カテゴリ:文芸( 50 )

――名古屋ユニオン運動の大先輩・葉山嘉樹――

■「社民系」だからダメ!?
今月の名古屋ふれあいユニオン機関紙・
『NFUふれあい通信』(No.115)には、
プロレタリア文学の傑作短編・
「セメント樽の中の手紙」(葉山嘉樹)の書評が
載っています。
書評を書いたのは
組合員の「マルさの女」さん。
実はこの書評、
さる左翼団体の機関紙に投稿したところ、
「葉山嘉樹は戦前いわゆる『社民系』の作家として
 評価されてきました」として掲載を拒絶する手紙が
送られてきたという いわく付きの書評です。

その左翼団体からの手紙の最後は、
小林多喜二は葉山らの社民派とは一線をかくして
 作家活動つづけています。
 その意味あいからも
 『蟹工船』に挑戦してほしいと思います」と
締めくくられていたといいます。
しかし、
そのような態度はそもそも、
その左翼団体が奉る『蟹工船』で有名な小林多喜二の態度から
最も遠いものであるはずです。

もともと博愛主義的な「白樺派」という文学グループの
作家・志賀直哉の大ファンであった小林多喜二は、
葉山嘉樹(よしき)の短編集・『淫売婦』を読んだことがきっかけで
プロレタリア文学(労働者文学)へと
転身することになりました。
小林多喜二は1926(大正15)年9月14日の日記に、
友人から『淫売婦』を借りて読んだことは
「記念すべき出来事」であり、
「『淫売婦』の一巻はどんな意味に於ても、
 自分にはグアン!と来た」、
「志賀直哉のばかりが
 絶対な表現ではない」と記しているといいます
(浦西和彦「解説 葉山嘉樹――人と作品」葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』170~171ページ、角川文庫)。

そして、
小林多喜二が「戦旗」派(共産主義系)、
葉山嘉樹が「文芸戦線」派(社会民主主義系)と
政治的立場が対立したときも、
小林多喜二は葉山嘉樹に宛てた手紙の中で、
「今、不幸にして、
 お互に、政治上の立場を異にしていますが、
 ――貴方がマキシム・ゴーリキーによって
 洗礼を受けたのと同じように、
 私は、
 貴方の優れた作品によって、
 『胸』から生き返ったと云っていゝのです。
 ……
 云うならば、
 私を本当に育ててくれた作品は
 『戦旗』の人達のどの作品でもなくて、
 実に貴方の作品……でした」と
書いているのです
(『小林多喜二全集』第7巻収録、1929年1月15日書簡)。
小林多喜二は冒頭の左翼団体のような、
『葉山嘉樹は社民系だからダメ』といった類の
単純な了見の狭さは
一切持ち合わせていませんでした。
むしろ、
自分の仲間である共産党系の「戦旗」派の作家の作品より、
社民系の葉山嘉樹の作品こそが、
自分を育ててくれたのだとまで言っているのです。

■名古屋における個人加盟制労組の創設者
葉山嘉樹は1920(大正9)年、
名古屋のセメント会社で働き始めました。
この工場で翌年、
仲間が労災事故で死亡した際
(もちろん、
 この出来事こそが『セメント樽の中の手紙』の
 モデルとなっています)、
遺族への見舞金増額を要求。
労働組合を結成しようとして解雇されてしまいます。
これをきっかけに葉山は、
一人から入れる地域の労働組合(今でいうユニオン)である
「名古屋労働者協会」を設立して
1922年(大正11年)、執行委員長に就任。
テレビタレント・みのもんたさんが
大株主を務めていることで知られる
愛知時計電機の労働争議を指導して、
名古屋刑務所にぶち込まれたりもしています。

この名古屋に、
コミュニティユニオンが戦前からあったと聞くと、
驚く人も多いかもしれません。
しかし実は、
企業別労働組合は戦後になって
ようやく主流となったのであって、
元々日本の労働組合運動は、
地域別・産業別のユニオン運動が
ずっと牽引してきたのです。
葉山嘉樹は、
私たち名古屋コミュニティユニオン運動の
大先輩にあたります。

葉山嘉樹の作品は、
忙しい労働者にも手軽に読めるよう、
非常に短くまとめられています。
中でも「セメント樽の中の手紙」は
文庫でわずか6ページ。
ぜひ一度、
あなたもチャレンジしてください。


以下に、
『NFUふれあい通信』(No.115)に掲載された
「マルさの女」さんの「書評:『セメント樽の中の手紙』」を
転載します。


派遣社員になってから3年余り。
ついに来ました、派遣切り。
この5月で無職になりました。
とりあえず住む所とお金は何とかなりそうなものの
先の読めない状況に変わりはなく
節約生活は続きます。
お陰で図書館通いは習慣になりました。

ユニオンに加入したのは
派遣元からの不当労働行為がきっかけです。
知り合いに
相談出来そうな団体を教えて貰いました。
たった1回の交渉で解決しました。

閉塞感を持て余す日々、
心に風穴は開いたものの
Eメール通信のやり方も解らない、
当然インターネットなんて夢の又夢、
首都圏で行なわれたという
六本木ヒルズでの鍋の会のようなゲリラ的な行動も
面白いなあ、と思いつつも
時代から取り残されているような感覚は
変わりません。

だけど時代は大きく動いていたのです。

「蟹工船」が「カニコー」と呼ばれ、
劇画化され本が出版され、
マルクス等の文献が拡く受け容れられている、
とか。
そこで改めて
プロレタリア文学、文献やエッセイ、論文等を
さらってみる事にしました。

まず短編から。

「セメント樽の中の手紙」 作 葉山嘉樹

主人公・松戸は
発電所の建設に携わる労働者、
作業内容はセメントあけだそうです。
場所は恵郡山の山中で
時代は大正中期でしょう。
作中では松戸は機械に仕えるが如くの労働ですが
収入は家族を養うにも足らない、
じきに何人目かの子供が
生まれるという状況です。
これは
今の時代の労働状況と重なるでしょう。

