「改元」のある元号は不便

8月8日の朝日新聞「声」欄に
「世界に誇れる年号 なぜ西暦に」が、
また8月12日の「声」欄に
「西暦の方が歴史感覚に合う」が掲載され、
議論になっている。

私は、
元号には「改元」があることで、
西暦と比べて不便なものになっていると感じている。

不便な点の一つは
「未来を表現できない」ということである。
今から50年後を2060年とは言えるが、
平成72年とは言えない。

もう一つの不便な点は
「明治以前を表現するのが難しい」ということだ。
「明治」より前には天皇の代替わり以外にも、
天変地異や政治的混乱などでも
頻繁に改元が行なわれており、
これまでに日本で使用された元号は
膨大な数に上る。
常人がこれらを把握することは困難で、
「今から○年前」ということが
直感的に認識できる西暦を
一般的には使わざるをえないだろう。
紀元1年を基準に
1本のものさしで把握できる西暦に対し、
元号は複数の物差しが複雑に入り組み
(例えば、
 昭和64年の次の年が平成元年になるのではなく、
 1989年は1月7日までが昭和64年で
 1月8日からが平成元年となる)、
直感的な把握が極めて難しいものとなっている。

未来・過去の両表現に難のある元号に対し、
国際性も利便性も高い西暦が
優位となる流れは避けられないものだ。
このことは、
「横文字の氾濫」や「国語教育の軽視」と
同列に論じるべき問題ではない。
(2011年3月22日に掲載)

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by imadegawatuusin | 2010-08-13 22:57 | 政治