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――30歳EX(班長)、夜勤残業中に心不全で死亡――

■死亡前1ヶ月、「『確実なところで』106時間45分残業」
トヨタ自動車堤工場に勤めていた内野健一さん(当時30歳)が
2002年2月9日午前4時20分ごろ、夜勤残業中に工場内で倒れ、
心不全で死亡したにもかかわらず、
豊田労働基準監督署
これを労災と認めなかったのは不当として、
遺族が労災認定を求めていた裁判の判決が
30日、名古屋地方裁判所であった。
名古屋地裁の多見谷寿郎裁判長は、
内野健一さんの死亡前1ヶ月の時間外労働時間が
「『確実なところで』106時間45分」に上ったとして
遺族側の訴えを認め、
内野健一さんの死を過労死と認定。
遺族補償年金の支給などを認めなかった
豊田労働基準監督署の処分を取り消す判決を言い渡した。

■裁判長、異例の「判決理由説明」と付言
民事訴訟の判決言い渡しでは通常、
裁判長は主文(結論)だけを読み上げ、
あとは事務局が判決文を配布するのみとなる。
しかし名古屋地裁の多見谷寿郎裁判長は、
主文言い渡しの後、
さらに法廷で自ら判決理由の解説まで行なうなど、
この判決の言い渡しにかける
異例とも言える強い姿勢を示した。

多見谷寿郎裁判長はこの異例の「判決理由解説」の中で、
内野健一さんの死亡前1ヶ月の時間外労働時間を
「『確実なところで』106時間45分」と認定。
健一さんが「真面目な性格」であり、
「丁寧に仕事をしていた」、
「過重な業務で疲労を蓄積していた」、
「亡くなる直前まで一生懸命仕事をしていた」と
自らの口で語った。

内野健一さんの妻・博子さん(37歳)は、
この間の入念な調査によって、
健一さんの死亡前1ヶ月は勿論、
死亡2ヶ月~6ヶ月前についても
膨大な時間外労働の存在を立証し、
これが「労災」であることを主張してきた。
多見谷寿郎裁判長は「判決理由解説」の後、
さらにこの点について原稿を見ずに直接原告に語りかけ、
「原告はこの間、
 強い思いで大変な努力をされてきました。
 しかし裁判では、
 結論を得るために必要な分だけを認定するということですので、
 その点についてはご了解願いたいと思います」と話した。
時間外労働であったことが「確実な」
直前1ヶ月の106時間45分のみで
過労死認定には充分なことから、
あえて遺族側が主張した月144時間という残業時間や
死亡2ヶ月~6ヶ月前の時間外労働時間の存在を、
判決理由の中に盛り込まなかったことに
理解を求めたのである。
遺族・内野博子さんの、
事実上の全面勝利判決といえよう。

■父も祖父もトヨタ社員。3代にわたる「トヨタマン」
父も祖父もトヨタ自動車の従業員。
さらに母親もトヨタで働いていたという内野健一さんは、
「子供の頃から車が大好き」だったという。
自らもトヨタ自動車のEX(班長)として、
車体部で「トヨタ生産方式」の下、
多忙な業務に従事してきたことは勿論、
EX(班長)会の広報担当、
交通安全活動やQCサークル活動のリーダー、
創意工夫活動のチェック係や新人教育係に加え、
さらには労働組合の職場委員までを一手に引き受け、
「亡くなる直前まで一生懸命仕事をし」(多見谷裁判長)、
当時3歳と1歳だった子供たちを残して
最後の瞬間までトヨタに尽くして亡くなった。

判決言い渡しのあと支援者たちは、
別に用意された記者会見会場に集合。
弁護団が判決文の読み合わせを行なっている間、
トヨタ車体の「労働者うたう会」が中心となり、
『ライトを付けて帰りたかった』を熱唱。
その後、
内野さん一家をモチーフに作られたとされる、
『おやすみ』や『背筋のばして』を
会場の支援者で合唱し、
参加者の涙を誘った。
(『おやすみ』には、
 「車の大好きなパパは遠いお空の道を
  今も走ってる」、
 「ママはパパの笑顔を胸に抱いて生きるよ
  ママは負けないよ」との歌詞が、
 また『背筋のばして』には
 「母さんと歩こう手をつなぎ
  右は姉ちゃん 左はぼく
  父さんのように背筋のばして」との歌詞がある。
 内野健一さん死亡時には3歳と1歳だった子供たちが、
 今やもう、小学校3年生と1年生になっている。
 妻・内野博子さんは、
 遺族年金の支給が認められない中、
 自ら派遣社員となって幼い子供たちを育てる傍ら、
 長い裁判闘争を闘ってきたのだ)。

■遺族:「もう頑張らなくていい。支えてくれる人がたくさんいるから」
記者会見が始まると内野博子さんは、
亡き健一さんと家族らの写真を前に、
「やっと……、
 やっと認められました」と切り出し、
「当たり前のことが当たり前に認められるために、
 6年近くかかりました。
 あきらめずに頑張ってきて、
 本当に良かった」と語って涙をぬぐった。

その後 記者から、
「健一さんにどのような言葉をかけたいか」
と質問された博子さんは、
少し考えた後、
「ちょっと時間がかかっちゃって、ごめんなさい。
 でも、もう、頑張らなくていいよ。
 支えてくれる人がいっぱいいるから」とコメント。
トヨタ自動車に対しては、
「これで会社も変わっていく。
 生産台数だけじゃない、
 本当の意味での世界一の会社になってほしい」と
期待を込めて注文を付けた。

■豊田労基署:元署長含む7人、トヨタ系企業の接待で処分
そもそもこの問題は、
2002年3月に、
遺族である内野博子さんが
豊田労働基準監督署に遺族補償年金などの支給を
申請したにもかかわらず、
これが認められなかったのが発端だ。
当時30歳の内野健一さんは、
夜勤残業中に心不全で死亡したという 事の性質上、
まず何を置いても過労死ではないかと疑ってかかるのが
当然である。
しかし、どうしたわけか豊田労働基準監督署は、
遺族側が約144時間、
裁判所の判決では「『確実なところで』106時間45分」とされた
死亡前1ヶ月間の時間外業務を
何と44時間余りと主張。
(その後、
 裁判が開始されると52時間50分に若干修正)。
トヨタ自動車工場における内野健一さんの死を労災とは認めず、
遺族補償年金の支給などを拒否したのである。

今年2007年7月、
同じ豊田労働基準監督署の労働相談員が、
トヨタ系企業に、
同社の残業代支払いに関する内部告発情報を
漏洩していたことが判明した(朝日新聞7月3日)↓。
http://rodo110.cocolog-nifty.com/airoren/2007/11/post_feb9.html
この労基署の労働相談員は、
何と当該トヨタ系企業を定年退職した後に、
豊田労働基準監督署に
再就職していたというのである。
労働行政の厳正性・中立性に
根本的な疑念を抱かせる出来事である。

ところが、それだけではない。
この件に関する愛知労働局の内部調査の過程で、
豊田労働基準監督署の元署長を含む幹部3人、
職員4人がこのトヨタ系企業のゴルフ場割引券で
ゴルフをしていたことが判明し、
減給などの懲戒処分を受けたのである。

この事件は、
それまでの豊田労働基準監督署の厳正性・中立性に
大きな疑問を投げかける事件であった。
それ以前の労働行政のあり方について、
もう一度一から洗い直す必要すら感じさせる
重大事件である。

判決後、
裁判所にほど近い愛知労働局を訪れた
遺族の内野博子さんは、
「豊田労働基準監督署が
 最初から正しい判断をしてくれれば、
 こんなに大変な思いをすることはなかった。
 どうかこれ以上、
 遺族を苦しめないでください」と、
応対した労働局長や労災補償課長らに
控訴断念を訴えた。