この松戸が作業中にセメント樽の中から
木箱を見つける。
作業が終わってから箱を開けてみたところ、
中には手紙が入っています。
差出人はセメント製造の女工から――

内容は
彼女の恋人が労災に遭って死んだ、
死に方があまりに残酷です。
その恋人は
同じ会社で
破砕機へ石を入れる仕事をしており、
作業中に破砕機の中に体ごと
はまってしまった。

ここで私が思い出したのが
つい最近出会った
ブラジル人の婦人労働者の事です。
彼女は弁当の工場で
ライン作業に従事していました。
おにぎり製造のラインで
誤って左人差指の先を
落としてしまったのです。
検査の段階で指先は
おにぎりの具の様な状態で
見つかったそうです。
機械は残酷です。
針などの異物は検知出来ても
生身の体は検知できません。
会社もまた
冷酷に対処しようとしたのでしょう。

ユニオンに相談を持ちかけずにいたら、
治療費は自己負担を強いられる事は
必定です。

話を元に戻しましょう。

体がはまってその後どうなったのか。
仲間が救出しようとしたものの
無慈悲にも
石と共に沈んでいきます。
生きながら石と共に砕かれる時、
彼は何を思ったのか。
その時その場に居た人は
苦悶の声を聞きながら何を思ったのか。
人の身体がセメントになるくだりは
ほんの5行ですが
今回だけは20回は読んでしまいました。

「そうして焼かれて
 立派にセメントになりました」 作中より


主人公があけたセメントに
元は人の身体だった物が混ざっています。
砂状の物に骨片や肉片が混ざっている。
手紙では
読み手に恋人を失った悲しみを表し、
セメントを使ってくれるな、と
訴えながらも思い直し、
故人に対する信頼、愛情を綴り、
手紙の最後に
連絡を下さい、といった内容で結んでいます。

その後で
松戸の家庭の様子の描写で終わります。

何回も飽きずに読み返しながらも
気付いた所もあります。
セメント製造の過程は
そのまま今の時代の労働者の生活も
示している様にも思えます。

’90年代派遣法が施行されてから
段階を追ってあらゆる分野に拡がりをみせました。
私が正社員として働いていた所でも
ブラジル人労働者が増えていき、
日本人、中国人などもいたし、
私自身も派遣労働者になりました。

作中では大きな石が砂の様になって
セメントが出来上がる。
犠牲者の肉や骨はそのまま
この世の中の仕組みに
気付かされた人なのでは?とも思います。
手紙の中で女工は恋人の事を
「きっとそれ相当な働きをします」と
書いています。

作中では松戸自身は
特に意識が高いわけでもなく、
生活も変わらない。
けども最後に言う言葉に
主人公がこの先どう変わるか、
変わらざるを得ないのではないか、と
思えてなりません。
何を言ったのか
それは本作を読んでみて下さい。
(マルさの女)


【参考記事】
『蟹工船』ブーム!? で『中日新聞』にコメント
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by imadegawatuusin | 2009-07-20 20:58 | 文芸

――まるで良品のミステリ――

■謎が解けてなお残る「もやもや」
この作品もまた、
読み出したころは訳がわからない。
物語も半ばにさしかかったところで、
ようやくおぼろげながらも
真相が見え始める。
「さすが!
 すごい!」
と読者はその手法の鮮やかさに
息を飲むだろう。

だが、
「単なる叙述トリック」の鮮やかさだけをもって
太宰はこの作品を終わらせない。
読者の心には、
真相が明らかになってなお、
晴れることのない「もやもや」が残るはずだ。

この物語の主人公たちがそうであったように、
私たちもまた、
根本的な誤解の上に、
それとは全く気づかないまま
日々を暮らしているのではないか……。
そんな疑心暗鬼に
人を誘う作品である。


【参考記事】
太宰治『人間失格』について

太宰治「葉」について
太宰治「思い出」について
太宰治「魚服記」について
太宰治「列車」について
太宰治「地球図」について
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by imadegawatuusin | 2009-06-06 17:00 | 文芸

太宰治の短編集「晩年」に収録された諸作品の中で、
筆者が気に入った作品の一つである。
江戸時代、
日本にやってきた宣教師・シロウテの、
宣教にかける信念とその空回りとが、
絶妙の距離の取り方をもって描かれている。


【参考記事】
太宰治『人間失格』について

太宰治「葉」について
太宰治「思い出」について
太宰治「魚服記」について
太宰治「列車」について
太宰治「猿ヶ島」について
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by imadegawatuusin | 2009-06-05 23:47 | 文芸

太宰治「列車」について

物語における出来事そのものは
単純だ。
友人を頼みに故郷から出奔してきた
少女を送り返す列車に、
主人公が見送りに行く、というものである。

そこに人間のエゴ、
戦争の陰がさりげなく描かれる。
太宰の人間観察の鋭さを
よく示した作品だ。
「太宰治の筆名で発表された
 最初の作」とのこと
(奥野健男「解説」太宰治『晩年』新潮文庫402ページ)。


【参考記事】
太宰治『人間失格』について

太宰治「葉」について
太宰治「思い出」について
太宰治「魚服記」について
太宰治「地球図」について
太宰治「猿ヶ島」について
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by imadegawatuusin | 2009-06-04 16:33 | 文芸

――「空白の一行」に隠された物語――

■スワは父親から強姦された?
一読して
「訳のわからない話だ」という印象を受けた。
いや、もっと正確に言うと、
「話になっていない」のである。
スワの生活ぶりが描かれる前半と、
突然滝に飛び込む後半との間に
飛躍がありすぎる。
全く訳がわからない。

そこでよくよく読み返してみると、
三章の中に一カ所、
章が変わっているわけでもないのに
一行、空白になっている部分がある。
「初雪だ! と夢心地ながらうきうきした。」
という部分と、
「疼痛。
 からだがしびれるほど重かった。
 ついであのくさい呼吸を聞いた。」
(太宰治「魚服記」『晩年』新潮文庫版93ページ)
という部分との間の、
一行の空白である。
ここに、物語の断絶がある。

「魚服記」にはここ以外に、
章が変わったわけでもないのに
「一行空け」されているようなところはない。
だからここに、
「何か」があるのだ。
作品には明示されていない物語が、
この一行の空白の間で
展開されたのだ。
そう考える他はない。

