モザイクの中の人権を護れ!

僕たちの国には、
人権によって護られるべき人間と
そうでない人間がいるのだろうか。
何の罪もない(少なくともまだ何もしていない)人々を、
信じている宗教によって差別する……、
こんなことが許されてもいいのだろうか。
もちろん許されるはずがない。
思想や信仰の自由は最も大切な人権だからだ。
他の人権は「公共の福祉」に服する可能性があるのに対し、
思想や信仰の自由だけは「公共の福祉」の介入を許す余地のない人権であり、
たとえ死刑囚であっても100パーセント護られるべき
絶対的な人権だからだ。
こんなことは当然のことだ。
当然のことであるはずだった。
けれど現実には、決してそうではなかった。

最近、
「人権」という言葉がどんどんカッコ悪くなっていく。
人権なんて、
自分のエゴイズムを正当化するためのものでしかない。
ダサくて、汚くて、そして卑怯だ……、と。
けれど僕は人権思想を、
つまり「どんなに自分と意見の違う人の人権でさえも認める」という考え方を
エゴイズムの対極にある思想だと信じたい。
自分と違う思想を持つ人や、
自分と違う信仰を持つ人の人権を擁護することは、
決して偏狭なエゴイストに出来ることとは思えない。
深くて、そして大きな心を持つ人だけに
出来ることだと思うから……。

今回は森達也さんの書いた
『「A」撮影日誌』という本を取り上げたい。
森さんは、
13ヶ月にわたってオウム真理教の荒木浩広報副部長に密着し、
ドキュメンタリー映画『A』を制作した監督だ。
取材の順番をめぐって大ゲンカを始める民放記者。
大勢の市民の前で堂々と暴力をふるう警察官。
そして何より、それをはやし立てる市民……。
信じられない、いや、信じたくない映像の数々を
森監督は突きつける。
けれど、その映像に対する解釈を
森監督は押し付けない。
後は自分で考えろと、あえて見る人を突き放す。

この本は、そんな『A』の撮影日誌だ。

確かに、
一連の事件を引き起こしたオウム信者の罪は極めて重い。
定められた手続きに従って
厳しい制裁を受けるのは当然だと思う。
これは何も、
「お前はオウムを擁護するのか」と言われたくなくて、
弁解のために一応言っているわけではない。
僕は彼らを憎んでいる。
心の底から憎んでいる。
彼らは、僕の大好きな日本を
僕から奪い取ったのだ。

オウム事件が起こるまでのこの国を
僕はとっても好きだった。
おそらく、森監督もそうだったのだ。

僕は日本を愛していた。
この国に生まれたことを誇りに思っていた。
この土地を、この町を、この山河を、人々を、
何よりも愛おしく思っていた。
南京で虐殺された人の数が
3000だろうが30万だろうがどうでもよい。
慰安婦が実は志願したのか強制されたかもどうでもいい。
数字や記録にこだわらず、
ひたすら謝罪し反省する日本を、
僕は誇りに思っていた。
徹底した自虐史観に誇りを持っていた。
国旗国歌を持たないことに誇りを持っていた。
戦争放棄を宣言して
非武装中立と言う夢を持ち続けることを誇りに思っていた」(森達也 「ポストオウム・1999年11月29日に思うこと」 『ドキュメントオウム真理教』)。


ここに引用した「僕」(=森監督)の気持ちは、
そのまま僕に当てはまる。
オウム事件が起こるまで僕は、
自分がこんなにこの国のことが好きだったなんて知らなかった。
「何が日本だ、愛国心だ。
 こんな国、さっさと滅べばいいんだよ」と
平気な顔で言っていた。
でも、本当はそれは違っていた。
「日本なんて嫌いだ」と平気な顔で言えるこの国を
僕は本当は好きだったのだ。
僕は、オウム事件が起こった後で、
ようやくそのことに気がついた。
そして、そのときにはもう遅かった。
「親孝行したいときには親はなし」っていう川柳があるけど、
そんな気持ちだ。
ケンカばかりしていた恋人と別れた後で、
実はその恋人をものすごく好きだったことに気付く、
って筋書きの少女まんががよくあるけど、
なんかそれにも似ている。
謙虚で平和で自由な空気が日に日に薄れていく中で
ようやく僕は気がついたのだ。
僕がどんなに「嫌いだ」と言っても許してくれるこの国を
僕は心底好きだったのだ、と
(日本国への告白なんてとてつもなく恥ずかしい。
 読んだ人は今すぐ忘れるように)。

