短歌とは臆病者の文学だ

僕は「小説」を書こうとしたことがある。
そして実際、書き上げた。
けれどそれが、
本当に「小説」になっているのかどうか、
僕には全くわからなかった。

「ちゃんとした小説家」の「お墨付き」をもらわなければ、
「この文章」を僕は到底、
胸を張って「小説である」とは言う自信がなかった。

僕は「詩」を書こうとしたこともある。
けれどそれが、
本当に「詩」になっているのかどうか、
僕には全くわからなかった。

「ちゃんとした詩人」の「お墨付き」をもらわなければ、
「この文章」を僕は到底、
胸を張って「詩である」と主張する自信はなかった。

しかし、短歌の場合は少し違った。
「5・7・5・7・7」。
それが短歌の、たった一つのルールである。
そして、問答無用のルールでもある。
うまいのか、下手なのか、
優れているのかいないのか。
それは僕にはわからない。
けれど、「5・7・5・7・7」の文章ができたとき、
僕にはそれが、短歌であることを疑う余地はないように思えた。

短歌は臆病者の文学だ、と思う。
「入り口で拒絶されること」が絶対にない。
それがどんなにへたくそでも、
「こんなものは短歌ではない」とは言わせない。
「それ」は、
「5・7・5・7・7」という鉄壁の形式に
固く固く守られている。

その「囲い」の中では、
ちょっとぐらい冒険してみてもいい。
たまには羽目を外してみても構わない。
僕をして、そんな気にさせてくれる。

短歌とは、臆病者の文学である。
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by imadegawatuusin | 2006-11-28 13:56 | 文芸