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やぶうち優『少女少年』第一期各話解説(第10話)

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第10話 天使爛漫
第9話の最後で、
智恵子のそばから晶が走り去るその最中に
会場の電気が「フッ」と消え
(この描写、うまいですね。
 智恵子の視線はずっと晶を捕らえていたのに、
 突然電気が消えて
 晶が視界から一瞬にして消えてしまうのです)、
「白川みずき」のアナウンスが会場に流れます。
「本日はあたし
 白川みずきのコンサートへ
 ようこそ!」
「まもなく
 始まります!
 最後まで
 ゆっくり
 楽しんで
 いってね!」……。

ということは、
このアナウンスをしているとき、
晶はまだ着替えてはいなかったことに
なりますね
(「姿は晶で声だけがみずき」という状態で
 マイクで話していた。
 だから電気を消したのか?)

10話冒頭で智恵子は、
「晶…。
 おねがい、
 早く戻って
 きて…!」と
心の中でつぶやいていますが、
その直後に「白川みずき」が登場していることを考えると、
晶が走り去った9話の終わりと
10話の始まりの間には、
晶がみずきに変身する、
それなりの時間が経過していたことがわかります。

みずきが女装した上、
あの「天使」のコスチュームに着替えるまで、
しかも姉の瞳との衣装交換が終わるまでの間、
智恵子はただ不安な気持ちのまま、
ずっと1人で待たされていたわけですね。

そこに、
白川みずきが登場します。

晶は戻ってきていない。
ステージの上には白川みずき。
「みずき=晶」と智恵子がほぼ確信しかけたその時、
「晶」が帰ってくるんですね。

会場が暗いだけでなく、
ステージの方は光に満ちていますから、
ステージのみずきをじっと見つめていた智恵子は
暗いところでは目が利きません。

しかし、ニセ晶が戻らないうちに
白川みずきが登場したいうことは、
よほど時間的に切羽詰まっていたのでしょう。
「入れ替わり」が完了するやいなや、
「みずき」はステージにダーッと走って
行っちゃったって感じでしょうかね。
「晶」が会場に戻る方が
それより遅れてしまったわけです。

舞台の上で白川みずきは
「天使爛漫」を歌います。
「やきもちな天使 気まぐれ天使
 いたずらな天使 じゃまをしないで

 今日だけは 素直になりたいから
 見守っていて…」。
白川みずきの歌は、
常にその時の智恵子のこころに共鳴し、
智恵子に行動を促す役割を担っています。
今回もそうです。

「白い翼の天使(エンジェル)

 今夜は
 あふれてる――」
白川みずきの歌声に突き動かされ、
智恵子の心の中から思いが溢(あふ)れ出てくるのです。
「あたし…
 みずきが晶でも
 …それでもいーと
 思ってた…」
「だって、
 あたし…」
「みずきも
 晶も
 好きだから…」。

ここで注意したいのは、智恵子は、
このコンサートで晶に告白しようとか、
そんなことはおそらく全く考えてなかっただろうって
ことなんですね。
ただただ、
みずきの歌を聴いて、
思わず思いが溢れ出たっていう、
そんな感じ。

だから、
後から冷静になって考えてみると、
このときの告白はもう冷や汗ものなんですよ、
智恵子にとって。
ですので後日、
晶と一緒に体育館裏を掃除することになったときなんか
気まずくて、
「コンサートの時
 あたしが言った
 こと…、
 気にしない
 でね」
なんて言ってしまう。
もちろん、
実際に智恵子の告白を聞いた「晶」は
実は姉の瞳なワケですから、
本物の晶には何のことだか
さっぱりわからないわけですけど。

さて、
話は戻りますけど、
コンサートの後、
晶と瞳は再びお互いの服を取り替えます。
……が、
その瞬間をパパラッチに
撮影されてしまっています。
(142ページ左下に
 「カシャ…」というカメラのシャッター音が
 描かれていますね)。

というか普通、
更衣室の扉を開けたまま
着替えるもんでしょうかね。
このへん、
晶は他の少女少年と比べても
根本的にノーテンキだと思います。

で、
例の体育館裏の告白シーン。

どうでもいいですが小学生のころ、
「校舎裏」とか「体育館裏」とかいうところは、
何かヒミツめいたひびきが
ありませんでしたか?

先生たちも掃除とかそういうとき以外は、
「校舎裏には行ってはいけません」
みたいなことを言っていて
(目が届かないから?)、
つまらないイタズラとか「愛の告白」とかは、
大概そこで行なわれていたような……。

それはともかく、
紗夜香が来て「入れ替わり」のタネを
全部バラしてしまいます
(紗夜香は手にクマデを持ってないけど、
 サボりか?)。

晶も最初はごまかそうとしますけど
紗夜香の
「とぼけるのも
 そのへんに
 したら?」という一言で観念し、
「白川みずきは、
 …オレでした!」と白状します。

この瞬間、
バックに天使の羽が舞い落ちる描写が
なされていますね。
言うまでもなく「天使」は
少女少年=白川みずきを示す符丁。
その天使の翼がこの瞬間、
失われたことが表現されています。
すなわち、
「少女少年としての白川みずき」は
この瞬間、
終わりを迎えていたことになるのです。