そんな愛すべき祖国・日本をすっかり変えてしまったのが
オウム事件だったのだ。
オウム事件は、
「個人の自由ばかりを重視して国家がきちんとしていなければ
 大変なことになってしまう」という認識を
みんなの心に植えつけた。
オウム事件は日本の世論を
僕の嫌いな方向へと押しやってしまったのである。
自虐史観も、一国平和主義も、個人主義も、
「戦後民主主義」と言う言葉で一括りにされて一蹴された。
それに代わって、
自由主義史観や祖国防衛主義・公共主義が
大手を振ってまかり通るようになってしまった。
それもこれも、
松本(麻原)被告をはじめとするオウム事件の
実行犯たちのせいである。
彼らは、
僕の愛すべき祖国を殺したのである。
だから、僕は彼らが嫌いだ。
河野さんが無実の罪を着せられたのも、
何の罪もない子供たちが
「麻原の子供」であるというだけで学校に入れてもらえなかったのも、
もとはといえば彼らのせいだ。
僕は彼らを許せない。

しかし今、何の罪もない人々が、
彼らと同じ信仰を持っている、というたったそれだけの理由で
堂々と人権を侵害されている。
中でも、この本の中に出てきた、
警察官による暴力シーンはショックだった。
オウム信者を押し倒し、
後頭部をコンクリートに叩き付けて気絶させる。
そのとたん、
打ち付けてもいない膝を抱えて悲鳴を上げるという
なんともくさい演技を始め、
公務執行妨害罪でオウム信者を逮捕する。
知識として、
「転び公妨」と言われるこういう手法が存在するのは知っていたが、
白昼堂々 多数の見物人がいる中で、
それもカメラが回っている中でやっているとは思わなかった。
人目につかないところでこっそりと、
隠れてやるくらいの後ろめたさは
どこの警察でも持ち合わせていると思っていた。
恐ろしい。

けれど、もっと恐ろしいのは
それを見ていた一般市民の反応だ。

「人間じゃねえんだからよ、こいつら。
 殺されても文句なんかいえねえんだからよ」
と、嬉しそうに言う中年男性。
「ざまあみろバカヤロウ」
と叫ぶ野次馬。
「全部死刑にしちまえばいいんだよなあ」
「ポアされて本望だろ」
などと言う通行人……。

荒木さんは森監督に、
信者の無実を証明するため、
映像を貸してほしいと訴える。
森監督は拒絶した。
監督の映像がオウムに利用されたとなると、
『A』の中立性が疑われ、
作品としての命取りになりかねない。

オウム信者を押し倒した警察官は
「加療3週間」との診断書を提出し、
信者は公務執行妨害罪に加えて傷害罪にも
問われることになってしまった。
起訴直前のギリギリの段階で、
ついに監督は信者の弁護士にフィルムを提供。
慌てた警察は翌日信者を釈放した。
「加療3週間」の警官は、
事件後数日で署内を元気に走り回っていたそうだ。
こんな悪徳警察官こそ逮捕されるべきだろう。

自分の人権さえ護られれば、
他人の人権なんかどうだっていいという考え方は、
結局自分の人権を脅かすことになる。
善良なる市民の人権さえ護られれば、
オウム信者の人権なんてどうだっていいという考え方は、
結局善良なる市民の人権を脅かすことになるだろう。

教団信者への住民票転入届の受理拒否は
今なお全国で続いている。
特定の宗教の信者であることを理由に
住民票が受理されないのである。
これほどあからさまな法律違反が他にあるだろうか。
これほどあからさまな人権侵害が他にあるだろうか。
全国の裁判所で
自治体がたが十何連敗をきっしている事実を見るまでもなく
明らかに法律違反の人権侵害が、
全国で堂々とまかり通っているのである。

