――今、この瞬間にも派遣切り。今すぐ判決確定を!――

■いま確定させずしていつ確定させるのか
7月31日、
パナソニック(旧松下)プラズマディスプレイ事件
偽装請負を断罪し、
労働者の就労先との雇用関係を認めた
大阪高裁判決を早期に確定させるよう求める
最高裁判所への要請行動が取り組まれた。

行動には、
パナソニックプラズマディスプレイ
偽装請負裁判原告の
吉岡力(つとむ)さん(なかまユニオン)や、
吉岡さんに続き
就労先との雇用関係の確認を求めて
裁判闘争を闘う
パナソニック電工職種偽装事件原告・
佐藤昌子さん(宮城合同労働組合)や、
パナソニック若狭偽装請負事件原告・
河本猛さん(地域労組つるが)も参加。
偽装請負・違法派遣で9年間、
トヨタ系企業イナテック(愛知県幡豆町)に就労して
解雇された我が名古屋ふれあいユニオン
高江洲ヨウジさんや筆者も、
要請行動に加わった。

大阪高裁は昨年4月、
吉岡さんとパナソニックプラズマディスプレイとの
雇用関係を認め、
「解雇」以降の賃金を支払うように命じた。
特に賃金については、
「仮に執行することができる」と、
裁判確定前でも吉岡さんに仮に支払うよう
会社側に求めたのだ。

しかしパナソニックプラズマディスプレイは、
吉岡さんに支払うべき給料を法務局に供託し、
吉岡さんは会社からいまだ1円も受け取れない状態が
続いている。

にもかかわらず最高裁判所は、
パナソニック側の上告を受理するのかしないのかと
いうことすら判断しないまま、
実に1年3ヶ月にもわたって
この事件を放置しているのである。

要請団は最高裁判所の中に案内され、
書記官と面会することができた。
筆者は、
「松下PDP大阪高裁判決は、
 偽装請負・違法派遣で長年働いてきた労働者の
 クビ切り・雇い止めを防ぐ
 強力な武器となる判決だ。
 どうして審理に入るのか
 入らないのかも決めないままに
 1年3ヶ月もかかっているのか。
 最高裁判所が手をこまねいている今、
 日本中で派遣切り・非正規切りの嵐が
 吹き荒れている。
 その中には、
 松下PDP判決に従えば
 クビを切られなくてすむ労働者も
 たくさん含まれている。
 この判決をいま確定させなくて
 いつ確定させるのか。
 今この瞬間にもクビを切られていく労働者が
 生まれている。
 一刻も早い判決の確定を求めます」と
訴えた。

最高裁の建物を出ると、
改めてこの建物に威圧される思いがする。
巨大な、石造りの建物。
この日は、
吉岡さんと共に「黙視の労働契約論」で闘う
全国の裁判原告を中心に
17人が最高裁に要請したが、
そのうちの一人がこう言った。
「何でこう威圧的なんだろう。
 このでっかい石の塊のような建物、
 見てくれからして国民を寄せ付けない感じが
 するじゃないか」とつぶやいた。
イナテック偽装請負裁判を闘う
名古屋ふれあいユニオン・高江洲ヨウジさんも、
「(裁判官の)頭の中も石ばっかりじゃ
 なけりゃいいな」と答えた。
 
国民の目線に立った最高裁、
不正にきちんと責任を取らせる最高裁で
あってほしいと願うばかりだ。


【参考記事】
松下PDP偽装請負訴訟、吉岡力さんの講演
松下PDP偽装請負事件原告、きょう最高裁弁論
パナソニックPDP事件最高裁判決について


労働組合名古屋ふれあいユニオン
雇用形態や国籍に関わりなく、
愛知県下で働くすべての労働者が一人から加盟できる
地域労働組合(コミュニティユニオン)。
コミュニティユニオン全国ネットワーク
コミュニティユニオン東海ネットワークにも参加。
今年3月に開かれた第11回定期大会では、
連合産別・全国ユニオンへの加盟について討議するとする活動方針を採択。
日ごろから組合員の学習会や交流会・相談会などを
積極的に企画しながら活動している。
現在、組合員数約200名。
組合員は組合費月額1500円。
賛助会員(サポーター)は年会費5000円。
住所:〒460‐0024
    愛知県名古屋市中区正木4-8-8 メゾン金山711号室
    (JR・地下鉄・名鉄金山駅下車 名古屋ボストン美術館の向かい)
電話番号:052‐679‐3079(午前10時~午後6時)月~金
ファックス:052‐679‐3080
電子メール:fureai@abox.so-net.ne.jp
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ホームページ
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by imadegawatuusin | 2009-07-31 23:14 | 労働運動

■「『待つ』のではなく『出向く』」
7月26日、
岡崎市勤労文化センターで
愛知派遣村交流集会が開催され、
約200人が参加した。

愛知県岡崎市で
「反貧困・駆け込み相談会」を開催した
愛知派遣村実行委員会と、
知立団地一日派遣村実行委員会、
豊橋派遣村実行委員会の共催で
開催された。

基調報告に立った
金城学院大学の大山小夜准教授は、
「ここ愛知県は従来、
 生活保護の保護率も失業率も低い
 豊かな県との認識があった。
 しかし一方では、
 非正規労働者・外国人労働者が
 多く生み出された県でもあり、
 その矛盾がこの度の不況で露呈した」
と指摘。
「今年の年始には、
 名古屋市の中村区役所に
 多くの人たちが押し寄せた。
 『うちでは受け入れられないから……』
 と500円を渡され、
 三河地域を中心に1日約100人が
 中村区役所に集中した。
 市民が連日、炊き出しなどの支援をして、
 『もう一つの派遣村』の様相を呈した。
 こういった事態に危機感を感じた人々、
 生活保護支援、多重債務者支援、
 雇用・労働問題関係者・外国人支援……、
 こうした人たちが愛知派遣切り抗議大集会に
 集まった。
 525人が参加し、
 終了後、名古屋駅まで3キロのデモ。
 国や自治体・企業の責任を問うたが、
 その一方で、
 『自分たちも出来ることを!』という機運が
 高まった」と、
派遣村運動に至った経緯を説明した。

