「ほっ」と。キャンペーン

カテゴリ:政治( 88 )

――ゆめゆめ とうとうりゃくせんきょせいげるな!――

さいこうさいばんしょから さいさんに わたって
けんじょうたい」であると てきされてきた
しゅういんしょうせんきょいっぴょうかくせいする
せんきょせいかいかくについて、
しゅけいとうみんとうは、
ばっぽんかいかくを 2020ねん こうさきおくりする あん
こっかいていしゅつすることにした。
みんとうあんは、
せんきょりについて
とうめんさいていげんなおしを おこなうに とどめ、
しゅういんちょうもんかんとうしんした、
じんこうはんえいしやすい
「アダムズほうしき」の どうにゅうについては、
2020ねんおこなわれる
だいこくせい調ちょうけっつとするものであり、
実際じっさい衆議院選挙しゅうぎいんせんきょ適用てきようされるのは
2022年以降ねんいこうになると みられる。
それまでは、
1票いっぴょう格差かくさ」を 要因よういんであるとして
最高裁判所さいこうさいばんしょ撤廃てっぱいもとめた 「1人別枠方式ひとりべつわくほうしき」が
事実上じじつじょう 温存おんぞんされることとなってしまう。
当初とうしょは 「アダムズ方式ほうしき」の 即時導入そくじどうにゅう主張しゅちょうしていた
中道派ちゅうどうは連立与党れんりつよとう公明党(こうめいとう)
自民党案じみんとうあん合意ごういしたため、
この あん国会こっかい可決かけつされる 可能性かのうせい
たかくなってしまっている。
定数削減ていすうさくげん影響えいきょうける 現職議員げんしょくぎいん
おおかかえているという
自民党内じみんとうない党内事情とうないじじょうが、
民主主義みんしゅしゅぎ大前提だいぜんていとも うべき
投票価値とうひょうかち平等びょうどう早期実現そうきじつげんという
普遍的要請ふへんてきようせいよりも
優先ゆうせんされた かたちである。
これでは、
すべからく こうせいであるべき せんきょせい
とうとうりゃくに よって ねじげようとしていると
はんされても
かたいのではないだろうか。

これに たいして
ちゅうどうリベラルの とう民進党(みんしんとう)は、
みんとうあんもんだいさきおくりであると つよはんし、
ちょっきんだいこくせい調ちょうけっもとづいて
ただちに ていすうはいぶんばっぽんてきなおしを おこなう あん
こっかいすと いう。
進歩的しんぽてきろん調ちょうられる ぜんこくあさしんぶんは、
4月しがつ 8日ようかしゃせつなかみんとうあんについて、
「なぜ、
 すでに結果が出ている調査をもとに抜本改革をせず、
 20年まで待たねばならないのか。
 自民党から説得力のある説明はない。
 要は、
 300人近い議員がいる中、
 定数減の影響を受ける現職を
 できるだけ少なくしたいからに過ぎない」と
きびしく 批判ひはんし、
「党利党略を超えた審議を求め」ている。
おなじく 進歩的しんぽてきろん調ちょう全国紙ぜんこくし毎日新聞まいにちしんぶん
公明党こうめいとう姿勢しせいについても
4月しがつ 8日ようか社説しゃせつなかで、
「アダムズ方式の先送りに
 当初、強く反対していた公明党が
 自民案の容認に転じたのも理解に苦しむ」と
疑問ぎもんげかけ、
「今からでも遅くない。
 自民、公明両党は方針を改め、
 民進案に一本化した方がいい」と
主張しゅちょうしている。

特定政党とくていせいとう党利党略とうりとうりゃくが、
民主主義みんしゅしゅぎ前提ぜんていとなる
投票価値とうひょうかち平等びょうどうを ゆがめるようなことが
あってはならない。
民意みんい正確せいかく反映はんえいもとめられる 国会こっかいは、
直近ちょっきん国政調査こくせいちょうさもとづいて
ただちに 「アダムズほうしき」を どうにゅうし、
いっぴょうかく」の すみやかな 抜本的是正ばっぽんてきぜせい
すべからく つとめるべきである。



