■作品にふと垣間見える「こだわり」
片山こずえさんは、
主義主張を声高に主張するタイプの漫画家ではない。
むしろどちらかというと、
(良くも悪くも)「通俗的な少女漫画の職人」である。
けれど彼女の作品には、
とうとうと流れるストーリーの中に、
ふと読者に、
立ち止まって考えさせずにはいられないメッセージが
さりげなく込められていたりするから油断できない。

たとえば……。

この本の表題作・「宝物は君のこと」の中で
主人公の女子高生・七子が、
祖父が寝たきりになったときのことを振り返って
次のように話す場面がある。

あたし
じいちゃんが
寝たきりに
なった時ね
(まぁ ヘルパーさんも
 来てくれたけどね)
人から よく
「お孫さんが女の子で
 よかったわねぇ」って
言われたんだ――
でも
じいちゃんと
あたししか
いなかったん
だから
たとえ
あたしが男でも
やらなきゃいけない
のにね――(片山さつき『宝物は君のこと』28ページ)


「お孫さんが女の子で
 よかったわねぇ」というさりげない一言の裏に隠された、
「高齢者の世話は女がするのが当然」という偏見が
浮き彫りにされる。

結局、「ケチ」で有名だった祖父が亡くなり、
七子には3億円の遺産が残されたのだが、
彼女はそのほとんどを老人医療施設に寄付することにした。

そんな時、彼女のところに
今まで会ったこともない親戚一家がなだれ込んできて、
「一緒に暮らそう」と言ってくれたのだ。
しかし実は、
彼らは七子の相続した(と思い込んでいる)3億円の遺産を
狙っていたのだ。

……で、おもしろいのは、
この遺産目当てで寄ってきた「親戚」、
みんないい人ばっかりなのだ。
「遺産目当てのいい人」っていうのも変な話なのだけれど、
金に目がくらんでいるくせにどこか間が抜けている。
トラック運転手として、
3人の息子たちを女手一つで育ててきた、
やたらきっぷのいい母・愛子(38……とサバを読もうとしたが、40歳らしい)。
美容師見習いのおちゃめな北斗(20)。
ぶっきらぼうな南斗(みなと:高2)。
そして、甘えん坊のレオ(小2)。
みんな、作者の愛情が感じられる、
味のあるキャラクターばかりだ。

だから、
テーマがテーマなのにちっとも暗くならなくて、
終始明るい作品に仕上がっている。

なお本書には表題作のほかに、
「最強LOVERS」・「見逃さないで」の
2つの短編が収録されている。

■「最強LOVERS」 腕っぷし少女の不器用な恋
「私とつきあいたければ腕相撲で勝つこと」。
まどかは告白してくる男を腕相撲でのしている。
だけど、そんなまどかは、実は極度の男性恐怖症なのです。

■「見逃さないで」 きっと見ている人がいる
由香は小さいときから非常に影が薄い。
でも、
ただ一人由香を人ごみから見つけてくれた人がいた。
菅谷くんだ。
彼は一度見たことは一瞬で記憶してしまう天才だった。


……いつも思うが、
片山さんは作品の題名をつけるのがうまいと思う。
最近の少女漫画の中には(昔からか?)
わけのわからない題名が少なくないが、
片山さんのつける題名は、
いつも作品のテーマをビシッと的確に表わしている。

【次に読むべき本】
本書を読んで片山こずえさんの漫画の魅力に惹かれた方は、
ぜひ、片山作品の最高傑作、
『女のコで正解!』(集英社マーガレットコミックス)を読んでほしい。
さりげないこだわりと軽快なタッチを併せ持つ
片山さんの魅力が凝縮された傑作だ。

【関連記事】
「片山こずえ『X=LOVE』について」
「片山こずえ『信じる者は救われる!』について」
「片山こずえ『僕という名の罪と罰』について」
「片山こずえ『君だけを惑わせる』について」
「片山こずえ『女のコで正解!』について」
「片山こずえ『王子様を落とせ』について」


【本日の読了】
片山こずえ『宝物は君のこと』(集英社マーガレットコミックス)評価:3
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by imadegawatuusin | 2005-09-11 15:59 | 漫画・アニメ

■美少女高校生つばさ 小学生時代のあだ名はジャイアン
小学生の頃、二階堂つばさ(♀)はガキ大将だった。
クラスで一番 体が大きく、
たくさんの男の子を従えていた。

小学生の頃、結城瞳(♂)は「泣き虫」だった。
体が弱くおとなしかった瞳は、
いつもつばさにイジメられていた。

瞳は、つばさのイジメが原因で、
地元の公立中学には進まず、
大学付属の名門校に進学した。

こうして、
2人が別れて5年の歳月が流れた。
教師受けする美少女高校生になっていたつばさは、
両親がマイホームを購入したため〔注1〕、
高校を転校することになった。
そして、転校先の新しい高校には、
『あの』結城瞳がいたのである。

大学付属のエスカレーター式中学に行ったはずの瞳が
どうしてこんな所にいるのか。
しかも瞳はこの高校では、
クラスの「明るいリーダ格」になっていた。

瞳は言った。

これでも
苦労した分
このガッコじゃ
昔のあんたぐらいの
地位は もってるん
だけどな


変わってないのは
あんたが
大キライって事
だけか


そして、
つばさへの嫌がらせが始まった。
げた箱にゴミを入れられ、
上靴が盗まれた。
体操服が切り裂かれ、
落書きされた。

瞳との思わぬ再開は、
むかし彼をいじめた罪への罰だったのか。
それとも……。

表題にある「罪と罰」という言葉をキーワードに、
この運命的な「再開」の意味を問うラブコメディー。

〔注1〕余談だがつばさの両親は、
バブル景気(1986~1990)崩壊後の
不動産価格の下落と超低金利政策とによって、
ようやくマイホームを手に入れたらしい(本作の初出は1993年)。
作中では
「わがままで/横柄な
 ゴーマン/女王様」などと評されるつばさだが、
なかなか堅実な両親のもとで育てられたらしい。


なお本書には他にも、
「サリサ純愛」・「夢みるように恋したい」の
2つの短編が収録されている。

■「サリサ純愛」 変わってしまった外面と変わらない思い
「サリサ純愛」は、
「変わってしまった外面と変わらない思い」というテーマが
「僕という名の罪と罰」と共通しており、
2つはいわば「兄弟作」である。
セットで読むと興趣は一段と深まるだろう。

■「夢みるように恋したい」 ラブコメ少女漫画の王道!
少女漫画のような恋愛にあこがれる女の子の物語。
作者・片山さんの「フリートーク」によると、
もともとは、
「少女まんががスキ(ハート)」という題名にする
予定だったそうな。
(「あまりのセンスのなさに……
  ボツってしまった」とのことだが)。
片山さんはこの作品を、
「実話ですか? と きかれ」たことがあるという。
「少女漫画好きの女の子」って、
世間様からこんな風に思われてるのか?
なお、本作品の男主人公・愁一の人気は、
「片山まんが男子キャラの中で不動の1位を誇っている」
とのこと(片山こずえ『女のコで正解!』154ページ)。
「キャラクターがキャピキャピ動くコメディの王道」!

