとって、氷室冴子は
間違いなく、「1」の波瀾万丈の
「代理体験もの」の名手であった。

平安時代
(それも「ジャパネスク」な世界の平安時代であって、
 決してジャパン=日本の平安時代そのものではない)や
夢の国、
ありえないような
吉屋信子風の全寮制女子校などを舞台にして、
手に汗握る大冒険やドタバタ劇を繰り広げる。
僕はそれらを夢中になってむさぼり読んだし、
最終回では本当に涙を流して感動した。

それに対して本書は、
宮台真司も指摘するとおり、
「2」の「関係性もの」の方なのである。
これといって大事件が起こるわけでもない。
自分でもびっくりしているのであるが、
これがまた面白かったのだ。
「氷室冴子って、
 こんな小説も書けたんだ!」と、
率直に言って僕は本当に驚かされた。

実にリアルな お話だ。
方言まで駆使するリアルな舞台設定、
いかにもいそうな
(本当に「いる」かどうかは別問題)登場人物、
自然で無理なく
本当にあったかのような物語……、
はっきり言って文学だ。
それも、
最上級の文学である。

僕は、
氷室冴子の大ファンでありながら、
心のどこかでバカにしていたのかもしれない。
氷室冴子に文学的な作品なんて
書けるわけがない。
書いても面白いわけがない。
彼女こそは超一級の
エンターテイナーなのだから……と。

そんな思いこみを覆す大収穫だった。
超一級のエンターテイナーが
超一級の文学者であり得ることを
本書は証明して見せたのである。
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by imadegawatuusin | 2010-01-02 17:43 | 文芸