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林みかせ『君とひみつの花園』について

■『恋愛方向』には進まない画期的な「女装女子寮モノ」 
全寮制の女子校で、
同室になったルームメイトが実は男の子だった……
という設定は、
そう珍しいものではない。

古くは『聖ルームメイト』があるし、
近年では
『Wジュリエット』・『きらきら迷宮』・『天使じゃない!』といった作品が
思い浮かぶ。

ただ本書は、
同じ部屋で暮らすことになった少年と少女との関係が
必ずしも『恋愛』という方向には向かわないという点で、
従来の作品とは明らかに一線を画している。

■「ラブコメ」のキャッチコピーは詐欺である
ブックカバーの作品紹介には
「秘密の女子寮ラブコメディ」とあるが、
編集者の手によってなるこの手のキャッチコピーを鵜呑みにすると
大変危険だ。
はっきり言って詐欺に等しい。
本書・『君とひみつの花園』に
「ラブコメ」的な要素は
はなはだ稀薄であると言わざるをえない。

本作のヒロインである綾瀬ナツは、
「武道バカな兄ちゃんたちに育てられて」きたためか(本書33ページ)、
いわゆる「女の子らしさ」にやや欠ける点がある。
ところが、というべきか、
だからこそ、というべきか、
ナツはいわゆる「女の子らしさ」に過大なまでの憧れを抱いている。
この全寮制の女子中学にも
「女の子らしくなるため」にわざわざ転入してきたのである(本書11ページ)。

だから、彼女が「運命の出会い」と呼んではばからない
ルームメイトの女装少年・紺野藤緒との出会いも、
決していわゆる「王子様との出会い」ではない。
「女らしくなって男の子にモテたい」と願う彼女にとって、
紺野藤緒はいわば理想の「姫」だったのだ(本書12~13ページ)。

ナツからみる藤緒は、
あるときは「理想」であり(本書13ページ)、
あるときは「師匠」であり(本書35ページ)、
あるときは「嫉妬の対象」であったりする(本書40ページ)。

そして最終的には、
「男モテ」を目指すナツにとっての「ライバル」として(本書138ページ)、
そして何より彼女の1番の親友として(140ページ)、
二人はいい感じの友情を育んでゆく。

■演技を演技と感じさせない演技力
穏やかで優しくおしとやかで、そして何よりかわいらしい藤緒は
(ナツはこれを「空気がある」あるいは「女子力が高い」と呼ぶが)、
年ごろの男たちの憧れの的だ。
(本書138ページには、
 藤緒は「外にでれば必ずナンパされる」とまである)。

しかしこの、いかにも「女の子」な藤緒の人格は、
実は意図的に「つくって」いるもの、
つまり演じられたものである。
しかし彼の「女の子」としてのしぐさや行動は、
全くそれを感じさせることがない。

おそらく藤緒は、
今まで漫画界で描かれてきた女装少年の中でも、
最も演技力の高い男の子の一人であろう。
何しろ彼は、
ナツと二人きりでいるときを除いて、
まったくと言っていいほど「素」の自分を見せようとしない。
その演技が、
痛々しいまでに徹底している。
完璧なのだ。
一言で言えば、
「演技を演技と感じさせない演技力」を
彼は持ち合わせている。
それは読者をしてときに、
どのシーンが演技でどのシーンが「素」なのか
わからなくさせてしまうほどなのだ。

■漫画界でも稀有な自然な女装ぶり
実に当然のことながら、
女装少年には演技派が多い。
本来男の子であるものが、
女の子としてやっているのだから当然だ。

しかし彼の「女の子」ぶりは、
桁違いに自然なのである。
もしかすると「女の子」は演技、という方が嘘で、
実は『ストップ!!ひばりくん!』のひばりくんや
『女のコで正解!』の由紀ちゃん、
『少女少年~GO!GO!ICHIGO』の苺くんのような、
「体は男、心は女」というタイプの性同一性障害者なのでは……と
ふと思えてしまうことがあるほどだ。

だが、
ひばりくん・由紀ちゃん・苺くん……といったタイプのキャラクターたちは、
自分が「女の子扱い」されたとき、
やたらと 喜んだり はしゃいだりして浮かれてしまう傾向がある。
(『ストップ!!ひばりくん!』アニメ版の主題歌の一節に
 「男か女かなんて
  どうでもいいこと」というフレーズがあったけれど、
 あの歌を作詞した人は明らかに作品を誤解していたと僕は思う。
 ひばりくんにとっては、「男か女か」ということこそが最も重要な関心事であり、
 その一点に命を懸けていると言っても過言ではない。
 それと比べればその他のことこそ、
 ひばりくんにとっては全く
 「どうでもいいこと」だったのである)。

