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やぶうち優『少女少年II―KAZUKI―』解説(その3)

――「少女少年活動=役者としての実力証明」という新視点――

■役者としての「すごさ」は物語そのものに語らせる
漫画という媒体は原則的に、
静止した絵(コマ)の連続とセリフ(および擬音など)とによって成り立っている。
「動き」や「音」は直接的には表現できず、
あくまでコマの連続とセリフ・擬音などから
読者が想像して補うしかない。

このような表現手段の宿命ともいえるのが、
「動きや音にかかわる『すごさ』を
 いかに説得力を持って描けるか」という課題である。

やぶうち優さんの『少女少年』シリーズでは、
女の子に扮した男の子たちが
歌手・子役・モデル・声優などの各種芸能に挑戦する。
「モデル」だけは別として、
その他の「歌手」・「子役」・「声優」などについては、
読者は彼らの「すごさ」を
作品そのものから体感することは不可能だ。

そこで通常は、
「歌を聴いた人が感動のあまり涙する」、
「サイン会に大勢のファンが押しかけ社会現象になる」、
「その実力を『その道のプロ』(大物プロデューサーなど)から大絶賛される」
などの「目に見える」方法によって
二次元芸能人はその「すごさ」を読者の前に「証明」することになるのだが、
言うまでもなくこれらは、
小手先めいた安易な方法であり、
お世辞にも上等なやり方ではない。

その漫画の作者であれば、
歌を聴いた人に涙を流させたり、
サイン会にファンを押しかけさせたり、
大物プロデューサーに絶賛させたりするのは簡単なのだ。

例えて言うなら、
漫画やドラマで「世界一の美人」を表現するには至難のわざを要するところを、
小説だから本文の中に、
「彼女は世界一の美人だ」と一言書いただけで
済ませてしまえという態度に似ている。

そんな安易なやり方で実力を「証明」されたとしても、
読者は説得力を感じない。
漫画であれ、小説であれ、
その表現方法によっては直接描ききれない部分の「すごさ」は、
物語(ストーリー)そのものに語らせてこそ
初めて説得力を持つものなのだ。

前書きが長くなった。
本題に入ろう。

『少女少年』第一期において白川みずきの歌唱力は、
赤沢智恵子の心と行動とに及ぼした影響力の強さによって証明される。

漫画は音を出すことができない。
だから僕たちは、
白川みずきがどんな声で どんな歌を歌ったのか、
それは想像するほかない。

けれど僕たちは、
白川みずきの歌のすごさを知っている。
それは決して、
白川みずきの歌唱力が芸能プロに認められたからでも、
サイン会に大勢のファンを動員したからでもない。
白川みずきの歌声が、
アイドル嫌いの一人の少女の心を解きほぐし、
共鳴し、
彼女をして自分の好きな男の子に、
素直な気持ちを伝えさせたということを
僕らは知っているからだ。

単にファンに「感動した」・「すばらしい」と言わせるだけにとどまらず、
それを聴いた者の心を実際に変え、
行動を変えたという点にこそ、
白川みずきのすごさがある。
これこそが、
白川みずきが「物語(ストーリー)に語らせた実力」なのだ。

そして やぶうち優さんは、
『少女少年II』においても、
主人公・星河一葵の実力を物語そのものに語らせている。

もちろん、
一葵の「実力の証明」としては、
前述の「小手先めいた手法」も使われてはいる。

一葵は芸能プロドューサーに「天性の才能」を認めさせ(本書101、206ページ)、
「めったに
 ほめないことで
 有名」な監督に
「最高の
 ほめ言葉」をかけられ(本書140ページ)、
多くのファンを獲得する(本書142ページ)。

しかし、
役者としての一葵の実力を最も説得力を持って証明するのは、
大空遥がマスコミ記者を前に語ったあの言葉、
「みなさんも
 一葵の実力は
 よくご存知
 でしょう。
 だって一葵は
 この半年間、
 りっぱに“女”を
 演じきったじゃ
 ないですか」である(本書196ページ)。
大空遥はこう語る。

みなさんの中で、
一葵が男だと
気づいた方は
いらっしゃいますか?
……
おわかり
いただけた
でしょう?
一葵の実力は
だれもが認める
ところなのです。(本書197ページ)


そう。
『少女少年』というこの物語の構造そのものが、
星河一葵の最大の実力証明だったと言ったのだ。

■江戸の仇は長崎で! 大空遥、12年越しの「タブーとの闘い」
考えてみれば、
これは驚くべき発想の転換、
大どんでん返しである。
僕たち読者はこのページに たどり着くまで、
「男だってことが
 バレた時点で、
 ギョーカイ
 永久追放」(本書55、83ページ)という「芸能界の常識」に
完全に支配されてきた。
男であるにもかかわらず女として芸能界で暮らしてきたという経歴は、
どう考えても隠すべき、マイナスのものとしか
捉えられない状態だ。