本来あるべき物語が、
一行の空白を持って抜け落ちている。
このことが、
この「魚服記」という作品を
訳のわからないものにしている。
では、
そこに本来あった物語は
どういったものだったのか。

通説はどうやら、
「スワが父親によって強姦された」
というものらしい。
確かに、
「空白の一行」の後に突然現れる
「疼痛。」という一節は、
スワが単に精神的にだけでなく
肉体的にも傷つけられた事を示唆するし、
その後の「ついであのくさい呼吸を聞いた」という言葉も、
それが
「炭でも茸でもそれがいい値で売れると、
 きまって酒くさいいきをしてかえった」父親(前掲書92ページ)
によるものであることを示している。
(「『あの』くさい呼吸」とある以上、
 それが既に作品中で明示されている、
 父親の「酒くさいいき」のことであるのは
 明らかだ)。
「からだがしびれるほど重かった」というのは、
自分よりはるかに重い
大人の男性(=父親)に のしかかられたことを
意味するのだろう。
スワはそのショックで、
「阿呆」と叫んで
「ものもわからず外へはしって出」て、
最後は滝に飛び込むまで
追いつめられたのだ……と考えると
話は通る(前掲書93ページ)。

……とはいえ、だ。
だとすればスワが滝に飛び込む直前に発した言葉、
「おど!(筆者注:=お父!)」というのは
何だったのかということになる
(前掲書94ページ)〔注1〕。

おそらく死ぬ覚悟で滝に飛び込む寸前、
最後の最後に叫んだ言葉が、
自分を強姦した父親だというようなことが
ありうるだろうか。

ところが、だ。
スワは滝に飛び込むと
鮒になる(前掲書94~95ページ)。
そしてそのとき、
一番に思い浮かんだことが、
「うれしいな、
 もう小屋へ帰れないのだ」だったというのである。
だとすると、
スワはやはり父親の待つ小屋には
帰りたくなかった、ということになる。
乙女心は複雑……というような
ありふれた言葉で片づけてしまっていいのか。
僕は今でも、
この「魚服記」がわからない。
〔注1〕この点に関し、
「Yahoo!知恵袋」の中でthe18percentgrayさんが、
〈滝に飛び込む場面で
 「『おど!』とひくく言って飛び込んだ。」とありますが、
 「ひくく」という部分に
 父親への恨みの響きを感じます。
 滝の中にいる父親に会いに行く、
 というのでもなく
 (実際父親は滝の中にいない)、
 別れの言葉というよりは
 「あんたのせいで
 私は滝に身を投げるんだ」という
 決意のように聞こえます。〉
と、優れた考察を発表している↓。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1311813498?fr=rcmd_chie_detail
なるほど、そういうことなら筋が通ると
ようやく理解することができた。




【参考記事】
太宰治『人間失格』について

太宰治「葉」について
太宰治「思い出」について
太宰治「列車」について
太宰治「地球図」について
太宰治「猿ヶ島」について



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by imadegawatuusin | 2009-05-25 23:07 | 文芸

――キーパーソンは叔母の「がちゃ」――

■「みよ」が初恋の女性って本当?
本作のキーパーソンは「がちゃ」こと
主人公の叔母であろう。
新潮文庫版「解説」で奥野健男は
「稀有の少年期文学である。
 特に初恋の女性みよと二人で
 葡萄を摘む場面、
 また弟と交わす赤い糸の話など、
 豊かな色彩と叙情にあふれた
 美しい青春文学と言えよう」としているが
(奥野健男「解説」太宰治『晩年』新潮文庫402ページ)、
その「初恋の女性みよ」も作品の最後で
叔母と「似ていると思った」とされている
(太宰治「思い出」『晩年』83ページ)。
主人公にとって本当の、
そして永遠の初恋の女性は、
この「がちゃ」と呼ばれた叔母ではないのか。

「てんしさまがお隠れになった(筆者注:=お亡くなりになった)」
という叔母に、
わざと気を引きたくて
「どこへお隠れになったのだろう」と尋ねて
叔母を笑わせた主人公。
このとき数え年で4つだったというが、
当然、実は「お隠れになった」という言葉の意味は
知ったうえで言っていたのである(前掲書29ページ)。
幼少期を振り返る、
作品の冒頭にこのエピソードを置いたことからして、
(そして、
 みよと叔母が似ていることに気付いたという一節で
 作品を閉じたことからして)、
主人公にとってこの「がちゃ」という叔母が
いかに大きな存在であったのかを
推し量ることができる。
(そういえば、
 幼い頃、叔母が自分を捨てて
 家を出て行く夢を見て、
 「そうしないでけんせ」と必死に胸にしがみついて
 涙を流したというエピソードも記されている)。

さて、幼いころの「がちゃ」への思いを脇に置いても、
みよを「初恋の女性」とする奥野健男の記述には
疑問が残る。
本作「思い出」には、
「十五六」になったころ、
主人公が
「同じクラスの色の黒い
 小さな生徒とひそかに愛し合った。
 学校からの帰りには
 きっと二人してならんで歩いた。
 お互いの小指がすれあってさえも、
 私たちは顔を赤くした」との記述があり、
これは「みよ」が登場する以前のエピソードである。
(もっとも、当時の旧制中学は男子校であったろうし、
 この「同じクラスの色の黒い
 小さな生徒」に関しても、
 「いつぞや、
  二人で学校の裏道のほうを歩いて帰ったら、
  芹やはこべの青々と伸びている田溝の中に
  いもりがいっぴき浮いているのを
  その生徒が見つけ、
  黙ってそれを掬って私に呉れた。
  私は、いもりは嫌いであったけれど、
  嬉しそうにはしゃぎながらそれを手巾(ハンケチ)へ
  くるんだ」という、
 どう考えても当時の女子の行動とは考えがたい
 エピソードもあるので、
 これは「初恋の女性」ではなく「初恋の男性」だ、
 ということなのかもしれないが)。

また、この
「同じクラスの色の黒い
 小さな生徒」のエピソードの次には、
「同じころ
 隣の家の痩せた女学生をも私は意識していた」
ともはっきり明言されており
(「女学生」とあるのだから「女性」であることに
 疑いはなかろう)、
この点からも みよを「初恋の女性」とするのは
無理がある。