《次に読むべき本》
本書を読んで楽しんだ方は、
ぜひ同じ作者の『女のコで正解!』(集英社マーガレットコミックス)に
手を伸ばしてほしい。
深い内容を持つ傑作で、
片山こずえ作品の最高峰である。

【関連記事】
「片山こずえ『X=LOVE』について」
「片山こずえ『信じる者は救われる!』について」
「片山こずえ『君だけを惑わせる』について」
「片山こずえ『女のコで正解!』について」
「片山こずえ『王子様を落とせ』について」
「片山こずえ『宝物は君のこと』について」


【本日の読了】
片山こずえ『僕という名の罪と罰』(集英社マーガレットコミックス)評価:3
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by imadegawatuusin | 2005-09-10 15:58 | 漫画・アニメ

――片山こずえ作品の最高傑作――

■同居人は、男の子の体を持つ女の子 
2LDKのマンションをルームシェアする同居人を探していた
専門学校生・えみりのもとに現れたのは、
「お人形みたい」にかわいい「有紀ちゃん」。
一緒に暮らし始めて判ったが、
ちょっとバカっぽいところもあるけどとってもいい子なのだった。
二人はたちまち仲良しになった。
けれど、一緒に暮らしているうちに えみりは、
彼女が女の子の心と男の子の体とを合わせ持つ
「性同一性障害者」なのだということに気付く。
しかもそれを、
あこがれのエツローにまで知られてしまい……。

■作者の愛を一身に受けたシンデレラガール「有紀ちゃん」
「作品かいせつ」の中で片山さんは、

女の子同士の友情ものは、
かなり前からいつか描くぞと、思ってました。
……で、
わたしが描くと、こうなりました。


と語っている。
104ページのフリートークにもある通り、
「有紀ちゃん」が作者の「愛を
 一身に受け」たキャラクターなのだということが
作品全体から実にありありと伝わってきて、
読んでいるこちらまで胸が熱くなってくる。

『いっそのこと自分が男だったら、
 エツローとも本当にただの男友達でいられて、
 こんなに苦しい思いをすることは無かった』などと語るえみりに、

それでも
エツローくん
スキになっちゃっ
たら?
 
きっと…
今よりもっと
苦しいわよ(片山こずえ『女のコで正解』63~64ページ)


と諭した「有紀ちゃん」の言葉には、
他には無い重みが感じられる。

彼女は「男の子」として生まれてきた。
そして高校1年生のとき、
「すごくカッコイイ男の子」に恋をしたのだ。
「人気者で/いつも笑ってて
 大好きだった」と彼女は振り返る。

彼女は、「ステキな彼」が欲しかったという。
けれど彼女には、もっと欲しかったものがあった。
それは、「女のコの友達」だった。

お菓子を食べながら好きな男の子の話を一晩中して、
「うれしかった」とか「悲しかった」とか、
一緒に泣いたり笑ったりできる親友がほしかったと言う。

そして彼女は、
ずっと願い続けてきた「女の子同士の友情」を、
物語の最後で手に入れた。
ハッピーエンドだ。

彼女は幸せ者だと思う。
「まるでシンデレラのような」という形容が適切かどうかはわからないが、
彼女が最後に手に入れたものは、
「性同一性障害者」が現に社会の中で置かれている差別や偏見を考えたとき、
おとぎ話のように貴重な幸せなのだ。
例えそれが、
「フツーの女の子」から見ればどうということのない、
「ただの女同士の友情」であったのだとしても。

少女漫画の中では「女のコの友達」は、
ついつい「ステキな彼」の陰に隠れてしまいがちである。
けれど、
その「女の子同士の友情」をテーマに物語を描こうとしたとき、
片山さんがそのテーマにふさわしいものとして設定した人物配置は、
実にみごとだったと言わざるを得ない。

作品は、
えみりとエツローと「有紀ちゃん」とが、
にっこり笑った1枚の写真で幕を閉じる。
(「両手に華」状態のエツローだけはやや複雑そうだが)。
この写真を撮ったのはおそらく、
えみりの友人で写真の授業を取っている
亜純(あすみ)だろう(片山こずえ『女のコで正解』69ページを参照)〔注1〕。
えみりは亜純とも、
きっと仲良くなったに違いない。
カメラに向ける「有紀ちゃん」の明るい表情がそれを証明している。

ところで、
物語の本筋にはいっさい関係ないが、
作中でエツローが
“STOP ACID RAIN(「酸性雨を防止しよう」)”
と書かれたTシャツを着ているのが
妙に気にかかった(片山こずえ『女のコで正解』54~59ページ)。
エツローって案外、
作品には描かれていないところで実は、
日曜日には環境保護運動に取り組んでいたりするタイプなのかもしれない〔注2〕。

〔注1〕作者・片山こずえさんの趣味も
「写真(を)撮ること」らしい(片山こずえ『女のコで正解』109ページ)。
1/4のフリートーク欄の中で片山さんは、
『あまり取りには行けないがモノクロをやりたい』といったことを語っている。

〔注2〕エツローは、
作者の「理想がうっかり入ってしまった」キャラクターらしい(片山こずえ『女のコで正解』154ページ)。
「有紀ちゃん」が「男だと知った」ときには、
彼女のえみりとの「同棲」にうろたえた彼だが、
すぐにきちんと反省して、
「ごめん
 みっともねー
 嫉妬した」とはっきり認めて謝ることのできた彼は、
立派な人間だと僕は思う。
自分の誤りを素直に認めて謝るというのは、
口で言うほどなかなかできることではない。
いなくなった「有紀ちゃん」の行方も、
彼が必死で探してくれたから見つけることができたのだ。