マスコミに正体がバレたとかどうとかいうのは
あくまで芸能界追放の「きっかけ」に過ぎないわけで
(『少女少年II』の星河一葵や
 『少女少年V』の蒔田稔は、
 正体がバレても芸能活動を
 きちんと続けているわけですし)、
「アイドル・少女少年としての白川みずき」は
実質的にはこの瞬間、もう終わっていたのです。
(実際この後 晶は、
 「なんか、
  智恵子にバレたら
  イッキに気ィ
  ぬけちゃったな…」と
 心の中でつぶやいてますし、
 青野るりには
 「そんな
  気のぬけた
  『みずきさん』、
  ライバルとして
  みとめない」と、
 マスコミで「正体」が公表される以前に
 はっきり言われていますしね)。

さて、
「白川みずきは、
 …オレでした!」と
告白された智恵子ですけど、
すっかり思考が停止してしまいます。
この告白、
決して晶が自発的に
自分に真実をうち明けてくれたわけではない。
嘘に嘘を重ねて、
ついに隠しきれなくなって明かされた真相。
驚いていいのか、
怒ったらいいのか、
悲しんだらいいのか、
それすら判断つかなくなって
智恵子はすこし困ったような表情で
完全に固まっています
(このときの智恵子の微妙な表情が
 ものすごく絶妙なタッチで
 描かれています)。

その時、
晶の持っているポケデジが
鳴り出すんですね。
このシーン、
つくづくやぶうち優さんは
小道具の使い方がうまいなぁと
感心します。

ある意味では、
「智恵子が白川みずきにプレゼントしたポケデジを
 晶が持っていた」
→「智恵子の疑いが一層深まる」という
あのシーンで、
この「ポケデジ」の物語における役割は
終了してしまっても全然かまわないわけです。
普通なら晶は、
そんなことがあったらすぐにでも
このポケデジを処分するでしょうし、
そうなれば、
このポケデジが物語の中で再登場することも
まずはない。

ところがやぶうち優さんは、
あえてここでもう一度、
この「ポケデジ」を再登場させるわけです。
智恵子からもらったポケデジを
決して捨てなかった晶の人柄を表現することもできますし、
それ以上にこの気まずいシーンを、
「あたしのポケデジ、
 大事にもってて
 くれてるんだね…」
「うれしー!」
という智恵子の言葉に
自然につなげる効果を果たしています。

はっきり言って、
嘘に嘘を重ねて追い込まれてからの
「白川みずきは、
 …オレでした!」という告白を、
その後の
「うれしー!」につなげるのは
相当難度の高いものです。
普通なら怒って当たり前、
悲しんで当たり前、
あきれて当たり前のこの告白を、
「うれしー!」につなげるためには、
ヤバくなっても決して捨てなかった
このポケデジの存在が不可欠なのです。

そして智恵子の2度目の、
そして今度こそ本物の晶への告白。
「やっと全部
 なっとくが
 いったよ」。
「晶がるりちゃんや
 黒木さんと
 知り合いなのも、
 晶がみずきなら
 あたりまえだよね」。
「そしてそれに
 やきもちを
 やいたり、
 白川みずきが
 気になったり
 したのは…、
 あたしが
 晶を好き
 だから
 って…」。

一度目の「告白」のときと同様、
この瞬間も智恵子の頭には
「天使爛漫」が流れていたんじゃないでしょうか。
白川みずきの歌を心にとめて、
「やきもちな天使 きまぐれ天使
 いたずらな天使 じゃまをしないで」と念じながら、
精一杯「素直に」「素直に」って
心がけたんでしょうね、きっと。
このシーンの智恵子、
真っ赤になりつつもにっこり笑っていて、
とてもかわいいです。

さて、
すっかり元気をなくしている「みずき」を見かねて、
るりが「みずき」を
(テレビ局?)屋上のクリスマスツリーの所に
連れ出します。

「ここね、毎年
 デコレーション
 するの。
 小さい頃から
 嫌なことが
 あった時、よく
 ここに来たわ」と
るりは言ってますけど、しかし……。
ここって
いつも「デコレーション」している訳じゃなくって、
クリスマス前の特定の一時期だけ
「毎年
 デコレーション
 する」んでしょう。
そこに
「小さい頃から
 嫌なことが
 あった時、よく
 ……来た」ってことは、
るりにはよほどしょっちゅう
「小さい頃から
 嫌なことが
 あった」ってことに
なるんじゃないでしょうか。

そしてるりは呼びかけます。
「なにがあったか
 わからないけど、
 早くいつもの
 みずきさんに
 もどってね」。
「私の好きな、
 元気な
 晶くんに…」。

このとき、
「みずき」の背中がふくらんでいるのは、
読者側から見て右から左に
風が吹いたからでしょうか。
るりにとって「晶」は、
「本当の自分」を見てくれた、
「本当の自分」を見つけてくれた
初めての男の子だったのです。
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