■運命の赤い糸は足の小指に!?
あと、
奥野健男が「美しい」とする「赤い糸の話」であるが、
「思い出」では運命の赤い糸は手の指ではなく、
「右足の小指」に結び付けられていると書かれている〔注1〕。
昭和8年には足の小指に結ばれていた運命の赤い糸が、
いつから手の小指に結ばれるようになったのか。
やっぱり足ではだめだったのか。
昔はぞうり・下駄だったから、
足でもOKだったのか……
(しかし「思い出」の主人公も
 中学時代は「あみあげの靴」を履いていたと
 書いてあるぞ!)。
疑問は尽きない。

〔注1〕「思い出」の赤い糸に関する原文は
以下のとおり。
「秋のはじめの或る月のない夜に、
 私たちは港の桟橋へ出て、
 海峡を渡ってくるいい風にはたはたと吹かれながら
 赤い糸について話合った。
 それはいつか学校の国語の教師が
 授業中に生徒へ語って聞かせたことであって、
 私たちの右足の小指に
 目に見えぬ赤い糸がむすばれていて、
 それがするすると長く伸びて
 一方の端がきっと或る女の子のおなじ足指に
 むすびつけられているのである、
 ふたりがどんなに離れていてもその糸は切れない、
 どんなに近づいても、
 たとい往来で逢っても、
 その糸はこんぐらかることはない、
 そうして私たちはその女の子を
 嫁にもらうことに決まっているのである。
 私はこの話をはじめて聞いたときには、
 かなり興奮して、
 うちへ帰ってからも
 すぐ弟に物語ってやったほどであった。
 (前掲書65ページ)



【参考記事】
太宰治『人間失格』について

太宰治「葉」について
太宰治「魚服記」について
太宰治「列車」について
太宰治「地球図」について
太宰治「猿ヶ島」について



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by imadegawatuusin | 2009-04-28 22:54 | 文芸

←「その1に戻る」

――皆が共有する感覚を理解できぬ絶望――

■「空腹という感覚がわからない」
太宰治の代表作・『人間失格』において、
主人公・大庭葉蔵(おおばようぞう)は、
「自分は、空腹という事を
 知りませんでした」と告白している。
「それは、
 自分が衣食住に
 困らない家に育ったという意味ではなく、
 ……自分には『空腹』という感覚は
 どんなものだか、
 さっぱりわからなかったのです」というのである
(太宰治『人間失格』新潮文庫10ページ)。

この記述は、
これまで多くの読者を困惑させてきた。
本稿「その1」で論じたように、
太宰治の『人間失格』は鏡であり、
多くの読者が主人公に
自分の姿を見出す仕掛けになっている。
『人間失格』を読んで、
「この主人公は自分だ!」と言い出す読者が
あとを絶たない。

しかし、
『人間失格』に自分を見出す読者たちにとって、
「自分は、空腹という事を
 知りませんでした」というのは、
最大の「つまずき所」であるようだ。
古くは太宰治の実の娘である太田治子が
この記述に違和感を表明している。
また最近では、
人気ライトノベル・『“文学少女”と死にたがりの道化』で、
「文学少女」こと天野遠子が
「“人間失格”って、
 ひとつだけ、
 ど~しても理解できないことが
 あるのよねぇ」
「“空腹という感覚がどんなものだか
  さっぱりわからないのです”ってとこ。
 そこだけは、
 う~~~~んと頑張って
 一生懸命想像しても、
 これっぽっちもわからないのよね……」
(野村美月『“文学少女”と死にたがりの道化』106~107ページ)
と言っている。

「空腹」と言う感覚がわからない読者は
まずいない。
読者は『人間失格』を読むと無意識のうちに
主人公・大庭葉蔵に自分をなぞらえようとするのだが、
そうなるとやはり、
「『空腹』という感覚は
 どんなものだか、
 さっぱりわからな」いという部分が
共感の「邪魔」になってくるのである。

太田治子は、
この
「『空腹』という感覚は
 どんなものだか、
 さっぱりわからな」いという部分について、
「読んでいて、
 だんだんと腹が立ってきました」とまで言っている
(太田治子「鑑賞――父親というもの」太宰治『人間失格』集英社文庫191ページ)。

太田は、
「大庭葉蔵、それがすなわち作者(筆者注:=太宰治)」
と規定した上で、
「太宰は、
 ……本当にそんなに
 食べることに関心がなかったのだろうか、
 どうしても信じられない」、
「今までに空腹をおぼえたことがないという言葉も、
 いとも大げさな強がりのように思われてくる」と言うのである
(前掲書191~192ページ)。

はっきり言おう。
この読みは作品の主題そのものを破壊する、
誤ったものである。
「空腹」という、
みんなが共有する感覚を
自分ひとりだけが理解できないという絶望、
これこそは、
主人公の
「自分には、
 人間の営みというものが
 未だに何もわかっていない、
 ……自分の幸福の観念と、
 世のすべての人たちの幸福の観念とが、
 まるで食いちがっているような不安」の象徴なのであり
(太宰治『人間失格』新潮文庫12ページ)、
それを、
「いとも大げさな強がり」としか理解できない読解は
決定的に貧しいと思う。

具体的に反論していこう。
太田治子は、
主人公の
「自分には『空腹』という感覚は
 どんなものだか、
 さっぱりわからなかった」という告白を
「いとも大げさな強がり」とみなす根拠として、
次の2つを挙げている。

1.主人公のモデルである父・太宰治が、
  「ウナギが大好物で、
   お酒を飲みながらいつもペロリと
   平らげていたということ」
  (傍証として、
   その太宰の娘である自分が
   「大食漢」であること)。
2.主人公・大庭葉蔵が、
  銀座裏の屋台の寿司屋の鮨のまずさに文句を言っており、
  「おいしいものが好きだった」こと
(太田治子「鑑賞――父親というもの」太宰治『人間失格』集英社文庫191~192ページ)。