なお、なお本書には他にも、
「For my honey―君がいれば僕は幸せ―」・「くちびるガーディアン」の
2つの短編が収録されている。

■「For my honey」――「裏返された有紀ちゃん」の物語――
作者の片山さんによると、
「For my honey―君がいれば僕は幸せ―」は「女のコで正解!」の
「姉妹作品」とのこと(片山こずえ『女のコで正解』177ページ)。
ともに1995年に発表された作品だ。
「女のコで正解!」の「有紀ちゃん」が、
自分を女の子だと認めてくれる「女のコの友達」がほしかったように、
「For my honey」の夢(ゆめ)もまた、
自分を男の子だと認めてくれる「男のコの友達」を
求め続けていたのだろう(本書126ページ及び131ページ参照)。
(「男の子同士の友情」は、
 少女漫画の題材とはなりにくいのか、
 「For my honey」ではあまりそこに重点が置かれているわけではないが)。
本当は男の子であるにもかかわらず、
ずっと女の子としての活動を強いられてきた「夢ちゃん」。
彼はまさしく、
「裏返された有紀ちゃん」だ。
ずっと友達ができず、
男から何度も
性的暴行を受けかけたことを示唆する(本書124~125ページ)彼の人生は、
軽そうな見掛けとは裏腹に重い。
そのあたりにもおそらく、
「有紀ちゃん」と共通するものがあるのだろう。

■「くちびるガーディアン」
表題にある「ガーディアン("Guardian")」は、
「保護者」という意味の英単語。
元々は「ガード("guard")するひと」(=「護衛する人」・「番人」)という意味。
主人公・弥栄子の兄で化学教師の
斉門聖一郎にぴったりである。

《次に読むべき本》
この本が気に入った方は、次に
片山こずえ『王子様を落とせ』(集英社マーガレットコミックス)を読むことを
お薦めする。
「有紀ちゃん」の妹である みかよちゃんが大活躍する傑作だ。
併せて読むとより一層
作品理解が深まるだろう。

《そのうち読んでほしい本》
他の作者の作品では、
藤村真理「バラの花咲く」
本書と同じテーマを扱った、
読み応え十分の傑作だ。
藤村真理『SINGLES』第2巻(集英社マーガレットコミックス)に読みきりで収録されているので、
ぜひとも読んでいただきたい。

【関連記事】
「片山こずえ『X=LOVE』について」
「片山こずえ『信じる者は救われる!』について」
「片山こずえ『僕という名の罪と罰』について」
「片山こずえ『君だけを惑わせる』について」
「片山こずえ『王子様を落とせ』について」
「片山こずえ『宝物は君のこと』について」


酒井徹お薦めの女装漫画》
1.やぶうち優『少女少年』シリーズ(Ⅰ~Ⅶ)、小学館てんとう虫コミックススペシャル
2.吉住渉『ミントな僕ら』全6巻、集英社リボンマスコットコミックス
3.志村貴子『放浪息子』エンターブレイン
4.なるもみずほ『少年ヴィーナス』全4巻、角川書店あすかコミックス
5.松本トモキ『プラナス・ガール』ガンガンコミックスJOKER

女装漫画に関する関連記事
「マンガ・アニメに女装少年」 『朝日新聞』が報道
やぶうち優『少女少年』第一期解説
やぶうち優『少女少年II―KAZUKI―』解説
『アイドルマスター Neue Green』(黒瀬浩介)について
筒井旭『CHERRY』について
篠塚ひろむ『ちぇんじ!』について
林みかせ『君とひみつの花園』について
富所和子『ないしょのココナッツ』について
水内繭子『恋する子どもたち』について
『かしまし』漫画版について


【本日の読了】
片山こずえ『女のコで正解!』(集英社マーガレットコミックス)評価:4
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by imadegawatuusin | 2005-09-09 15:57 | 漫画・アニメ

■「少女漫画らしさ」を堪能できる作品集
小さいころに事故で両親をなくし、
紡績会社を経営するおじ夫婦のもとで育てられた
女子高生・歌菜美。
しかし、おじの会社が倒産寸前に追い込まれ、
大手の本郷グループは、
融資の見返りに歌菜美を、
御曹司・静哉の婚約者として差し出せと言ってきた……。
他に、吸血少年・玲人と幼なじみ・『のま』との恋を描いた
「殺サナイヨウニ愛シテアゲル」、
学園アイドルプロドゥーサー・小端むつ美と、
むつ美に選ばれた「プリンス」・上領イオとの恋愛を描く
「ぼ~いず ばっくあっぷ」を収録。
少女漫画の
最も少女漫画らしい部分が満喫できる作品集。

《次に読むべき本》
本書が気に入った方はぜひ、
片山こずえの最高傑作・『女のコで正解!』(集英社マーガレットコミックス)を
読んでみてほしい。
『君だけを惑わせる』収録の「ぼ~いず ばっくあっぷ」で、
主人公の友人役として登場した「エバちゃん」こと江原進之介が
こちらの作品にも登場する。

【関連記事】
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【本日の読了】
片山こずえ『君だけを惑わせる』(集英社マーガレットコミックス)評価:3
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by imadegawatuusin | 2005-09-08 15:55 | 漫画・アニメ

■『スパイラル』城平京さんのデビュー作
この作品は、
人気ミステリー『スパイラル』の作者・城平京さんのデビュー作である。
推理小説家・鮎川哲也さんが編集長を務めた
『本格推理』(光文社文庫)の第10号に掲載されている。
(『本格推理』の他の号は古本屋などでよく見かけるのだが、
 どういうわけかこの第10号だけが、
 なかなか見つからないのである。
 もしかしたら、
 全国で城平さんのファンが買占めに走っているのか?)

なお城平さんは、
この作品の投稿時には「吉野口飛鳥」というペンネームを
使用していたそうだ。
(本作が『本格推理』第10号に掲載されるにあたり、
 現在のペンネームの使用を始めたらしい)。
選者の鮎川哲也さんは、

ふたつの筆名から推測するならば、
作者は大和の国の住人と思われる。


と、選評の中で語っている。
(実際、城平さんは奈良県出身である)。

「城平京」というのは、
自らの出身県に奈良時代に置かれた都・「平城京」の
「城」の字と「平」の字を
入れ替えただけのペンネームだったのか、と、
これを読んではじめて気がついた。

作風は、
「あぁ、やっぱり城平さんは、
 デビューのときから城平さんだったんだ」と
納得できるもの、とだけ言えば、
きっとわかっていただけるのではないか。
(選評の中で評者の鮎川さんは、
 城平さんのことを「飛び切りのロマンチスト」と呼んでいる)。

《あらすじ》
■トイレで餓死体 ドアを冷蔵庫等で塞がれて? 
名探偵・藤崎守のもとに、
ある画家から一件の依頼が舞い込む。
それは、自分の妻の死についての真相を
教えてほしいというものであった。

彼の妻は、
自宅のアトリエのトイレで
遺体で発見された。
死因は餓死だった。
トイレの前には、
ドアをふさぐように冷蔵庫などが積まれていた。
警察は、
彼女がトイレに入った間に何者かが
ドアの前に冷蔵庫などを積み上げた結果、
彼女はトイレのドアを開けることができなくなり、
そのまま中で餓死したものと考えた。
ちょっと想像しただけで
ぞっとして身の毛がよだつほど、
実におぞましい事件である。