豊田労働基準監督署は、
今回裁判所で断罪された
2003年の労災不認定決定を反省し、
直ちに控訴断念の決断を行なってほしい。

■トヨタ自動車:遺族の要請書の受け取り拒否
その後、
内野博子さんや支援者らは、
トヨタ自動車の営業本社のある
名古屋駅前・ミッドランドスクエアを訪問。
人生の最後の瞬間までトヨタに尽くして亡くなった
内野さんの功績に報い、
会社からも被告である国(豊田労基署)に対して
控訴しないよう働きかけてもらいたいとの、
要請書を手渡そうとした。

しかしトヨタ自動車側は、
「訴訟の当事者ではない」などとして、
要請書の受け取り自体を拒絶。
博子さんは、
健一さんが祖父・父・子の3代にわたって
トヨタで働いてきたことなどを説明し、
応対した社員に理解を求めたが、
トヨタ自動車側は最後の最後まで
遺族の要請書を受け取ることを
頑なに拒否したのである(朝日新聞12月1日)。
(さらに言うと、
 博子さん自身も、
 大学時代にトヨタのディーラーのアルバイトをしていて
 健一さんと知り合い、
 トヨタの労働組合の組合会館で
 結婚式を挙げたのだ。
 また博子さんの父親も、
 トヨタ関連の部品製造に従事していたという)。

トヨタ営業本社の奥深くに入っていった博子さんを、
ミッドランドスクエア24階で待っていた支援者たちは、
博子さんが再び姿を見せたとき、
大きな拍手でこれを迎えた。
しかし、
博子さんが事の顛末を語ると、
拍手はまもなく「エーッ」という驚きの声に変わった。

この間、ミッドランドスクエアの入り口前で待機していた
トヨタ少数派労組・「全トヨタユニオン」の若月忠夫委員長は、
これを聞いて、
「なんて会社だ!
 社長に代わって俺がお詫びするよ」と、
会社側の対応への憤りを表明した。

そもそも今回の裁判では、
遺族側が「会社業務」として主張した
トヨタの労働組合における職場委員としての活動は、
「会社の業務」とは認められなかった。
つまり内野健一さんは、
「『確実なところで』106時間45分」に上る時間外業務をこなし、
疲労が限界にまで達しつつある中、
さらに「会社業務ではない」労働組合の活動にも
挺身していたということになる。
内野健一さんは労働組合の役員として、
文字通り身を削り、
骨を削り、
命をも削って労働組合の活動に従事しつつ
任期半ばで亡くなったのだ。

妻・博子さんは故・内野健一さんが、
「労働組合の職場委員会があって、
 今日も昼ご飯が食べられなかった」と言っているのを
よく聞いたという。
過労死寸前の状態で、
なお組合活動に挺身した内野健一職場委員に、
労働組合はどのような形で報いてきたのか。
もし今までそれが出来てこなかったというのであれば、
せめて今、何が出来るのか。

労働組合としての真価が問われているのは
今である。


市民団体:内野さんの労災認定を支援する会
住所:〒472-0043 知立市東栄3-25
     愛労連西三河ブロック事務所内
電話:0566-82-5020
電子メール:seisan@katch.ne.jp

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by imadegawatuusin | 2007-11-30 23:20 | 労働運動

■不安でも、「するべきこと」をすればよい 
白取春彦さんは本書・『仏教「超」入門』の中で、
「悟っても煩悩は依然として生まれてくる」と指摘する。
だが、悟れば、
「その煩悩に煩わされないようになる」というのだ(本書111~112ページ)。
このことを説明するために、
白取さんはこんな例を出す。

たとえば、
今夜あたり一杯飲みたいなあという煩悩が
生まれてきたとしよう。
酒好きの人はいったんそう思うと、
昼過ぎあたりから夕方のことが気にかかって
しかたなくなる。

つい仕事もそこそこになったり、
今日しなければならない雑務を明日に延ばしたりする。
酒をうまく飲むために、
午後からできるだけ水分をとらないようにする人もいる。

こうして、
心も行いも飲酒にかかずらうようになってしまう。
煩悩に振り回されてしまっているのである。
結果、
しなければならぬことがおざなりになる。
思いが酒にばかり向いているから、
人との約束を忘れたりする。

道元の始めた曹洞宗のような禅宗では、
そのときの一事に専念することを求められる。
徹底して一事に集中するのである。(本書112ページ)


悟りを得るとは、
人間が生きていく中で生まれてしまう煩悩を
「全て消し去ってしまう」というよりも、
「それに煩わされなくなる」というほうに近い。
白取さんはそう言っている。
こうした考え方は、
現代の精神療法の一つである森田療法に
非常に似ている〔注1〕。

森田療法では、
精神病の原因は「不安」そのものではなく、
「不安に『とらわれること』」にあると考える。
だからとにかく、
「やるべきことをやる」ことが求められる。
「煩悩があるから、不安があるから、
 やるべきことに手がつかない」ではなく、
「煩悩があっても、不安があっても、
 とにかくやるべきことに手をつけろ」と教える。
「煩悩や不安を持つ自分」を受け入れた上で、
それらに煩わされず生きてゆくことに重点を置くのである。

そのために、
目の前にある一事に徹底して専念させる。
「不安で、やるべきことに手がつかなかった人間」から
「不安でも、やるべきことはきちんとやる人間、
 やろうとする人間」に変わることで、
自分だけでなく、
自分と周囲との関係も変わりはじめる。
ブッダの考えたとおり、
世界は「空」であり、絶対のものではない。
自分が変われば、世界も徐々に変わってゆく。

まず自らの行ないを変えてみることが
世界に対して良い関係(=縁起)をつくりだし、
世界をよりよい方向に革命する。
「自己革命が世界革命の原点となる」とはこういうことを言うのである。

こうして現実が変わってくると、
いつしか心の中に根強くあった不安の方が
薄らいでくる。
ブッダの考えたとおり、
人間は縁起、つまり
周囲との関係の中で「つくられる」存在であるからだ。

こうなると、
今度は革命された世界の側が
自分自身を良い方向へと向かわせてくれる。
いわば世界革命が自己革命を推進する方向へと向かうのだ。

……と、口でいうのは簡単だが、
実際にやってみるとこれがなかなかうまくいかない。
けれど白取さんは本書の中で、
だからといって嘆く必要はない、
まずは自分から『変わろうとすること自体』が大切なのだと
教えてくれる。

「自分ではそういうふうに努力しているつもりなんだけど、
 これがなかなか」と、
悪い縁起を絶ちきれないことに
いらだっている人もいるかもしれない。

けれども、
それで自分を責めたり、
自分を不甲斐ないと嘆く必要などさらさらない。

良く生きようと努力していく人生は尊く、美しいからだ。

必ず誰かが見て、
生き方の美しさにあこがれて、
その人も努力を始めるものだ。
だから、
自分の努力は良い縁起をつくっているのである。

はっきりと目に見えなくても、
それは良い縁起である。(本書79ページ)


〔注1〕前回著書を引用した精神科医のなだいなださんも、
仏教と森田療法の類似性を
次のように指摘している。

真理とは、
だれにも分かるやさしいものでなければならない。
……ブッダはそれを見つけた。
ものごとにはかならず理由がある。
人間が不安になる根源の理由は
生きているからだ。
だから生きている以上は
不安であって当たり前。
治ろう治ろうとじたばたしても無駄だ。
それより現実を受け入れて背負っていけ。