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by imadegawatuusin | 2016-04-08 17:37 | 政治

――おおやけ機関きかんが「大安だいあん仏滅(ぶつめつ)」をあからさまにしるす――

大分県(おおいたけん)、「不適切(ふてきせつ)」と みと回収(かいしゅう)

大分県(おおいたけん)25はつか あまり いつ()に、
(けん)むっつの 市町村(しちょうそん)にて つくる
国東半島宇佐地域世界農業遺産推進協議会(くにさきはんとう うさちいき せかい のうぎょういさん すいしん きょうぎかい)」が
発行(はっこう)した、
()たる
平成へいせい28(西暦せいれき2016)ねん(こよみ)(カレンダー)に、
大安だいあん」や「仏滅(ぶつめつ)」などといった、
迷信(めいしん)つながる 「六曜ろくよう」を
しるしてしまっていたとして、
回収(かいしゅう)すすめることを あきらかに した。
読売新聞よみうりしんぶん』や 朝日新聞あさひしんぶん電子版(でんしばん)
26はつか あまり むい()
これを つたえた。

それらの 記事(きじ)に よると 大分県(おおいたけん)は、
人権教育じんけんきょういくに ついての 市町村向しちょうそんむけの 資料しりょうなどにおいて
みずから、
差別さべつ助長(じょちょう)する 迷信(めいしん)因習いんしゅうとして、
その 1つに 六曜ろくようげていた。
その、
差別さべつ助長(じょちょう)する 迷信(めいしん)因習いんしゅうひとつ」であると
みずか自覚じかくしていたところの 六曜ろくようを、
自分じぶんたちが 発行(はっこう)する (こよみ)
おおぴらせていたというのは、
おもてで 言っている 事と、
仕事しごとを まさに 行なう にて やっている 事とが
まったくもって ちがっており、
言行不一致(げんこうふいっち)はなはだしい。
これでは みずか
差別さべつ助長じょちょうする」 つもりが あったのではないかと
うたがわれても 仕方しかたいのではないだろうか。

たしかに の中には、
今だに
大安だいあん」とか 「仏滅ぶつめつ」などといった
日柄ひがらかかわる 迷信めいしん
とらわれ続けている 人人も 少なくない。
けれども、
そうした 日柄ひがら年柄としがら迷信めいしんの たぐいを
こうから 否定ひていし、
そうしたものに とらわれては いけないと
かんがえる 人も 少なくない。
わたしのような 弁証法的唯物論者べんしょうほうてきゆいぶつろんじゃ
げるまでも無く、
宗教者しゅうきょうしゃの 中にも、
たとえば、
わが国の 仏教ぶっきょうなかでは もっとおおきな 宗派しゅうはである
浄土真宗じょうどしんしゅうや、
神道しんとうかんがらみち)の ながれを くむ
金光教こんこうきょうなど、
こうした 迷信めいしんこうから 否定ひていする 宗教しゅうきょう
わがくに日本にほんには 目違まちがるのである。
浄土真宗を ひらいた 見真大師けんしんだいし親鸞しんらんは、
その おしえを の かたちで (やさ)しく いた
和讃(わさん)」という 長歌(ながうた)の 中で わく、

  かなしきかなや 道俗(どうぞく)の   
  良時(りょうじ) 吉日(きちにち)えらばしめ〔注1〕   
  天神地祇(てんじんぢぎ)を あがめつつ   
  卜占祭祀(ぼくせんさいし) つとめとす   