「今年3月2日、
 『愛知派遣村実行委員会』を
 立ち上げた。
 『名古屋でまっているだけではダメ。
  多くの困っている人のいる
  三河に出かけていこう』と決めた。
 その後、知立でも一日派遣村、
 東三河でもと豊橋で、
 長く野宿者支援をやって来た方々と
 豊橋派遣村を開催した」と、
大山さんはこれまでの活動を報告。

大山さんは今後に向けた派遣村の成果として、
「『待つ』のではなく『出向く』」ということを挙げ、
「困っている人が
 どこにいるのかということで、
 私たちの側から
 『岡崎に行こう』、『知立に行こう』、
 『豊橋に行こう』とやって来た」と話した。

最後に大山さんは、
困っている人たちに、
「一人で悩まないで」と訴えて、
基調報告を締めくくった。

■「派遣村」の意義と今後の展望
基調講演は
東京日比谷・年越し派遣村実行委員会の
猪股正さん。
「東京日比谷の年越し派遣村に誘われたときは、
 年末の12月31日から1月5日の間、
 中2日ぐらいは
 休めるだろうというつもりだった。
 ところが、
 やってみたら全然そんな状況じゃない。
 37歳の男性は警察に付き添われてきた。
 金もない、住居もない、
 三度も四度も派遣切りされ、
 自殺しようとして警察に保護された。
 相談を受けている間に
 具合を悪くされて倒れてしまう。
 そんな人が何百人と押し寄せてきた」と
実態を報告。

「この国では、
 仕事を失うということが
 自殺や餓死という
 人の生き死にに直結している。
 派遣村には、静岡とか、
 かなり遠くから来た人もいた。
 マスコミを通じてその声が
 全国に発信された。
 一部の人、一部の地域の問題ではない。
 社会全体の問題なのだと
 とらえられるようになった」と
派遣村の異議を語った。

「この国のセーフティーネットが
 穴だらけなことが露呈した。
 仕事を失った。
 雇用保険にも支えられない。
 住居も失う。
 いきなり野宿を強いられる……。
 こうした事実を社会に可視化した。
 最後のセーフティネット、
 生活保護。
 派遣村の取り組みで、
 この生活保護が
 本来のあり方に近づいた」とした上で、
「申請は生存権に基づく権利であるのに、
 実際には一人で行くと、
 『あなたの場合は働ける』とか
 『住居がない人は受けられません』とか、
 これまで、
 違法な運用が横行してきた。
 しかし、
 派遣村に参加した市民が同行して、
 その壁を打ち破った」と総括した。

今後の方針として猪俣さんは、
「やはり労働法制。
 これが貧困を生み出す元になっている。
 野党三党の出した
 派遣法の抜本改正案は、
 成立すれば、
 これまで規制緩和一本槍だった労働法制の
 大きな転換点になりうる内容だ。
 何年も後、
 『結局何も変わらなかった。
  派遣村、あれは一体
  何だったんだ』となったら
 この国に未来はない。
 誰もが安心して暮らせる社会に向けて、
 一緒に頑張りましょう!」と
講演を締めくくった。
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by imadegawatuusin | 2009-07-30 16:11 | 労働運動

――事前予測大きく上回る52名参加――

■組合史上初の全体会三河開催
名古屋ふれあいユニオンは7月25日、
愛知県岡崎市の
「図書館交流プラザLibra」で
組合員全体会を開催した。
全体会が三河地域で開催されるのは、
1999年の名古屋ふれあいユニオン結成以来、
初めてである。

全体会は、
事前の予想を大きく上回る52名の結集を勝ち取り、
大成功をおさめた。

今回の三河地域における全体会の企画・実行は、
ほぼ三河支部の主導で行なわれた。
(委員長は何もやっていない。
 三河支部の支部委員の方々の
 献身的な奮闘や、
 事前準備の段階から当日のすばらしい通訳まで、
 大活躍だったSさんなどに
 心から感謝申し上げたい)。

この全体会の成功は、
三河地域に我が名古屋ふれあいユニオンの基盤が
きちんと存在することを
はっきりと証明した。
今後、
三河支部の拠点建設、
そしてゆくゆくは専従体制確立に向けて、
小さくとも意義のある第一歩が
踏み出せたのではないかと考えている。

以下に、当日基調講演をいただいた、
行動するキリスト者で
豊橋派遣村の村長を務められた
高島史弘さんの講演内容を掲載する。


「豊橋一日派遣村を開催して」(豊橋派遣村村長 高島史弘)
これまで、
ホームレス支援の活動を10年くらいやってきました。
そうした活動を始めるきっかけは、10年前、
一人の人に出会ったことでした。

名古屋駅でのことですが、
「自分は何のために生きているのか
 わからない。
 自分は死にたい」とその方は言っていました。

私はクリスチャンですから、
その言葉に胸を痛めまして、
「神様はあなたを愛しているから、
 死ぬなんてことは言わないで」と言いました。
そしてその人と一緒に食事をして、
聖書の話をしました。
それが、一番最初のきっかけ。
そのことが、
今の働きにつながっているのだと思っています。

ホームレスの人との関わりとしては、
今では毎朝おにぎりを豊橋駅で配っています。
あと、火曜日と金曜日の夜に、
聖書の話とカレーライスとか食べるつどいを
ホームレスの人たちとしています。

今のみなさんのように、
会社勤めをしていたけれど解雇された人たちが、
来るようになりました。
今も来ています。

私たちは一軒家を借りて
共同生活をしています。
最初は5人ぐらい。
私も一緒に生活をしました。
生活保護や政府の援助を受けず、
クリスチャンなどの献金だけでやってきました。

