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さくらと不可解な同人誌(CLAMP『CCさくら』)

――『カードキャプターさくら』と性的少数者――
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『カードキャプターさくら』という漫画がある。
講談社の少女漫画雑誌・『なかよし』に連載されていた作品だ。
NHK BSやNHK教育テレビでアニメ化もされたから、
知ってる人もいると思う。

主人公は小学4年生の木之本桜(きのもと さくら)。
この子がいわゆる「魔法少女」だ。
魔法少女もののお約束どおり、
彼女にはお目付け役の小動物がいる〔注1〕。
猫みたいで熊みたいな顔をした
「ケロちゃん」と呼ばれるぬいぐるみ(?)だ。
そして彼女には、
「秘密の共有者」である親友がいる。
大道寺知世(だいどうじ ともよ:小4)である。
さらに さくらには
木之本桃矢(きのもと とうや:高2)という兄がいて、
さくらは桃矢の級友・月城雪兎(つきしろ ゆきと:高2)に
恋心を抱いている……と、ざっと説明すればこんな話だ。
〔注1〕なぜだかよくわからんが、
必ずと言っていいほど魔法少女は
お供のペットを連れている。
『セーラームーン』のルナ。
『姫ちゃんのリボン』のポコ太。
『ひみつのアッコちゃん』のシッポナ……。
名前は忘れたけど、
『ミンキーモモ』のお供なんて
確か犬・猿・鳥だった。
今にして思えば桃太郎である。

さて、
今回 僕がまず取り上げるのは
この作品そのものではない。
ある一冊の、
『カードキャプターさくら』の
パロディー同人誌についてなのだ。
この同人誌に収録されているパロディーの中に、
次のようなやり取りがある。

  ケロ  「わい 前から思とってんやけど…
        雪兎はん 年中桃生はん(酒井注:原文ママ)に
        つきっきりや
        どうかんがえてもさくらより
        桃生はんの方が好きみたいやで」

  さくら 「ひっど~い ケロちゃ~ん」

  (酒井注) ケロの顔の上には
        「しんけんっ」という文字が浮かび上がり、

  ケロ  「結論から言うと…
        あいつら絶対ホモや!!」
      (「ホモ」という字は大太字)

  (酒井注) さくらは
        「ガターン」という
        威勢のいい擬音とともにずっこける

そしてその後、
知世がさくらのことを好きであったことも判明し、
「ケロちゃん」が、
「さくら… 悪いこと言わん 
 雪兎はんやめて知世はんにしなはれ 
 ホモよりよっぽどカイショあるで」 と言って
話が終わるのである。

『桃矢は「ホモ」だ。
 雪兎も「ホモ」だ。
 そして知世も同性愛者だ』。
パロディー漫画の作者がこの話で言いたかったことは、
単にそれだけのことだったのかもしれない。
「同性愛者である」ということは
「みんなから笑われるようなおかしなこと」だと
この作者は単純に思っていたのだろう。
典型的な「ホモネタ」というやつだ。

今回は別に、
このパロディー漫画の作者の差別性をあげつらい、
糾弾するつもりではない。
そうではなく、
「『ホモネタ』っていうのは
 本当に面白いものなのか」ということを
純粋に考察してみたいと思うのだ。

今、
このパロディー漫画を
『カードキャプターさくら』のファンの方々に見ていただけば、
十中八九「面白くない」と答えると思う。
「どこが面白いのかわからない」という人もいるだろう。
なぜか。
それは、
このパロディー漫画には
当然のことしか書かれていないからだ。

『桃矢は「ホモ」だ。
 雪兎も「ホモ」だ。
 そして知世も同性愛者だ』。
だからどうだと言うのだろう。
そんなことははっきり言って周知の事実だ。
『カードキャプターさくら』を
12巻すべて読めばわかることだが、
桃矢は本当に男性同性愛者だし、
雪兎も本当に男性同性愛者だし、
そして知世も本当に女性同性愛者なのである。
だから、
これを読んだ僕は、
「何をいまさら当たり前のことを……」という感想しか
抱けなかった。

では、
原作『カードキャプターさくら』において、
主人公・さくらは同性愛者に対して
どのような態度で接していたのだろうか。

それを物語るよいエピソードが2つある。

1つは、
香港から李小狼(リ=シャオラン)という男の子が
さくらのクラスに転入してきたときのことである。
彼は転入早々、
さくらの想い人である月城雪兎に
「ひとめぼれ」してしまう。
つまりさくらと小狼とは
「恋のライバル」になってしまったわけだ。

そんなある日、
さくらたちの学年は臨海学習で海に行く。
そしてその夜、
宿舎を抜け出したさくらと小狼とは
浜辺で二人で語り合う。
話は当然、
月城雪兎のことになる。
そしてさくらは、
小狼もまた自分と同じように
月城雪兎を大好きなのだと悟るのだ。
その時さくらは、
彼に向かって次のように語りかけている。

  わたしも 李君も雪兎さんよりずっと年下だけど… 
  でも しょうがないよね
  好きなんだもん(4巻83~84ページ)

原作のさくらは、
同性愛者を見下したりはしなかった。
自分たちが
「雪兎さんよりずっと年下」であることは気にしても、
小狼と雪兎とが同性同士であることなどは
一切 問題にしなかったのだ。