  (ああ、(かな)しいことだなあ!
   (ほとけ)(みち)(おこ)ない(びと)である 法師(ほうし)も、
   法師(ほうし)ではない 白衣しろぎぬの ただ(びと)
   どちらもが、
   ()わゆる 「()(とき)」だの
   「()()」だのといったものを
   殊更(ことさら) えり分けて お選びになり、
   あま(かみ)だの (くに)(かみ)だのといったものを
   がめつつ、
   (うらな)いだの (まつ)りだの
   おはらいだのといったものを
   (もっぱ)らの (つと)めとして
   いそしんでいらっしゃるとは! 
   〔正像末和讃(しょうぞうまつ わさん) 第101首
    第5章 「愚禿悲歎述懐(ぐとく ひたん じっかい)第8首〕。
   〔注1〕ここでいう 「えらばしめ」の 「しめ」は、
   「やらせる」という
   使役(しえき)(むね)(あらわ)(たす)言端(ことば)助動詞(じょどうし))・「しむ」の
   ()方形(かたがた)連用形(れんようけい))ではなく、
   「お~になる」という
   尊敬の 旨を 表す 助動詞・「しむ」の
   連用形である。)

うんぬんと 歌い、
「『()(とき)』だの
「『()()』だのといったものを
   ……えり分けて ……選」ぶことを
ハッキリと 否定している。
 
また、
教派神道きょうはしんとう・金光教の 教祖きょうそ(おしえおや)である
赤沢=文治あかざわぶんじも 言わく、
如何いかなる所、
 如何なる時、
 如何なるほうも、
 人間にきは
 吉所よきところ
 吉日よきひ
 吉方よきほうなり。
 日柄方位等は、
 神が氏子を
 苦しめる事ではない」(『金光大神理解』)
うんぬんと 述べ、
人人の「生活を暗くおしつつむ
有害な俗信に
正面からたたかいを挑んだ」(村上重良『新宗教 その行動と思想』第108葉〔ページ〕)。
赤沢=文治は明治維新めいじいしんのあとに、
太陽暦たいようれきに 基づいた 新暦しんれき
新政府しんせいふによって 導入どうにゅうされた りに、
「大安」・「仏滅」・「さんりんぼう」といった、
迷信に つながる 記載きさい
公的こうてきな 暦から 一掃いっそうされたのを 見て
涙を 流して これを 喜び、
この 暦を 神の 前に 供えて
神に 感謝かんしゃしたという。
 
浄土真宗は 日本において 最も 大きく、
地域ちいきに 根を張って 存在そんざいしている 既成きせい仏教宗派ぶっきょうしゅうはである。
国会こっかいに 2ケタの 議席ぎせきを 占める 日本共産党にほんきょうさんとうも、
弁証法的唯物論に 基づく 世界観せかいかんを 持っている。
そうした 人人の 存在を 全く 無視むしして、
県や 市町村といった 公的機関こうてききかん
何らの 科学的根拠かがくてきこんきょも 無い 迷信を
助長しかねない 暦を
安易あんいに 発行してしまうということは、
あたかも
「大安」だの 「仏滅」だのといった 迷信に、
県や 市町村が
お墨付きを 与えたかのごとき
誤った見方を 広めかねない。

そもそも、
「大安」や 「仏滅」といった 「六曜」 及び
その 解釈かいしゃくは、
諸越もろこし中国ちゅうごくから 伝わった
陰陽道おんみょうどうという 俗習的宗教ぞくしゅうてき しゅうきょう由来ゆらいするものであり、
民衆みんしゅうの 間に 広まったのは
近世きんせい江戸時代えどじだいに 入ってからのことである。
「六曜」は決して、
わが国固有こゆう文化ぶんかでも 何でも 無いのである。
ある 特定とくていの 宗教に 肩入れしては いけないはずの
県や 市町村といった 公共団体こうきょうだんたいが 作る 暦が
特定の 宗教観しゅうきょうかんに 基づくものであること そのものが
そもそも おかしな 事である。
(例えば、
 どれほど
 天主てんしゅ[カトリック]教徒きょうとが 多い 国であっても、
 宗教について 中立的ちゅうりつてきであるべき
 国や 地方公共団体ちほうこうきょうだんたいが 出す 暦に、
 「今日は 聖○○の 日」などと
 おおぴらに 書かれていれば、
 確かに
 天主[カトリック]教徒にとっては
 さぞかし 便利に 違いないだろうが、
 そうした信仰しんこう共有きょうゆうしない 人人は、
 自らの 存在そのものを
 国や 地方公共団体といった 公の 機関きかん
 切り捨てられたと 感じるだろう。
 公の暦に、
 特定の 宗教的迷信しゅうきょうてきめいしんに 基づく 記述きじゅつ
 取り入れた事 そのことからして、
 想像力そうぞうりょくにおいて あまりに 鈍感どんかんであると
 言わざるをえない)。

