ツガノガク「ノウイング・ミー、ノウイング・ユー」解説

――「任務だから」ここにいるの?――

人の感情は、積み重なる
流れの中にしか蓄積しない(ツガノガク『涼宮ハルヒの憂鬱』3巻103ページ)

未来は日常から
作られる(前掲書96ページ)


■全員が「演技」……その茶番の奥に
季節は梅雨から夏へと移り変わるころ、
主人公・キョンは「未来人」・朝比奈みくるから、
「今度の日曜日…
 一緒に買い物に
 行きませんか?」と誘いを受けた(ツガノガク『涼宮ハルヒの憂鬱』3巻69ページ)。
ハルヒは7月7日に向けて、
「皆 七夕の予定は空けておいてね
 我々SOS団でも
 大々的に催しを
 するから」と大張り切りだが、
一方で降り続く雨を見て、
「問題は
 それまでの
 週末よね」
「今度の日曜日には
 また市内探索を
 予定していたのに…
 こう雨続きじゃ
 中止もやむなし
 かしら…」とぼやきを入れる。

それを聞いて、
みくるは「うふ」と微笑んだ(前掲書71ページ)。
「未来人」たる彼女にとっては、
「日曜日の雨」は規定事項であるのだろうか。

日曜日。
みくるはキョンを洋服屋に誘う。
「すごく可愛い
 服があって」とは みくるの言だ(前掲書78ページ)。

服を買い終え、
二人は喫茶店「BOUTOR」でお茶をする。
そんな二人を「奇遇」にも通りがかりに発見したのが、
SOS団の「超能力者」・古泉一樹だったのだ。

朝比奈みくるは必至になって弁解する。
「ちっ 違います!
 道で会った
 だけなんです!
 でででデート
 とかじゃ
 ないんですから!」と。

古泉一樹は、
「それなら
 いいんですが…
 とはいえ
 注意して
 くださいね」
「涼宮さんに
 見られでもしたら
 大変でしたよ」と言った後、
「あくまで僕の
 独り言として
 聞いてもらいたい
 んですが…
 今 街中に
 何組かカップル
 見えますよね」と語り始める。
そしてこう言うのだ。
「あれは一種の『ポーズ』
 なのかもしれない
 彼らは恋人でも
 何でもないのかも…と」。

さらに彼はこう続ける。
「朝比奈さん
 ですが…
 彼女とて例外
 ではありません」
「彼女の愛らしい
 言動・キャラクター
 それが何らかの
 目的あってのポーズでは
 ないという保証は
 無いんです」(前掲書84~89ページ)。

ある意味でSOS団のメンバーは、
ハルヒを除き全員が一種の演技の中で生きている。
長門有希・朝比奈みくる・古泉一樹の主要任務は
「涼宮ハルヒの監視・観察」であり(谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』119・148・164~165ページ)、
県立北高の高校生・SOS団団員としての彼らは、
あくまで世を忍ぶ仮の姿にすぎない。

主人公・キョンとて、
「宇宙人」・「未来人」・「超能力者」が
まさに目の前にいるということを知りながら、
「宇宙人や未来人や超能力者を探し出して
 一緒に遊ぶこと」を目的とするSOS団の団員として(谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』105ページ)、
日々
「宇宙人とか未来人とか超能力者本人や、
 彼らが地上に残した痕跡などを探」そうという
「不思議探索パトロール」に従事して
市内探索を繰り返すという
ものすごい茶番を続けている(谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』142・299ページ)。

こうなると、
一体何を信じていいのか
だんだん分からなくなってくる。
特に、
常にキョンの一人称で、
キョンの視点のみから描かれる本編においては
ことさらその傾向が強くなる。

実際、
本作終盤で、
朝比奈みくるはキョンに対して
涙を流しながらうち明けるのである。
「ごめんなさい…
 わたし 嘘を
 ついてたんです
 やっぱり
 隠してられない…」(ツガノガク『涼宮ハルヒの憂鬱』3巻94ページ)。

■本当に「全ては『不透明』なのか」
聞けば、
今日のキョンとの買い物は、
「この時代に
 即した行動をとる」ための
「同化訓練」。
「今日は半分
 休日ですが
 もう半分に
 指令を織り込んでいる」と
朝比奈みくるはうち明けた(前掲書95~96ページ)。

ここまでなら、
これは、
「全ては『不透明』」と言う古泉の言葉を
裏書きするだけのエピソードとなるだろう。
だが本作では、
最後の場面でキョンの視点を離れ、
みくるの任務であった同化訓練に関する実施要項から
一文が挟み込まれる形で
物語は終焉を迎える。
その、
「同化訓練追記」と題された一文には
次のようにある。

これはある種の
訓練であり義務である
――が、あくまで
甲(筆者注:=時間遡航者)本人の意思に基づいて
行われるのが望ましい(前掲書101ページ)


朝比奈みくるの任務の一環として行なわれた
「同化訓練」。
しかしそれは、
決して彼女の意志に反して実施されたものではなく、
むしろ彼女の希望に基づいたものであったらしいことが
示唆される。
そしてそれは、
単にこの「同化訓練」の一件だけではなく、
彼女にとってのSOS団団員としての生活全体についても
言えることではないのだろうか。

彼女が毎日、
放課後SOS団の部室に向かい、
律儀にメイドの衣装に着替え、
ハルヒやキョンや古泉・長門と
わいわい騒ぎあっているのは、
もちろん任務の一環である。
しかし、今回の「同化訓練」についての実施要項を見ても、
未来においては、
任務といえども
「本人の意思に基づいて
 行われるのが望ましい」と、
自発性に重きが置かれているらしいことがうかがえる。

みくるもまた、
あくまで任務の一環とはいえ、
そんなSOS団生活を
それなりに楽しんでいたりするのではないか。
少なくとも、
「そうであったらいいな」とは、
「涼宮ハルヒシリーズ」ファンなら
誰もが思うところであろう。

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by imadegawatuusin | 2008-02-18 03:06 | 漫画・アニメ