和歌山市長「今市もイマイチ」 市議会で放言

――女児殺害事件関連の質疑で――

■失礼だ! 市議にも、今市にも、遺族にも 
和歌山市の大橋建一市長が、
広島や栃木で相次いだ女児殺害事件に関連する市議会質疑の中で、
「(事件のあった)栃木の今市もいまいちのまち」などと
答弁していたことが明らかになった(「朝日新聞」12月6日)。

報道によると、
12月5日、和歌山市議会本会議で ある市議が、
相次ぐ女児殺害事件を受けて、
和歌山市における子供の安全対策について
大橋市長に質問した。
これに対して大橋市長は、
「(事件のあった)広島もかなり郊外ですし、
 栃木の今市もいまいちのまちであります。
 そういうところで事件が相次いで起こる。
 我々のまちもまったくひとごとではない」などと答弁したという。

質問した市議の側はまじめに訊いているのである。
それに対して、
「今市はいまいち」などと下らないダジャレでごまかそうとするとは、
あまりにも失礼ではないだろうか。
議会で質問した市議にも、
今市市に住む市民にも、
そして何より、被害者遺族に対しても。

大橋市長は、
「まちの規模を表現したつもりが、
 つい口が滑った」などと釈明しているという。
土地柄などについて差別したわけではないと言いたいのだろうが、
規模が大きくないことをもって
そのまちを「いまいち」などと評価する感性自体、
そもそも問題とされてしかるべきであろう。

第一、意味不明な発言である。
どういう脈絡で、
事件があったのが広島の「かなり郊外」であったことと、
栃木の今市が「いまいちのまち」であることと、
「我々のまちもまったくひとごとではない」こととが
つながっているのか。
「和歌山にも
 広島と同じく郊外があり(当たり前だ!)、
 和歌山も今市と同じく(規模が?)いまいちなまちなので、
 まったくひとごとではない」という意味だろうか。
だとしたら、
自分が市長を務める和歌山の人々に対しても、
随分と失礼な発言に聞こえる。

■問題発言は「議事録から削除」でいいのか 
大橋市長は6日の市議会本会議の冒頭、
「昨日、
 不適切な発言がありました。
 こころからおわびします」と謝罪し、
市議会は議事録から、
当該発言の部分を削除することを決めたという(「朝日新聞」12月6日夕刊)。
市長の言う通りこの発言は明らかに「不適切」であり、
謝罪するのは当然だ。
しかし、
議事録から当該発言を削除するというのは
いかがなものであろうか。

もちろん、
問題発言をした事実そのものを消し去ることはできない。
しかし、議事録から発言が削除されるということは、
公的な記録からその発言が抹消されるということであり、
公にはその発言が「なかったこと」にされるということだ。

確かに、
発言を議事録から削除する方が
適切な場合というものもあるだろう。
例えば、
議員や首長が質疑の中で、
私人のプライバシーや個人情報に関わる発言を
うっかりしてしまった場合などである。
このような場合には、
発言者の同意を得た上で、
その発言を議事録から削除した方がいいと思う。
発言を議事録に残したままだと、
その情報が公的な記録としてそのまま公開されてしまい、
一般の目に触れてしまうことになるからだ。

しかし、
今回の件はそのようなケースには当たらない。
何か問題発言をしたときに、
すぐその発言を議事録から削除し、
そのことをもって反省の証とするかのような傾向が日本にはあるが、
これは間違いだと僕は思う。
むしろそのような問題発言こそ、
市民の判断の材料として、
また後世への検証の材料として、
つつみ隠さず きちんと公に記録して
残しておくべきではないだろうか。

問題発言をしてしまったときに、
それを反省して謝罪するのはいいことだ。
しかし、
その発言を「なかったことにする」のは間違っている。
問題のある発言をしてしまったときは、
問題のある発言をしてしまった事実を背負った上で、
反省し、謝罪するのが筋だと思う。
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by imadegawatuusin | 2005-12-06 04:21 | 政治