しかし、これは両方とも筋違いな指摘である。

まず「1」についてだが、
『人間失格』の主人公・大庭葉蔵と
そのモデルである作者・太宰治とは、
まったくの同一人物ではない。
太田治子は『人間失格』を読んで、
「その男、大庭葉蔵、
 それがすなわち作者なのだと、
 読み始めてすぐに中学生の私はわかりました」
と書くけれども(前掲書188ページ)、
そんな単純な話ではないはずだ。
太田治子は太宰治を幼いころは
「太宰ちゃま」と呼び、
「童話の主人公のように……考え」ていたというが(前掲書189ページ)、
太宰治は間違いなくこの現実世界に生の痕跡を残した人間であり、
それに対して大庭葉蔵は、
その太宰治が自らの芸術世界を表現するために生み出した
キャラクターである。

現実の太宰治がいかに大食漢であったのか、
赤の他人である私には知るよしもない。
しかし、たとえそうであったとしても、
太宰治と大庭葉蔵とは別物である。
作品の中で大庭葉蔵は
「『空腹』という感覚は
 どんなものだか、
 さっぱりわからなかった」と書いてある以上、
よほどの根拠がない限り、
基本的には「そういうもの」として
作品を読むべきではないか。
先に述べたようにこの
「『空腹』という感覚は
 どんなものだか、
 さっぱりわからな」いという主人公の設定は、
「みんなが共有する感覚を
 自分ひとりだけが理解できない絶望」という、
本書のテーマと密接に関係しているからである。

ところが、
その「よほどの根拠」として太田が挙げるのは、
主人公が鮨のまずさにケチをつけているという、
その一点のみなのである。

まずいものをまずいと言ったということが、
主人公も空腹の感覚を覚えていた証拠だというのは、
正直言って理解しがたい。
主人公は「『空腹』という感覚」が
「わからなかった」と言っているのだ。
決して「うまい・まずい」の区別が付かなかったとは
言っていない。
実際、主人公・大庭葉蔵は、
例の
「自分には『空腹』という感覚は
 どんなものだか、
 さっぱりわからなかった」という告白に続けて、
「自分だって、それは勿論、大いにものを食べますが、
 しかし、
 空腹感から、ものを食べた記憶は、
 ほとんどありません。
 めずらしいと思われたものを食べます。
 豪華と思われたものを食べます」
と はっきりと述べている(太宰治『人間失格』新潮文庫10~11ページ)。

「めずらしいと思われたもの」や
「豪華と思われたものを食べ」ることは好きだったのだ。
だとすれば、
まずい鮨をまずいと言うのも当然であろう。

ちなみに、
先に太田治子と並んで挙げた
『“文学少女”と死にたがりの道化』の天野遠子は、
この部分がちょうど、
『人間失格』の大庭葉蔵と正反対に、
逆転したようなキャラクター造形がなされている。
彼女はいつも
「おなかすいたー」と駄々をこねる、
はらぺこ大食漢の少女である。
だが、その一方で、
「食べ物の味がわからない」という
味覚障害者としても描かれている。
彼女は何を食べても「無機物のようにしか」感じない。
空腹を覚えるということと、
味がわかるということは
まったく別の概念なのである。

■「小説を読むと心が豊かになる」は本当か?
問題は、
なぜ作品にはっきりと書かれていることまでを
曲解し、
「いとも大げさな強がり」などと結論付けてしまうようなことが
起こるのか、ということだ。
しかも、
太宰治の実の娘であり、
自らも作家である太田治子ともあろう人が
どうして……。

やはり、前回「その1」で論じたように、
多くの人は主人公に自分自身を見出し、
共感しながら読む中で、
主人公の「自分とは異なる部分」が見えなくなってしまう構造が
あるのではないか。

太田治子は中学生のとき、
『人間失格』「第一の手記」の中の、
「幼い時分、
 夏に、浴衣の下に赤いセーターを着て
 廊下を歩き、
 家中の者を笑わせたというエピソード」を読んで、
「三歳の終わりの頃、
 私も似たようなことをし」たと思い当たったという。
太田治子は、
「まさしくそれは、
 『人間失格』に繰り返し出てくる
 『お道化』だった」と振り返り、
「父と私は似ている――そうわかった」というのである
(太田治子「鑑賞――父親というもの」太宰治『人間失格』集英社文庫190ページ)。

『人間失格』の主人公と自分とを重ね合わせて共感し、
そのことで救いを得たものは、
主人公と自分の「似ていない部分」が見えなくなる。
「『空腹』という感覚は
 どんなものだか、
 さっぱりわからなかった」という、
「大食漢」である自分とは
どう考えても重ね合わせ得ない部分については、
「いとも大げさな強がり」と強引に結論付けて
目をそらしてしまうという構造が垣間見える。

「小説を読むと心が豊かになる」とか、
「多面的なものの見方ができる人間になる」、
「世界が広がる」などという人がいる。
だが、はっきり言って私はあまり信用しない。
人は、どんなに奥深い小説を読んでも、
ただそれだけでは、
自分が理解する範囲でしか理解しないし、
共感できる部分にしか共感しようとはしないものだ。
世に、
文学作品とはまた別に文芸評論が求められる理由は
ここにある。
文学作品を通じて世界を広げ、
多様な感性を理解するには、
自分がただ読むだけでは感動できなかったこの場面が
なぜ感動的なのか、
自分がただ読むだけでは理解できなかった
登場人物の行動をどう理解すればいいのか、
わかりやすく、理詰めで語る文芸評論が
どうしても必要とされるのである。


【参考記事】
太宰治『人間失格』について(その1)

太宰治「葉」について
太宰治「思い出」について
太宰治「魚服記」について
太宰治「列車」について
太宰治「地球図」について
太宰治「猿ヶ島」について

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by imadegawatuusin | 2009-02-07 22:28 | 文芸

ブーム再来『人間失格』の魅力とは? 太宰治生誕百年に思う

太宰治の代表作・『人間失格』が、
角川映画が中心となって映画化されると報道された。
『人間失格』は最近、
野村美月の人気ライトノベル
『“文学少女”と死にたがりの道化』
作品のモチーフとなったことや、
集英社が
『DEATH NOTE(デスノート)』で知られる
漫画家・小畑健さんを文庫の表紙イラストに
起用したことなどもあり、
若い世代の間で再び読者が増えているらしい。
今年は太宰治生誕百周年。
『人間失格』の魅力について考えてみた。

■『人間失格』は「鏡」である
太宰治の『人間失格』は鏡である。
人はそこに「自分自身」を見ることができる。
逆に言うと人は、
『人間失格』の中の「自分にないもの」が
以外に見えなかったりもする。