公共団体 自らが、
あたかも 特定の 迷信を 認めて
これに 肩入れするかのごとき 暦を
出すなどというのは
まことに 言語道断ごんごどうだんである。
大分県が こうした 不適切な 暦を 回収するのは
当たりまえの 事である。



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by imadegawatuusin | 2015-12-26 15:09 | 政治

女性から男性に性別を変えた人と結婚した妻が
第三者の精子で妊娠して産んだ子について最高裁は、
法律上 夫婦の子であるとする判決を
昨年12月10日に出した。

民法772条には
「妻が婚姻中に懐胎(筆者注:=妊娠)した子は
 夫の子と推定する」とあり、
「夫が元女性である場合を除く」とは
どの法律にも書かれていない。
そして夫も妻も、
その子が自分たちの子とされることに
何ら異議を申し立てていないのである。
そうである以上、
役所は
国権の最高機関である国会で決められた法律に従い、
夫婦の子として届け出られた出生届を
粛々と受理すべきだったのだ。

にもかかわらず法務省は、
夫と子との間に「血縁関係がないのは明らか」などと、
法律のどこにも書かれていない理屈を持ち出して、
こうした事例では
妻が婚姻中に妊娠した子でも夫の子とは認めないよう
市町村に通達してきた。

他方、
生まれながらの男女の夫婦が
人工授精で子をもうけたときは、
血縁があろうがなかろうが
従来から夫婦の子として扱われてきた
(朝日新聞2013年12月12日)。
夫婦関係が破綻しており、
妻が夫以外の男性との間に子をもうけた場合でさえ、
妻が別の男性との間に生まれた子として
届け出ようとしても、
自治体の窓口は民法772条を持ち出して、
あくまで夫との間に生まれた子としてしか
受理しないという問題さえあるのである。

にもかかわらず
夫が元女性である場合だけ
法律上の根拠もなく別の扱いをするというのは
全くの差別だ。
最高裁判決が出た以上、
今後同様の事例があった場合は
法律通り夫婦の子として扱うように
法務省は全市町村に通達すべきだ。


【参考記事】
「血縁なくても父子」、法律上当然

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by imadegawatuusin | 2014-01-23 14:13 | 政治

――護衛艦「たちかぜ」いじめ自殺事件――

■海上自衛隊の書類隠し暴いた3等海佐
海上自衛隊の護衛艦・「たちかぜ」における
乗組員のいじめ自殺問題で、
いじめの事実を示す文書を海上自衛隊が隠していると
内部告発した3等海佐に対し、
海上自衛隊が懲戒処分の手続きを始めた。
3等海佐が告発の際、
関連文書のコピーを
証拠として自宅に保管していたことを
規律違反であるというのだ。

乗組員が2004年に自殺した直後、
海上自衛隊は「たちかぜ」の乗組員190人に
アンケートを行なった。
回収されたアンケートには、
自殺した乗組員が
艦内で先輩隊員からエアガンで打たれたり、
胸ぐらをつかまれたりしていたと記されていた。
自殺した乗組員の遺書にも
先輩隊員から暴行を受けたと記されており、
アンケートはこれを裏付けるものだった。