その中には、
ブラジルの人もいました。
ペルーの人もいました。
ブラジルの人は仕事を見つけて出ていきました。

いま、
ブラジルの人でもペルーの人でも、
行き場がなくて友達の家に住んでいます。
そこを出されてホームレスの人が
たくさんいました。

私の教会のブラジル人宣教師も心配して、
私の家のような
みんなで住める家を
さがしていました。

今そこは、
豊橋サマリア会で借りて
4人で住んでいます。
(今いるのはみんな日本人ですが)。

ペルーの人たちが仕事を始めていくための
オリエーテーション活動なんかもやりました。

そんな中で、私に声がかかりました。
「今度、豊橋派遣村というのをやるが、
 どうだ」と。

最初は、村長、つまりリーダーをやることになるとは
思っていませんでしたが、
結果としてそういう役割を果たすことになりました。

派遣村そのものは、
愛知派遣村実行委員会というものがあって、
ここ岡崎でも相談会をやりました。

知立でもやりました。
その仲間が一緒に集まり、
協力してくれた。
特に弁護士さんとか、法律家の方も協力して、
今ある状況の中で生きていく道を見つけられるよう
相談しようと、
取り組みがなされました。

みんなボランティアです。
お金はもらわずに集まってきました。
そしてその中で、
お医者さん、日本語教育にかかわる人、
もちろんみなさんのような労働組合の方も
相談会に加わりました。

その中で110件の相談があって、
ボランティアも入れると300人。
一日だけの相談村ができました。

実際にどういうことが
助けになったかと言いますと、
政府のやっているいろいろな資金援助とか、
ユニオンさんの協力による会社との交渉とか。
仕事がない、食べていくのに困っている相談に、
道を共にさがしてゆく活動です。
特に、生活保護ですね。
外国人も受けられるという道筋ができました。
(昔もあったけどとても難しかったのです)。

私が一緒に派遣村をする前に、
ホームレスの人を助けてくれと政府に言っても、
生活保護をなかなか受けさせてもらえませんでした。
派遣村をやる前に生活保護が受けられた人は、
病気で救急車で運ばれた人だけ。
「体が動く人は
 生活保護はダメです」という対応でした。

けれども「豊橋派遣村」として、
弁護士さんとかが協力してくださる中で、
市役所に行くと、
今までは難しかった人が
生活保護を受けられるようになりました。
食べるものもない、生きるか死ぬかという人に、
市役所がついに扉を開いてくれたのです。

豊橋派遣村では
アパートが用意されていました。
その日に約20人、
アパートに入ることができました。
これもとても助かりました。
アパートに入るには通常、
保証人が必要です。
私は、たくさんの人の保証人になっていて
大変です。
でもその時は、
保証人なしで入ることができました。
画期的なことでした。

これは、
どこでもすぐにできるかどうかはわかりません。
特別な協力者がいたからこそできたことです。
けれど、
どこでも、保証人なしで入れる住居があると
助かるな、と感じました。

今、岡崎に来て、
今から数年前、
派遣切りにあった男性と何人かの中学生が
ホームレスの女性を殺害した事件を
思い起こします。
その女性は
――亡くなられたのでいいでしょう――
花岡美代子さんという方です。
サマリア会で食事を分けたり、
一緒に勉強してきた仲間でした。

「住み込みの仕事あったらしたい。
 高島さん、何か仕事ないかね」と、
彼女は何度も言っていました。
でも、
「60を過ぎた女性の人が入れる
 住み込みの仕事は無いよ」と
私は言ってしまいました。
いつのまにか、彼女は岡崎に行って、
橋の下で暮らすようになりました。
彼女がなぜ殺されなければならなかったのか。
派遣切りにあった人が、
お金を出せと、ホームレスの人を殺したのです。

花岡さんは「お金がない」と断って
殺されてしまったけれど、
私は
「一人の死には意味がある」と思っています。
この死を無駄にしてはならないと思っています。

私は、
あそこで派遣村にかかわりながら、
ずっとその人のことを思っていました。

殺した人も30代でお金が無くなっていた。
ホームレスになりかけていました。
派遣会社を転々として、
ボーナスも退職金もない。
モノのように扱われつづけてきたこの人は、
他の人も人間扱いすることができませんでした。
その意味では、
この人も
社会のシステムの被害者だったのかもしれません。

豊橋派遣村という
大きなイベントをしたことが
大切なのではありません。
もっとこういう風に、
人がモノ扱いされてしまうような、
そういう、人権を無視していく
「元」があるように私には思えるのです。

本当にこれから実現されるべきは、
一人一人が直接雇用で
しっかりと生活が守られるような社会。
そんな社会に私たちはしてゆかなければなりません。
それこそが、
派遣村の課題なのだと思っています。

そのために一人ではできません。
ユニオンのように
日本人もブラジル人も、
社会の中でおかしいことはおかしいと言って、
社会の悪いところを
一緒になくしてゆきましょう。


【参考記事】
名古屋ふれあいユニオン、組合員全体会を開催
名古屋ふれあいユニオン、全体会開催


労働組合名古屋ふれあいユニオン
雇用形態や国籍に関わりなく、
愛知県下で働くすべての労働者が一人から加盟できる
地域労働組合(コミュニティユニオン)。
コミュニティユニオン全国ネットワーク
コミュニティユニオン東海ネットワークにも参加。
今年3月に開かれた第11回定期大会では、
連合産別・全国ユニオンへの加盟について討議するとする活動方針を採択。
日ごろから組合員の学習会や交流会・相談会などを
積極的に企画しながら活動している。
現在、組合員数約200名。
組合員は組合費月額1500円。
賛助会員(サポーター)は年会費5000円。
住所:〒460‐0024
    愛知県名古屋市中区正木4-8-8 メゾン金山711号室
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by imadegawatuusin | 2009-07-25 22:19 | 労働運動

東京新聞の取材を受ける。
テーマは
「非正規雇用労働者と住民票」。
衆議院総選挙を目前に控え、
にわかに注目されているらしい。

僕は、必ず自分の住んでいるところに
戸籍と住民票を移すことにしている。
もうずっとこうしてきたので、
自分では特段、
何か考えがあってやっているわけではない。

だが、
トヨタ自動車の期間工として
愛知県田原市に移り住んだとき、
ほとんどの期間従業員が
住所に住民票を移していないことに気付き、
驚いた。
市議会議員選挙などでも、
候補者はトヨタ労組に加盟する正社員に対しては
熱心にあいさつ回りを繰り広げるが、
期間従業員には目もくれない。
非正規雇用労働者が冷遇されるわけである。