『人間失格』を読んで、
「この主人公は絶対に発達障害者だ」と
言い切った人間がいる。
確かに医学的に見れば、
主人公・大庭葉蔵(おおばようぞう)には
「アスペルガー障害」とか「広汎性発達障害」とか、
関係性に関する適当な診断名を付けることは
それほど難しいことではないように思える。

しかし、
私にとって興味深かったのは
そんなことではない。
「主人公は絶対に発達障害者だ」と言った
その当人が、
まさに発達障害で苦しんでいる
当事者だったということだ。
なんのことはない。
「主人公=発達障害者」説は、
新手の
「太宰は、僕だ。いや、ぼくが太宰だ!」という「語り」
(島内景二「評伝 太宰治」『文豪ナビ太宰治』118ページ・新潮文庫)
に過ぎなかったということなのだ。

『人間失格』を、
「幼少期の性的虐待とそのトラウマを表現した小説だ」
と語った女性がいた。
私にはそういう認識がほとんどなかったので、
「えっ?」と思って改めて読み返してみると、
なるほど、
「第一の手記」に次のような記述がある。

その頃(筆者注:=子供の頃)、
既に自分は、
女中や下男から、
哀しい事を教えられ、
犯されていました。
幼少の者に対して、
そのような事を行うのは、
人間の行い得る犯罪の中で
最も醜悪で下等で、残酷な犯罪だと、
自分はいまでは思っています。
しかし、
自分は、忍びました。(『人間失格』22ページ・新潮文庫)


言われてみれば、
確かに重大な記述であろう。
幼い少年が、
女からも男からも性的虐待を受けて
何の影響も受けないということはなかろう。
が、
少なくとも私は、
それまで『人間失格』のこの記述を
軽く読み流してしまっていた。

では、
「『人間失格』は
 幼少期の性的虐待とそのトラウマを表現した小説だ」
と教えてくれた女性はどんな女性であったか。
実は、
職場での深刻なセクシャルハラスメントの
被害者だった
(幼少期に何があったかは知らないが)。
結局、
『人間失格』を語るということは、
自分自身を語ることに他ならないのではないか。

■そこに「あなた」が映し出される
主人公・大庭葉蔵と重ね合わせて見られる
太宰治の人生についても、
非合法共産主義運動からの「脱落」を
決定的な転機と見るか否かで
大論争があったという。
運動への「裏切り」の後ろめたさが
後の太宰を決定的に規定したという人もいた。
一方で、
太宰は時代の空気に流されて
たまたま共産主義運動に関わっただけで、
そのこと自体に大した意味はないという人もいた。

だが結局この論争も、
団塊世代の人たちが
自分の学生運動経験を
人生の中でどう位置づけているかということを、
太宰の名を借りて
表明し合っていたに過ぎなかったのではないだろうか。
『人間失格』=太宰治は鏡であり、
人はそこに、
各人各様の「自分自身」を見出すが、
「自分にないもの」は
いくら読んでもなかなか見えてこないのだ。

文芸評論家の奥野健男は、
「太宰治の文学は、
 どんな小説でも……
 潜在的二人称の文体で書かれている」と
評している(奥野健男「解説」『人間失格』157ページ・新潮文庫)。

小説の文体は大きく分けて、
主人公の主観から
「私は~した」と書く一人称文体と、
作者が「神の視点」から
「○○は~した」と書く三人称文体に分けられるが、
太宰の小説はそのいずれを取っていたとしても、
「潜在的二人称の文体」、
つまり作品は「あなた=読者」のことを
書いたものとなっているというのである。

「私。
 まるで『人間失格』の主人公に
 そっくりじゃないか」
(田口ランディ「私が読んだ太宰治」『文豪ナビ太宰治』109ページ・新潮文庫)
などと言い出す人間が多いわけである。

『エイジ』などの小説で知られる
作家の重松清は、
太宰治の作品には『ぼくたち』がいると書いている。
事態を的確に表現していると思うので、
少し長いが以下に引用してみたい。

「ぼくたち」の中に
「きみ」がぼんやりと立っていると、
いきなり向こうからダザイくんに
「おーい!」と声をかけられ、
振り向くと目が合って、
こっちこっち、と手招きされる。
まわりに「ぼくたち」はたくさんいるんだけど、
どうもダザイくんは、
「きみ」だけを見ているようだ。
「きみ」を指名して、
「早く来いよ!」と手招いているようなのだ。

オレのこと――?……

オレなのかな、
マジ、オレでいいのかな、と
最初は不安に駆られていても、
やはりダザイくんの視線は
まっすぐにこっちを向いているし、
確かにそう言われてみれば、
オレだよな、
やっぱここはオレだよな……
という気もしてきて、
ダザイくんに向かって
ふらふらと歩きだしてみると、
なんのことはない、
「ぼくたち」の他の連中もみんな、
自分と同じように
ふらふらと、引き寄せられるようにして、
ダザイくんに向かって
歩いているのである。
(重松清「ダザイくんの手招き」『文豪ナビ太宰治』72~73ページ・新潮文庫)


よって、
「『太宰治は私だ!』と告白する若者は、
 無数にいる。
 そういう彼/彼女らは個性的で、
 まさに千差万別。
 でも、
 みんなが口々に
 『太宰は、ぼくだ。いや、ぼくが太宰だ!』と
 叫んでいる。
 一人一人の読者に応じて、
 太宰が違う顔つきを見せているからだ」
(島内景二「評伝 太宰治」『文豪ナビ太宰治』117~118ページ・新潮文庫)。

どんな文学作品も
究極的にはそうなのかもしれないが、
太宰治、
とりわけ『人間失格』は
その傾向が強いように思われる。
読者は、
普通に作品を読むだけでは、
自分の共感できるところにしか共感しないし、
自分の理解できる理由にしか納得しようとはしない。
 