ところが、
乗組員の遺族が2005年に情報公開請求をしたところ、
海上自衛隊は
このアンケートの原本が存在していたにもかかわらず
「破棄した」と回答。
原本の存在を知った3等海佐が
2008年に防衛省の公益通報窓口に内部告発した際も、
アンケート原本の存在を認めなかった。

公益通報窓口への告発で問題が解決しなかったため、
3等海佐は2012年4月に、
「海自は文書を隠している」とする陳述書を
東京高裁に提出。
同年6月に海上自衛隊内で「調査」が始まった。
だが、
アンケートの原本の存在を知っていた
3等海佐とは別の海上自衛隊事務官が
上司に相談すると、
「捨てろ」、
「あれは『ない書類』だ。
 あってはならない書類だから」と指示され、
翌日には上司から、
「指示した件は、
 誰にも見られないよう秘密裏に実施してください」
とのメールが届いたのだ。

幸い、
この事務官が「やはり破棄はできない」と判断し、
さらに別の上司に報告したことで、
アンケート原本はかろうじて破棄を免れ、
遺族側に開示された。
内閣府の「情報公開・個人情報保護審査会」は、
「文章発見後も破棄を働きかけるなど、
 組織全体として
 不都合な事実を隠蔽しようとする傾向があった」と
認定している(朝日新聞2013年12月8日)。

このような
「不都合な事実を隠蔽しようとする傾向があ」る
組織において、
ないはずの書類が実はあると
何の証拠も持たないままに内部告発すると、
当の書類そのものが隠滅され、
3等海佐のがわが嘘つき呼ばわりされかねない。
(実際、
 原本は一度は破棄されかけた)。
自らの身を守るためにも、
内部告発にあたって証拠を手元にとっておくのは
当然の行為だ。
これが規律違反とされてしまえば、
組織の不正を正す告発は怖くて誰もできなくなる。

組織の不正を暴いた3等海佐の行動は
証拠の保管も含めて正当なものであり、
懲戒処分にするなどというのは
全くとんでもない話である。
懲戒処分を受けるべきは、
遺族の情報公開請求に対して
書類はないと嘘をついた担当者や、
書類の破棄を命じた上司の方だ。

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by imadegawatuusin | 2014-01-21 17:34 | 政治

――「護憲」か「憲法改悪反対」か――

■党首候補、進歩的な憲法改正論議を提起
先日の社民党党首選挙に立候補者した
同党豊島区議の石川大我氏が、
「僕は必ずしも憲法改正に反対ではない。
 同性婚の容認や環境権など
 新しい権利を加える改正論議なら賛成だ」と述べ、
憲法改正についての議論を提起した。

■同性婚を禁止する現行憲法の差別性
石川氏は
日本で初めて同性愛者であることを公言した上で
当選を果たした地方議員だ〔注1〕。
豊島区議になる前から
『ボクの彼氏はどこにいる』という本を出版するなど
同性愛者解放運動に積極的にたずさわってきた。
だが現行の日本国憲法はその第24条で、
「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し……」と定め、
同性同士の結婚を禁じている。
護憲論者の多い社民党の党首選挙の中で、
石川氏が勇気を持って
あえて改憲に踏み込む発言を行なったのは
決して軽はずみな思い付きなどではない。
自らの性的指向のゆえに
現行憲法の排他的側面と向き合わざるをえなかった
石川氏自身の切実な実感が
その背景にあったのだと思われる。
現行憲法は完全無欠の「理想の憲法」では決してない。

同性愛者の存在を無視・排除して
婚姻を
異性間の(「両性の合意……に基」く)もの のみに限定し、
同性愛者には愛する人との結婚を許さない
現行憲法24条の規定は
客観的に考えれば極めて差別的なものである。
私も社民党の党員であるが、
社民党がよって立つ、
個人の尊厳を最大限に尊重する
社会民主主義の理念に照らせば本来、
こうした理不尽で一方的な条文については
少数者の立場を考慮したものに変えていこうと
声を挙げるのが筋というものだと考える。