もっとも、
非正規雇用労働者にも言い分はある。
住み込み形態で働く期間従業員や派遣社員は、
いつまでそこにいられるかわからない。
数ヶ月単位で住所を転々とさせられることも
珍しくはない。
しかも、
契約更新のかかる非正規雇用労働者は
そう簡単には休めない。
住民票の異動ができるのは平日だけだ。
実際僕も、
住所を変えたときの住民票の異動には
いつも苦労させられた。

また、
選挙といえば悔しかったこともある。
僕は、転居とほぼ同時に
必ず住民票を移すことにしているが、
トヨタ車体刈谷工場に派遣会社から赴任して
約3ヶ月後の刈谷市議会議員選挙に
投票ができなかったことがある。

住民票を移転して3ヶ月はそこにいないと、
選挙人名簿に名前が載らないというのだ。

それなら、
6ヶ月に1度転居を余儀なくされる
住み込み派遣労働者は
事実上、選挙権が50パーセントしかないのと
同じではないか。

今の選挙制度は、
一定期間で住居を転々とせざるを得ない
住み込み労働者の生活形態から
完全に遊離している。
せめて投票権のあるものが、
一人一人きちんと権利を行使して
この現状を打破することが必要だ。
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by imadegawatuusin | 2009-07-24 23:24 | 政治

――愛知労働局の立入調査入る!――

■「派遣」で勤続13年! 荒木ミツヒロさんの直接雇用を!
偽装請負・違法派遣の状態で、
13年にわたって働いてきたにもかかわらず、
日系ブラジル人労働者・荒木ミツヒロさんが
「雇い止め」された問題で、
これまで荒木さんの所属する
労働組合・名古屋ふれあいユニオンとの
話し合いを拒絶していた
中部イノアック株式会社(代表取締役社長:杉山芳雄)の
浜田信一総務部マネージャーが
22日、話し合いに応じると
ユニオンに電話で連絡してきた。

名古屋ふれあいユニオンは荒木さんが在職中の
6月30日に
中部イノアックに話し合いを求める書面を送ったが、
中部イノアックは7月7日、
話し合いを拒絶する書面を名古屋ふれあいユニオンに
送付してきた。
しかし7月9日、
荒木さんの件で愛知労働局が
中部イノアックに立入調査。
名古屋ふれあいユニオンが
中部イノアック名古屋営業所への抗議行動を
7月28日(火)に構えての
話し合いの開催と荒木さんの直接雇用を迫ったところ、
22日午後、
話し合いに応じるとの回答があった。
荒木さんの雇用問題に関する話し合いは、
7月25日(土)午前10時から、
名古屋市中区金山のホテルグランコート名古屋
1階喫茶店で行なわれる。

なお名古屋ふれあいユニオンは、
話し合いの開催を一定の前進と受け止めるものの、
荒木さんの雇用問題に
一定の解決の目処がつかない限り、
7月28日の抗議行動は予定通り決行するとしている。


7月28日(火)

早朝行動
7:20 春日井市総合体育館に集合
     (JR中央線「春日井駅」下車、
     名鉄バス「小牧駅」または「大草」・「パナソニックエコシステムズ」行き乗車、
      「総合体育館前」下車)
7:30 パナソニックエコシステムズ本社(春日井)工場前抗議行動

全体行動(早朝行動に参加できない人はここから)
11:00 パナソニックエコシステムズ当該、名古屋地裁提訴
      名古屋地裁前行動
      (地下鉄市役所駅・丸の内駅下車)
11:30 名古屋地裁で当該・労組記者会見
      昼食
13:30 宝不動産前抗議行動(不当解雇)
      (地下鉄伝馬町駅下車、名古屋市熱田区神宮4丁目6番16号)
15:00 中部イノアック名古屋営業所前抗議行動(偽装請負・違法派遣)
      (名古屋駅下車、名古屋市中村区名駅南2丁目13番4号)
16:00 エヌ・ティ・ティ・システム開発名古屋支店前抗議行動(偽装請負・不当解雇)
      (名古屋駅下車、名古屋市中村区名駅南1丁目16番28号)
16:30 トヨタ・ミッドランドスクエア前行動
      (名古屋駅前)


【参考記事】
勤続10年以上! 中部イノアックで派遣切り
中部イノアック荒木争議、円満解決


職場の理不尽を許さない、強く優しい地域労組の建設を!
愛知県下の未組織労働者は名古屋ふれあいユニオンに結集し、
全ての職場に人権労働運動の灯をともそう!



労働組合名古屋ふれあいユニオン
雇用形態や国籍に関わりなく、
愛知県下で働くすべての労働者が一人から加盟できる
地域労働組合(コミュニティユニオン)。
コミュニティユニオン全国ネットワーク
コミュニティユニオン東海ネットワークにも参加。
今年3月に開かれた第11回定期大会では、
連合産別・全国ユニオンへの加盟について討議するとする活動方針を採択。
日ごろから組合員の学習会や交流会・相談会などを
積極的に企画しながら活動している。
現在、組合員数約200名。
組合員は組合費月額1500円。
賛助会員(サポーター)は年会費5000円。
住所:〒460‐0024
    愛知県名古屋市中区正木4-8-8 メゾン金山711号室
    (JR・地下鉄・名鉄金山駅下車 名古屋ボストン美術館の向かい)
電話番号:052‐679‐3079(午前10時~午後6時)月~金
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by imadegawatuusin | 2009-07-23 23:12 | 労働運動

7月28日(火)、
愛知県内のコミュニティ・ユニオンが共同で
一日行動を取り組みます。

この日、2008年に大阪高裁で
松下(現パナソニック)プラズマディスプレイ
偽装請負訴訟勝利判決を勝ち取った
原告・吉岡力さん(なかまユニオン)をお招きし、
パナソニック総行動in愛知が行なわれます。
ここ愛知では、
春日井市に本社を置く
パナソニックエコシステムズ株式会社が
派遣労働者の職種偽装を行なって、
本来なら負うべき直接雇用の申込み義務を
免れようと画策し、
愛知労働局から3度にわたる是正指導が
行なわれております。