……それって、
おれたちが森田療法で
患者に納得させようとしていることじゃないか

……おれたちがブッダをまねているんだ。
ブッダは悟って、
病気には悩まなくなる。
だが、
自分の心は軽くなったが、
それで充分とは思わなかった。
自分は出家できた。
それゆえ悟れた。
出家できるのは特権だ。
特権で悟ったことは出家できないものに分け与えねばならない、
と思うのだね。
そしてかつての病人だったブッダが治療者に生まれ変わる

……そこで集団精神療法を始める

座談会の形式を使い、
弟子に自由に発言させながら、
その場の人間がわかるように、
たとえ話でしめくくる。
経典からは、
ブッダのそんな姿が浮かび上がってくる(なだいなだ『神、この人間的なもの』岩波新書、)


ブッダの布教活動を
「集団精神療法」と見ると、
在家信者は通院でときどき精神療法を受ける
比較的軽症の患者、
出家信者は入院して集団生活の中で精神療法を受ける
比較的重症の患者であったということになろうか。
こう考えると、
従来 当然とされてきた、
「出家信者が宗教的権威を持って主導権を握り、
 在家信者を従えていく」という構図も
根本的に見直さなければならなくなってくるかもしれない。


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by imadegawatuusin | 2007-11-30 16:07 | 仏教

■「心の病」を克服したブッダ
前回述べたようにブッダは、
「この世の苦しみを克服すること」を
自らの第一課題とした。
逆に言えばブッダは、
「この世に生きていくことは苦しみである」と
感じていたということになる。

ここでいう「苦しみ」とは、
物理的な苦しみというよりも、
むしろ精神的な苦しみに重きが置かれていると思われる。

本書『仏教「超」入門』でも述べられているが、
彼はもともとインドにあった王国の王子様だった。
物質的には、
季節ごとに住居を変えるような、
極めて裕福な暮らしを送っていた。

それでも彼は、
生きてゆくことが苦しかったのだ。
だから彼は、
地位はもちろん妻も子も捨て、
救いを求めて出家(=家出)した。
こうした点で彼の苦しみは、
物質的には豊かな国に暮らしながらも
満たされない思いを抱えている現代の日本人にも
通じるものがあるのではないか。

これは余談だが、
精神科医の なだいなだ さんは、
ブッダをはじめ、
イエスやムハンマド(マホメット)といった世界宗教の始祖たちは、
布教を始める以前に、
みな一度 精神病に罹患した経験を持っていると指摘している。

三人の始祖たちが、
布教の前に、
例外なく孤独になって、
幻聴や幻視や妄想を体験していることは象徴的だ(なだいなだ『神、この人間的なもの』岩波新書、146ページ)


と。

確かにブッダは、
悟りを開くためにブッダガヤの菩提樹の下で座禅を組み、
瞑想にふけっていた際に、
「幻聴や幻視や妄想を体験している」。
「インド仏教徒のバイブル」と言われる
B=R=アンベードカルの『ブッダとそのダンマ』(光文社新書)には、
この場面が次のように描かれている。

瞑想の最中に悪しき考え、
悪しき情欲――マーラの子――が心に忍び入った。

ガウタマ(筆者注:=ブッダの本名)はこの悪しき欲望との戦いに
いかに多くの聖仙、バラモンたちが屈したかを知っていたから、
彼もその力に屈服するかもしれないとひどく懼れた。
彼はあらん限りの力をふりしぼり
マーラに告げた。

「我には不動の信念、勇気、智慧有り。
 いかにして汝の悪しき情欲が我を打ち負かせようぞ。
 この風が川の流れを涸らすことがあろうとも、
 我が決心を涸らすことあたわず。
 我、敗北より戦いて死ぬことを望む」

悪しき欲情は、
脂肪の塊のような形をした石の周りを
“ここに何かやわらかそうな、
 旨そうな食物がある”と
飛び回る烏のように、彼の心に入りこんだ。
しかし
何も旨いものが見つからなかった烏のように、
悪しき欲情はうんざりしてガウタマから離れていった。(第1部第4章-1)


これはやはり、
客観的に見れば「幻聴や幻視や妄想」というべきものであろう。
「マーラの子」あるいは「マーラ」というのは、
悟りを開く前のブッダ(=ガウタマ)の心の中にあった「悪しき欲望」が
「幻聴や幻視」という形をとって彼の前にあらわれたのだと見るべきだと思う。

こうした目で見ていくと、
ブッダの「悟り」は驚くほど
現代の精神療法に似ていることに気付かされる。

彼は心の病にとらわれていた。
そして当時、
精神医学というものはなかった。
精神科医もいなかった。
だからブッダは、
「自分で治す」しかなかったのである。


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by imadegawatuusin | 2007-11-29 16:00 | 仏教

■本来の仏教は徹底した「処世術」である 
前回説明したようにブッダは、
この世に存在するすべてのものの あり方は
他のものとの関係(=縁起)の中で成立するという考えを打ち立てた。
しかしこれは、
存在論や認識論・現象論などの形而上学上の課題に
回答を与えるためでは決してない。

ブッダの関心はただ、
「人間は、どのように生きてゆけば
 この世の苦しみを克服し、
 心の平穏を獲得することができるのか」という一点に尽きた。
このことに関係のない衒学的な問い、
例えば「この世界はいかにして生まれたのか」とか、
「宇宙の果てはどうなっているのか」というような
「問いのための問い」については、
ブッダは、
自分の目標に無関係なものとして無視した。

だから彼は、
「人間は、どのように生きてゆけば
 この世の苦しみを克服し、
 心の平穏を獲得することができるのか」という自らの第一課題に対して、
「他のものとの関係」を重視する立場から回答を見つけ、
悟りを開いてブッダとなったが、
それ以外の問題については特別の見解を得たわけではない。

本書・『仏教「超」入門』の中でもそのことは繰り返し説かれている。

例えば、白取春彦さんは本書の中で こう言っている。

悟れば死後のことが分かるようになるのか。
いや、
悟ったとしても死後のことは依然として分からない。

しかし、
死後のことが気になってしかたがないという思いはなくなる。(本書118ページ)


ブッダがや縁起について説いたのは、
それがあくまで彼の問い、
つまり、
「人間は、どのように生きてゆけば
 この世の苦しみを克服し、
 心の平穏を獲得することができるのか」という問いに対する
回答の前提となる事柄であったからだ。

白取さんは本書の中で、
仏教を「哲学」であると言っている。
これはおそらく、
「宗教」という言葉に付随する
非合理的・超越的・神秘的……といった印象を
仏教から払拭しようとしたためだろう。
仏教が現実に即した合理的な思想であることを
「哲学」と呼ぶことで強調しようとしたのだと思う。

だが、
「たとえ答えがないかもしれない問いであっても、
 『ただ答えが知りたいから』、
 その問いをひたすら問い続ける」のが「哲学的思考」なのだとすれば、
仏教は はっきり言って「哲学」ではない。
仏教は、
「この世の苦しみを克服する」という目標に無関係な問いには
最初から関わろうとはしないのである。
だから仏教は、
むしろ「処世術」と言った方が近いかもしれない。

これは決して仏教を
貶めて言っているわけではない。
「哲学」が高尚で「処世術」が低級だなどという考えは、
世の中に氾濫する低級な、
小手先だけのテクニックが、
「処世術」として もてはやされていることに対する
単なる反動的印象にすぎない。

本物の「処世術」は人生というものの本質をつく。
ブッダが目指したものもまさにそれだった。

白取さんは次のように言っている。

人生には限りがあるから時間的余裕などない。
だから、
ブッダはまずはもっとも重要なことから
手をつけよといさめたのである。(本書120ページ)


と。


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「白取春彦『仏教「超」入門』について (補章1)」
「白取春彦『仏教「超」入門』について (補章2)」
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by imadegawatuusin | 2007-11-28 15:54 | 仏教

