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野村美月『天使のベースボール』について

――お嬢様監督、球場を駆ける――

■「私は野球を憎んでいました」
「最初は、無理やり押し付けられたんです。
 野球のことなんてほとんど何も知りませんでしたし、
 野球を憎んでさえいたんです」。
私立男子校・翔之原高校野球部の監督・琴宮まりあさんは
そう語る。

琴宮まりあさんはいわゆる「お嬢様」だった。
4歳で聖クララ女学院の付属幼稚園に入学し、
初等部、中等部、高等部、とつつがなく進学。
この春 短大を卒業した。

彼女には、
中学生のときからすでに許婚が決められていた。
戦後急成長した企業グループの御曹司で、
頭脳明晰でスポーツマンで、
何をやらせても完璧な人であったという。
彼女は、短大卒業後はその人のもとに嫁ぎ、
穏やかな一生を送るものだと思っていた。

しかしその人は
家業を継ぐことを拒否してプロ野球選手となる。
まりあさんのお相手は、
現在 ゴールデンルーキーとして球界に旋風を巻き起こしている
織川慶吾選手だったのだ。

まりあさんとの婚約も破談。
そしてそのことをきっかけに、
まりあさんの父親が経営していた会社は
織川グループからの支援を打ち切られ、
事実上倒産してしまう。
こうしてまりあさんは、
生活のために、
私立男子校・翔之原高校に古典の教員として務めることとなった。
だからまりあさんは、
自らの人生を狂わせた「野球」というものを
ひそかに憎んでいたのだという。

■押し付けられて監督に
まりあさんが監督に就任した当時、
翔之原高校野球部の部員は8名。

髪を真っ赤に染め上げ耳にはピアスをジャラジャラつけて
一見不良風に見えるのだが、
実は料理やお菓子作りの得意な太宰千草くん(部長)。

太宰くんの親友で、
地域一帯の暴走族総長を務め、
趣味は園芸という のんびり屋の夏谷魁くん(副部長)。

巨体と怪力の持ち主で、
趣味は絵を描くことというマイケル=ヘミングウェイくん。

陰気な占いマニアの国江田守くん。

性格はキツイが「リリイ」の愛称で親しまれている
スレンダーな金髪美少女・樋口百合夫くん。

ピアノの腕前は海外で賞を取ったこともあるほどで、
名門・清和学園の芸術科への進学が期待されていたにもかかわらず、
野球をするため翔之原高校に入学してきた
無垢で優しい中原由羽くん。

そんな中原くんに想いを寄せる
やんちゃ坊主の永井達樹くん。

校舎の3階の窓からよく飛び降りて運動場に向かう
せっかちで身軽な尾崎風太くん。

……
個性的な面々のそろった野球部の顧問にはどの先生もなりたがらず、
新任教師の まりあさんにその役が押し付けられたというわけだ。

■9人目獲得に四苦八苦
野球は9人のメンバーが集まらないと試合が成り立たない。
そのため当初は まりあさんが、
自ら試合に参加したこともあったそうだ。
(まりあさんの元婚約者の織川慶吾選手が、
 野球部の指導にきたこともあるとの噂もあるが、
 いまだ確認は取れていない)。

そんな翔之原高校野球部がついに獲得したのが、
中学時代は都大会で打率6割を超えたという天才バッター、
正宗一也くんだった。
全打席ホームランで10点差をひっくり返した伝説は、
今も なお語り草である。
(クラシックピアノ一本槍だった中原くんは、
 この試合を見て正宗くんに憧れ、
 野球をやってみたいと思ったのだという)。

■「晴れた日には野球をしよう」
そんな部員たちと活動を共にしてゆく中で、
まりあさん自身、
野球に対する認識を改めてゆく。

翔之原高校野球部には、
部長の太宰千草くんが提唱するポリシーがあった。
「一つ、晴れた日は野球をしましょう。
 二つ、野球は楽しくやりましょう」。
(翔之原高校野球部が雨の日に練習をしないのは、
 このポリシーに忠実であろうとするためだという)。

まりあさんは、
「野球はスカッと晴れた青空の下で、
 楽しくするもんなのヨ」と言った太宰くんの言葉を
今でも忘れることができない。

最後にまりあさんは、
本紙のインタビューに答えてこう言った。
「自分の意思で監督になったわけではありませんでした。
 けれど、今は違います。
 晴れた日には野球をしよう、
 この先もずっとそうしようと
 今では思っているんです」。

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【本日の読了】
野村美月『天使のベースボール』ファミ通文庫(評価:3)

《参考記事》
野村美月『天使のベースボール2巻』について
野村美月『“文学少女”と死にたがりの道化』
続・野村美月『“文学少女”と死にたがりの道化』
続々・ 野村美月『“文学少女”と死にたがりの道化』
by imadegawatuusin | 2006-05-10 23:24 | 文芸
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