職種偽装のもとで本来の権利を奪われ、
解雇された労働者が、
私たちの地域の仲間である
愛知連帯ユニオンに加盟し、
闘っています。

愛知県内のコミュニティユニオンは7月28日、
パナソニック総行動in愛知に連帯し、
名古屋ふれあいユニオン
中部イノアック争議
管理職ユニオン東海
宝不動産争議への取り組みと併せ、
以下のスケジュールで一日統一行動を
行ないます。
愛知県に働く労働者および市民のみなさんの
圧倒的な結集を呼びかけます。
(途中参加も大歓迎です)。


7月28日(火)

早朝行動
7:20 春日井市総合体育館に集合
     (JR中央線「春日井駅」下車、
     名鉄バス「小牧駅」または「大草」・「パナソニックエコシステムズ」行き乗車、
      「総合体育館前」下車)
7:30 パナソニックエコシステムズ本社(春日井)工場前抗議行動

全体行動(早朝行動に参加できない人はここから)
11:00 パナソニックエコシステムズ当該、名古屋地裁提訴
      名古屋地裁前行動
      (地下鉄市役所駅・丸の内駅下車)
11:30 名古屋地裁で当該・労組記者会見
      昼食
13:30 宝不動産前抗議行動(不当解雇)
      (地下鉄伝馬町駅下車、名古屋市熱田区神宮4丁目6番16号)
15:00 中部イノアック名古屋営業所前抗議行動(偽装請負・違法派遣)
      (名古屋駅下車、名古屋市中村区名駅南2丁目13番4号)
16:00 エヌ・ティ・ティ・システム開発名古屋支店前抗議行動(偽装請負・不当解雇)
      (名古屋駅下車、名古屋市中村区名駅南1丁目16番28号)
16:30 トヨタ・ミッドランドスクエア前行動
      (名古屋駅前)


職場の理不尽を許さない、強く優しい地域労組の建設を!
愛知県下の未組織労働者は名古屋ふれあいユニオンに結集し、
全ての職場に人権労働運動の灯をともそう!



労働組合名古屋ふれあいユニオン
雇用形態や国籍に関わりなく、
愛知県下で働くすべての労働者が一人から加盟できる
地域労働組合(コミュニティユニオン)。
コミュニティユニオン全国ネットワーク
コミュニティユニオン東海ネットワークにも参加。
今年3月に開かれた第11回定期大会では、
「連合」産別・全国ユニオンへの加盟について討議するとする活動方針を採択。
日ごろから組合員の学習会や交流会・相談会などを
積極的に企画しながら活動している。
現在、組合員数約200名。
組合員は組合費月額1500円。
賛助会員(サポーター)は年会費5000円。
住所:〒460‐0024
    愛知県名古屋市中区正木4-8-8 メゾン金山711号室
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by imadegawatuusin | 2009-07-22 23:53 | 労働運動

7月19日、
愛知県東海市で
社会民主党党首・福島みずほさんを招き、
「『政治を変える』リレートーク」が開かれた。
サブメインスピーカーは、
衆議院・比例東海ブロックで
社会民主党から立候補予定の、
我が名古屋ふれあいユニオン元委員長・坂喜代子さん。
参加者は予想を大きく越える約150名で、
立ち見も出た。
社会民主党の底力を見た思いがする。

前回 社会民主党が
比例区東海ブロックで獲得した票数は
30万574票。
当選最低ラインは32万9097票だったから、
あと一息、
3万票弱が足りなかった計算だ。
東海ブロックの議席奪還に向けて、
いいスタートが切れたと思う。

福島みずほ党首は東海市の集会の後、
僕の住む名古屋市名東区でも講演。
こちらも予想を越える大入りで、
用意した資料がなくなっていた。

両方の集会で、
福島党首が口を酸っぱくして
繰り返したフレーズがある。
「自民党ではダメ。
 民主党ではあぶない。
 だから社民党」。

正論だ。
正論ではある。
が、
それならこうも言えてしまう危うさがある。
「自民党ではダメ。
 民主党ではあぶない。
 だから日本共産党」。

実際、東海市の集会では、
中日新聞半田支局の石井紀代美記者から
こう聞かれた。
「政策とか、ザッと見ると
 共産党とあまり違わない感じが
 するんですが……」。

もちろん、
社会民主党と共産党は違う。
全然違う。
そもそも科学的社会主義に立脚する共産党と
社会民主主義に立脚する社会民主党は
世界観が違うし、
被差別部落問題に対する考え方とか、
党内民主主義に対する考え方も
全く違う。
(こうして党首の発言に実名で、
 堂々とブログで疑問を呈することができるのは、
 僕が社会民主党の党員だからであり、
 民主集中制をとる日本共産党では
 そのようなことはありえない)。

が、
当面の具体的な政策を比較してみたとき、
実際「大して変わらない」のは事実である。
世界観の違いがどうとか、
党内民主主義がどうのこうのとかいうのは、
極端に言えば党外一般の選挙民にとっては
直接関係のない「内輪の話」でしかない。

では、『さしあたって』何が違うのか。
僕は、選挙後の、
民主党を中心とする政権交代に対する
態度であると思う。

社会民主党は政権交代勢力の
一員である。
衆議院総選挙の結果、
今の野党が多数を占めたあかつきには、
民主党との連立協議に加わることが
すでに決定している。
社会民主党は
「自民党政権にNo!
 政権交代の実現を!」と求める
国民の声をしっかりと受け止めることのできる
政党だ。
総選挙後も「確かな野党」に
留まることを決定している日本共産党とは
ここが最も違うのだ。

ならば、党首はこう言うべきではないのだろうか。
「自民党ではダメ。
 民主党『だけ』ではあぶない。
 だから社会民主党」と。


【参考記事】
社民党:比例東海に坂喜代子さん擁立
社民党:坂喜代子さん、東海比例で出馬会見
衆議院総選挙への態度表明
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by imadegawatuusin | 2009-07-21 23:17 | 労働運動