■「空」=絶対でない  「縁起」=「関係」 
本書・『仏教「超」入門』の著者・白取春彦さんは、
仏教の「空」という概念を、
「実体がない」という意味だと説明した。
しかし、
ドイツ哲学を専門とする白取さんの「実体」という言葉の使い方は、
僕たちが日常生活の中で使う「実体」という言葉の使い方とは
かなり大きくずれている。

普通、世間の人々は、
「実体がない」という言葉を聞けば、
「実は存在しない」とか「見せかけだけが存在する」という意味だと思ってしまう。
「○○という会社は単なるペーパーカンパニーで実体がなかった」
というような具合に使用する。

これに対し、
ドイツ哲学などの業界では、
「実体」という言葉は、
「他の何者からも完全に独立して存在する性質」という意味をあらわす。
「絶対的な性質」と言い換えることもできよう。

だから、
白取さんの言う「実体がない」(=空)という言葉は、
僕たちが普通に使う日本語としては、
むしろ「絶対ではない」という言葉に近い。

より正確に説明すると、
「空」とは、
「全てのものの性質は、
 そのものの性質として他から完全に独立して存在するのではなく、
 他のものとの関係のなかで
 はじめて そのものの性質として成立する」
という考え方のこと、ということになる。

具体例を挙げて説明しよう。
白取さんはこんな例を挙げている。

その花は美しいか、美しくないか。

この問いに、
誰も正確には答えられない。
なぜならば、
美しさはその花に付随している何らかの要素ではなく、
花を見る人の感性の働きだからである。(本書146ページ)


これは非常に分かりやすい例だ。
僕たちはいとも簡単に
「美しい花」という言葉を使ってしまう。
しかし、その花自体に「美しい」という性質が
あらかじめ備わっているわけではない。
その花が人間に見られ、
その人間の心にある特定の(つまり「美しい」という)感情を抱かせたとき、
はじめてその花は「美しい花」となるわけだ。

その花が「美しい」という性質は、
その花固有の性質として他の存在から完全に独立して存在するのではない。
花と人間とのかかわりの中で、
はじめて「美しい花」というものが成立する。

だから、見る人が違えば、
たとえ花は同じでも「美しい」という性質は
そこに成立しないかもしれない。
また、たとえ見る人が同じでも、
その人のその日の体調や気分、あるいは美意識が変わってしまったら、
やはり「美しい」という性質は成立しないかもしれない。

よって花の美しさは「絶対ではない」ことがわかる。
これが「空」の考え方だ。
花の美しさが「空」=「絶対ではない」からといって、
美しい花が「存在しない」というわけではない。
花そのものの存在だけから「美しい」という性質は発生しないと
言っているだけだ。

こう言うと、
次のような反論が飛び出してくる。

「それは『美しい』という主観的な性質についてだからじゃないのか。
 例えば、『赤い』という客観的な性質についてはどうなのか」と。

なるほど。
確かに「赤い花」の場合は、
「赤い」という性質はその花固有の性質として、
他から独立して存在するように見える。
そこに人間がいてもいなくても、
赤い花は赤いに決まっているだろう……と。

しかし、
「赤い花」の「赤い」もまた、
花そのものと他の存在との関係の中で
はじめて成立する性質に過ぎない。

そもそも「赤い」とはどういうことなのか。
光学的に言うとそれは、
「『光をあてたとき』、
 その光の中の『赤色』以外の部分をその物質が吸収し、
 『赤色』のみを反射する性質」ということだ。
受けた光の成分の中の「赤色」の部分だけを反射するので、
僕たちの眼にはそこに「赤色」が見える。

だから、
「赤色」という性質を、
「光」という概念抜きで説明することはできない。
他の何者かから当てられる「光」を抜きにして、
花そのものの赤さを説明することはできないのである。

ごく単純に考えてみよう。
どんなに「赤い」花でも、
それを真っ暗な暗室の中に入れてしまえば、
そこに「赤い」という性質は発生しない。
暗闇の中で見る花は決して「赤」くはないのである。

「当たり前だ」と笑わないでほしい。
このことは、
「赤い」という性質はその花単体では成立せず、
必ず光との関係によって成立するという真理を証明している。

よって、花の赤さは「絶対ではない」ことが分かる。
つまり「空」だ。
花の赤さが「空」=「絶対ではない」からといって、
赤い花が「存在しない」と言っているわけではない。
花そのものの存在だけから「赤い」という性質は発生しないと
言っているだけだ。

「赤い花」は花だけで「赤」くあることはできない。
その花の「赤さ」は、
太陽とか、電球とか、
他の何ものかによって光があてられたとき、
はじめてそこに成立する性質なのだ。

もっと極端なことを言うと、
そもそもその花そのものが、
光がないと生きてはいけない。
水がなくても生きてはいけない。
土壌に栄養がなくても生きてはいけない。

植物は光を浴びて光合成し、
根から水を吸い、養分を吸収することによって、
はじめて存在することができる。

その花の「赤さ」は、
花と太陽との関係の中で成立し、
花と水との関係の中で成立し、
または花と土壌との関係の中で成立し、
気候や気温、その他この世の様々なものとの無数の関係の中で
ようやく成立した性質だったのだ。

その、そのものの性質の存在を支えるありとあらゆる関係のことを
仏教では「縁起」と呼んでいる。
これが「縁起」と「空」である。


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by imadegawatuusin | 2007-11-27 15:45 | 仏教

■「実体はないけど現象はある」? わけわかんねーッ!
話を元に戻そう。
本書・『仏教「超」入門』の中で白取春彦さんは、
「奈良、平安、鎌倉時代から今に至るまで、
 仏教では翻訳作業に精を出してこなかった」(本書186ページ)、
「仏教経典を日本語に正しく翻訳する努力すら
 なされなかった」と指摘している(本書178ページ)。

我が国では昔から、
僧侶は漢語、
つまり古代中国語のままで経を読み、
僕たち庶民もそれを、
意味がわかりもしないくせに(あるいは意味がわからないからこそ?)
ありがたそうに聞いてきた。

だから、仏教の理解に欠かせない言葉が、
いまだに日本語の中に
きちんと消化されていないという事態が起きている。
例えば、「縁起」や「空」といった言葉である。

白取さんはこの「縁起」や「空」といった概念を
何とか僕たち日本人にわからせようと、
以下のような説明を行なうのだが、
正直言って、成功しているとは言いがたい。

「空」とは、
そこに見えているものには「実体がない」ということを
意味している。

ふつうは、
実体があるからこそ、
そこに物や人が存在していると考える。
しかし仏教では、
その存在はたんに現象にすぎないのだと見る。

だから、
「空」とは、決して存在の「無」を意味する言葉ではなく、
実体の「無」を意味すると同時に、
現象の「有」を意味している言葉、となる。

では、
そこに実体がないのに、
どうして現象が生じているのか。

現象が相互に限定したり、
依存したりすることによってである。

現象のこの相互依存は、
「縁起」と呼ばれる関係である。
「縁起」によって、
現実世界がここに生じているというわけだ。(本書75ページ)


……。
この文章、一読して、意味が理解できるだろうか。
少なくとも、僕は理解できなかった。

白取さんの言うとおり、
昔から日本の仏教界は、
中国から中国語で伝わったその教えを、
自分たちの国の言葉に翻訳して人々に分かりやすく説明する努力を
怠ってきた。
だから「縁起」や「空」といった仏教用語は、
いまだに、
そのままの形で日本人に理解できる言葉にはなっていない。

そこで白取さんは、
自身の専攻分野であるドイツ哲学の用語である、
「実体」や「現象」といった言葉を使い、
これを説明しようとしたわけである。
(白取さんは獨協大学外国学部ドイツ語科卒業。
 その後ドイツのベルリン自由大学に入学して哲学を学んでいる)。