状況から見て、
そのようなことができたのは、
夫である画家本人以外にはありえないように思われた。
しかし、
夫である画家は交通事故にあい、
事件前後の記憶を喪失してしまっていたのである……。

依頼人の画家は探偵・藤崎に訴えた。
自分は愛する妻に対して、
一体何をして、何をしなかったのかを教えてほしい、と。
藤崎の目には、彼はとうてい、
このようなおぞましい殺人を犯す人物には見えなかった。
しかし、
いくら調べても彼以外の犯人など、
まったく浮かんでこないというのも事実なのである。

画家は、
自分が犯してしまったかもしれない、
信じがたいほどむごたらしい犯罪を前にして、
ただただ震え、怯えていた。
藤崎は彼のために、
自分が収集したありとあらゆる証拠・証言から考えうる
全ての可能性を考え尽くす。
その中に、
依頼人の「救い」となるストーリーは、
はたして存在するのだろうか……。

《解説》
作品の構成、というか展開は、
後の小説版『スパイラル』第2巻・『鋼鉄番長の密室』
驚くほど酷似している。
この作品の発展形(あるいは「完成形」)が、
『鋼鉄番長の密室』なのだとみて、
まず間違いないであろう。
(「真実」よりもむしろ「依頼人の救い」を重視して
 推理を進めるその姿勢も、
 両作品の名探偵、藤崎守と鳴海歩とに共通している)。


《次に読むべき本》
本作品を読まれた方は、
絶対に小説版『スパイラル』第2巻・『鋼鉄番長の密室』
足を進めるべきである。
ある意味では本作・「飢えた天使」の「救い」は、
数年後に発表される『鋼鉄番長の密室』において、
ようやくもたらされるのだと言っても過言ではない。
(『スパイラル』の漫画版や、
 小説版の他の巻を読んでいなくとも、
 『鋼鉄番長の密室』だけを単独で読むこともできる)。

《そのうち読んでほしい本》
やはり、
城平京さんの名を世に知らしめた大傑作
『名探偵に薔薇を』(創元推理文庫)を
一生に一度は読んでおきたい。
本作とも共通する、
胸に迫ってくるような物悲しさとロマンチックさ、
そしてどんでん返しに次ぐどんでん返しという、
推理小説の醍醐味を限界まで楽しませてくれる
名作中の名作だ。
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by imadegawatuusin | 2005-09-07 18:16 | 文芸

■『男』として、男子バスケ部に入る事になったけど 
《作品紹介》
主人公・島崎美都は、
バスケットボールが大好きな元気いっぱいの女の子。
ひょんなことから『男』として、
男子バスケ部の試合に出ることになり……。

《解説》
『ライバルはキュートBoy(ボーイ)』富所和子さんが、
1993年に小学館の少女まんが雑誌『ちゃお』に連載していた作品。
(ただし、
 『ライバルはキュートBoy』では富所さんの「相方」として、
 富所さんと並ぶ「作者」の一人に昇格する山口夏実さんは、
 本作の時点では「アシスタント」とルビの振られた「出稼ぎ」として
 紹介されている。
 そのため、
 『ライバルはキュートBoy』と違い、
 『ハートにダンク』の「作者プロフィール」や「作者からのメッセージ」では、
 富所和子さんが単独で登場する。
 当時の山口夏実さんは、
 「富センセのリテイクの嵐に泣」かされていたそうな)。

■「ぶりっ子ミカちゃん」 ノリは『コロコロコミック』?
『ハートにダンク』1巻に収録されている短編作品。
小学館の学習雑誌『小学二年生』1990年7月号の付録に
掲載されたものらしい。
稀代の大食い少女・ミカちゃんを主人公とする、
(良くも悪くも)徹頭徹尾「おバカ」な作品である。
(富所さんのプロフィールに「少年誌にてデビュー」とあったが、
 この作品などは確かに、
 一昔前の『コロコロコミック』を思わせるノリといえる)。
それにしても『ハートにダンク』との画風や作風の違いに驚かされる。
掲載誌の違いを考慮するにしても
(しかし『ちゃお』だって少女漫画雑誌の中では
 かなり低年齢層向けに分類されるもののはずだ)、
『ハートにダンク』の連載が始まった1993年までの3年間で、
こんなに変わってしまうものなのか。
むしろ『ハートにダンク』の画風と現在の画風との違いの方が小さい。
思うに富所さんの画風は、
1993年の『ハートにダンク』の連載開始前後に
ほぼ固まったのではないだろうか。
その意味でも『ハートにダンク』は、
富所和子さんの「原点」とも言うべき作品なのだと思った。

《次に読むべき本》
『ハートにダンク』を気に入った人には、
富所和子さんの最高傑作・『ライバルはキュートBoy』1~4巻(小学館ちゃおコミックス)を
ぜひとも強くお薦めしたい。
間違いなく楽しめる作品だ。

《そのうち読んでほしい本》
この作品をきっかけに
「男の子に混じってスポーツする女の子」の魅力に惹かれたら、
森本里菜さんの『君は青空の下にいる』全4巻(りぼんマスコットコミックス)に
手を伸ばしてほしい。
きっと、深い感動が味わえるはずだ。
また、
井上多美子さんの『ホット☆ピッチ』(りぼんマスコットコミックス)も、
前向きな小学生のサッカー少女たちが活躍する、
かわいくてほほえましい作品だ。
話も明るくて文句なく楽しい。

参考お勧め記事
富所和子『ないしょのココナッツ』について


【本日の読了】
富所和子『ハートにダンク』全2巻(小学館ちゃおフラワーコミックス)評価:2



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by imadegawatuusin | 2005-09-06 18:12 | 漫画・アニメ

――納得できない部分が多すぎる――

人気ミステリー『名探偵コナン』の劇場版第9作・『水平線上の陰謀』は、
納得のいかない部分が多すぎる。

確かに、
新一と蘭の2人だけが知る
小さいころの かくれんぼのエピソードを
物語の中に織り込んでゆく手法などはなかなか楽しめた。
一見すると筋が通っているかに見えたコナンの推理の方が実は間違っており、
つじつまが合わないことを言っていたかに見えた毛利小五郎の方が
実は的確に真犯人をとらえていた、という、
劇場版コナンでは異例の大どんでん返しも
悪くはなかったと思っている。
最終的に自力で犯人に引導を渡した小五郎は
非常にかっこよかった。

しかし、
そこに至るまでの過程がむちゃくちゃだ。
コナンは実に単純な事実を見落として
的外れな推理を展開するし、
真犯人の計画はむちゃくちゃだし、
蘭や小五郎の行動は腑に落ちないし、
感動のクライマックスにつながる伏線は
全然つじつまが合っていない。

