「見えない障害」への理解を

今日の『朝日新聞』の投書欄に、
「『普通に見える』裏の苦労」という
私の投稿が載りました。

私には「注意欠陥/多動性障害」という障害があります。
「注意欠陥」が特に強く、
財布をなくしたことはこれまでに30回ではすみません。
携帯電話も20回以上なくしました。
子供のころには体育の授業がある時に
体操服を持って行かなかった日の方が多かったりします。
「コンサータ」という治療薬を飲むようになって
物忘れや物なくしは減りましたが、
そうしたことが全くなくなったわけではありません。
2年前には障害者手帳も頂きました。

私の頭は
一度に二つ以上の物事を同時に考えることが
難しい仕組みになっているようです。
たとえば、
駅の自動販売機で切符を買います。
切符が出てくると、
「切符を取ろう」と考えます。
そのとたん、
持っていた財布のことは
たちまち頭から抜け落ちてしまうのです。

ところが
人と話したりものを書いたりといったことには
問題がありません。
知能テストでも、
テストだけに集中すればいい点が取れます。
ですから、
「物忘れや物なくしがひどい」と言っても
気が緩んでいるだけとしか思ってもらえませんでしたし、
自分でもそう思っていました。
しかしさすがにおかしい、
若年性痴呆症か何かではと思い病院に行ったところ、
「注意欠陥/多動性障害」とわかったのです。

私は今、
財布と携帯電話にヒモをつけ、
ズボンにくくりつけて暮らしています。
そうしなければ
これらの大切なものをたちまちなくしてしまうからです。
ですがこれが格好悪く見えるのか、
「ヒモに頼ってはいけない。
 財布や携帯電話は
 『心のヒモ』でつなぎとめておくべきだ」などと
言われることがあるのです。

私が、
物忘れや物なくしをしないように
気をつけていないわけではありません。
むしろ人一倍 気をつけて生きてきました。
ですが、
私のこの頭では
「気をつける」だけではダメなのです。
さらに進んで、
大事なものはヒモでつるすなどの
創意工夫が要るのです。

足の悪い人が杖をついているのを見て、
「杖に頼るな。
 『心の杖』で歩くべきだ」という人はいません。
目の悪い人がメガネをかけているのを見て、
「メガネに頼るな。
 『心のメガネ』で ものを見ろ」という人もいません。
「注意欠陥/多動性障害」を持つ私にとって
財布や携帯電話をつるすヒモは、
足の悪い人の杖や
目の悪い人のメガネのようなものなのです。

世の中には自分の持つ障害を
工夫や努力で補っている人がいます。
そうした人の中には、
少し見ただけだと
どこが障害者なのかわからない人もいます。
けれどだからといって
その人が障害に苦しんでいないわけではないのです。
「普通に見える」・「障害者に見えない」裏で
普通の人には必要のない
苦労や努力や工夫をしている人がいることを、
ぜひ知っていただきたいと思います。


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by imadegawatuusin | 2014-01-22 17:59 | 暮らし家庭