桜庭一樹『少女七竈と七人の可愛そうな大人』について

――「たいへん遺憾ながら」美しく生まれた少女――
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■「都会に出れば埋もれられる」との奇妙なスカウト

作中で、
「昭和の女と平成の女」というような話が
出てくるけれど、
この物語の主人公は
昭和どころか大正時代の戯曲のような話し方をする。
大正時代の戯曲を見たことはないが、
多分こんな感じだろうという偏見で断言したい。
いまどき「嗚呼!」とか
「あなた、○○なのですよ!」などと口走る女子高生が
どこにいるというのだろうか。

主人公の川村七竈(ななかまど)は
「たいへん遺憾ながら、
 美しく生まれてしまった」女子高生。
趣味は鉄道模型。
今風に言えば、
容姿端麗・成績優秀ながら
どこか「残念」な女生徒さんだ。
桜庭一樹の前作・『少女には向かない職業』
前々作・『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』
主人公たちのように、
人殺しをしたり友人を殺されたりするわけではない。
母親がやや育児放棄気味であるものの、
親子の仲は決定的に悪いわけではない。
(この七竈の場合、
 出来が良過ぎて手がかからなかったという側面も
 あるのだろう)。

そんな美しい七竈のもとに都会から、
「本物のかんばせ」を持つ美少女を求めて
「スカウト」がやってくる
(「かんばせ」ですよ「かんばせ」! 
 「顔かたち」のことね)。

スカウトの「梅木」が言うには、
川村七竈の美貌は「ちょっとやそっと」ではないらしい。
梅木が言うには
「本物のかんばせ」には客観的な基準値があるらしく、
それは、
『その美しさにより
 十校を超える学校で名をはせていること』、
そして、
『世代の違うものたちにも知られている』ことだそうだ。
梅木はそうした美少女を探して三年間、
南から北上して来た。
「沖縄はもうだめだった。
 あらかた刈りつくされていた。
 四国も。
 九州は惜しかった。
 もうちょっとという子が数人いた。
 本州は不作だった。
 少しずつ北上して、
 ついにここにきた。
 旭川だ」と梅木は言う。
書き忘れていたが、
本作の舞台は北海道・旭川である。

七竈は芸能界になど興味はない。
興味があるのは鉄道だけ。
筋金入りの鉄道オタクだ。
けれどもスカウトの梅木はこうささやくのである。
「都会に出れば君の美貌も埋もれることができる」と。
「わかるとも。
 そのかんばせで、
 奇妙な出自を隠せぬそのかんばせで、
 こんな小さな町で生きていくことのこわさが」と。

奇妙なスカウトである。
「都会に出れば有名になれる」ではなく、
「都会に出れば埋もれることができる」というのだ。
「性質が異質で共同体に向かない生まれのものは、
 ぜんぶ、ぜんぶ、都会にまぎれてしまえばいい」と。

七竈は、
「都会に、
 ほんとうにまぎれますか」と問い返す。
梅木の答えはこうだ。
「あんがい、まぎれるものだよ。
 もちろんまぎれることのできぬほど美しい人は、
 ああやって、
 カラー印刷機やカレールーの箱の横に
 おさまるのだけれどね。
 それも一時的なことだ。
 やがてまぎれて消えることができる」。
「ひとはあんがい容赦なく、
 年を取るものだからね」。

あまりにも美しすぎて息苦しいなら、
いっそ芸能界に入ってしまえば楽になる。
いっとき有名になることはあっても、
すぐにまぎれてかき消されてしまうから……。
非常に逆説的なスカウトであるが、
どこか説得力がある。
狭くて古い共同体の中で、
その一挙手一投足をあぁだこうだと言われるくらいなら、
いっそ都会に出てしまえばいいと。

この作品は
2006年に角川書店から単行本として出たそうであるが、
いま角川文庫から出ている文庫には
「ゴージャス」という、
このスカウト・梅木の過去を扱った
短編小説が加筆されており、
これがこの小説に一層の奥行きを与えている。


桜庭一樹『少女七竈と七人の可愛そうな大人』(角川文庫)
(評価:3)


【参考記事】
桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』について
桜庭一樹『少女には向かない職業』について
桜庭一樹『赤朽葉家の伝説』を読む

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by imadegawatuusin | 2012-01-17 10:23 | 文芸