――名古屋ユニオン運動の大先輩・葉山嘉樹――

■「社民系」だからダメ!?
今月の名古屋ふれあいユニオン機関紙・
『NFUふれあい通信』(No.115)には、
プロレタリア文学の傑作短編・
「セメント樽の中の手紙」(葉山嘉樹)の書評が
載っています。
書評を書いたのは
組合員の「マルさの女」さん。
実はこの書評、
さる左翼団体の機関紙に投稿したところ、
「葉山嘉樹は戦前いわゆる『社民系』の作家として
 評価されてきました」として掲載を拒絶する手紙が
送られてきたという いわく付きの書評です。

その左翼団体からの手紙の最後は、
小林多喜二は葉山らの社民派とは一線をかくして
 作家活動つづけています。
 その意味あいからも
 『蟹工船』に挑戦してほしいと思います」と
締めくくられていたといいます。
しかし、
そのような態度はそもそも、
その左翼団体が奉る『蟹工船』で有名な小林多喜二の態度から
最も遠いものであるはずです。

もともと博愛主義的な「白樺派」という文学グループの
作家・志賀直哉の大ファンであった小林多喜二は、
葉山嘉樹(よしき)の短編集・『淫売婦』を読んだことがきっかけで
プロレタリア文学(労働者文学)へと
転身することになりました。
小林多喜二は1926(大正15)年9月14日の日記に、
友人から『淫売婦』を借りて読んだことは
「記念すべき出来事」であり、
「『淫売婦』の一巻はどんな意味に於ても、
 自分にはグアン!と来た」、
「志賀直哉のばかりが
 絶対な表現ではない」と記しているといいます
(浦西和彦「解説 葉山嘉樹――人と作品」葉山嘉樹『セメント樽の中の手紙』170~171ページ、角川文庫)。

そして、
小林多喜二が「戦旗」派(共産主義系)、
葉山嘉樹が「文芸戦線」派(社会民主主義系)と
政治的立場が対立したときも、
小林多喜二は葉山嘉樹に宛てた手紙の中で、
「今、不幸にして、
 お互に、政治上の立場を異にしていますが、
 ――貴方がマキシム・ゴーリキーによって
 洗礼を受けたのと同じように、
 私は、
 貴方の優れた作品によって、
 『胸』から生き返ったと云っていゝのです。
 ……
 云うならば、
 私を本当に育ててくれた作品は
 『戦旗』の人達のどの作品でもなくて、
 実に貴方の作品……でした」と
書いているのです
(『小林多喜二全集』第7巻収録、1929年1月15日書簡)。
小林多喜二は冒頭の左翼団体のような、
『葉山嘉樹は社民系だからダメ』といった類の
単純な了見の狭さは
一切持ち合わせていませんでした。
むしろ、
自分の仲間である共産党系の「戦旗」派の作家の作品より、
社民系の葉山嘉樹の作品こそが、
自分を育ててくれたのだとまで言っているのです。

■名古屋における個人加盟制労組の創設者
葉山嘉樹は1920(大正9)年、
名古屋のセメント会社で働き始めました。
この工場で翌年、
仲間が労災事故で死亡した際
(もちろん、
 この出来事こそが『セメント樽の中の手紙』の
 モデルとなっています)、
遺族への見舞金増額を要求。
労働組合を結成しようとして解雇されてしまいます。
これをきっかけに葉山は、
一人から入れる地域の労働組合(今でいうユニオン)である
「名古屋労働者協会」を設立して
1922年(大正11年)、執行委員長に就任。
テレビタレント・みのもんたさんが
大株主を務めていることで知られる
愛知時計電機の労働争議を指導して、
名古屋刑務所にぶち込まれたりもしています。

この名古屋に、
コミュニティユニオンが戦前からあったと聞くと、
驚く人も多いかもしれません。
しかし実は、
企業別労働組合は戦後になって
ようやく主流となったのであって、
元々日本の労働組合運動は、
地域別・産業別のユニオン運動が
ずっと牽引してきたのです。
葉山嘉樹は、
私たち名古屋コミュニティユニオン運動の
大先輩にあたります。

葉山嘉樹の作品は、
忙しい労働者にも手軽に読めるよう、
非常に短くまとめられています。
中でも「セメント樽の中の手紙」は
文庫でわずか6ページ。
ぜひ一度、
あなたもチャレンジしてください。


以下に、
『NFUふれあい通信』(No.115)に掲載された
「マルさの女」さんの「書評:『セメント樽の中の手紙』」を
転載します。


派遣社員になってから3年余り。
ついに来ました、派遣切り。
この5月で無職になりました。
とりあえず住む所とお金は何とかなりそうなものの
先の読めない状況に変わりはなく
節約生活は続きます。
お陰で図書館通いは習慣になりました。

ユニオンに加入したのは
派遣元からの不当労働行為がきっかけです。
知り合いに
相談出来そうな団体を教えて貰いました。
たった1回の交渉で解決しました。

閉塞感を持て余す日々、
心に風穴は開いたものの
Eメール通信のやり方も解らない、
当然インターネットなんて夢の又夢、
首都圏で行なわれたという
六本木ヒルズでの鍋の会のようなゲリラ的な行動も
面白いなあ、と思いつつも
時代から取り残されているような感覚は
変わりません。

だけど時代は大きく動いていたのです。

「蟹工船」が「カニコー」と呼ばれ、
劇画化され本が出版され、
マルクス等の文献が拡く受け容れられている、
とか。
そこで改めて
プロレタリア文学、文献やエッセイ、論文等を
さらってみる事にしました。

まず短編から。

「セメント樽の中の手紙」 作 葉山嘉樹

主人公・松戸は
発電所の建設に携わる労働者、
作業内容はセメントあけだそうです。
場所は恵郡山の山中で
時代は大正中期でしょう。
作中では松戸は機械に仕えるが如くの労働ですが
収入は家族を養うにも足らない、
じきに何人目かの子供が
生まれるという状況です。
これは
今の時代の労働状況と重なるでしょう。