歌人の枡野浩一さんの短歌に、

●本当のことを話せと責められて君の都合で決まる本当


というものがあるが
(枡野浩一『ハッピーロンリーウォーリーソング』28ページ・角川文庫)、
本当にその通りだと思う。

主人公が
「人間、失格」」(太宰治『人間失格』147ページ・新潮文庫)に至った
根本的な「原因」を、
ある人は生まれもっての発達障害に、
ある人は幼少期の性的虐待のトラウマに、
ある人は非合法共産主義運動からの脱落に、
ある人は女を殺して自分だけ生き残った後ろめたさに……と
各人各様に見る。

作品の中で主人公・大庭葉蔵がわかりやすく、
「私がこうなった根本的な原因は……」と
語ってくれるわけではない以上、
答えは最終的に
読者一人一人の心の中にしかないと言うべきであろう。
「JanJan」2月6日号
 酒井徹「ブーム再来『人間失格』の魅力とは? 太宰治生誕百年に思う」
から転載)

太宰治『人間失格』について(その2)へ進む→


《参考サイト》
太宰治『人間失格』について(その2)

太宰治「葉」について
太宰治「思い出」について
太宰治「魚服記」について
太宰治「列車」について
太宰治「地球図」について
太宰治「猿ヶ島」について

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by imadegawatuusin | 2009-02-06 17:34 | 文芸

太宰治「葉」について

――「花」=「芸術」になれなかった断片群――

■「一行空き」で分けられた一つ一つが独立作品
「葉」は、
太宰治の最初の短編作品集『晩年』の冒頭に置かれた
作品である。
おもしろいかと問われると、
正直言って言葉に詰まる。
予備校講師の出口汪さんが、
「(筆者注:太宰については)
 『人間失格』があまりにも有名だが、
 私には処女作品集『晩年』が
 一番面白い」(出口汪『出口汪の頭がよくなるスーパー読書術』212ページ、青春出版社)
と薦めるので読み始めてみたものの、
この「葉」という作品を
いったい何と表現すればいいのだろうか。

文芸評論家の奥野健男は「葉」について、
「『晩年』以前の初期作品、
 あるいは焼き捨てた小説の中から、
 捨てがたいフラグメント(断片)を撰びだして、
 アフォリズム風に配列したものと
 思われる」(奥野健男「解説」太宰治『晩年』401ページ、新潮文庫)
と解説している。
(個々の断片の出典については、
 渡部芳紀「評釈『葉』」を参照のこと。)

奥野健男が
「ストーりーとしてはつながっていない」(奥野健男「解説」太宰治『晩年』401ページ、新潮文庫)
と書いているとおり、
「一行空き」で区切られた個々の作品は
基本的にはそれぞれ独立しており、
多くは断片通しに直接的な関連性はない。

「芸術の美は所詮、市民への奉仕の美である。」
(太宰治「葉」『晩年』15ページ、新潮文庫)
という一行だけの作品から、
ページにして5ページほどの短編小説風の作品までが
雑然と並べられた感じである。
(短編小説風の作品などは、
 それ自体で一つの作品世界を構成しているし、
 一行だけの作品のほとんどもまたしかりである)。

ただし、
たった一言
「生活。」(太宰治「葉」『晩年』28ページ、新潮文庫)
などという言葉をポーンと放り出すだけの
34番目の断章などは、
独立した作品とは言えないだろう。
35番目の断章である
「よい仕事をしたあとで
 一杯のお茶をすする
 お茶のあぶくに
 きれいな私の顔が
 いくつもいくつも
 うつっているのさ」や
(太宰治「葉」『晩年』28ページ、新潮文庫)、
36番目の断章である
「どうにか、なる。」
(太宰治「葉」『晩年』28ページ、新潮文庫)
とともに、
3断章で1編の詩を構成するのだと
考えるのが自然だ。
渡部芳紀「評釈『葉』」によると、
 断章4・5・6も昭和3年8月に
 太宰が『細胞文芸』に発表した
 「彼等と其のいとしき母」という作品の断片であり、
 連続性があるようだ)。

わけても最後の
「どうにか、なる」という言葉は深い。
非常に投げやりな言葉にも聞こえるし、
そのくせ、
究極の前向きな言葉にも聞こえてしまうから
不思議だ。
「葉」の冒頭に置かれた、
「死のうと思っていた。
 ことしの正月、
 よそから着物を一反もらった。
 お年玉としてである。
 着物の布地は
 麻であった。
 鼠色のこまかい縞目が
 織りこめられていた。
 これは夏に着る着物であろう。
 夏まで生きていようと思った。」
(太宰治「葉」『晩年』7ページ、新潮文庫)
というショートショートとあわせて読むと、
非常に味わい深い。

「その程度のこと」で
人間は生きてゆける。
「どうにか、なる」もの、
「どうにか、な」ってしまうものなのである。

■題名について
「葉」という題名についても
いろいろと議論があるようである。
私は、この作品最大のキーワードである
「花」に対する「葉」と捉えると
理解しやすいと思うのであるが、
どうだろうか。

世阿弥の『風姿花伝』の昔から、
日本では芸術が「花」に喩えられてきた。
本書においても一貫して、
「花」が芸術の象徴であることは
「評釈『葉』」にもあるとおりである。

であるならば、
「葉」とは「花」になれなかったにぎやかし、
「花」=「芸術」をその縁の下で支える
没原稿群のことを意味しているのではないのか。

こういった大量の「葉」が、
これから読むことになる
「思ひ出」以後の「花」の背景にあるのだよというのが、
『晩年』の冒頭にこの作品をおいた
太宰の真意だったのではないか。
私にはそう思えてならない。


注解

●水(みず)到(いた)りて渠(きょ)成(な「)る
水が流れて来れば自然に溝が出来るという意味。
学問、道徳の修業をつとめれば、
名声は自然に高まるということを意味する。


●「雛」
 芥川龍之介の短編作品。
形式には、
「雛」の影響が認められた。
(太宰治「葉」『晩年』10ページ、新潮文庫)



●鉄漿(かね)
 結婚した女性が付けるお歯黒のために
 歯を黒く染める液。
 鉄くずを焼いて濃い茶に浸し、
 酒などを加えて発酵させて作る。
そんなにお美しくていらっしゃるのに、
一生鉄漿(かね)をお附けせずに
お暮らしなさったのでございます。
(太宰治「葉」『晩年』12ページ、新潮文庫)



