筒井旭『汝なやむことなかれ』について

――同性愛者への視線 揶揄から理解・共感へ――

■作者自身の成長が見える作品 
先日、
筒井旭さんの『CHERRY』を読んで非常に面白かったので、
同じ作者の別の作品に手を広げてみることにした。
そこで今日読んだのが、
筒井旭『汝なやむことなかれ』全5巻(集英社マーガレットコミックス)である。

舞台はカトリック系のミッションスクール〔注1〕。
ところどころに配される聖書からの引用〔注2〕が
なかなかうまく効いている。
5巻巻末に収録されている中篇・「たまたまってやつ?」も含めて、
著者・筒井旭さんの実力の高さを感じさせる作品だ。

しかし、「5巻」という巻数は
以外に「長い」ものだと実感した。
この5巻という巻数の中に、
僕は作者・筒井旭さん自身の成長を見た気がする。

まず、
この物語の序盤と終盤とでは、
絵の巧さがまったく違う。
そして、
物語序盤では同性愛者に対して
しばしば揶揄的・差別的な表現が目立つのだが、
物語終盤では、
同性愛を茶化したり嫌悪したりすることなく、
これときちんと向き合って理解・共感を深めていこうという
真摯な姿勢を見ることができる。

世間には、いまだに
同性愛者への差別・偏見が根強く存在する。
僕たち異性愛者が同性愛者をつい差別してしまうことだけでなく、
同性愛者自身が自分の性的指向を受け入れられず、
悩み、苦しみ、
時には命を落としてしまうこともある。

この作品でも序盤では、
むしろそうした差別・偏見を助長しかねない表現が
見られないわけではない。
だが、
終盤になってその「汝なやむことなかれ」という表題が
いよいよ本物となって輝き出すのである。
この作品は終盤に至って、
自分自身の性的指向を受け入れられずに苦しんできた同性愛者に、
まさに「汝なやむことなかれ」というメッセージを伝える
福音の書となってゆくのだ。

だから、
この作品を読む人はぜひ、
例えば1巻だけを読んですべてを判断しようとせずに、
とりあえず5巻の最後まで読みとおしてほしい。
あるところまで来ると読むのをやめられなくなってしまい、
気がつけば一気に読み上げてしまっている。
そんな自分に気付くことになるかもしれない。

〔注1〕どうでもいいことだが、
どうして少女漫画や少女小説に登場する「ミッションスクール」は
いつもカトリックなのだろう。
『少年舞妓・千代菊がゆく!』(奈波はるか)の聖ジョージ学院も、
『マリア様がみてる』(今野緒雪)の私立リリアン女学園も、
みんな宗旨はカトリックである。
日本にはプロテスタント系の私立中学や高校も
いっぱい存在するというのに。
もしかしたら、
「マリア様にお祈りする少女」の図が
少女漫画・少女小説の伝統と強固に癒着してしまい、
マリア崇拝を禁じるプロテスタント系の信仰は
「少女漫画・少女小説に似合わない」と考えられてしまったのかもしれない。
プロテスタントが一般にマリア様を拝まないのは、
「神ならぬ人を拝んではならない」、
「ただ一つの神のみを崇めよ」という聖書の教えに
キリスト教徒として忠実であろうという、
プロテスタントなりの信念に基づくものなのだ。
そのあたりはぜひとも理解しておきたい。

〔注2〕この作品も例外でないが、
漫画や小説などに聖書の語句が引用されるときには、
大正時代の翻訳である『文語訳聖書』が用いられることが多い。
「汝……するなかれ」というような、
極端に昔風の言葉づかいの聖書である。
しかし現在、
キリスト教業界の現場では
ほとんどこの『文語訳聖書』は用いられていない。
現在各地の教会で使用されている聖書は、
カトリックとプロテスタントが共同で翻訳した
『新共同訳聖書』など、
「今の日本語」に翻訳されたものが主流である。

参考お勧め記事
「筒井旭『CHERRY』について」

《同性愛について知りたい人のためのおすすめブックガイド》
[初級編]
伊藤悟『同性愛がわかる本』明石書店
[中級編]
伏見憲明『〈性〉のミステリー』
[上級編]
キース=ヴィンセント・風間孝・河口和也『ゲイ・スタディーズ』青土社


【本日の読了】
筒井旭『汝なやむことなかれ』全5巻 集英社マーガレットコミックス(評価:4)
筒井旭『ナガシマをあげる』集英社マーガレットコミックス(評価:2)

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by imadegawatuusin | 2005-11-21 04:29 | 漫画・アニメ