この松戸が作業中にセメント樽の中から
木箱を見つける。
作業が終わってから箱を開けてみたところ、
中には手紙が入っています。
差出人はセメント製造の女工から――

内容は
彼女の恋人が労災に遭って死んだ、
死に方があまりに残酷です。
その恋人は
同じ会社で
破砕機へ石を入れる仕事をしており、
作業中に破砕機の中に体ごと
はまってしまった。

ここで私が思い出したのが
つい最近出会った
ブラジル人の婦人労働者の事です。
彼女は弁当の工場で
ライン作業に従事していました。
おにぎり製造のラインで
誤って左人差指の先を
落としてしまったのです。
検査の段階で指先は
おにぎりの具の様な状態で
見つかったそうです。
機械は残酷です。
針などの異物は検知出来ても
生身の体は検知できません。
会社もまた
冷酷に対処しようとしたのでしょう。

ユニオンに相談を持ちかけずにいたら、
治療費は自己負担を強いられる事は
必定です。

話を元に戻しましょう。

体がはまってその後どうなったのか。
仲間が救出しようとしたものの
無慈悲にも
石と共に沈んでいきます。
生きながら石と共に砕かれる時、
彼は何を思ったのか。
その時その場に居た人は
苦悶の声を聞きながら何を思ったのか。
人の身体がセメントになるくだりは
ほんの5行ですが
今回だけは20回は読んでしまいました。

「そうして焼かれて
 立派にセメントになりました」 作中より


主人公があけたセメントに
元は人の身体だった物が混ざっています。
砂状の物に骨片や肉片が混ざっている。
手紙では
読み手に恋人を失った悲しみを表し、
セメントを使ってくれるな、と
訴えながらも思い直し、
故人に対する信頼、愛情を綴り、
手紙の最後に
連絡を下さい、といった内容で結んでいます。

その後で
松戸の家庭の様子の描写で終わります。

何回も飽きずに読み返しながらも
気付いた所もあります。
セメント製造の過程は
そのまま今の時代の労働者の生活も
示している様にも思えます。

’90年代派遣法が施行されてから
段階を追ってあらゆる分野に拡がりをみせました。
私が正社員として働いていた所でも
ブラジル人労働者が増えていき、
日本人、中国人などもいたし、
私自身も派遣労働者になりました。

作中では大きな石が砂の様になって
セメントが出来上がる。
犠牲者の肉や骨はそのまま
この世の中の仕組みに
気付かされた人なのでは?とも思います。
手紙の中で女工は恋人の事を
「きっとそれ相当な働きをします」と
書いています。

作中では松戸自身は
特に意識が高いわけでもなく、
生活も変わらない。
けども最後に言う言葉に
主人公がこの先どう変わるか、
変わらざるを得ないのではないか、と
思えてなりません。
何を言ったのか
それは本作を読んでみて下さい。
(マルさの女)


【参考記事】
『蟹工船』ブーム!? で『中日新聞』にコメント
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by imadegawatuusin | 2009-07-20 20:58 | 文芸

――労組からの話し合い提案を拒絶!――

■製造業への派遣解禁以前から「派遣社員」
ウレタン大手・イノアックコーポレーションの子会社である
中部イノアック株式会社(代表取締役社長:杉山芳雄)で
10年以上勤務し続けた
日系ブラジル人派遣社員・荒木ミツヒロさんは
今年6月30日、
「派遣切り」を受けて退職に追い込まれた。
荒木さんの加盟する地域の個人加盟制労働組合は、
10年以上にわたって
中部イノアックに貢献してきた荒木さんを、
法に基づき直接雇用するよう求めている。

荒木さんは
製造業への労働者派遣が禁止されていた
1996年5月から、
愛知県刈谷市に本社を置く
アウトソーシング会社を通じて
中部イノアックの前身・
名古屋カラーフォーム株式会社の
福釜工場製造3課で働きはじめた。
当時 名古屋カラーフォーム(以下、中部イノアック)では、
花王の清掃具の部品をつくるラインが立ち上がり、
荒木さんは就業開始直後に
ラインの「リーダー」とされた。
しかしながら「リーダー」とはあくまで、
中部イノアックがアウトソーシング会社との関係を
「請負」であるかのように偽装するために
でっち上げたものであり、
入社したばかりの荒木さんが
自らの判断で
「部下」に指揮命令をしていたのではない。
荒木さんには日本語能力があったため、
他の日系ブラジル人労働者に
中部イノアックの従業員の指示を
伝えることができたにすぎず、
実態は「通訳兼労働者」とでもいうべきものだった。

荒木さんはこの際、
アウトソーシング会社との間で
雇用契約書もかわしていなかった。
当時は製造業への労働者派遣は禁止されており、
荒木さんは当初から
職業安定法で禁止されている、
「労働者を他人の指揮命令を受けて
 労働に従事させる」労働者供給の状態で
働かされてきたのである。

荒木さんは1997年6月まで
こうした業務に従事し、
同年7月にブラジルに一時帰国したが、
その翌月・1997年8月に
再び同じアウトソーシング会社から
中部イノアック福釜工場で
ユニチャームのオムツカバーのウレタン製品を
作る作業に従事。
1998年7月からは、
福釜工場製造3課のOA加工室で
検査の仕事に従事した。
2001年4月ごろからは、
様々な業務を覚えて
福釜工場内でいろいろな仕事に応援に行き、
2001年5月から
再び福釜工場OA加工室で、
検査の仕事に従事した。

そして荒木さんは
これまた製造業に
労働者派遣が解禁される以前の
2002年6月から、
現在の職場である
中部イノアック福釜工場製造2課1係に移り、
今年6月30日まで
製品のプレスや出荷の仕事に従事してきた。
この間、
荒木さんは一貫して
中部イノアック従業員の指揮命令下で
働いている。
荒木さんは中部イノアックの指揮命令のもと、
同一部署にて同種の作業に、
現在の労働者派遣法に照らしても
派遣可能期間である3年を超えて
従事してきたことになる。

そもそも「派遣先」が
期間制限を超えて受け入れていた「派遣労働者」に対し、
労働者派遣法に従って
直接雇用の申込みの勧告を
厚生労働省が行なう場合は、
厚生労働省の作成した
労働者派遣事業関係業務取扱要領によれば、
「指導又は助言、勧告」すべき内容として
「期間の定めなき雇用」と
定められており(取扱要領248ページ)、
勧告書の書式例にも
「期間の定めなく雇用するよう」と
明記されている(取扱要領250ページ)。