〔注1〕先に同性愛者であることを公言した
地方議員としては
元堺市議の尾辻かな子氏がいた。
だが、
尾辻氏が自らの性的指向を公言したのは
市議に当選した後のことである。

■社民党の党是は「護憲」ではない
石川氏の発言に党内では、
「『護憲の党』である社民党の議員でありながら
 改憲を唱えるのはいかがなものか」と
首をかしげる向きもあった。
だが
社民党の綱領である『社会民主党宣言』には、
「憲法の理念」の「実現」や
「憲法の前文と9条を指針にした平和外交」という
文言はあるが
「護憲」という文言はない。
「護憲」は社民党の綱領的な党是ではないのだ。
社民党員は、
法の下の平等や基本的人権の尊重といった
現行憲法の基本理念を
より発展させる方向の憲法構想については
自由に論じ合えるのである。
社民党が立脚すべき党是は「護憲」ではなく、
不断の進歩と改革を旨とする
国際的な「社会民主主義」の理念である。
67年前の時代的制約の中で生まれた
現行憲法の全条文を一字一句固守し、
現行憲法を理想化して崇め奉る立場であってはならない。
そうした保守的な態度は
真の社民主義の進歩的精神に反する。
歴史の進歩と発展を信じる社会民主主義者こそが、
現行憲法体制のその先にある未来を
もっと語っていくべきだ。

■革新陣営こそ天皇制・同性婚禁止条項の見直し提起を
党首選で石川氏を破った吉田忠智氏は
石川氏との間に
「対立する争点があるわけではない」と言っていた
(朝日新聞10月10日)。
だが党首選の公約で社民党を
「護憲……勢力」と位置づけた吉田氏と
石川氏との間には
憲法観に違いがある(社会新報10月9日)。
家柄によって人を規定してしまう天皇制や
同性婚禁止条項も含む
現行憲法の全条文をどこまでも護る「護憲」か、
変えるべき点は変えろと言いつつ
護るべき点は護る「憲法改悪反対」か。
国権主義的改憲勢力の台頭を前に、
社会の進歩を担う革新陣営の側もまた
真剣に議論するべきだ。

【関連記事】
2人の「左翼」が僕を改憲論者に転向させた
憲法改正で皇室制度を廃止しよう
左からの改憲提言はタブーか
「守る」運動から「変える」運動へ
「改憲派」社民党員の提言

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by imadegawatuusin | 2013-10-11 17:48 | 政治

2020年の夏季オリンピックの開催都市が
日本の首都・東京に決まった。
開催都市を決める
国際オリンピック委員会の総会が開かれた
アルゼンチンの首都・ブエノスアイレスには
安倍晋三総理大臣がG20の会議を中座して現地入りし、
懸念されていた福島第一原発事故の汚染水漏れ問題で、
安全性を強調した。

安倍総理はオリンピックの東京開催決定後の会見で、
「原子力比率は引き下げていく。
 このため、
 今後3年程度の間に、
 再生可能エネルギーの普及と省エネルギーの推進を
 最大限加速させていく」と
原発政策全体に言及したという。
『日刊スポーツ』のコラム・「政界地獄耳」は、
「海外に原発を売り、
 再稼動を積極的に推進していた政府としては
 大きな政策転換だ」と指摘する(日刊スポーツ9月9日)。

この発言は
オリンピック開催にあたっての国際公約と
世界に受け止められるだろう。
空手形にするようなことがあってはならない。
汚染水対策を政府主導で着実に実行するのはもちろん、
稼動年数の長い原発の廃炉の推進や
東電解体・発送電分離など、
原子力比率の引き下げや自然エネルギーの普及のための
具体的な措置を取っていくことが求められる。

オリンピック開催国の総理として、
「言いっぱなし」は許されない。
私たちもオリンピック開催国の国民として
総理の公約実現を厳しく監視していきたい。

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by imadegawatuusin | 2013-09-09 13:32 | 政治

