谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』について

――ハルヒはなぜ、キョンを選んだのか――

■カギは、あの冒頭のモノローグ
「ただの人間には興味ありません。
 この中に
 宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、
 あたしのところに来なさい。以上」(本書11ページ)

これはあまりにも有名な、
本作ヒロイン・涼宮ハルヒ初登場時のセリフである。
そして彼女は、
その言葉を具現してゆくかのように、
自らの結成した学校当局非公認集団・
「世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団」(略称:SOS団)に、
「宇宙人」・長門有希、「未来人」・朝比奈みくる、「超能力者」・古泉一樹を
引きずり込んでゆく。
そして、
彼らと同様にヒロイン・涼宮ハルヒによって
このSOS団に引きずり込まれたのが、
本作主人公・キョンなのであった。

「超能力者」・古泉一樹は
キョンに対してこう言っている。
「あなたについてはいろいろ調べさせてもらいました。
 保障します、
 あなたは特別何の力も持たない
 普通の人間です」(本書169ページ)

キョンは、
ハルヒが「興味」を持たないはずの
「ただの人間」だと言うのである。

キョンは自問する。
「なぜ、俺なのだ?

 宇宙人未来人エスパー少年が
 ハルヒの周りをうようよするのは
 古泉いわく
 ハルヒがそう望んだからだと言う。

 では、俺は?

 何だって俺は
 こんなけったいなことに巻き込まれているんだ?
 百パーセント純正の普通人だぞ。
 突然ヘンテコな前世に目覚めでもしない限り
 履歴書に書けそうもない謎の力も
 なんにもない
 普遍的な男子高校生だぞ。

 これは誰の書いたシナリオなんだ?

 ……お前か? ハルヒ」(本書250ページ)


「なぜ、俺なのだ?」との問いに対し、
理由はいくつか挙げられよう。

一つは、
後に単行本第4巻『涼宮ハルヒの消失』で明らかになった通り、
実はキョンが、
中学生時代のハルヒと出会い、
彼女のその後に大きな影響を与えた、
「世界を大いに盛り上げるためのジョン・スミス」であるという
点である(谷川流『涼宮ハルヒの消失』181ページ)。
実際 涼宮ハルヒは、
すでに1巻本書の時点でキョンに対し、
「あたし、あんたとどこかで会ったことがある?
 ずっと前に」と問いかけており(本書29ページ)、
「ジョン・スミス」のエピソードに向けての伏線は
すでに張られていたことになる。

だが。
少なくとも表面上は、
ハルヒはこの事実に気付いていない。
SOS団団員として、
誰よりも先にキョンを引き入れた理由としては やや弱い。

涼宮ハルヒがキョンに対して恋愛感情を抱いていることを
理由に挙げる向きもあろう。
しかし、
ハルヒがキョンに
そうした感情の片鱗ともいうべきものを見せ始めるのは、
SOS団 結団後の「第一回不思議探索パトロール」の際。
市内探索のためにグループを2つに分けることになり、
「ハルヒ・長門・古泉」組と「キョン・みくる」組に分かれたときの
以下の記述が最初である。

「ふむ、この組み合わせね……」

なぜかハルヒは
俺と朝比奈さんを交互に眺めて鼻を鳴らし、

「キョン、解ってる?
 これデートじゃないのよ。
 真面目にやるのよ。
 いい?」

……マジ、デートじゃないのよ、
遊んでたら後で殺すわよ、
と言い残して
ハルヒは古泉と長門を従えて立ち去った。(本書141~142ページ)


そもそも、
案外 嫉妬深い涼宮ハルヒが(本書212、259~260、267~276ページ)、
朝比奈みくるを部室に連れてきた際、
彼女の胸をもみまくり、
キョンにまで「あんたも触ってみる?」と持ちかけたり(本書61~62ページ)、
メイド姿にさせた際には
「あんたも一緒に
 みくるちゃんにエッチぃことしようよ」と
誘ってみたりしていることからも(本書132ページ)、
涼宮ハルヒがSOS団結団を思い立った当初から
キョンに恋愛感情を抱いていたとは考えにくい。

ここで注目すべき点は、
本書第7章で涼宮ハルヒが
「現実世界に愛想を尽かして
 新しい世界を創造することに決めた」ときのことである(本書274ページ)。
その際、
「こちら(筆者注:=元)の世界から
 唯一、涼宮さんが共にいたいと思った」のがキョンであった(本書275ページ)。
キョンは、
「俺は戻りたい」、
「連中ともう一度会いたい」、
「元の世界のあいつらに、
 俺は会いたいんだよ」と主張する(本書283~284ページ)。
それに対して、
ハルヒが「怒りと悲哀が混じった微妙な表情」で言ったのが、
次のセリフだ。