もう1つのエピソードは、
さくらがついに想い人の月城雪兎に
愛の告白をしたシーンだ。
残念ながら、
月城雪兎はこの告白を断った。
なぜなら、
彼が一番好きな人はさくらではなく、
さくらの兄である木之本桃矢だったからである。
このことを知ったさくらは、
次のように答えている。

  お兄ちゃんいぢわるばっかだけど
  本当は優しいんです
  照れ屋だから
  すぐ またいぢわるするけど
  お兄ちゃんも
  きっと雪兎さんが一番だと思います(10巻44ページ)

  お兄ちゃんがわたしの大事な雪兎さんの一番で
  すっごく うれしいです
  でも
  もしお兄ちゃんが雪兎さんにいぢわるしたら
  呼んでください!
  わたしがお兄ちゃんやっつけますから!(10巻45ページ)

これに対して月城雪兎は次のように答える。

  ありがとう…
  きっと 見つかるよ 
  さくらちゃんが一番好きになれる人が
  その人もきっと
  さくらちゃんを一番に想ってくれるから
  そんな人ができたら教えてね
  もし
  その人がさくらちゃんを泣かせたら
  ぼくがやっつけるから(10巻44~47ページ)

このシーンを、
僕は何度も何度も読み返した。
そして、
NHK教育テレビでこのシーンが放送されたとき、
涙が出る寸前まで涙腺が緩んだ。

これらのエピソードを見たかぎりでも明らかだ。
さくらは決して、
自分の兄や想い人が同性愛者だと知ったときに、
「ガターン」という威勢のいい音を立てて
ずっこけるような子ではない。
彼女は偏見の色眼鏡で歪曲することなく、
事実を事実として受けとめることのできる
素晴らしい女の子だったのだ。
同性愛者を見下したりからかったりする思想は結局、
さくらとは全く無縁だったのである。

さてここで、
最初に取り上げたパロディー漫画の作者さんを
少し弁護しておきたい。
この同人誌が出版されたのは、
僕がいま引用した4巻や10巻が出版されるよりも
前のことだった。
だから、
ある意味では僕のこの文章は
「後出しジャンケン」なのである。
当時はまだ、
桃矢や雪兎が同性愛者であることは
必ずしも明らかではなかったし、
さくらが同性愛者にどういう態度で接するのかということも
明らかではなかった。
そして社会には、
「同性愛者であるということは
 人々に笑われるようなおかしなことであり、
 恥ずかしいことである」という風潮があった(今もある)。
このパロディー漫画の作者さんは
そうした風潮にまどわされ、
「今になってみれば的外れなパロディー」を書いてしまった
被害者であると言えなくもない。

そしてその後、
この方は質の高いパロディー同人誌を
次々と発表してゆく。
『カードキャプターさくら』の同人誌も数多く出版されたが、
その後の作品には
同性愛者を蔑むような内容は見られない。
それどころか今、
この方は他の漫画のパロディーとして、
男性同性愛を肯定的に描く作品を
精力的に発表している。
今では僕は、
このパロディー漫画作者さんの大ファンになってしまった。

おそらく、
『カードキャプターさくら』という作品に触れることで、
このパロディー漫画の作者さんの偏見は
少しずつやわらいでいったのだと思う。
偏見によって凍りついてしまった心を溶かしてくれる、
こんな暖かい作品にリアルタイムでめぐり合えたことを
僕は本当に嬉しく思っている。
最後に、
僕が3年前にあるアニメ雑誌に投稿し、
掲載していただいた投書を引用して終わりたい。
(ちなみに『CCさくら』とは
 『カードキャプターさくら』の略語)。

  同性同士の愛情―。
  それは『CCさくら』の中に
  さりげなく織り込まれていた。
  今までにもこのテーマを描いたドラマ、映画は
  さほど珍しいものではないが、
  『CCさくら』は「子ども番組」であり、
  NHK教育テレビで現在なお放映中である。
  従来、
  日本の「子ども番組」において、
  このテーマをあつかったものはほとんど見られない。
  ところが、『CCさくら』において、
  同性同士の愛はごく当たり前にあった。
  登場人物はみな、
  差別するでも特別視するでもなく、
  自然体で接していた。
  『さくら』の社会は理想の社会。
  現実には、
  「同性同士の愛情」は
  まだまだ公然と認知されてはいない。
  けれど、
  公共放送が「教育テレビ」でこういった作品を放送したことを、
  僕は大きな進歩だと思う。
  「変態的だ」とか「倫理に反する」などのクレームが
  あまりつかなかったらしいことも評価したい。
  マイノリティー(少数派)への理解と尊重、
  そして真の意味での自由。
  人間として守るべきマナーを大切にした『CCさくら』は、
  素晴らしい娯楽番組であると同時に
  みごとな教育番組でもあったのだ。
  (『アニメディア』2000年8月号73ページ)

『鈴木邦男をぶっ飛ばせ!』「酒井徹の今週の裏主張」No.24より転載)
 
 
【参考記事】



by imadegawatuusin | 2003-02-03 05:01 | 漫画・アニメ
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