ところが大空遥は、
星河一葵の少女少年としての生活を、
「りっぱに“女”を
 演じきった」と臆することなく言ってのけ、
役者としてむしろプラスの事柄、評価の対象であると
堂々と再規定したのだ。
たいした役者である。
(もちろん、大空遥は「たいした役者」なのであるが)。

僕たちは、
初代少女少年である白川みずきが
どのようにして芸能界から追放されたかを知っている。
本当の性別を暴かれた彼は、
多くのファンの罵声を浴びながら
華やかな舞台からあっけなく退場していった。

だからこそ、
「男だってことが
 バレた時点で、
 ギョーカイ
 永久追放」という村崎ツトムの言葉には
重いリアリティーがあったのだ。

そしてそれは、
「女優の妊娠は致命傷になりかねないスキャンダル」という、
当時の「芸能界の常識」にあらがえず、
愛する我が子を手放さざるを得なかった12年前の彼女の姿に
どこか重なって見えるのである(本書25ページ)。

12年前、「芸能界の常識」の前になす すべのなかった遥。
そしてそのことが今回の事態を引き起こしたのだとすれば、
彼女は、
今度こそは負けるわけにはいかなかったはずである。

「江戸の仇は長崎で」。
少し違うかもしれないが、
僕はそんなことわざを思い出す。

12年前は
「致命傷に
 なりかねない
 スキャンダル」であった女優の妊娠も、
「今はもうそんな
 ことはない」(本書25ページ)。
ならば、
「星河かずきは男であった」ということも、
決して絶対的なマイナス要因ではないはずだ。
遥には、
そんな確信があったに違いない。

彼女は、
12年のときを経て、
形を変えて再び目の前に立ちはだかった「芸能界の常識」に
ひるむことなく再戦を挑み、
そして今度は鮮やかな勝利を勝ち取った。
「かくし子発覚」は「感動の親子愛!!」に、
「大人気少女子役 実は男」は「実力派! 星河かずき(12)」に(本書194、198ページ)。
遥の一言は、
「芸能界の常識」を覆し、
芸能史の流れを大きく転換させたのだ。

その影響は、
その後の『少女少年』各作品にも著しい。
『少女少年V』の蒔田稔は、
男だということがバレた後も社会に温かく迎えられたし、
『少女少年IV』の白原允などは
最初から「女装アイドル」として売り出すことも提案された。
『少女少年VII』の「万丈千明」などに至っては、
いずれ男として再登録する日のことを見越し、
芸名を付ける段階からして
「男女どちらでも使えるものを」との配慮がなされたほどなのである。
(身体的な性別が判明した後も
 クラスメートが章姫いちごを「女の子」として受け入れ続けてきた
 『少女少年~GO!GO!ICHIGO』なども、
 この流れの延長線上に位置づけられるかもしれない)。

いまや『少女少年』の世界では、
「男だってことが
 バレた時点で、
 ギョーカイ
 永久追放」などということは
「今はもうそんな
 ことはないが、
 当時は……」という枕詞を付けて語られる
昔話に他ならない〔注1〕。
けれどそれは、
決して
「世の中の流れが変わったから自然にそうなった」
というものではない。
そこには、
かつて自らも「芸能界の常識」に押しつぶされた経験を持つ、
一人の女性の闘いがあった。
かつて「芸能界の常識」に押しつぶされた一人の女性が、
「芸能界の常識」を見事に変えて見せた、
もうひとつのドラマがあったのだ。
〔注1〕ときどき『少女少年』について、
「毎回、『バレたらおわり』のドキドキ感が魅力」と評する人がいるが、
僕はこの考え方には賛同できない。
「バレたらおわり」の世界は、
(少なくとも『少女少年』の世界では)
この『少女少年II』の最終回ですでに終わっているのである。
その証拠に、
『少女少年IV』の允くんがスカウトされた際、
「それって、
 よくある『バレたらおわり』ってやつ!?」と質問したときに、
村崎ツトムははっきりと、
「そこら辺は心配ないよ!」と言明している。
(そのあと、
 「なんなら最初から
  男だって明かして
  "女装アイドル"として売り出してもいいし!」と
 話は続くのであるが……)。
これ以降の少女少年たちが「正体」を隠して女装するのは、
もはや社会的な理由からではなく、
もっと個人的な理由による。
男だということが「バレるかバレないか」は、
以後の作品においても依然重要性を持つものの、
それはあくまで個人的な人間関係の維持のためであり、
かつて『少女少年』第一期で晶が恐れていたような、
「詐欺」だの「変態」だのといったレッテルを貼りつけられて
社会全体から排斥されることを恐れる必要は
あまりなくなっているように見受けられる。
少なくとも、『少女少年II』以降の作品は、
「男だとバレる=業界永久追放」の図式がもはや崩壊した世界での物語だ、
ということは間違いない。



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