■単純な事実を見落とすコナン 
目暮警部らが総理大臣経験者の新見氏らから事情聴取した後に、
警察が作成した時間表がホワイトボードに書き込まれているのが
映し出されるシーンがある。
ここには、
「貴江社長の行動」として、
10時10分に(自室で)「殺害」、
10時15分に(部屋の前の廊下で)「毛利氏 容ギ者とすれちがう」
と書き込まれている。
この時点ですでに、
毛利小五郎もコナンも、
園子が地下のマリーナ(ボート係留所)で襲われたのが
10時11分であるということを知っていた。

警察やコナンは、
犯人は貴江社長を殺害したあと毛利小五郎とすれ違い、
その後地下のマリーナに降り、
あらかじめ呼び出しておいた八代会長を殺害したのだと考えると、
「時間的にもぴったり合う」と推理する。
(小五郎はともかく)
どうして警察もコナンも、
この時点でおかしいということに気付けなかったのか。
10分から15分まで貴江社長の部屋にいた犯人が、
11分にマリーナで園子を襲うのは
どう考えても不可能だ。

その後の推理の中でも、
コナンは一切この事実に気付かない。
気付かないまま阿笠博士の声を使って、
すらすらと推理を進めてゆく。
ようやくコナンがそのことに気付くのは、
阿笠博士を使っての推理を終え、
「犯人」との水上の逃走劇を終えた後のことである。

これは難しいトリックでも何でもない。
実に単純な事実だ。
図でも書けば一発でわかるはずの話なのだ。
(実際、警察はその図を書いてさえいる)。
どうしてこんな単純な事実に気づかないまま
コナンは推理を進めてしまったのか。
そしてその推理を、
その場の誰もが やすやすと受け入れてしまったのか。
実に不可解である。

犯人がこの点でとんでもないトリックを使用しており、
コナンたちはまんまとその罠にはめられてしまった……、
というのなら話はまだわかる。
だが、
犯人はこの点をごまかすために、
いかなるトリックも弄していないのである。
単に、
コナンがこの単純な事実を
見落としただけの話なのだ。
これでは「名探偵」の名が泣くというものだ。
見ているこちら側としては、
とうてい納得できない展開である。

コナンが論理的に真犯人の罠にはめられ、
逆に小五郎の方が
直感と根性で真犯人にたどり着く……
という今回の展開は、
なかなか悪くないと思っている。
特に、
男心や女心に関するような話になったとき、
小五郎は時に、
コナンより優れた直感を働かせることがあることは
今までからも知られている。
(例.「スキューバダイビング殺人事件」での指輪の一件や、
 幼馴染の「るりっぺ」こと雨城瑠璃子の「愛人」問題など)。
「すれ違うとき胸を避けたのは云々」の話などは、
おそらく小五郎にしか見抜けなかったことであり、
「本領発揮」とでも言うべきところであろう。

しかし、そういう展開であればこそ、
コナンがはまった「罠」は、
相当に周到かつ巧妙なものでなければならない。
コナンの論理が真犯人の仕掛けた「巧みな罠」にかかっているとき、
一見すると非論理的な小五郎の直感こそが、
実は真犯人を捕らえていた……という展開になってこそ、
小五郎の株も上がるし、
視聴者は うならされることになるのである。

しかし、
今回のコナンのミスは単なる「凡ミス」としか言いようがない。
視聴者はコナンの見事な名推理を見に劇場に足を運ぶのであって、
コナンの犯した単純ミスの尻拭いをする
毛利小五郎を見に出かけているのではないのである。

■むちゃくちゃすぎる「真犯人」の計画 
そもそも、
「真犯人」・秋吉美波子の計画は最初からむちゃくちゃである。

秋吉美波子は貴江社長に変装し、
日下(くさか)ひろなりが自分を殺害しに来た際、
わざと殺された振りをした。

しかし、こんな計画が成功したのは、
はっきり言って「奇跡」である。
ナイフをもって刺し殺そうという犯人を相手に、
うまく無傷で「殺された振り」などそうそうできるものではない。
しかも相手は物取りではなく、
恨みを晴らすことを目的とする「怨恨殺人者」なのだ。
一度「血を流して倒れた」だけでは満足せず、
何度も何度も体を刺してきたらどうするつもりだったのだろうか。

まして次の八代会長の殺害については、
「奇跡」を通り越して「不可解」ですらある。
八代会長は日下に警棒のようなもので殴られた後、
必死になって抵抗した。
秋吉美波子はそこにこっそり忍び寄って
背後から八代会長を刺殺する。
その直後、
日下は巴投げの要領で八代会長を投げ飛ばすのだが、
八代会長が投げ飛ばされれば、
当然日下と秋吉との間をさえぎるものは何もなくなり、
日下は秋吉を目撃したはずである。
どうして日下は何も気付かなかったのか。
気付かなかったなどということがありえるだろうか。

そもそも、
八代会長が必死になって抵抗したのは
まったくの偶然である。
日下に警棒で殴られてそのまま気を失い、
海に投げ落とされる可能性もあったわけだ。
(むしろその可能性のほうが容易に想像できる)。
その場合、
秋吉美波子はいかなる方法で八代会長を殺害するつもりだったのか。

貴江社長の方は「身代わり」というような危険な方法を用いてまで
「自分の手で」殺すことにこだわった秋吉だが、
八代会長のほうは日下の手で殺されてもよかったというのか。

「何度もシミュレーションした」というわりには、
秋吉美波子の計画は、
どうも行き当たりばったりの印象を受ける。
このあたりのちぐはぐが作品の中で一切説明されないというのは
やはり納得いかないものがある。

■蘭の理解しがたい無謀な行動 
また、
船が爆発・沈没する中、
いったん乗った救命ボートを降りて、
園子が止めるのも聞かずに再び船に戻る蘭の行動も
やはり納得できない。

退船命令の出る中、
船に戻るという行動がどういう結果を招くかが
わからない蘭ではないだろう。
船や飛行機における緊急時には、
乗客は乗員の指示に従って
規律正しく行動することが求められる。
これは、鉄則中の鉄則だ。

それに反して船に戻るというのであれば、
船に残してきたものによほどの思い入れがあるのでなければ
視聴者はとうてい納得できない。
しかしこの作品の中で蘭が取りに戻ったものは、
少年探偵団の子供たちがついさっき作った
貝殻のメダル〔注1〕なのである。
蘭は「大切な宝物」と言うが、
それは果たして船長の退船命令に反してまで、
沈みゆく船に取りに戻るほどのものなのか。