ところが藤緒には『それすらない』。
彼はごくごく自然に、「女の子」ができてしまうのだ。

たとえば街を歩いていて、
男の子にナンパされたとする。
そんなとき、
彼は一切 迷惑そうなそぶりを見せたりしない。
だからといってわざとらしく、
「キャーッ、うれしーっ!」などと言って はしゃいだり、
やたら気合を入れてニマッと笑顔を作ったりはしない。
「お茶しよーよ」と誘われれば
「用事があるので…」とさりげなく
(だが決して冷たく突き放す感じではなく)断り、
「メルアド教えてよ」と言われれば
「家 厳しくて持ってないんです…」と、
さらりとかわしてしまうのだ(本書25ページ)。
(いまどき「家 厳しくて……」などというセリフを、
 「ぶりっ子してる感じ」を一切感じさせずに
 ごく自然に言える彼は本当にすごい。
 漫画界でも稀有な存在だと僕は思う)。

そして注目すべきは、
そんなときの彼の表情なのである。
にこやかに、穏やかに、おしとやかに、
彼はこうしたナンパに対応する。
明るすぎることもなければ暗すぎもせず、
気合いを入れすぎた感じもしない。
とにかく思いっきり「自然」なのだ。
彼が実は異性愛者の男の子なのだと知っている読者から見てさえも、
全く違和感を感じさせることがない。

男子校に呼ばれてアイドルと化し、
「藤緒さまーっ」・「すげーかわいいっすっ」・
「生で見たの初めてだよぉ」・「だいすきです! マジですっ」
などと騒がれたときも、
嫌がるそぶりもみせず、
だからといって過度に面白がったりもせず、
本当に穏やかに にこっとほほ笑むことができる(本書75ページ)。

下級生の女の子たちがクリスマスツリーの飾り付けに苦労しているのを見れば
そっと花を添えてツリーを鮮やか飾ってみせたり(本書59ページ)、
捨て犬が雨で濡れていればそっと笠を差し出したりする(本書81ページ)……、
そんな「演技」ができてしまう人なのだ。

■最後まで「女装の真の理由」を知らされない主人公
僕は最初に、
「女装女子寮モノ」の先行作品として、
『聖ルームメイト』・『Wジュリエット』・『きらきら迷宮』・『天使じゃない!』の
4つを挙げた。
これらの4作ではいずれも、
作品開始早々に少年の女装は主人公にバレ、
その時点で少年は主人公に、
「自分はなぜ女装しなければならないのか」を
説明することになっている。
この作品でも、
第1話の前半で藤緒の女装はナツにバレる。
そしてその際、
藤緒はナツに、女装の理由を次のように説明するのだ。
「家が代々 歌舞伎を生業としてんだっ
 で ここで『女』を学びながら
 高校卒業まで『女』を演じ通すって
 一石二鳥な修行してんだよ…!!」(本書19ページ)

この説明は確かに『嘘ではない』。
だが、実のところ、
「なぜここまでしなければならないのか」という、
ある意味では一番肝心の部分について、
藤緒は意図的に伏せている。

その『真の理由』は読者には徐々に明らかにされてゆくのであるが、
ナツがそれを聞くことはない。

だから結局ナツは、
藤緒の女装の『真の理由』を知ることはない。
最初の時点で知らされないというだけでなく、
作品の最後まで知らされないのだ。
『真の理由』は藤緒の胸の内にのみ秘められている。

そしてこれが、
藤緒の類まれに見る「完璧な演技」を支える動機となっている。
この点が、
本作・『君とひみつの花園』を
従来の作品とは一味違った作品に
仕上げていると言えるだろう。
ともすればワンパターンに流れがちな「女装女子寮モノ」というジャンルに
新たな可能性を感じさせた作品だ。

■「ラブリーデイズ」 作者の『ララ』初掲載作品
なお本書には「君とひみつの花園」のほかにもう一作、
「ラブリーデイズ」という短編が収録されている。
本書の作者・林みかせさんが
少女漫画雑誌『ララ』の本誌に
「初めて……載せてもらえた作品」ということだ(本書155ページ)。

主人公は文学少女の樋口伽乃。
弓道場が舞台の恋愛小説を読んで、
その凛とした空気と淡い恋の世界から気持ちが抜けきれないまま
つい学校の弓道場に足を運んでしまう。
そして、そこで彼女は出会ったのだ。
小説の少年の雰囲気と重なる、
彼の弓を引く凛とした姿に。

幼馴染が止めるのも聞かず、
彼女はさっそく弓道部に入部した……。

「ラブコメ」という言葉を使うのであれば、
むしろこちらの作品こそがその言葉にふさわしいのではないだろうか。
さわやかな青春ラブコメ物語である。

酒井徹お薦めの女装漫画》
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2.吉住渉『ミントな僕ら』全6巻、集英社リボンマスコットコミックス
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【本日の読了】
林みかせ『君とひみつの花園』白泉社花とゆめコミックス(評価:3)
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by imadegawatuusin | 2006-06-30 17:20 | 漫画・アニメ
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