7月30日の『朝日新聞』の投書欄に、
「早すぎる当確速報は投票軽視」との投書が載った。

実際に開票が始まる前に
すでに議席が決まったなどと
テレビで報道されるのを見ると、
「自分の一票が数えられる前に当選が決まるなんて」と
思う人が出るのも理解はできる。
しかしテレビ各局が開票率の低い段階で報じるのは
「当選確実」であり、「当選」ではない。

テレビをきちんと見ていると、
「当選確実」と「当選」とは厳密に使い分けられている。
「当選確実」は
事前の取材や出口調査などの結果から
当選が確実である場合に
開票の状況にかかわらず速報される。
しかし「当選」は、
実際に票を一票一票数えていき、
まだ開票されていない全ての票が
次点の候補のものであっても
その候補の票数を上回ることが
ないという段階にならないと
報道されることはない。

単に票を数えるだけでは、
その票にどのような思いが込められており、
どういった意味があるのかまではわからない。
だから選挙の出口調査では投票先だけでなく、
前回はどの候補に投票したかとか、
どういった争点を重視したかといったことが聞かれる。
出口調査は良質な選挙報道に必要な取材だ。
そして、
そうした出口調査などからある候補の当選が
明らかに確実とわかれば、
わかった以上は
投票の終了後いち早く報じるのが
報道機関として当然だと私は思う。

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by imadegawatuusin | 2013-08-31 13:13 | 政治

「いとしい我が子や妻を思い、
 残していく父、母に幸多かれ、
 ふるさとの山河よ、緑なせと念じつつ、
 貴い命を捧げられた、あなた方の犠牲の上に……」。
全国戦没者追悼式の式辞において安倍晋三総理大臣は、
追悼する戦没者をそう一くくりにして
その「御霊(みたま)」に呼びかけた(朝日新聞8月16日)。

歴代総理が踏襲してきた
アジア諸国に対する加害責任への反省や哀悼の言葉が
抜け落ちていることは
あちこちで議論になるであろうからここでは置く。
「御霊」なるものが実在することを自明視して
それに呼びかけるという
非科学的な式辞の形式そのものについても
今は論難するつもりはない。
そしてそもそも、この自己陶酔的なポエムでも読まされているかのような
違和感の残る文体についても、
総理の趣味の問題であるので
どうこう言ったりはしないでおこう。
私が指摘したいのは、
話を国内に限ったとしても、
ここで描かれる「戦没者」像は
あまりに貧困だということである。

ここで安倍総理が思い描く戦没者像はおそらく、
戦地で命を落とした(若く健康な)男性兵士のものだ。
もっとわかりやすく言えば、
戦艦大和の乗組員や神風特攻隊の隊員のような、
「靖国神社に祭られているような人々」こそが
安倍総理の思い描く戦没者なのだ。

だが、
「戦没者」というのは
本来もっと広い概念なのではないだろうか。
「戦争」で「没」した「者」のすべてが
そこに含まれていなければならない。
沖縄で集団自決に追い込まれた人々も、
広島や長崎で原爆の犠牲になった人々も、
東京や大阪や神戸における大空襲で焼き殺された人々も
すべて等しく「戦没者」であるはずだ。
安倍総理の言うところの、
「残」された「父、母」、「子や妻」、
そして老人や病人や障害者の中にも
膨大な「戦没者」がいるのだという視点が、
安倍総理の式辞からは
すっぽりと抜け落ちているように見える。

男たちが戦地で戦う その間にも、
「銃後」ではそうした市民がどんどん殺され続けていた。
戦争を続ければ続けるほど、
死ななくてよかったはずの市民が
「戦没者」とならざるをえなかった構図がここにある。
本土空襲の開始前に、
あるいは米軍の沖縄上陸以前、
広島・長崎への原爆投下以前に
きちんと戦争を終わらせて
「自由、民主主義」の道を受け入れていれば、
「ふるさとの山河」や「緑」にも
傷跡を残さずに済んだのだという当たり前の事実にも
目を閉ざしてはならない。