しかし、これまたやはりよくわからない。
「『空』とは、決して存在の『無』を意味する言葉ではなく、
 実体の『無』を意味すると同時に、
 現象の『有』を意味している言葉」とか、
「現象が相互に限定したり、
 依存したりすることによって」、
「実体がないのに……現象が生じ」るのだ、などと言われても、
こちらとしては面食らうばかりで、
何も得るものがない。

結論から言おう。
「空」という概念を「実体がない」という日本語に翻訳するのは、
かなりまずいと僕は思う。
というのも、
白鳥さんが専門とするドイツ哲学業界における「実体がない」という言葉と、
僕たちが普段、日常生活の中で使う「実体がない」という言葉とでは、
大きく意味が食い違っているからだ。
そこのところの説明のないまま、
ドイツ哲学の感覚で「実体」という言葉を使われたら、
僕たち普通の日本人には理解不能な文章が
できあがってしまうことになる。
上に記した引用文はその典型例と言えるだろう。


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by imadegawatuusin | 2007-11-26 15:36 | 仏教

――あまりの支離滅裂ぶりに唖然――

■違法派遣を居直り、開き直る
愛知製鋼下請企業・有限会社三築を相手取り、
名古屋ふれあいユニオン知多分会組合員4人が
解雇無効などを求めている裁判で、
11月27日、
第3回公判が開かれ、
三築側の「準備書面」が示された。

この中で三築側は、
「代表者の大久保文和が
 平成13年に労働者派遣事業を目的に
 創業した会社である」と自らを称し、
その証拠として有限会社三築の
「履歴事項全部証明書」を
「乙第1号証」として裁判所に提出した。
しかし、
「乙第1号証」の「履歴事項全部証明書」を見る限り、
平成13年創業当初の三築の事業目的は
「1、溶鉱炉の取り鍋の煉瓦張り替え作業」・
「2、鍛造品の熱処理加工ならびに積み込み作業」・
「3、前各号に付帯する一切の業務」とされているのみであり、
当初から労働者派遣事業を目的としていたとの記述は
どこにもない。
これでは、
平成13年の創業当初は
三築が「労働者派遣事業を目的に創業した会社」ではなかったことを
逆に立証するだけである。
(しかしいくら何でも、
 「これが証拠だ」と言われてそれを見れば、
 逆に「そうではなかった」ことが立証されてしまうというのでは、
 お粗末さにもほどがある。
 三築側弁護士の吉住健一郎氏は、
 よほどの やっつけ仕事で「準備書面」を書いたのではないか。
 職務にかける真摯さに疑問を抱かせるものがある。
 こちら側が心配してあげることではないのかもしれないが)。

そもそも、
製造業への労働者派遣が解禁されたのは
平成16年だったのであり、
それ以前は製造業への労働者派遣は禁止されていた。
にもかかわらず三築は、
上記「準備書面」において、
次のように主張しているのである。

(被告代表者)大久保は、
従前、
訴外有限会社三栄築炉の従業員として、
同訴外会社の取引先である愛知製鋼に出入りしていたところ、
愛知製鋼の関係者より、
同社工場に労働者を派遣する事業を
始めたらどうかとの話が持ち込まれたことから、
平成13年4月20日付で、
専ら、愛知製鋼工場に労働者を派遣することを目的に
被告(酒井注:=三築)を設立した次第である。
つまり、被告は、
愛知製鋼工場に労働者を派遣することを
唯一の目的に設立された会社であり、
現に、
被告は創業以来、
愛知製鋼の元請(原文ママ。「下請」の誤りか)である
アイチセラテック株式会社(以下アイセラという)を通じて
同工場に労働者を派遣し、
それ以外の派遣先は全くなかった


先にも述べたとおり、
製造業への労働者派遣が解禁されたのは
平成16年だったのであり、
それ以前は製造業への労働者派遣は
禁止されていた。
仮に上記の三築の主張が正しければ、
それは、
平成19年10月16日付で三築から提出された「答弁書」の中で
三築側が「否認」している違法な労働者派遣の事実、
すなわち偽装請負の事実を
逆に立証するものとなる。
三築は
トヨタグループの特殊鋼メーカー・愛知製鋼側から
違法な労働者派遣を持ちかけられ、
これに従ったことを自ら認めているのである。

「乙第1号証」の「履歴事項全部証明書」によれば、
三築が
「労働者派遣事業法に基づく一般労働者派遣事業」や
「労働者派遣事業法に基づく特定労働者派遣事業」を
目的とするようになったのは、
創業3年後の平成16年12月6日に
なってからのことである。
しかしその後も、
実際には三築と
愛知製鋼あるいはアイチセラテックとの間で
労働者派遣事業法に基づく労働者派遣契約が
締結されることはなく、
相も変わらず三築は
「請負」の形態を取りつつ実際には
労働者派遣事業を行なっていた。
それは、
三築が今回提出した「準備書面」において自ら、

4月12日、
アイセラから、
被告(酒井注:=三築)には愛知製鋼の請負業者としての
適格を欠くと判断されて、
アイセラとの業務請負契約が
同年9月末日で期間満了することをもって、
その後は、被告とは同契約を更新しないとの
取引打ち切りの通告を受けた


と主張していることからも明らかである。
このことも、
知多分会の4人が主張し、三築側が否認している、
三築による違法な労働者派遣の事実、
すなわち「偽装請負」の事実を立証するものである。
さらに三築は、
「準備書面の中で」自らを、
「平成13年4月20日付で、
 『専ら、愛知製鋼工場に労働者を派遣することを目的に』
 被告を設立した」と称している。
平成16年以前は
そもそも製造業への労働者派遣が
禁止されていたのであるから論外としても、
平成16年以降の製造業への労働者派遣解禁後も、
労働者派遣法は、
「専ら労働者派遣の役務を特定の者に提供する」、
いわゆる専ら派遣を禁止している(労働者派遣法第7条)。
「専ら派遣」の認定基準として具体的には、
「派遣先拡大の為の営業(広告宣伝)活動を
 正当な理由無く行なっていない場合」が挙げられるが、
三築自らが
「専ら、愛知製鋼工場に労働者を派遣することを目的に
 ……設立した次第である」と自認し、
「愛知製鋼工場に労働者を派遣することを
 唯一の目的に設立された会社であり、
 現に、被告(酒井注:=三築)は創業以来、
 愛知製鋼の元請(原文ママ。「下請」の誤りか)である
 アイチセラテック株式会社……を通じて
 同工場に労働者を派遣し、
 それ以外の派遣先は全くなかった」と居直り、
挙げ句の果てには、
「したがって、
 被告(酒井注:=三築)が平成19年4月12日、
 アイセラから、
 業務請負契約の期間が満了する同年9月末日をもって
 その契約をすべて打ち切ると通告された以上、
 被告には他に労働者を派遣する取引先もなく、
 かつ、
 新たに労働者を派遣することができる新規の取引先を
 獲得する方策もなかった」と開き直るに至っては、
まさしく違法な労働者派遣業者のあり方、
すなわち
「派遣先拡大の為の営業(広告宣伝)活動を
 正当な理由無く行なっていない」「専ら派遣」のあり方を
体現するものでしかない。

三築は、
「労働者派遣事業を目的に創業」された会社であれば
当然にも行なうべき
「派遣先拡大の為の営業(広告宣伝)活動」を行なわず、
「専ら労働者派遣の役務を特定の者に提供」する
違法な派遣事業を続けてきた。
そして、
この期に及んでなお
「派遣先拡大の為の営業(広告宣伝)活動」を
行なおうとの姿勢を見せず、
自らを「愛知製鋼工場に労働者を派遣することを
唯一の目的に設立された会社」と称して、
「使用者による十分な解雇回避努力」を
あらかじめ放棄するかのごとき対応を取っている。

