国境を越えたストーカー騒動

僕の家から歩いて5分くらいのところに
赤留比売神社(あかるひめじんじゃ)という神社がある。
境内があまりにも狭すぎて、
端から端まで30歩で歩けてしまうということから、
地元では普通、
三十歩神社(さんじゅうぶじんじゃ)と呼ばれている。
ぼくの町には、
この神社の祭神である赤留姫(あかるひめ)に関して、
昔から語り伝えられた伝説がある。
この伝説がかなり ぶっ飛んでいておもしろいので、
今回はそれを紹介する。

もともとこの赤留姫という人は、
むかし朝鮮半島に存在した
新羅(しらぎ)という国の皇太子殿下が
小さいときから大事にしていた
赤いルビーの宝石だった。
ところがこのルビーは、
長年大事にされているうちに、
なんと皇太子殿下のことを好きになってしまったのだ。
そこでこのルビーは、
夜空に昇った月に向かって
「お月さま、お月さま、どうか私を人間にしてください……」
と願いをかけて、
ついに人間にしてもらった。
ロマンチックなお話だ。

そして、
皇太子殿下と恋に落ちるわけなんだけど、
二人の結婚に王妃様が反対するのだ。
そんな身元の分からない女と結婚したら
王家の血が穢れるとか何とか、
わけの分からないことをわめきまくったそうなのだ。
余計なことをする奴だ。

そこで、また赤留姫は月を見上げて、
「お月さま、お月さま、どうか私たちを結婚させてください」
と願いをかけた。
するとその夜、
王妃様の枕元に月が現われ、
「あの娘のことはワシが保障する。
 いいかげんに、意地を張ってないで結婚させてやれよ」
と、王妃様を説得してくれたのである。

こうして赤留姫と皇太子殿下は
結婚できることになったのだ。
めでたしめでたし

……と、ここで終わればいいのだが、
話はまだまだ続くのだ。

なんとこの皇太子、
赤留姫と結婚したとたんに態度が変わって、
家庭内暴力をふるうようになってしまったのだ。
赤留姫のことを殴って蹴って、
タバコの火を押し付け……たかどうかは知らないが、
とにかくひどいものだったらしい。
そこで、
赤留姫はまたまた月にお願いをはじめるのだ。
「お月さま、お月さま、どうか私たちを離婚させてください……」
と。
すると月は、
「お前が結婚したいと言うから結婚させたったんやんけ。
 そんなんお前が勝手に自分で何とかせーや、
 ボケーッ!」
っと、
逆ギレしてしまったそうなのだ。
そりゃそうですよね。

そこでようやく、
赤留姫は反省したのだ。
今まで自分は、
お月さまにお願いをするばっかりで、
自分から積極的に何かをやったことは一つもなかった……と。

そして、
赤留姫は家出をすることに決めたのだ。
もちろん、
「家出」といっても
最近はやりの「プチ家出」ではない。
命がけの家出である。
なにしろ、相手は一国の皇太子なのだ。
国中の どこに逃げたって、
最後の最後にはつかまってしまう。
もちろん、時代が時代なので、
外国の大使館に駆け込むわけにもいかない。
逃げるためには国外に脱出しなければならないのだ。

赤留姫は決死の覚悟で宮殿を脱出。
闇にまぎれて何とか海まで逃げたのだ。
そして、
そこに止めてあったボートを盗んで日本海を渡り
(朝鮮では「日本海」じゃなくて「東海」って言うんでしたっけ)、
ついに大阪市の東南部にある平野の町まで
一生懸命ボートをこいで逃げてきたのだ。
赤留比売神社の隣に「平野川」という川が流れていて、
大阪湾からそこを上ってきたそうだ。
すごい根性である
(余談だが、
 戦前、この平野川の改修工事をするために、
 朝鮮半島から多くの人が連れてこられて
 改修工事に従事した。
 この人々が戦後、
 一ヶ所に集まって定住したのが、
 日本一のコリアタウン・生野である)。

しかし、
すごかったのは赤留姫のほうだけではない。
皇太子のほうもすごかった。
自分の妻が家出したことを知ったとき、
自分のやったことを泣いて後悔して、
次の王位も何もかも捨てて、
日本まで追ってきたのである。
まあ、
ストーカーの元祖みたいなものだろう。
それを知った赤留姫はびっくりして、
「別れた夫がしつこく追ってくるんです!」
と言って、
住吉大社に駆け込んだのだ。
結局、皇太子は、
住吉大社の神さんにボコボコにされて、
兵庫県に追い返されてしまうのだ。

こうして赤留姫は、
世界で初めてストーカーを撃退した女になったのだ。
皇太子は今でも、
兵庫県の出石神社(いずしじんじゃ)というところに居座って、
復縁を迫っているという噂である
(ちなみに、この出石というところは そばがおいしいらしい)。

「国境を越えた愛」というのはいくらでもあるが、
「国境を越えたストーカー騒動」というのは
そうそうあるものではない。
神の存在を断じて信じない僕ではあるが、
一応、この赤留姫が僕の「氏神」ということになるらしい。
離婚とストーカー退治にご利益があるらしいが、
恋愛成就のお願いなどは絶対に聞いてくれないという噂である。

なかなかおもしろい話だとは思いませんか?