小五郎だって船に戻ったではないかという反論はありえよう。
だが小五郎は、
犯人・秋吉美波子の命を救うために戻ったのだ。
小五郎はすでにこのとき、
「トイレタイム」の間に秋吉美波子の部屋を捜索し、
彼女が犯人であると信じるに足る証拠を見つけていた。
そしてそれを見た小五郎は、
彼女が海藤船長を道連れにして、
この船と運命を共にするつもりなのだと
悟ったのだ。
(ちなみにコナンは、
 この時点ではまだ何も気付いていなかった)。
だから小五郎は美波子の部屋にあった武器を壊し、
最後まで船に残って船長を見張っていようと決意した。
そうすればきっと美波子がやって来ると信じたからだ。

愛する妻・妃英理に似た秋吉美波子の命を
なんとしてでも救いたい。
そしてさらに、
彼女にこれ以上殺人を重ねさせたくはない。
そう思ったからこそ、
小五郎は船に戻ることを決意したのだ。
(また、小五郎のこの行動の背景には、
 「犯人は絶対に生きて確保する」・「殺人者に自殺はさせない」という、
 劇場版第2作『14番目の標的』などにも見られる
 小五郎の強い信念が存在することも見逃してはならない)。
この決断には非常に説得力がある。

しかし、蘭が退船命令を無視してまで
沈みゆく船に戻ったことにはそこまでの説得力が感じられない。
『名探偵コナン』において、
蘭は基本的には理知的な少女であり、
このような無謀なふるまいをする人物であるようには思えない。
よほど船に残したものが、
たとえば新一にまつわる
大切な思い出の込められたものであるとでもいうのでなければ、
蘭のこの行動はまったく不可解である。

無論、作品のストーリー展開の都合上、
蘭にはここで船に残ってもらわなければならなかったのは理解できる。
何といってもこの作品最大の見どころは、
沈みゆく船からコナンと小五郎とが力を合わせて
蘭を救い出すというクライマックスにこそあるからだ。

しかしそのために、
わざわざ「貝殻のメダル」というような取ってつけたようなものを
取りに戻ることにする必要があったのだろうか。
蘭については、
実の父親が船に残ってしまったという、
言ってみれば「船に戻る絶好の口実」があったのだ。
その辺を工夫すれば、
もうちょっと無理のない作品になったのではないかと思うのだが……。

■小五郎は本当に美波子の無実を願っていたのか 
不可解なことでは、
秋吉美波子に対する小五郎の行動も
負けてはいない。

「よっぽどあたしが、
 どこかの憎い女にでも似てたのかしら」という美波子に対し、
小五郎はこう答えている。

その逆だよ。
あんたがあいつに似てたから……。
犯人があんたじゃなきゃいいと思って、
無実の証拠を集めようとしたから、
こうなっちまったんだよ……。


小五郎は、
秋吉美波子が犯人であってほしくはなかったと言う。
彼女が、
愛する妻・妃英理に似ていたからだ、と。

なかなか面白い話ではあるが、
この言い分が説得力をもつためには、
小五郎は、
犯人が秋吉美波子であるという以外考えられない
決定的な証拠をつかむまでは、
必死になって彼女の無実を示す証拠を
見つけ出そうとしなければならないはずだ。
そして、
彼女が犯人ではないありとあらゆる可能性を
何とか探そうとするはずである。
(例えば、
 「闇の男爵殺人事件」で蘭が、
 最も疑わしい容疑者であった、
 敬愛する空手家の前田聡の無実を
 見事に証明したように。
 また例えば、
 服部平治が美国島事件において、
 最後の最後まで島袋君恵の無実を
 信じようとしたように。
 そしてまた、
 大阪「3つのK事件」でコナン=新一が、
 尊敬する元サッカー選手・レイ=カーティスの無実を
 最後の最後まで証明しようとしたように……)。

しかし小五郎は、
秋吉美波子が犯人であるという確たる証拠もつかまないまま、
喜々として「推理ショー」を始め、
彼女を犯人であると名指しした。
その挙句、
当の美波子からたじたじになるまでやり込められ、
「ちょっとトイレに……」と言って退場させられるに及んだのである。
(小五郎が「決定的証拠」をつかんだのは、
 この「トイレタイム」の間のことだ)。
この小五郎の行動は、
僕にはどうも解せないのである。

また、
柔道の達人であることで知られる毛利小五郎が、
秋吉美波子を相手にどうしてあれほど苦戦したのかも
何ら説明されていない。
いくら相手が自分の妻に似ているからといって、
小五郎が得意とするのは相手を殴るボクシングではなく、
相手を押さえ込む柔道なのである。
(事実小五郎は、
 最後にはコナンの介入もあってきれいに一本背負いをきめている)。

秋吉が何か格闘技をやっていたのだというのであれば、
あらかじめ作品のどこかで明示、
あるいは暗示しておくべきではないだろうか。
(この文章を書くために改めて何度か見返したが、
 秋吉に格闘の心得があることを示す描写は、
 このシーン以前には何もない)。

また、たとえ秋吉が格闘技の名手なのだとしても、
「劇場版コナン」のファンは誰もが知るとおり、
小五郎だって相当の猛者なのである。
コナンが介入してくるまで
あそこまで一方的にやられるというのは解せない。
もしそういう展開にするのであれば、
アフロディーテ号が沈没する中で、
毛利小五郎に怪我を負わせてあらかじめ体を痛めさせておくとか
(おいおい……)、
そういう伏線が必要なのではないか。

■クライマックスの「名推理」は前提が成り立たず 
この作品のクライマックスは、
沈みゆく船の中で、
コナン=新一が蘭の「隠れ場所」〔注2〕をピタリと当てるというものだ。
小さいころのあの時と同様、
コナン=新一は見事に蘭の「隠れ場所」を
推理することに成功する……というものだが、
この推理はそもそも前提からして成り立っていない。

コナンは、
「自分がボールを蹴っているところが、
 音は聞こえても見えないところに
 蘭は隠れたに違いない」と推理する。
コナンは本当はバレーボールを蹴っていたのに、
サッカーボールを蹴っていたと蘭が言ったことがその理由だ。
この推理の前提は当然、
「コナンがバレーボールを蹴っているところを蘭は見ていなかった」
ということである。

しかし、作品をよく視てほしい。
蘭は、
かくれんぼが始まった直後、
コナンがバレーボールを蹴っているところをしっかりと見ている。
その様子がはっきりと、
作品の中で描写されているのである。
蘭のいる場所を当てる推理は、
「コナンがバレーボールを蹴っているところを蘭は見ていなかった」
ということが大前提となっている以上、
これでは明らかに成り立たない。
(「忘れていた」ということになっているのだろうが、
 だとしたら、隠れている場所は「あそこ」でなくてもよかったはずだ)。

