小学校の通知表に「愛国心」:埼玉など4県で今も

――小学生の愛国心を3段階でランク付け――

■「愛国心A」・「愛国心B」・「愛国心C」!?
「愛国心」表記を
通知表の評価項目に盛り込んでいる公立小学校が
埼玉県で52校に上り、
岩手・茨城・愛知県にもあることが
毎日新聞の報道で明らかになった(毎日新聞5月26日)。

これによると、
たとえば埼玉県のある小学校の通知表には、
「わが国の歴史と政治、
 および国際社会での日本の役割に関心を持って意欲的に調べ、
 自国を愛し
 世界の平和を願う自覚を持とうとする」
という項目があり、
担任によって3段階で評価されているという。

■小泉首相、『愛国心の評価は不要』・『今はない』
通知表での「愛国心」評価を巡っては、
2002年度に福岡市で69の市立小学校で実施されたものの、
市民団体の反発もあり、
翌年度から削除されたという経緯がある。

福岡市でのこの通知表は、
今月24日の衆議院教育基本法特別委員会でも取り上げられ、
小泉首相は答弁の中で、
「(筆者注:愛国心を)評価するのは難しい」、
「小学生に対して愛国心があるかどうか、
 そんな評価は必要ない」と述べ(毎日新聞5月25日)、
「いまは、これは使われていないと聞いております」
と語っていた(しんぶん赤旗5月26日)。

■小学生の「愛国心」をどうやって評価するのか
小泉首相も言うとおり、
小学生の愛国心を教師が3段階で評価するのは
非常に難しいと言わざるをえない。
そもそも いったいどうやって
子供が「自国を愛し」ているかどうかを判断するのか。
入学式や卒業式で
「君が代」を歌っている子は「愛国心A」で、
歌わない子は「愛国心C」とでも評価するのか。

自国の国歌に誇りを持ち、
大きな声で歌うのも、
もちろん立派な愛国心ではあるだろう。
しかし、
この国を一日も早く
「君が代」から「民が代」に変え、
身分や家柄で差別があったり
生まれつき職業を規定されたりすることのない
自由な共和国にしようと考えるのも、
これまた立派な愛国心ではないだろうか。
「君が代は千代に八千代に……」
(「天皇陛下の御代は千代にも八千代にもわたるほど
  長く続きますように……」)
という願いを持つことだけが愛国心ではないことはいうまでもない。

■北朝鮮への「愛国心」を日本の教師が評価する?
それに公立の小学校には、
日本国籍の子供だけではなく、
外国籍の子供も在籍している。
その子供たちにとって、
そもそも「自国」とは何なのか、
という問題も起こってくる。
もしその学校に
北朝鮮の公民である子供が在籍していた場合、
自らの「自国」である北朝鮮を「愛」しているかどうかを
日本の公立学校の教師によって評価され、
ランク付けされることになってしまう。

■「世界の平和を願う自覚」も教師の主観で評価される
また、
こちらの方はあまり問題にはされていないが、
同じ項目にある「世界の平和を願う自覚」についても
同様のことが言えるはずだ。

例えば、
公立小学校の先生たちの最大の職員団体である日教組は、
「教え子を再び戦場に送るな」を旗印に、
自衛隊のイラク派遣に強く反対している。
僕も個人的には、
自衛隊がイラクで、
純粋な人道支援活動だけでなく
武器を持った米兵の輸送まで行ない(朝日新聞2004年4月9日)、
国連決議もないままイラクを先制攻撃した米軍を
イラクにおいて公然と支援している現在のあり方には
大きな疑問を感じている。

しかし、
いかなる行きがかりがあったとしても、
我が国がアメリカの対イラク先制攻撃を
真っ先に支持した以上、
自衛隊の派遣も含む最大限の支援活動を
イラクに対して行なうことが
世界の平和に対する責任だろうという考えも
やはりありうるとは僕は思う。

しかし、そのように考えて
「自衛隊をイラクに送るべきだ」と主張する子供は、
日教組の先生から見れば
「世界の平和を願う自覚」が足りない子供だと
評価されてしまう危険性もあるのではないか。

小学生の「愛国心」や「世界の平和を願う自覚」を、
担任の教師が3段階で評価するのは、
現実的には主観的な判断に傾かざるをえず、
問題が多いと僕は思う。

■小学生に「愛国心」3段階評価は不要
以上の理由で僕は、
小学校における
「愛国心」や「世界の平和を願う自覚」の
3段階評定には反対する。

報道を受けて「愛国心通知表」を使っていた小学校の中には、
これを見直す動きも出てきているという。
僕は、
「愛国心通知表」を使用しているすべての小学校に対して、
このようなやり方をただちに改めるよう強く求める。
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by imadegawatuusin | 2006-05-26 12:30 | 政治