三築自身によって提出された
「乙第1号証」の「履歴事項全部証明書」を見ても、
有限会社三築の事業は労働者派遣事業には限定されておらず、
むしろ本業は
「溶鉱炉取り鍋の煉瓦張り替え作業」や
「鍛造品の熱処理加工並びに積み込み作業」であることは
明らかである。
(そもそも三築の前身が
 「有限会社三栄築炉」なのだ)。

また、
労働者派遣事業の派遣先が
愛知製鋼あるいはアイチセラテックに
限定されているわけではないことは言うまでもない。
三築は、
知多分会4人の訴状にある、
「極めて潤沢な資産を有し、
 経営余力を有する被告会社なのであるから、
 同業他社に従業員を派遣したり、
 同業他社に請負契約の締結を働きかけるなど
 自ら経営の継続を模索する道はある」との主張に対し、
平成19年10月16日「答弁書」や
平成19年11月22日の「準備書面(1)」の中でも、
ただ一言「否認する」と言うだけで、
何ら有効な反論をしていない。
三築は自ら、
「愛知製鋼工場に労働者を派遣することを
 唯一の目的に設立された会社」という、
そもそも違法なあり方を大前提としたままで、
整理解雇要件の最も重要な要件である
「使用者による十分な解雇回避努力」を放棄し、
労働者の首を切ろうというのである。

判例法理は、
その整理解雇が
「客観的に合理的な理由」を有するかどうかの
判断基準として、
以下の4つを挙げている。

1.「経営上の高度な必要性」
2.「解雇回避努力義務の履行」
3.「被解雇者選定の合理性」
4.「手続の妥当性」

だが、
今回の有限会社三築における労働者解雇は、
上記の通り使用者側が「解雇回避努力義務の履行」しておらず、
「2」の要件に欠ける他、
このうちの「1」・「4」の要件も満たしていない。

「1」の「経営上の高度な必要性」とは、
労働者の解雇という手段を取らなければ、
企業の維持・存続ができないほどの
さしせまった必要性があるかどうかという点である。

解雇された知多分会4人の側は、
三築の今年3月時点の決算報告書や
その後の取引状況などの詳細な分析を元に、
会社は「極めて潤沢な資産を有し、
経営余力を有する」と主張しているのに対し、
三築側はただ一言「否認する」と言うだけで、
何ら有効な反論を行ない得ない状況にある。
これでは到底、
「経営上の高度な必要性」は認められない。

また「4」の「手続きの妥当性」についてであるが、
これは具体的には
当該労働者や労働組合と
事前に協議を尽くしたかどうかいうことである。

だが
会社側は一方的に「自主廃業」を宣言するのみで、
現時点での財務状況の開示すら
「当社にとって資産表は
 経営上公にすることができません」などとして、
被解雇者にも労働組合にも開示することを拒否。
その一方では「廃業」直前まで3人の役員たちが
実に年間6千万円にも上る
多額の役員報酬を受け取り続けるなど、
解雇について当該労働者や労働組合の納得を得るべく
具体的な努力を行なったとは
到底言い難い対応に終始した。
(そもそも、
 今から廃業しようという会社が
 「経営上公にすることができません」というのは、
 そもそも日本語として意味がわからないが)。

これは、
整理解雇にあたっての
「客観的に合理的な理由」の有無の判断基準として、
具体的には使用者側の「解雇回避努力義務の履行」、
「経営上の高度な必要性」、
「手続の妥当性」を含む4要件を要求する判例法理
(あさひ保育園事件・最高裁昭和58年10月27日判決など)にもとり、
「社会通念上相当であると認められない」ので、
当然にも解雇権濫用に当たり無効である
(労働基準法第18条の2)(民法第1条3項)。


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偽装請負会社・三築前で抗議行動


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連合産別・全国ユニオンへの加盟について討議するとする活動方針を採択。
日ごろから組合員の学習会や交流会・相談会などを
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現在、組合員数約200名。
組合員は組合費月額1500円。
賛助会員(サポーター)は年会費5000円。
住所:〒460‐0024
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by imadegawatuusin | 2007-11-26 13:32 | 労働運動

――「生きさせろ!貧困社会を生き抜く」――

■雨宮処凜が僕のことを話してる!?
びっくりした。
『生きさせろ!』でブレイクした
作家の雨宮処凜が僕のことを話している。

トヨタの工場に派遣され、
数ヶ月後に突然雇止めになり、
仕事と住む場所を両方一気に失って路上に放り出され、
行く場所もお金もなく、
ついにはホームレスになってしまった若者のことを
話している。
これは僕のことではないか!

どうして雨宮処凜が僕のことを知っているのだ。
確かに右翼時代の彼女に一度だけ会ったことがあるけど、
(「見沢知廉さんにあこがれてきたんです」と、
 新右翼団体・一水会の集会に来て言っていた。
 こういう「文学少女」が今は右翼になるんやなぁとか、
 色々考えさせられたけど)
それ以来、
別に接点はなかったはずだ。

それが何で!

……結論からいうと、
雨宮処凜は別に僕のことを話していたというわけではない。
名古屋の不安定労働者のあり方の一例として、
そうした話をしただけだ。
要するに、
こういう境遇にあっている若者は、
見えないだけで、
僕の他にもいくらでもいるということなのだろう。
それだけに、
実名を出し、住所・電話番号まで公開して
事のいきさつを公表している僕の責任は重大だ。

彼女も、
「それはいい。
 ちゃんと名前も出してやってれば、
 相手も変なことができないから」と励ましてくれた。
(でも、
 名前を出してやってるばっかりに、
 「変なこと」にばかり巻き込まれているような気がするぞ、最近)。

「やるんなら、
 名前も住所も電話番号も公表して堂々と!」
僕にそう教えてくれたのは、
新右翼団体・一水会の鈴木邦男さんだった。
実際、
鈴木さんはこれをやっている。
おかげで日ごろから迷惑電話に悩まされ、
自宅アパートが放火されても、
ポリシーを曲げずに住所・電話番号の公表を続けている。
偉いと思う。
(ついでに、
 そんな鈴木さんにアパートを貸し続けている
 みやま壮の大家さんも偉い。
 仕事を失った若者を、
 追い討ちをかけるように寮から追い出す派遣会社とは大違いだ)。

僕も雨宮処凜も、
言ってみれば鈴木邦男さんの弟子みたいなものだ。
それが、
どういうわけか(彼女の言うところの)
「インディーズ系労働運動」に関わって、
非正規雇用労働者問題のような
「左翼みたいな」運動にのめりこんでしまった。
鈴木さんに言わせれば、
僕らは不肖の弟子なのだろう。

鈴木さんはよく、
「日本赤軍の重信房子の父親は右翼だった。
 僕は彼にインタビューしたことがあるけど、
 『娘は国士だ。誇りに思う』と言っていた」と語っていた。
(重信房子をどう評価するかは置いといて)、
この国を良くするために頑張る人を「国士」というなら、
雨宮処凜は今でも国士だ。
僕もできれば、そうありたい。
主義主張は違っても、
重信房子がその父親をうならせたように、
僕らも「恩師」をうならせられるような運動を
やっていけたらきっとそれでいいのだと思う。

話を戻そう。
今回の雨宮処凜トークライブを企画したのは、
名古屋の「笹島診療所」という、
ホームレス支援の市民団体である。
雨宮かりんは、
いま、非正規雇用労働者とホームレスとの垣根が
限りなく低くなっているという。
その通りだ。
僕はそのことを、
いま身をもって体験している。