■労組との話し合いも拒絶!
荒木さんの加盟する
愛知県の個人加盟制労働組合・
名古屋ふれあいユニオンは、
製造業への労働者派遣解禁前から、
現在の労働者派遣法の規定をも超えて10年以上、
事実上の「派遣社員」として就業してきた荒木さんを
直接・正規雇用するよう
中部イノアックに話し合いの開催を求めた。
荒木さんがまさに中部イノアックを追われた
6月30日のことである
(同日中に、
 愛知労働局にも中部イノアックと派遣会社の
 違法行為を申告)。

それに対して中部イノアックは7月7日、
労働者派遣法違反の指摘や偽装請負の指摘に対しては
一言の釈明もしないまま、
「当社の経営状況は大変に厳しいものがあり、
 沢山の余剰人員を抱えており、
 その対応に苦慮いたしている」、
「いかなる形であっても 
 労働者の新規雇用は到底できないという
 苦しい経営状態」、
「貴殿とのお話し合いを持たせていただいたとしても
 (筆者注:労働組合が話し合いを申し入れているのに
  「貴殿」?)、
 貴殿のご要求にはお答えすることはできませんので、
 貴殿とのお話し合いの件はお断り」、
「荷電や面談申し入れは
 一切お断りさせていただきます」との回答を、
代表取締役社長・杉山芳雄氏ではなく、
総務部マネージャー・浜田真一氏の名で
送り付けてきたのである。

「労働者の新規雇用は到底できない」などというが、
全く新しい労働者を
採用しろと言っているのではない。
当初は偽装請負という
許されない雇用形態で労働者を受け入れ、
現在の労働者派遣法に照らしても
法律を守っているならば
すでに直接雇用をしていなければならない労働者を
クビにしたのであるから、
おかしいではないかと指摘しているのである。
それをどうして頭から、
話し合いのテーブルにすら着かずに
逃げ回ろうというのだろうか。
法律に照らせば、
本来直接雇用されているべき労働者を、
どうしても直接雇用できないというのであれば、
まずは
「今まで、違法な働かせ方をしてきて悪かった」と
頭を下げて謝罪して、
「苦しい経営状態」とやらを
具体的な経理資料を示して
荒木さんの直接雇用が不可能なまでの状態であることを
立証し、
荒木さんや労働組合に
何とか理解を求めようとするのが筋である。
それを、
これまで長年偽装請負をやってきたことや、
その結果として荒木さんの直接雇用を
怠ったことにほっかむりをして、
ただ「無理だから無理」と居直るのは許されない。

荒木さんの所属する労働組合・
名古屋ふれあいユニオンは6月28日(火)、
名古屋市中村区にある
中部イノアック名古屋営業部周辺で抗議行動を行ない、
改めて中部イノアックに対し、
交渉のテーブルに着くよう申し入れを行なうとしている。
(インターネット新聞「JANJAN」7月18日記事に
 加筆転載)


【参考記事】
中部イノアックが交渉応諾!
中部イノアック荒木争議、円満解決


職場の理不尽を許さない、強く優しい地域労組の建設を!
愛知県下の未組織労働者は名古屋ふれあいユニオンに結集し、
全ての職場に人権労働運動の灯をともそう!



労働組合名古屋ふれあいユニオン
雇用形態や国籍に関わりなく、
愛知県下で働くすべての労働者が一人から加盟できる
地域労働組合(コミュニティユニオン)。
コミュニティユニオン全国ネットワーク
コミュニティユニオン東海ネットワークにも参加。
今年3月に開かれた第11回定期大会では、
連合産別・全国ユニオンへの加盟について討議するとする活動方針を採択。
日ごろから組合員の学習会や交流会・相談会などを
積極的に企画しながら活動している。
現在、組合員数約200名。
組合員は組合費月額1500円。
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by imadegawatuusin | 2009-07-19 20:09 | 労働運動

最近、頭の調子が明らかにおかしい。
今日は朝からユニオンの事務所の鍵をなくした。
この1ヶ月の間に
携帯電話を2つなくし、
挙げ句の果てには
そのことを届け出た警察署の紛失届までも
なくしてしまった。
(おかげで携帯電話の紛失補償保険の手続きに
 手こずらされた)。

そして極めつけは、
電車に乗ったとき、
目的地でおりられない、という事件を
何度も繰り返しているということだ。
今日は東別院の女性会館で開かれる
「明日のユニオン委員会」に出席するため、
僕はユニオンの事務所のある金山駅から
地下鉄に乗った。
気がついた時、
僕は東別院駅を通り過ぎ、
上前津駅まで行ってしまっていた。
あわてて電車を降りる。
そして、
いま来た地下鉄名城線をさかのぼるため、
反対側ホームに向かったのであるが……、
気がついた時には駅の改札を外に出ていた。
なぜだ!?
反対側ホームに
向かったはずではなかったのか!?

あわてて改札に入り直し、
反対側ホームへと直行。
金山方面行きの電車に乗ったところ……、
降りた駅はやはり「金山」だったのだ。
「振り出しに戻る」である。

この間、
僕は一切眠っていない。
「東別院~東別院~」というアナウンスを、
行きも帰りも聞いていた。
けれど、
「そこで降りる」ということを
一度ならず二度までも
忘れてしまっていたのである。

先日、
所用で大阪に行った際など、
帰りの新幹線で「名古屋」で降りられず、
結局横浜まで行って帰ってきた。
そのとき、
携帯電話までなくしてしまったという
おまけ付きだ。
どうなっているのか。

もともと、
物忘れの激しい人間であることは
自覚していたつもりだ。
が、
この一ヶ月ほどの有り様は
尋常ではない。
一つ一つの立ち居振る舞いに慎重に、
意識的な行動を心がけたい。


【参考記事】
またまた駅で降りられない!
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by imadegawatuusin | 2009-07-17 23:36 | 雑記帳