スタッフの間で連絡の行き違いでもあって
このような事態となったのだろうか。
詳しくは知らないが、
作品の中でこの「クライマックスの名推理」は、
蘭と新一との絆の強さを示す非常に重要な部分であるはずだ。
そのために、
「夕日の話」とか何やらかやら、
2人の幼いころのエピソードを
ここまでいろいろと複線として張ってきたのではなかったのか。

それなのに、
肝心の部分でこのような「下らないミス」を起こしてしまったがために、
全てのつじつまが台無しになってしまった。
残念である。

〔注1〕これほどまでに大切にされた「貝殻のメダル」であるが、
ZARDの歌う「夏を待つセイル(帆)のように」が流れるエンディング映像の中では、
少女によってあっさり海中に投げ捨てられている。
もちろんこのエンディング映像と作中の物語とは直接の関係はないが、
映像中の少女は甲板にボールの転がる豪華客船で、
船の中を走り回ってかくれんぼをするなど、
明らかにこの作品の内容と重ね合わせられるように動いている。
(食堂のテーブルクロスをまくり上げて
 その下を捜索するところまでそっくりだ)。
だったらなぜ、
この大切な「貝殻のメダル」は海中に投げ込まれなければならないのか。
僕には、
映画『タイタニック』のエンディングに重ね合わせたかった……、
という程度の理由しか思いつかないのであるが……。

〔注2〕蘭は小学1年生のときにかくれんぼをやったときも、
隠れているあいだ中ずっと、
新一がサッカーボールを蹴っているのを聞いていた。
新一はこのとき、
蘭が隠れている体育館の壁に向かって
サッカーボールを蹴っていたのだ。
そして蘭は今回も、
コナンがボールをぶつけている壁の向こう側に隠れていた。
だから蘭は
(コナンがバレーボールを蹴っているのを見ていたにもかかわらず)、
そのときの光景と現在の状況とを重ねあわせ、
つい「サッカーボール」と言ってしまったのであろうか。

《劇場版『名探偵コナン』お薦めベスト3》
第1位『天国へのカウントダウン』
第2位『14番目の標的』
第3位『瞳の中の暗殺者』

《参考お薦めサイト》
「名探偵コナン『時計じかけの摩天楼』について」
「名探偵コナン『14番目の標的』について」
「名探偵コナン『瞳の中の暗殺者』について」
「名探偵コナン『天国へのカウントダウン』について」
「名探偵コナン『迷宮の十字路』について」
「名探偵コナン『銀翼の魔術師』について」
名探偵コナン『漆黒の追跡者』を見て

酒井徹「名探偵コナン『ベイカー街の亡霊』と『自己犠牲』」

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by imadegawatuusin | 2005-09-05 17:54 | 漫画・アニメ

――犯人追跡シーンのド迫力!――

『名探偵コナン』劇場版第7作・『迷宮の十字路』の見どころは、
何と言ってもバイクでの、
スピード感満点の犯人追跡シーンだろう。
コンピュータ・グラフィックスを使用した
ド迫力のアクション映像が印象に残る。

西の高校生探偵・服部平次の幼馴染・遠山和葉ちゃんの
可愛らしさも満開だ。
怒っていたかと思ったのに、
平次の話題になるとすぐに笑顔!
そしてまたすぐすねてみたり……と、
コロコロと変わる彼女の表情の明るさが魅力的だ。

それにしても、
服部平次役の声優・堀川りょうさんの大阪弁は、
ノリもイントネーションも、
いつの間にこんなに自然になったのだろう。
平次がアニメに初登場したころは、
「なんやねん、このケッタイな大阪弁は!」
といつも思って憤りすら覚えたものだが、
本作においてはほぼ完璧だ。
(だからこそ、
 和葉を助けに来た
 ニセ「平次」の話す「ケッタイな大阪弁」が
 強い違和感を残すことに成功している)。

■平次はやはり「サムライ」ではなく「探偵」 
今回の作品に関しては、
平次の「サムライ」っぷりを称揚する声が多い。
だが僕は、むしろこの作品を見て、
改めて平次の「探偵」っぷりへの思い入れを強くした。

ラストのチャンバラシーンの一番最後、
屋根から落ちそうになる犯人の足を
平次がグッと押さえて助けるシーンがある。
非常に些細なシーンだが、
このシーンを見て、
僕は非常に感動した。
平次はやはり、
敵を切り殺すことで使命を果たす「サムライ」ではなく、
犯人を生かしたまま確保し、
法の裁きに引き渡すことをその使命とする「探偵」なのだ。

そしてこれは、
『名探偵コナン』という作品を通じて製作者たちが堅持してきた
一貫した信念でもある。

《劇場版『名探偵コナン』お薦めベスト3》
第1位『天国へのカウントダウン』
第2位『14番目の標的』
第3位『瞳の中の暗殺者』

《お勧め参考サイト》
「名探偵コナン『時計じかけの摩天楼』について」
「名探偵コナン『14番目の標的』について」
「名探偵コナン『瞳の中の暗殺者』について」
「名探偵コナン『天国へのカウントダウン』について」
「名探偵コナン『銀翼の魔術師』について」
「名探偵コナン『水平線上の陰謀』について」
名探偵コナン『漆黒の追跡者』を見て

酒井徹「名探偵コナン『ベイカー街の亡霊』と『自己犠牲』」
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by imadegawatuusin | 2005-09-04 17:32 | 漫画・アニメ

――ラストの盛り上がりの迫力は劇場版随一!――

■歩美ちゃんの可愛らしさと ひたむきさが全開! 
謎解きの鮮やかさもさることながら、
劇場版『名探偵コナン』の一番の魅力は、
やはり「迫り来る危機からの脱出」を巡る、
はらはらドキドキの昂揚感であろう。
その点で、
本作・『天国へのカウントダウン』は、
数ある劇場版『名探偵コナン』作品の中でも群を抜いている。
同じ建物からの「脱出」は、
普通に考えれば1度あればいいはずなのだが、
本作では何と2回もあって見せ場も2倍!
断然お得だ(笑)。

相互に何の関連性もなさそうなちょっとしたエピソード同士が、
最後に次々とつながってゆくさまは
視ていて非常に小気味よい。

通常、『名探偵コナン』の劇場版では、
ヒロイン・毛利蘭と主人公・工藤新一との関係が
クローズアップされるのが普通だ。
しかし本作・『天国へのカウントダウン』ではそれだけでなく、
むしろ少年探偵団のマスコット・吉田歩美ちゃんの
かわいらしさやひたむきさに
猛烈な重点がおかれている。
また、
他の女性キャラクターの言動からも目が離せない。