●一生鉄漿(かね)をお附けせずに
一生結婚せずに、の意味。


●縮緬(ちりめん)
 縮ませた絹織物。
と申しますのは、
私の婆様は、
それはそれは粋なお方で、
ついに一度も
縮緬(ちりめん)の縫紋(ぬいもん)の御羽織を
お離しになったことがございませんでした。
(太宰治「葉」『晩年』12ページ、新潮文庫)



●縫紋(ぬいもん)
 無地の着物に刺繍で付ける紋。
と申しますのは、
私の婆様は、
それはそれは粋なお方で、
ついに一度も
縮緬(ちりめん)の縫紋(ぬいもん)の御羽織を
お離しになったことがございませんでした。
(太宰治「葉」『晩年』12ページ、新潮文庫)



●富本(とみもと)
 「富本節」の略。
 三味線に合わせて語る語り物である
 浄瑠璃の一派。
お師匠をお部屋へお呼びなされて
富本のお稽古をお始めになられたのも、
よほど昔からのことでございましたでしょう。
(太宰治「葉」『晩年』12ページ、新潮文庫)



●十六魂(じゅうろぐたまし)
 多趣味な人、
 気が多い人、
 考えがころころ変わる様子。
 津軽方言。
お前は十六魂(たまし)だから、
と言いかけて、
自信を失ったのであろう、
もっと無学の花嫁の顔を覗き、
のう、そうでせんか、
と同意を求めた。
(太宰治「葉」『晩年』20ページ、新潮文庫)



●Nevermore
 二度と~しない。英語。
"Nevermore"
(太宰治「葉」『晩年』21ページ、新潮文庫)



《参考サイト》
太宰治『人間失格』について
太宰治「思い出」について
太宰治「魚服記」について
太宰治「列車」について
太宰治「地球図」について
太宰治「猿ヶ島」について

渡辺芳紀「評釈『葉』」
謎めいた「葉」という作品の「解答」が
ここまであからさまに「記されている」のを見れば、
「生まれてはじめて算術の教科書を手にした」少年なら、
「無礼だなあ」とつぶやくかもしれない。
「葉」研究の必読文献。



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by imadegawatuusin | 2009-01-30 15:52 | 文芸

――ぐいぐい「読ませる」文学史――

■文学をネタに近代史を語る!
明治時代以降の日本の文学史を、
社会の動きと関連づけながら
ぐいぐい「読ませる」文学史である。

筆者・出口汪(ひろし)さんは
日本の近代文学史を「西洋化の流れ」と位置づける(本書2ページ)。
「どうやって日本が西洋化していくかということは、
 文学史の流れをおさえると
 非常に理解しやすくなる」(本書2~3ページ)との考えの下、
むしろ文学をネタに近代史を語ろうとしているかのような
おもむきすらある。

第一次世界大戦後の世界恐慌の中、
マルクス主義を基盤とするプロレタリア文学
隆盛したことについて、
「マルクス主義というのは、
 こういう時に入ってくると『思想』ではなく、
 現実的な『生活』そのものなのです」と捉え、
「例えばロシア革命でも中国の革命でも、
 あれは僕は『生活』の必要から
 起こったのだと思うよ。
 要は革命を起こさないと食えない。
 そこに、
 共産主義思想が生まれてきます。
 結局は人間を動かしているのは
 『生活』なんですよ」と記す出口さんの視点は
極めて鋭い(本書168ページ)〔注1〕。
〔注1〕実はこれこそが、
まさにここで話題に上っている
共産主義の根底にある、
唯物史観の考え方だ。
人間生活のあり方が、
その人の意識を規定する。
歴史や政治といった「上部構造」を動かしているのは、
下部構造=人々の生活のあり方だ……
と考えるのが、
唯物史観の基本的な立場であるからだ。


一方で、受験参考書らしく、
受験生を鼓舞することも忘れない。
小倉に左遷された森鴎外が
軍部上層部の圧力で文学活動を停止させられる中、
それでも密かに小説の構想を練り続けたことを挙げ、
「挫折の時期にどう生きたかで、
 その人の価値が決まってくる」(本書135ページ)
と説く本書は、
下手な人生論を読むよりずっと
人生にハリを与えてくれる。

恋愛論もなかなか鋭い。
尾崎紅葉の『金色夜叉』をネタにしつつ、
「お互いに、好きな者同士が、
 別れて別の人と結婚する時、
 相手を本当に嫌いになってから結婚をするなら
 うまくいくのですよ。
 でも好きなまま別れて、
 別の好きでもない人と結婚するときは
 必ず失敗すると僕は思います。

 好きな人とはもう会えない。
 なのに好きでもない人と
 一緒に暮らさなければいけないのでしょう。
 となったら無意識に
 女の人は比べるのですよ、
 好きな人と実際一緒にいる人と。

 そうやって好きな人というのは、
 どんどん頭の中で理想化されていくんです。
 良いところばかり頭に残って、
 会わないものだから
 どんどん理想化されていくのです。
 相手が死んでいれば
 もっとそれが美化されてしまうわけでしょう」と、
実にクール。
(このパターンは
 実は「女の人」ばかりではないとおもう。
 男も以外に未練がましい。
 古くは『源氏物語』で、
 光源氏が藤壺と別れて葵の上と結婚させられたときも
 こうであったといえる)。

野村美月の傑作ライトノベル「文学少女」シリーズ
第一作を読む前などにも
ぜひ目を通しておきたい一書である。

なお、
出口汪さんは、
本書読了後に
「薄い文学史の問題集を
 一冊解いてみることをおすすめする」
としているが(本書ivページ)、
受験技術研究家の和田秀樹さんが
『受験本番に強くなる本』(PHP)文庫で薦めている、
柿崎広幸『ぶっつけ日本史』(文英堂)がいいだろう。
文学史短期完成の決定版だ。


《本文校訂》
「付録」の190ページで、
佐藤春夫が「新思潮派」に分類されているが、
佐藤春夫は「耽美派」である。
本文でも佐藤春夫は、
「その他の耽美派の作家といえば、
 佐藤春夫」とされ(本書106ページ)、
本書1127ページの「ミニマム記憶事項(6)」でも
耽美派に分類されている。
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by imadegawatuusin | 2008-12-05 08:42 | 文芸