野村美月『"文学少女"と飢え乾く幽霊』について

■『嵐が丘』に着想を得つつ
 その構造を内側から食い破る実力作
本作・『"文学少女"と飢え乾く幽霊』は、
野村美月さんの「文学少女シリーズ」の第2弾である。
前作『"文学少女"と死にたがりの道化』は、
太宰治の『人間失格』に着想を得たミステリーとして
一部で大いに話題を呼んだ。
今回の『~飢え乾く幽霊』は、
19世紀のイギリスの文学者・エミリー=ブロンテ〔注1〕の
『嵐が丘』をモチーフとしている。

最後の最後まで読まないと
何がどうなっていたのかよくわからなかった前作と比べ、
今回の『~飢え乾く幽霊』は、
比較的早い段階で「物語の構図」の把握が可能だ。
おそらく読者の大半は
(『嵐が丘』という作品を知る・知らないに関わらず)、
この本の半分も読み終わらないうちに
この物語における主要な事実関係、
つまり『嵐が丘』的構図というものを
ほぼ掴み取ることができるであろう。

具体的には、
雨宮蛍の後見人である黒崎保の正体が
実は蛍の母・九条夏夜乃の幼馴染である国枝蒼だという事実。
そして彼が、
夏夜乃の娘である蛍を夏夜乃の身代わりに仕立て上げようとしているという
事実である。

だが、この作品の真骨頂は、
読者が以上の事実に気付き始めたそのところから始まるのである。

確かに読者は、
本書に展開される『表面的な』事実関係、
つまり「一体何があったのか」ということに関しては、
比較的 簡単に見抜くことができる。
そして、それは決して『間違っている』わけではない。
けれど野村さんは、
この『嵐が丘』的な事実関係というものを
まずはいったん作品の中に取り込んだ上で、
それを内部から食い破ってゆくという力技を披露する。

本書279ページで、
本書の語り手である井上心葉は次のように言う。

まだ、この物語は終わっていない。

まだ明かされていない真実がある。


物語の後半、
「まだ明らかにされていない真実」が次々と明らかにされてゆく中で、
物語は何度も何度も塗り替えられ、
その色合いを変えてゆく。
それまで見てきた物語が、
ちょっとした視点の転換で全く違う物語となってゆく妙味を
読者は味わうことができるだろう。

そして、最後に残る、
重く、けれど深く静かな読後感を
ぜひとも多くの人々に僕は感じてもらいたい。

〔注1〕『嵐が丘』の著者であるエミリー=ブロンテに関しては、
その姉・シャーロット=ブロンテもまた文学者として有名である。
エミリーの『嵐が丘』は出版当初は猛烈な非難ないしは黙殺をもって迎えられたが、
姉・シャーロット=ブロンテの代表作『ジェーン・エア』は出版当初から読者の歓迎を受けてきた。
近年でもこの『ジェーン・エア』は、
少女小説家・氷室冴子さんの傑作『シンデレラ迷宮』や『シンデレラミステリー』の
極めて重要なモチーフになるなど根強い人気を誇っている。
(『シンデレラ迷宮』において準主人公的役割を務める「ジェーン」が、
 実はこのジェーン=エアなのだ)。


《参考サイト》
「野村美月『“文学少女”と死にたがりの道化』」
「続・野村美月『“文学少女”と死にたがりの道化』」

野村美月『天使のベースボール』について
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by imadegawatuusin | 2006-09-12 20:52 | 文芸