■「席のある」工藤新一、「席のない」宮野志保
特に、本作の中で灰原哀がつぶやいた次の発言は、
『名探偵コナン』の今後の展開を考えるうえで
非常に示唆的である。

このごろ
あたしは誰なんだろうって思うの。
あたしは誰で、
あたしの居場所はどこにあるんだろうって……。
あたしには、席がないのよ。


そしてそれを聞きつけた少年探偵団たちがやってきて、
「灰原さんの席は、
 ちゃーんとそこにあるじゃないですか」と言う。
なるほど、「灰原哀」には席がある。
だが、その正体である宮野志保には「席がない」のだ。
この点が、
同じような境遇にありながら、
「宮野志保」と「工藤新一」とがまったく異なる点である。
(本作の中で灰原がコナンに向かって、
 『あたしの気持ちなんてわからない』などと
 叫んだ理由でもある)。

工藤新一には席がある。
(長期欠「席」ではあるが)帝丹高校にも、
両親のもとにも、
そして何より、毛利蘭のとなりにも、
工藤新一の「席」は今でもきちんと残されている。
だが、宮野志保は違う。
宮野志保にはもう「席がない」。
組織にも、
敬愛する姉のもとにも、
両親のもとにも、
「宮野志保」の席はない。
彼女にあるのは、
帝丹小学校の1年B組にある「灰原哀」の席であり、
少年探偵団の中にある「灰原哀」の席であり、
阿笠博士のもとにある「灰原哀」の席なのだ。
彼女がただ一つ、
「宮野志保」でいられたところ、
「お姉ちゃんの留守番電話」も、
今回の件で失われてしまった。
「宮野志保」は今回の作品で、
ついに「最後の席」を失ってしまったのだ。

そういえば、
この作品の直前作に当たる
『名探偵コナン』劇場版第4作『瞳の中の暗殺者』の中で、
灰原哀は次のように言っていた。

お姉ちゃんが殺されたことや、
組織の一員になって毒薬を作ってたこと、
みんな忘れて、
ただの小学生の灰原哀になれたら、
どんなにいいか……。
そして、
あなたとずっと……、
ずっとこのまま……。


『名探偵コナン』が最終回を迎え、
江戸川コナンが工藤新一に戻れることになったとき、
灰原は、一体どちらの道を選ぶことになるのだろう。
工藤新一とともに、
18歳の宮野志保として生きる道か、
それとも「ただの小学生の灰原哀」として、
少年探偵団の子供たちや阿笠博士とともに生きる道か……。

これはおそらく、
彼女にとって非常に厳しい選択だ。
本音のところでは、
できることならそのような選択は
先送りしたいと灰原は思っているのではないか。
(作品全体を通して、
 彼女が「APOTXIN4869」の解毒剤を作ることに
 あまり熱心でなく、
 情報を出し惜しみしているようにさえ見えるのはそのためではないか)。

だが、遅かれ早かれそのときは来るだろう。
江戸川コナン=工藤新一は
いつか必ず黒の組織を追い詰め、
その全貌を暴きだすことだろう。
「APOTXIN4869」の解毒方法も見つかるだろう。
そのとき彼女は、
いやがおうにも選択を迫られることになる。
「宮野志保」か、「灰原哀」かの選択を……。

「灰原哀」として生きる道は、
工藤新一と年齢を共にしない道である。
新一と蘭とが惹かれあうのを、
おそらくはただ
黙って見ていることしかできない道だ。
だが、
彼女は多分わかっている。
そのことは、
たとえ自分が「宮野志保」になったとしても
変えることのできないことだということを。

僕の予想では、
彼女はやはり、
「灰原哀」として生きる道を選ぶのではないかと思う。
「席のない」宮野志保ではなく、
「席のある」灰原哀として、
少年探偵団の仲間たちや阿笠博士と共に
生きていく道を選ぶのではないか。
本作『天国へのカウントダウン』を見て、
僕はそんなことを考えた。

見事な構成で登場人物たちの魅力を十全に生かしきった、
劇場版『名探偵コナン』の最高傑作である。

《劇場版『名探偵コナン』お薦めベスト3》
第1位『天国へのカウントダウン』
第2位『14番目の標的』
第3位『瞳の中の暗殺者』

《お勧め参考サイト》
「名探偵コナン『時計じかけの摩天楼』について」
「名探偵コナン『14番目の標的』について」
「名探偵コナン『瞳の中の暗殺者』について」
「名探偵コナン『迷宮の十字路』について」
「名探偵コナン『銀翼の魔術師』について」
「名探偵コナン『水平線場の陰謀』について」
名探偵コナン『漆黒の追跡者』を見て

酒井徹「名探偵コナン『ベイカー街の亡霊』と『自己犠牲』」
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by imadegawatuusin | 2005-09-03 17:24 | 漫画・アニメ

――舞台は「原点の地」トロピカルランド――

■工藤新一失踪直前の行動に焦点をあてた秀作 
本作は冒頭、
工藤新一と毛利蘭とのデートシーンで始まる。
見ている側は、
『あれっ、
 これは蘭の夢なのか?』と思うのだが、
これは現実である。
ただし、
工藤新一が失踪する、
ほんの数時間前の「現実」なのだ。

のどかで、穏やかで、
ちょっぴりほほえましい光景。
しかしこのシーンの数時間後、
この地であの、「ジェットコースター殺人事件」が発生することになる。
そして、この事件の鮮やかな解決を最後に、
工藤新一は姿を消してしまうのだ。
画面の前にいる「こちら側」は、
誰もがそのことを知っている。
だが当の2人はまだ、
もちろんそんなことは何も知らない。
それを思うと、
何だかせつなくなってくる。

本作・『瞳の中の暗殺者』では、
蘭は記憶を失ってしまう。
父母のことも、新一のことも、
自分が空手の猛者であることも、
何もかもを忘れてしまう。

『名探偵コナン』の他の作品では、
毛利蘭は決して単なる「護られるだけのお姫様」ではない。
むしろ、
子供になったコナンたちを、
場合によっては命をかけて
護り抜く役割を与えられた武道家である。

だが、
本作においては、
記憶を失った蘭は徹底して「護られる者」となる。
か弱く、何も知らないお姫様は、
子供たちからも「護られる」役柄なのだ。

だが、本作の見どころは、
蘭が再び記憶を取り戻した刹那、
「お姫様」が再び、
「武道家」としての真の面目を
取り戻した瞬間であろう。
このシーン、
何度見ても爽快だ。

《劇場版『名探偵コナン』お薦めベスト3》
第1位『天国へのカウントダウン』
第2位『14番目の標的』
第3位『瞳の中の暗殺者』

《お勧め参考サイト》
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「名探偵コナン『水平線上の陰謀』について」
名探偵コナン『漆黒の追跡者』を見て

酒井徹「名探偵コナン『ベイカー街の亡霊』と『自己犠牲』」
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by imadegawatuusin | 2005-09-02 23:16 | 漫画・アニメ