眉村卓『なぞの転校生』について

――『涼宮ハルヒ』シリーズと『なぞの転校生』――
f0104415_22518.jpg

■「この世界」へのこだわり

少年向けの大人気小説・『涼宮ハルヒの憂鬱』で、
「不思議なこと」に興味津々の涼宮ハルヒが
「謎の転校生」の転入を心待ちにしている場面がある〔注1〕。
ハルヒはなぜ、
「謎の転校生」が転校してくるのを待望していたのか。
その答えがSF作家・眉村卓の代表作・
『なぞの転校生』である。
ハルヒはこの本を読んでいたはずだ。
本書に登場する「なぞの転校生」・山沢典夫の正体が、
ハルヒが会いたがっていた「異世界人」なのである〔注2〕。

美形の上に勉強もスポーツもよくできる
転校生の山沢典夫は、
どこか「ふつうではない」。
妙に神経質なのだ。
エレベーターが止まっただけで慌てふためき、
核実験の放射能が含まれていると言って雨を怖がり、
頭上をジェット機が通っただけで逃げ出してしまう。
それは山沢典夫が、
核戦争で破滅的な最後をむかえた別の世界からやってきた
「次元放浪民」だったからだった。

優秀だが臆病で神経質な山沢やその仲間は、
あちこちでやっかいごとを引き起こしてゆく。
結局この世界での定住をあきらめて、
またもや別の世界に移っていこうとする
「次元放浪民」たちに、
本書の主人公・岩田広一は
こう問いかけるのである。
「そういうふうにつぎからつぎへと
 別の世界に移っていって、
 それでおしまいには
 どこか理想の世界が見つかるんですか?」、
「理想の世界なんてものは、
 ほんとうにあるんでしょうか?」、
「理想の世界なんて
 どこにもないんじゃないでしょうか。
 ぼくはそう思います。
 いや、
 そう思わないと、
 ぼくたちのようにこの世界でしか生きられない人間は、
 どうしようもないんじゃないでしょうか。
 典夫くんやみんなは、
 なまじっか次元から次元へ移れるから、
 より好みをしてしまうんです。
 そうじゃないでしょうか」……。
ここには、
『涼宮ハルヒの憂鬱』や、
その続編の一つである『涼宮ハルヒの消失』で
繰り返し主題となってきた
「世界選択」の問題が提起されている。

『涼宮ハルヒ』シリーズの主人公・キョンは、
『~憂鬱』では、
「今よりもっと不思議な世界」より「この世界」を、
『~消失』でも、
「今よりもっとまっとうな世界」より「この世界」を
選択した。
仲間と共に、
「この世界」を生きてゆくことに、
『涼宮ハルヒ』シリーズはこだわりをもつ。
そこに、
少年向けSF作品の先行作とも言うべき
本書・『なぞの転校生』の影響を見るのは
私だけではないはずだ。

「今よりもっとよい世界」を求めて放浪を続ける
「次元放浪民」たちには
悲惨な結末が待っていた。
命からがら再び「この世界」に戻ってきた
山沢典夫の父は
このように言っている。
「ほんとに、
 わたしたちは愚かでした。
 いつも最上のものを求めてさまよっていた結果が
 これです」。
そして、
こう言うのである。
「わたしたちは、
 もう自分たちだけの生活にとじこもっているつもりは
 ありません。
 みんなといっしょにやってゆかなければ、
 ほんとうの生き方はないということに、
 やっと気がついたんです」。

「みんなといっしょに」、
「この世界で」。
この二つのキーワードが、
『涼宮ハルヒの憂鬱』や『涼宮ハルヒの消失』でも
重要なカギとなっている。
私はそこに、
二つの少年向けSF作品の
深いつながりを感じるのである。

〔注1〕谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』68・96~98ページ
〔注2〕谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』11ページ


眉村卓『なぞの転校生』(評価:2)


【参考文献】
谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』について
谷川流「涼宮ハルヒの退屈」について
ツガノガク「ノウイング・ミー、ノウイング・ユー」解説
谷川流「笹の葉ラプソディ」について
谷川流「ミステリックサイン」について

[PR]
by imadegawatuusin | 2011-09-20 19:51 | 文芸