自分がこういう立場になるまで、
野宿者運動はどこか遠い世界の運動だという感覚が
抜けきらなかった。
けれど、今は違う。
不安定雇用労働者と野宿者との境界が、
本当に紙一重であることを知ってしまった。

雨宮処凜はだから、
貧困問題にかかわるあらゆる団体で
ネットワークを作ったと語った。
派遣会社を不当解雇され、
お金もなくし、行くあてもなく、
サラ金から金を借りて返済に行き詰まり、
おまけに体や心を壊してダウン寸前の人などは、
従来の労働組合のノウハウだけで救うことはできない。
(しかし、
 実際そういう人は少なからずいるのだ)。
だから、
貧困問題にかかわるあらゆる団体が横につながる。
労働組合はもちろん、
野宿者支援団体もサラ金対策の弁護士も、
こうした問題に関心を持つお医者さんも一堂に介して
問題に取り組む。

実際僕も、
日研総業との労働問題については労働組合にお世話になっているが、
ホームレス一時保護所に入所するにあたっては、
生活と健康を守る会のお世話になった。
雨宮処凜の言うところでは、
最近は「反貧困」でデモや抗議行動をやると
それだけで警察が逮捕しに来たりするそうである。
こうなったときは、
日本国民救援会のような反弾圧・冤罪支援の団体に
協力を求めることになるかもしれない。

しかし現状では、
こういった団体間に連携がない。
ノウハウも、
それぞれの団体にはそれぞれのノウハウはあっても、
総合的な力とならない。

よって、
たとえ重大な労働問題があっても、
「これ以上がんばったら路頭に迷ってしまう」
という段階になれば、
必然的に泣き寝入りせざるを得なくなる。

そうした意味で、
僕は今、
非常に貴重な体験をしている。
「路頭に迷ってもあきらめない」という、
きわめて画期的な労働運動に挑戦できていることを
僕は誇りに思わなければならない。

「路頭に迷っても闘える」、
「路頭に迷ってもあきらめない」という、
労働運動の新境地を切り開く闘いに
僕は挑戦しようとしているのだ。
だからこそ、
負けるわけにはいかない。
この闘いに勝利し、
この経験を、
今日もネットカフェやサラ金のATM、
パチンコ屋のトイレで寝泊りを強いられている不安定労働者たちに
伝えてゆかなければならないのだ。

トークショーの中で雨宮処凜は、
「プレカリアート」という言葉を強調した。
「不安定な」という意味を表すイタリア語と、
「労働者」を表す「プロレタリアート」をくっつけた
造語である。
なんでも、
21世紀になってから、
ヨーロッパのどこかの地下鉄の駅に落書きされていた
この「プレカリアート」という言葉が、
いま世界中に広がっているらしい。

雨宮処凜がいうには、
この言葉が画期的なのは、
今までの「ニート」だの「フリーター」だのといった言葉とは違い、
不安定な雇用状態に置かれている当事者自身が発し、
当事者自身が獲得した言葉だという点だ。

今や、
生きるもの、働くものの大半が、
不安定な雇用状態に置かれている。
非正規雇用労働者はもちろん、
正社員も実に簡単に「リストラ」されるご時世だし、
マクドナルドの店長なんかの労働状態も
ひどいものだ。
だから、
こうした労働者のあり方を一くくりに捉える概念として、
「プレカリアート」という言葉を使っていこう。
この言葉であれば、
正規と非正規の壁をあえて作る必要もなく、
全ての「プレカリアート」に団結を呼びかけることが可能になる、と。

でもちょっとまてよ。
21世紀になってからヨーロッパの駅で落書きの形で発見されたという
この「プレカリアート」という言葉だけれど、
実は我が名古屋ふれあいユニオンはすでに20世紀、
組合結成の際に、
そのものズバリ、
「不安定雇用労働者の拠り所」となることを宣言している。

雨宮処凜は名古屋ふれあいユニオンのような組合のことを、
連合などの正社員組合・「メジャー系労働組合」と比較して、
「インディーズ系労働組合」と命名した。
確かに世間一般的に見れば、
それは「インディーズ」かもしれない。
でも最近、
ごく局地的には、
かなりメジャーになりつつあるのでは……と
感じることもある。

先日、
名古屋ふれあいユニオンの組合員ではない日系ブラジル人から、
僕が名古屋ふれあいユニオンの運営委員だというと、
「『アサノ』サン シッテルヨ。
 シンブンデ ミタヨ。
 『マルコス』サンモ シッテルヨ。
 シンブンデ ミタヨ」
と言われたことがある。

彼らが「シンブン」と言っているのは、
日本で発行されている
ポルトガル語新聞『インターナショナル・プレス』のことだ。
『インターナショナル・プレス』に日本の正社員組合、
雨宮処凜のいうところの「メジャー系労働組合」の記事が出ることは
まずない。
この新聞でメジャーなのは、
名古屋ふれあいユニオンや隣のユニオンみえのような、
国籍にも、雇用形態にもかかわりなく、
誰でも一人から入れる個人加盟制の労働組合である。

僕たちは世界に先駆け、
すでに20世紀の時点において、
「不安定雇用労働者の拠り所」たることを誓って結成された
労働組合なのである。
いつまでもインディーズに甘んじることはない。
非正規雇用労働者はもちろん、
正社員も、末端の管理職までが
「プレカリアート」=不安定雇用労働者と化している今、
僕たちコミュニティユニオンに課せられた使命は重い。

雨宮処凜のトークライブに参加して、
僕は改めてそう思った。
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by imadegawatuusin | 2007-11-25 16:40 | 労働運動

■生者に尻を向けて経を唱える現代の僧侶
「日本の僧侶たちは、
 仏教の言葉を分かりやすい日本語にする努力を
 怠ってきた」
白取春彦さんは、
本書・『仏教「超」入門』の中で主張している。
そしてそれが、
「仏教が難解に思われる一因でもある」という(本書40ページ)。

確かにその通りだろう。
葬式などでお坊さんがやってきて、
お経をあげて帰ってゆく光景をよく目にするが、
そこで唱えられているお経は日本語ではない。
ブッダ(=お釈迦さま)の言葉(とされているもの)を漢語、
つまり古代中国語に訳したものをそのまま、
日本語に翻訳することなく読んでいる。

だから例えば、

ブッセーツマーカーハンニャーハーラーミーター

なんてお経を聞いても、
こっちにはさっぱり意味がわからない。
いや、お坊さんにはそもそも、
「こっち」にわからせようという考えそのものがないのではないか。
その証拠にお坊さんは、
お経を唱えているあいだ、
決して「こっち」を見ようとはしない。

「話をするときは相手の目を見て話せ」とはよく言われることだが、
お坊さんはお経を唱えているあいだ、
僕たちの目を見るどころか、
僕たちに尻を向けている。
では、誰のほうに目を向けているのか。
それは、死者の遺影や位牌である。
お坊さんは死者に向かってお経を唱えている。
逆に言えば、
生きている僕たちから目を背けている。

これは、本来の仏教のあり方から考えればおかしなことだ。
なぜならブッダの教えは、
何よりも「この現実」を最重要視するものであったからだ。

そのことを示す有名な話が
ブッダの「毒矢のたとえ」である。
本書にも掲載されている。
ちょっと長いが、ぜひ読んでほしい。

それは、ブッダがある弟子から、
「人は死後も存在するか、否か」と問われたときの話である。

この質問への答えをブッダは捨ておいたのだが、
弟子は執拗に食い下がった。
そこでブッダはしかたなく、
次のように返答した。

ある青年が毒矢に射られたとしよう。
すると、
連れの青年が医者を呼んで治療を頼もうとした。
ところが、
矢の刺さった青年がこう言った。

「その前に、
 この毒矢がどこから飛んできたか知りたい。
 どんな素性のどんな名前の、
 どのくらいの年齢の人がこの矢を放ったのか知りたい。
 また、
 この矢の材質が何であるか、
 毒の材料がどんなものなのか、
 それらがはっきりするまで矢を抜いてはならない」