そしてことここに至って、
いわゆる(若くて健康な)男性兵士の犠牲だけが
追悼され、
「銃後」の犠牲がなおざりにされたのでは、
殺された市民は
文字通りの犬死にというものになってしまう。
誰を殺すつもりも殺される覚悟もないままに
理不尽に殺されていった市民の犠牲が
二の次三の次にされてはならない。

戦争は
男性兵士の戦う最前線でのみ起っていたのではない。
焼夷弾や原爆や「鉄の暴風」が降り注いだ
「銃後」もまた、
れっきとした戦場だったのだ。

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by imadegawatuusin | 2013-08-30 13:24 | 政治

(2013年10月9日掲載)

野党第一党・民主党の大畠章幹事長は8月11日に
豪雨被害の視察で岩手県を訪れ、
前日にゴルフをしていた安倍晋三総理大臣を批判した。
「大規模水害で犠牲者が出ている中、
 笑顔でゴルフに興ずる首相の神経は
 全く理解できない」という(日刊スポーツ8月12日)。

もちろん、
健全な民主主義の確立のためには、
政権に批判的な野党の存在が欠かせない。
たとえ複数の政党があっても、
政権に批判的な勢力がなければ
独裁国家となってしまう。
しかしだからといって、
とにかく総理のやることは
何でも批判すればいいというものでもないはずだ。

もしも総理が、
出すべき指示を出さずにゴルフに興じていたのなら
大問題である。
しかし、
今回の豪雨にあたっての政権の対応に
特に問題があったとは思えない。
総理は現在夏休みで静養中である。
総理大臣であろうと誰であろうと、
休暇中に私的な時間を楽しむことは、
心身の健康を維持する上でむしろ必要なことだと思う。
ゴルフをすることもあるだろう。
その中で笑顔が顔に浮かぶのも自然なことだ。
人間、
災害があったからといって
24時間悲痛な顔をしていることはできない。
これは、
当の被災者自身でさえ そうなのである。

「こんな時にゴルフ」式の批判は
ためにする批判でしかない。
野党にはより本質的な政策論争を期待したい。

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by imadegawatuusin | 2013-08-12 14:51 | 政治

(2013年9月13日掲載)

8月8日の『朝日新聞』の投書欄で、
「麻生発言 報道批判に驚いた」を読んだ。
麻生副総理の「ナチス改憲」発言の報道や批判について
インターネット上で、
「全体の一部だけを抜き出したメディアの捏造だ」とか、
「事実をねじ曲げている」といった言説が
氾濫しているという。

確かに麻生氏は発言の冒頭で、
「当時欧州で最も進んだ」「ワイマール憲法」に
対比する形で
ナチス党首の「ヒトラー」を持ち出している。
ナチスそのものについては否定的なようだ。
しかし発言「全体」を見ていくと、
彼はナチスそのものには否定的でも、
その改憲の「手口」については
肯定的にとらえていたとしか思えない。
彼は
「狂騒のなか」・「喧噪のなかで」の憲法改正に対して、
「憲法はある日気づいたら……変わって」、
「誰も気づかないで変わった」ナチスの「手口」に
「学」ぶべきものがあると言ったのだ。
「本当にみんないい憲法と、
 みんな納得してあの憲法変わっているからね」と、
それが麻生氏が否定する
「狂騒のなか」・「喧噪のなかで」の憲法改正では
なかったことを強調したあと、
「ぼくは民主主義を否定するつもりは
 全くありませんが……」と、
自らの発言が「民主主義を否定する」ものと
映りかねないものであると認識していたらしいことまで
示唆する発言もある。

報道は捏造ではない。
批判は事実に基づいて行なわれるべきだ。


【参考記事】
「ナチス改憲」失言、麻生氏辞任を

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by imadegawatuusin | 2013-08-08 17:03 | 政治