転入届不受理といえば、
興味深い話を何かの雑誌で読んだことがある。
あるとき、森監督が役所を訪ねたときのお話だ。
役所の正面には3つの垂れ幕が下げられていた。
右端が
「ふれあいと、対話が築く明るい社会」。
真ん中が
「人権は、みんな持つもの守るもの」。
そして、左端にある、ひときわ新しい垂れ幕には
「オウム信者の転入・転居届けは受理しません」と
書いてあったそうだ。
森監督は、
『この3つの垂れ幕が共存していることに誰も違和感を覚えないのか。
 オウム信者の転入届を受理しないというのなら、
 「人権」の垂れ幕は下ろしてしまえ』といった意味のことを
どこかの雑誌(確か『創』だったと思う)に書いたのだそうだ。
すると数日後、
本当に「人権」の垂れ幕のほうが
そこから下ろされてしまったのだそうなのだ。
転入届不受理の垂れ幕のほうではなく。

そもそも国や自治体は、
特定の思想や宗教の正邪を判定することの許されない、
価値中立的な存在であるはずだ。
たとえ圧倒的多数の市民によって排斥され、
忌み嫌われているような思想・信仰であったとしても、
それを理由に不利益を課したり
差別的な取り扱いをしたりすることは許されない。

しかし現在、
全国各地の自治体が
公然とオウム信者に対する住民票転入届の受理を
拒否している。
住民票転入届の受理を拒否されるということは、
健康保険証がもらえなくなるということであり、
選挙権が剥奪されるということだ。
これはもはや
行政による嫌がらせとしか言いようがない。
そして、
こうした行為が
「オウムには何をやっても許される」という風潮を
助長したのだ。

オウムに対する住民運動は
どんどんエスカレートした。
オウム信者に対する不売運動に始まり、
ごみの回収の拒否までが
ごく当然のことであるかのように行なわれた。
住民たちがオウム信者の乗った車をパンクさせ、
投石し、
電話工事まで妨害した地域もあった。
挙句の果てには、
松本被告の幼い子供たち
(彼らはもはやオウム信者ですらなかった)にまでデモ行進をかけ、
「悪魔のお前たちに人権はない」などと
こぶしを突き上げるところにまで至ったのである。

オウム信者に対する転入届受理拒否は、
価値中立的であるべき自治体の立場を踏み外す行ないである。
大体、
「転入届の受理を拒否されるのが嫌で
 私はオウムをやめました」という人の話を
僕はいまだに聞いたことがない。
むしろ、
「それみたことか。
 やっぱり俗世はむちゃくちゃだ。
 なりふりかまわず我々を弾圧しようとしているではないか」として、
彼らの信仰を一層かたくなにしているようにすら見える。

そもそも、
転入届の受理拒否にどれほどの効果があるのか、
僕は疑問に思っている。
オウム信者の転入届の受理を拒否しても、
信者がそこに住んでいる事実は拒否できない。
オウム信者に対する転入届の受理拒否は、
自治体や住民の
単なる自己満足に過ぎないのではないだろうか。
いい加減にやめるべきだと僕は思うが。
 
僕は、
悔しいことだが
オウム真理教の「日本社会を根底から覆す」という馬鹿げた企みは、
「物の見事に成功した」と言えるのではないかと思っている。
転入拒否、就学拒否……、
「法の下の平等」という日本社会の大原則は、
オウム真理教の前にあっけなく崩れ去ったのである。
東京拘置所の中から
誰かさんの勝ち誇ったような高笑いが聞こえてくるようだ。

人権は、
「最悪の人間」にも適応出来るものでなければ
「人権」ではない。
「オウム信者でさえ」人権が守られてこそ、
僕たちの人権は大丈夫なのだ。

人権は、
決して神様に与えてもらったものじゃない。
僕たちや、僕たちの先祖が
少しずつ、少しずつ築き上げてきたものだ。
だからこそ、
今、僕たちが守らなければ、
誰も代わりに護ってはくれない。
今、僕たち自身の手で護りぬかなければ、
あっという間になくなってしまうものなのだということを、
絶対に忘れてはならないと思う。
『鈴木邦男をぶっ飛ばせ!』「酒井徹の今週の裏主張」No.3より転載)
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by imadegawatuusin | 2002-09-09 09:32 | 差別問題