「あんたは、
 つまんない世界にうんざりしてたんじゃないの?
 特別なことが何も起こらない、普通の世界なんて、
 もっと面白いことが起きて欲しいと
 思わなかったの?」(本書284ページ)。


言うまでもなく、
そこまでの作品展開の中で、
キョンがハルヒに対してそのような主張をした事実は
全くない。
確かにキョンは『心の中で』
こんな思いを抱いては いた。

俺だってハルヒの意見に否やはない。
転校生の美少女が
実は宇宙人と地球人のハーフであったりして欲しい。
今、近くの席から俺とハルヒをチラチラうかがっている
アホの谷口の正体が
未来から来た調査員かなにかであったりしたら
とても面白いと思うし、
やはりこっちを向いてなぜか微笑んでいる
朝倉涼子が超能力者だったら
学園生活はもうちょっと楽しくなると思う。(本書35ページ)。


だが、少なくともキョンは
ハルヒの前ではそうした思いを押し隠し、
ことさらに「常識人」として振舞おうとする。
ある意味では、
「言動こそエキセントリックですが、
 その実、まともな思考形態を持つ
 一般的な人種」である涼宮ハルヒと
好一対の存在と言えなくもない。

ともあれ、キョンは涼宮ハルヒに対して、
「つまんない世界」、
「特別なことが何も起こらない、普通の世界」への不満を
はっきりした形で明言したことは一度もなかった。
にもかかわらず涼宮ハルヒが、
キョンは「つまんない世界にうんざりして」いる、
「もっと面白いことが起きて欲しいと思」っていると、
それを当然の前提とした上で、
キョンを「新しい世界」へと引き込んだのだという点を
見逃してはならない。
ハルヒにとって
(たとえ口には出さずとも)、
「心の底から宇宙人や未来人や幽霊や妖怪や超能力や
 悪の組織が目の前にふらりと出てきてくれることを
 望んでいた」キョンは(本書5~6ページ)、
「特別なことが何も起こらない」、
「つまんない世界」の中でただ一人、
同じ思いを共有できると確信できる「同志」であったのだ。
(だからこそ、
 その確信が「裏切られた」際のハルヒのショックは
 大きかったわけだが)。

本作冒頭の
「サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことは
 たわいもない世間話にもならないくらいの
 どうでもいいような話だが……」という
あまりにも有名なプロローグは、
別に言葉の面白さだけを目的に
伊達や酔狂で掲載されているわけではない。
このプロローグの部分こそ、
キョンがハルヒと心の底で共有する「非日常へのあこがれ」をつづる、
いわば一見正反対に見える二人をつなぐ役割を果たす
非常に重要な部分だったのだ〔注1〕。

〔注1〕本作 随一の見せ場の一つに、
ハルヒがキョンに語って聞かせた小学六年生のときの、
「野球場での思い出」がある。
見渡す限りの人だかりに圧倒されたハルヒは、
父親にその場の人数を尋ねるのだが、
それが、この日本全体の人間の
ほんの一握りでしかなかったことに気付き、
またもや愕然とさせられる。
この体験をハルヒは、
「まるで弁論大会の出場者みたいに
 ……一気にまくしたて」たのであるが、
その後、
「喋り終わると
 喋ったことを後悔するような表情になって
 天を仰いだ」と記されている。
とすればこの体験は、
あの雄弁なハルヒをして、
人前ではめったに吐露することのない、
他人に伝えるには思い切りを必要とする
思い出だったということになる(本書225~226ページ)。
これはその後のハルヒの言動を決定付ける
非常に重要な原体験となるのであるが、
こうした思いを打ち明けた相手が
他ならぬキョンであったことに
注意を払うべきだろう。
くしくもキョンもこのハルヒの「告白」を聞く以前、
「第一回不思議探索パトロール」の際、
集合場所である北口駅のごった返しを眺めながら、
「どこから湧いたのかと思うほどの人混みには、
 いつもこの大量の人間一人一人に
 それぞれ人生ってのがあるんだよなあと
 考えさせられる」との独白を行なっている(本書138ページ)。



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by imadegawatuusin | 2008-02-16 22:39 | 文芸