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黒瀬浩介『アイドルマスター Neue Green』感想

――全く新しい「女装アイドル」漫画――
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■「定石」の逆を行った新展開

女装ものとアイドルものは
相性が悪くないらしい。
やぶうち優の『少女少年』シリーズをはじめ、
これまでにも数々の先行作品がある。
アイドルともなれば社会的な反響も大きい。
「女装」の事実が影響を及ぼす範囲も広い。
当然、
「実は男であるということ」は極秘事項である。
女装の事実が明るみに出るとマスコミなどが押しかけ、
大騒動が巻き起こるというのは
いわば「女装アイドルもの」の「定石」であり、
「バレるかバレないか」というドキドキが
作品の醍醐味となってきた。
その「定石」を覆し、
「それとは全く逆のストーリー展開」をみせたのが、
ゲーム作品を原作とした本書、
黒瀬浩介の『アイドルマスター Neue Green』である。

本書の主人公・秋月涼がアイドルを目指した動機は何と、
「男らしくなりたい」というものであった。
だが、
所属事務所社長の
「女性アイドルとしてトップアイドルになれたら
 男性アイドルとしてのデビューを考える」
との口車に乗せられた涼は、
「女装アイドル」の道を歩むことになる。

そして、
「女性」としてトップアイドルの道を極めた涼は、
ついに自ら、
マスコミの前で真実を告白する。

これまでの作品なら、
自発的にであれ不本意なものであれ、
女装の事実がマスコミにあきらかになると、
大きな波紋が広がり大騒動となることは
いわば作品の「前提」であった
(しげまつ貴子『天使じゃない!』など)。

だがこの作品では、
そうした「期待」は大きく裏切られることになる。
勇気を奮い、
意を決しての涼の一大告白を、
メディアは完全に黙殺するのだ。

涼の告白を受けてのメディア関係者の反応は
次のようなものだった。

「参ったな…
 なんてことだ…」
「このことが世間に
 知られれば
 大変な影響が
 出るでしょう」
「まさか秋月 涼が
 本当に…」
「ええ
 信じがたいことですが」
「ともあれ対処は
 しなければ
 なりますまい」
「この数日間で収録された
 秋月 涼の出演番組を
 すべてチェックし
 必要ならば修正を
 入れるように
 TV局に働きかけましょう」
「ではこちらは
 グッズ製作会社や
 出版社の関係者にも
 協力を要請します」
「お願いします」


かくして涼の告白は完全に黙殺されることになる。

所属事務所の社長は次のように証言する。

「(筆者注:涼が男であるという事実は)
 メディア上層部に
 とっては困るみたい」
「それで『発表させるな』って
 圧力がかかったようね」
「こんな素早く
 対応される
 なんてね」
「レコード会社
 TV局 出版社」
「今やあなた(筆者注:=涼)の看板で
 商売しているところは
 業界全体に
 及んでいるわ」
「私のところにも忠告が
 入ったわ
 事務所のためにも
 このことは隠し通した
 方がいいって」


通常、
「女装アイドル」ものでは、
「男である」という事実をマスコミから必死で隠し、
悟られないようにすることこそが
作品のいわば「キモ」である。
しかしこの作品では、
主人公自身が
その事実を積極的に公表しようと決意したにもかかわらず、
最初は事務所により、
そして次にはマスメディアそのものによって
事実が黙殺され、
事実の公表を妨害されるに至る。

こうした光景を目の当たりにした涼は独白する。

「今まで味方だった
 人たちに邪魔をされて
 
 トップアイドルになれても
 こんなものなの?」


この独白は非常に示唆的である。

以前、
在日朝鮮人であった芸能人が
それを公表しようとして
週刊誌などの取材を受けたにもかかわらず、
事務所や関係各所からの妨害にあい、
結局公表できなかったということがあったという。
一般に週刊誌には、
「出自あばき」のような形で
本人の意に反して
こうした「スクープ」を取り上げるというような
印象がある。
だがその逆に、
メディアにおいて
一定の位置を占めるようになってしまった芸能人の場合、
本人の側が積極的に発表しようと思った事実すら、
その「イメージ」に反するような場合は
握りつぶされてしまう場合もあるらしい。

自分が男であるという事実を、
いかに社会的に公表するか……。
そのために奮闘するという、
これまでの作品とは全く逆を行く展開が、
かえってリアルなものに映ってしまうのはなぜだろう。

アイドルとしての「努力」や「夢」を強調する反面、
アイドルというものが
メディアによって「作られる」ものでもあるという
冷厳な側面から、
この作品は目をそらさない。
本人が自分は男であるといい、
事実そうであるのだとしても、
メディアが女性アイドルとして取り上げる限り、
秋月涼は「女性アイドル」でしかないのだ……と。

「僕は引かない!
 空気なんて読まない!!」
「これは僕にしか
 進めない道だから」


涼の確固とした決意が、
事態打開への道を切り開いてゆく。
トップアイドルになる過程で知り合い、
友情を育んできた仲間たちと力をあわせ、
(逆の意味での)「メディアスクラム」を
突破してゆく涼の姿に
グッとくる読者は少なくないはずだ。

一方で、
「実は男」という発表後、
涼はこんなことも語っている。

「結果として沢山の
 人たちに受け入れて
 もらえたけど
 あの発表で
 傷つけてしまった人も
 きっといるんだよね」


そして、
この言葉を受けた
本書の「ライバル兼ヒロイン」・桜井夢子の答えは
こうだ。

「アイドルだって
 人間だもの!
 ファン全員が望む
 様になんて
 生きられないわ」
「あなたは
 自分のやりたい様に
 生きてればいいのよ」
「その姿を見て
 憧れて
 後に続こうとする
 人がいるって
 アイドルとして
 素敵だってこと
 なんだから!」


漫画やアニメで安易に描かれるほど、
「万人に支持される」アイドルは存在しない。
所属事務所の社長は
涼が女の子アイドルとして活躍していたとき、
このように言っていた。

「ファンはね
 みんなあなたに
 いろんな妄想を
 重ね合わせているの」
「こんな妹が
 娘が
 恋人がいたらいいなって」
「それが男だなんて
 わかってごらんなさい!」
「絶望のあまり
 働く気力
 学ぶ気力を
 なくす人々や
 特殊な性癖に
 目覚めてしまう
 人が溢れかえり
 そして日本は……」


涼はこうした社長の主張を「大げさ」と言ったが、
社長は、
「あなたの影響力は
 すでに それ程の
 ものなのよ!」と言い切った。
涼の告白にショックを受けた人も、
傷ついた人がいたことも、
それはそれで事実なのである。
この作品は、
そうした「負の部分」から目をそらさない。
それでも
「自分の夢を優先させて
 ファンを悲しませて
 しまった」涼の行動には
賛否両論あってこそむしろ当然なのだ。


黒瀬浩介『アイドルマスター Neue Green』(評価:4)


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1.やぶうち優『少女少年』シリーズ(Ⅰ~Ⅶ)、小学館てんとう虫コミックススペシャル
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5.松本トモキ『プラナス・ガール』ガンガンコミックスJOKER

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by imadegawatuusin | 2011-08-21 20:52 | 漫画・アニメ
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