ちなみにこの話は、
『古事記』にもちゃんと載っている。
最近、文芸春秋社から発売された
『口語訳古事記〈完全版〉』という本が
全国の書店で平積みにされているが、
訳文が読みやすくておもしろい
(それでいて、
 一語一語かなり忠実に訳しているらしい)。
平野に伝えられている伝説とは多少食い違う部分もあるが、
大体のあらすじは同じである。
本の最後に付いている索引で
「アカルヒメ」という言葉を引くとこの話が出てくるので、
読み比べてみるとおもしろいかもしれない
(ちなみに、
 古事記のほうではこの皇太子は
 さらにえげつない人物として描かれている)。

そして、
『日本書紀』にも載っている。
さらにその部分が、
鈴木先生の御本に引用されて載っている。
『こんな日本 大嫌い!』(青谷舎)という
辛淑玉さんとの対談本の中で、
辛さんが「帰化」という言葉の起源を説明するために引用しているのだ。
 
(新羅の王子、天の日槍)己が国を以て弟の知古に授けて化帰す。
〈垂仁三年、「一云」〉(『こんな日本 大嫌い!』134ページ)


この「新羅の王子、天の日槍」(あめのひぼこ)というのが、
今回の話に出てきた新羅の皇太子のことである。
王位を弟に譲り、
赤留姫を追って日本にやってきて、
後に日本に「化帰」したことがここで描かれているわけだ。
これが、外国人が日本の国籍を取ることを
「帰化」と呼ぶようになった始まりである。

もちろん、
この話自体が史実であるかどうかは
かなり疑わしいのも事実である。
ただ、
こういう話が生まれてくる背景には、
もちろんそれなりの事情がある。
僕の住む町・平野には、
古代から朝鮮渡来人が多く住みついていたという。
その証拠に、
平野の周辺には、
杭全(くまた)・百済(くだら)・加美(かみ)・喜連(きれ)などと、
はっきり言って読みにくい地名が少なくない。
これらはどうやら、
古代朝鮮語に由来する知名だといわれている。

また、
「平野」という地名のもとになったといわれる
坂上広野麻呂
(さかのうえのひろのまろ:
 蝦夷「討伐」で有名な坂上田村麻呂の息子で、
 「ひろのまろ」の「ひろの」がなまって
 「ひらの」となったといわれている)も、
元をたどれば朝鮮渡来人の子孫である。
この坂上家の一族は江戸時代になっても平野で勢力をふるい、
分家の一つ・末吉家は
朱印船貿易でベトナムと交易して大もうけしたそうだ。
ちなみに、
東京の「銀座」を作ったのも
この末吉家の人間だ。
坂上家の本家は戦後、北海道に移住したそうだが、
分家の末吉家は今でも神社の氏子総代をやっている。

この話は、
おそらくそうした渡来人によって
作られたのではないかといわれている。

また、
赤留姫が住吉大社にかくまってもらったのも、
住吉の神と関係の深い朝鮮半島にあったもう一つの国・百済と、
皇太子の母国である新羅との対立関係が
背景にあるとも言われている。
赤留姫は新羅からの弾圧を避けるために、
対立関係にあった百済系の施設に駆け込んだのだ。
そう考えれば、
「大使館駆け込み」に通じるような部分もあるのかもしれない。

さて、この赤留姫と天の日槍(皇太子)、
最近ついに顔を合わす機会があったそうなのだ。
2000年ぶりの再会だ。
これは「歴史的会談」である。
そして、
二人は仲良く笑顔を振りまきながら一つの写真に写っている。
「歴史的和解」だ。

この写真は、
「ハナマトゥリ」というフェスティバルの
パンフレットの表紙を飾っている。
「ハナマトゥリ」とは朝鮮語で「一つの祭り」という意味だ。
「ハナ」が「一つ」、
「マトゥリ」が「祭り」を表す。
韓国系の在日団体「民団」と、北朝鮮系の在日団体「総連」が
合同で行なう画期的なお祭りだ。
この、長年対立してきた二つの団体が合同で一つの祭りを開くなんて、
ちょっと前までは考えられなかった。
その、「歴史的和解」の象徴としてパンフレットの表紙を飾ったのが、
赤留姫と天の日槍だったのだ。

天の日槍は過去の家庭内暴力について
「率直に謝罪」したのだろうか。
それとも、
祖国統一のために赤留姫が「大幅に譲歩」したのだろうか。
パンフレットにはそのあたりについて、
何の説明もない。
どうやら、「玉虫色の決着」であったような気がする。
『鈴木邦男をぶっ飛ばせ!』「酒井徹の今週の裏主張」No.6より転載)
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by imadegawatuusin | 2002-09-30 19:03 | 文芸