『ないた赤おに』(浜田廣介)について

――悪役を買って出た青鬼の動機は「友情」なのか――
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あたしはね、
『泣いた赤鬼』を読んで以来、
鬼を見かけたら優しくしてあげようって
心に決めてるのよ。
もう、
すっごい泣いたわ『泣いた赤鬼』。
あたしなら立て札見た瞬間に
大喜びで赤鬼さんちに行って
お茶とお菓子を遠慮なくもらったのに……
(谷川流『涼宮ハルヒの陰謀』54ページ)


少年向けの大人気小説・『涼宮ハルヒ』シリーズで、
主人公のキョンとハルヒとが
幼いころに共に涙した絵本として、
『ないた赤おに』が挙げられている〔注1〕。

人間と友達になりたいと願う心優しい赤鬼は、
毎日お茶とお菓子を用意して
家に人間が遊びに来るのを待っていた。
家の前に立て札を立てて誘うのであるが、
人間たちはワナだと思ってなかなか近づこうとしない。

それを見かねた青鬼が、
赤鬼に協力することを申し出る。
「青鬼が村で大暴れしているところに赤鬼があらわれ、
 青鬼を退治する」という
芝居を打とうというのである。

二人の計略は成功し、
赤鬼は村人たちからの信頼を得て、
慕われるようになる。
だが、
それ以降、
青鬼は赤鬼の前に姿を現さなくなるのである。
心配になった赤鬼が、
ある日、
青鬼のところをたずねてみる。
すると、
青鬼の家には誰もおらず、
赤鬼あての置き手紙があったのである。

「アカオニクン 
 ニンゲンタチトハ 
 ドコマデモ ナカヨク マジメニツキアッテ 
 タノシク クラシテイッテ クダサイ。
 ボクハ シバラク 
 キミニハオメニ カカリマセン。
 コノママ キミト ツキアイヲ ツヅケテ イケバ、
 ニンゲンハ、
 キミヲ ウタガウ コトガ ナイトモ カギリマセン。
 ウスキミワルク オモワナイデモ アリマセン。
 ソレデハマコトニ ツマラナイ。
 ソウ カンガエテ、
 ボクハコレカラ タビニ デル コトニシマシタ」。
そんな言葉で始まる手紙は、
「ドコマデモ キミノ トモダチ    アオオニ」と
締めくくられていた。
物語は、
「赤おには、
 だまって、
 それを読みました。
 二ども三ども読みました。
 戸に手をかけて顔をおしつけ、
 しくしくと、
 涙を流して泣きました」と書かれて終わっている。

一般には「友情の美しさ」を描いた作品であると
位置づけられる絵本である〔注2〕〔注3〕。
だが青鬼の行動を、
そういう「赤鬼個人への友情」という動機だけで
理解する考えに
私は若干の疑問を持っている。

私が考えるところでは、
この青鬼もまた、
鬼と人間の友好を
強く望んでいた一人ではなかったのだろうか。
だが、
これまでのいきさつから、
鬼と人間とが交際を始め、
お互いが理解しあうには、
何かきっかけが必要なのだ。
「一転突破、全面展開」ではないが、
たとえ一人でも
「鬼の中にも優しい鬼がいる」ということが
実感されるならば、
そこから関係を切り開いてゆくことは
可能なのである。

だからこそ青鬼は、
自分が悪役を買って出たのである。
赤鬼との友情はもちろんだろうが、
鬼全体と人間の友好の未来のために、
たった一人でも、
「人間と関係を築く鬼」を輩出するために、
自分が悪者になったのである。

その意味で、
冒頭で紹介した涼宮ハルヒは、
この物語の真のテーマを
きちんと理解していた一人であろう。
ハルヒが団長を務める
学校当局非公認サークル・「SOS団」では、
2月3日の節分の日の豆まきの際、
「鬼は外」とは言わず、
もっぱら「福は内」とだけ言うそうである。
ハルヒはこう言っている。
「鬼を外に追いやろうなんて絶対不許可よ。
 SOS団は人以外の人にも
 広く門戸を開放しているんだからね」と〔注4〕。

〔注1〕谷川流『涼宮ハルヒの陰謀』54ページ
〔注2〕西本鶏介「浜田廣介と『ないた赤おに』“無償の愛の美しさ”」、浜田廣介『ないた赤おに』48ページ、金の星社
〔注3〕樋口裕一『子どもの頭がよくなる読書の習慣』183ページ、PHP文庫
〔注4〕谷川流『涼宮ハルヒの陰謀』54ページ


浜田廣介『ないた赤おに』(評価:3)


【参考記事】
谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』について
谷川流「涼宮ハルヒの退屈」について
ツガノガク「ノウイング・ミー、ノウイング・ユー」解説
谷川流「笹の葉ラプソディ」について
谷川流「ミステリックサイン」について

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by imadegawatuusin | 2011-09-19 19:05 | 文芸