そして、
この青年の体に毒が回って死んでしまった。

死後がどんなだろうと聞きたがるのは、
この青年の疑問とまったく同じではないか。

その間に、
この世で修めるべきことがおろそかになって、
何も得ることなく、
ついには死んでしまうではないか。

まずしなければならないのは、
死後がどうであるかを知ることよりも、
この現世で悟りを得ることではないか。(本書117~118ページ)


ブッダが求めたものは
「あの世」で幸せになることではなかった。
そうではなく、
「この世」の苦しみや理不尽に対する解決策を見出すことが
ブッダの求めたものだったのだ。

だからブッダは、
「人は死んだ後にはどうなるのか」とか、
「世界はどうやって始まったのだろう」とか、
そういった類の推測にうつつを抜かすこと自体を拒否した。
そういった類の推測はいずれも、
「この人間世界でより良く生きてゆくこと」とは無関係であり、
また、
それに対する、確かな根拠や経験に裏付けられた回答を追究するには、
人間の一生はあまりにも短いと
彼は知っていたからだ〔注1〕。
上に引用した「毒矢のたとえ」は、
そのことを鮮やかに示している。

ブッダの教説の中心は生きた人間である。
この世における人間対人間の正しい関係の確立こそが、
彼の追究した事柄だった。
だから、
「ありがたいお経」は死んでから聞いても意味がない。
そもそもお経は、
ブッダが生きる人々に対して語ったものであって、
死者に向かって説いた経など一つも存在しないのである。

〔注1〕東洋では儒教の祖・孔子も同様に、
「未(いま)だ生を知らず、
 いずくんぞ死を知らん」(『論語』通番264、「先進篇」11)、
つまり、
「生きることの何たるかも分からないのに、
 どうして死のことが分かろうか」と戒めている。


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「白取春彦『仏教「超」入門』について(その1)」

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by imadegawatuusin | 2007-11-25 15:26 | 仏教

――実は驚くほど新鮮で、実際的なブッダの教え――

■仏(ブッダ)は神様ではない 
 ただ悟った人間である

仏教ほど誤解されている宗教はない。
俗に「神様仏様」などといって、
願い事をお祈りする対象として
「仏様」という存在が捉えられていたりする。
白取春彦さんの『仏教「超」入門』(PHP文庫)は、
そのような「これまで安易にイメージされてきた仏教」を見直し、
「本来の仏教」の真髄を伝えようという本である。

本書における著者・白取春彦さんの立場は明快である。

仏教の仏とは真理を悟った人間のことをたんに指すだけで、
神のような超越的存在ではないのです。(本書4ページ)


もともと「仏」(ブツ)という言葉は、
古代インドの言葉であるサンスクリット語で
「悟った人」という意味を表わす「ブッダ」のことだ。
だから仏は神様ではない。
神通力をそなえた超人でもない。
ただの人間である〔注1〕。
けれど、
この人間世界の道理を悟っている。
そしてその結果、
正しい生き方を心得ており、
正しい生活を送っている。
そんな人が「仏」である。

したがって「成仏」とは、
人間が何か特別な存在に変化することをいうのではない。
まして生きている人間が死ぬことでもなければ、
死後の出来事をいうのでもない。
仏とは、
生きた人間から隔絶した神のような存在ではないのである。

それなのにどうして、
「神様仏様」になってしまったのだろうか。
それは、
仏教の教祖である
お釈迦さま=ブッダの後代の弟子たちが、
自分たちの遠い遠いお師匠様の偉大さを強調するため、
幼稚きわまる伝説を次から次へとでっち上げたためである〔注2〕。

お釈迦さまは生まれてすぐに七歩歩き、
「天上天下唯我独尊」と唱えたとか、
そういった類の実に馬鹿馬鹿しい作り話を
聞いたことがある人も多いだろう。
そうしてまた、
このような話ばかりを聞いていると、
まるでお釈迦さまは、
何やら人ならぬ神秘的な力をもった
神様か何かのように思えてきたりするものだ。
そしてそれが高じれば、
仏様をかたどって作られた像(いわゆる仏像)に向かってお祈りすると
願い事が聞き届けられるといったような程度の低い俗信が
生まれてくることになってしまう。

しかし、
本書の著者・白取春彦さんはこれに対し、

ブッダをあまりにも神格化して考えるのは、
ブッダが何度も強調して排することに努めた「極端なこと」に
抵触することになるだろう。(本書21ページ)


と、しっかりと指摘している。
白取さんも言うとおり、

教えの徹底した実際性や、
高齢になって最後は食中毒で死んだことなども考えれば、
ブッダはわたしたちと同じ人間であったと分かる(本書21ページ)


のである。
〔注1〕ブッダも一人の人間なのだということは、
インド仏教復興の祖・B=R=アンベードカルも、
その著書・『ブッダとそのダンマ』(光文社新書)のなかで
次のように強調している。

ブッダは自分自身とそのダンマに神性を求めなかった。
それは人間による人間のための発見であり
天啓ではない


いかなる宗教的開祖も
自分あるいは自分の教えに神性を要求する。
モーゼは彼自身に神性を求めなかったが、
彼の教えには神性を要求した。
彼は信者たちに、
もし乳と蜜の国へ行き着きたければ、
エホバの教えである自分の教えを受け入れよといった。
キリストは自ら神の子を名乗り、
当然ながらその教えは神聖なものとされた。
……

ブッダは
自分自身にも自分の教義にも
そのような要求をしなかった。
彼は、
自分は諸々の人間の一人であり
自分の教えは人間に対する人間の言葉なのだと
明言した。
彼は自分の言葉の不謬性など
決して求めなかった。
……
それ(筆者注:=ブッダの言葉)は
人間の普遍的経験に基づき、
誰しもがその教えに
疑問を持ち、
確かめ
どのような真実が潜んでいるかを見出すことが
できるものだといった。
自分の宗教をかくも大胆な挑戦に晒した開祖は
かつて存在しない(第3部第1章-3)


ブッダは、
自分の「悟り」が本物なのか偽物なのか、
人々が疑い、確かめようとすることさえも
奨励していたのである。
よって真の仏教徒は、
「ブッダのお告げに盲従する」のではなく、
「ブッダの教えに学ぶ」というのが正しい態度となる。

〔注2〕後世になるほど教祖を神格化して祭り上げる傾向は、
仏教に限らずどの宗教にもあるようだ。
イエスは、
偉大なる神と比べれば
自分自身もまた小さな存在に過ぎないと
はっきり説いたにもかかわらず(「ヨハネによる福音書」14章28節)、
後に作られた「三位一体」なる教義によって
神そのものと一体化されてしまった。
イスラム教のムハンマド(マホメット)も、
自分はあくまで「ただの人間」であり、
数ある預言者の一人にすぎないことを強調した(『コーラン』17章93節)。
にもかかわらず彼の死後、
弟子たちは他の宗教などから引き出した伝説を彼の生涯に付け加え、
飾り立てる作業を始めた。
(ムハンマドの心臓は
 彼が16歳のときに神によって取り出されて洗浄されたので、
 彼は決して間違いを犯すことがなかったのだなどという伝説は
 その一つであろう)。
弟子というものは、
自らの師を神格化することで、
自分の権威を高めようとする傾向があるらしい。


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「白取春彦『仏教「超」入門』について (補章2)」
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by imadegawatuusin | 2007-11-24 15:18 | 仏教