――社会のひずみと向きあう医師・杉浦裕氏を招いて――
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愛知県の個人加盟制労働組合・名古屋ふれあいユニオン
(「コミュニティ・ユニオン全国ネットワーク」加盟)は、
8月27日に名古屋市中区の「女性会館」で
組合員全体会を約50人の参加で開催した。
組合員全体会は、
年1回開催される大会と大会の間に、
組合の現状を組合員に報告し、
組合員同士の交流をはかる場として位置づけられている。
今回は、
名古屋の寄せ場・笹島で
日雇労働者や野宿労働者の診療にあたり、
労災・職業病患者の救済にも尽力してきた杉浦裕医師が
講師として招かれ、
「これからのユニオンにのぞむこと」という題で
講演をした。

■「マイナーでも『未来のメジャー』追求を」

杉浦医師は、
医学生時代に参加した「慈恵医大労災職業病闘争」が
その後の活動の原点になったと振り返る。
「東京東部は戦前から、
 労働者出身の日本共産党書記長・渡辺政之輔が
 出たような、
 労働運動が強い地域。
 医療現場における労災で
 解雇されてしまった労働者の支援が
 そうした伝統の中で、
 地域の労働組合や争議団を巻き込んで
 大きな共闘で取り組まれていた。
 100人とか300人とかの規模の門前集会もあったし、
 労働者が解雇された職場に出向き就労を求める
 『就労闘争』も
 週1回のペースで取り組んだ。
 最終的にはかなわなかったが、
 労使の力関係を変えて職場に戻る、
 職場に戻ってさらに職場を変えていくんだという
 『現職復帰へのこだわり』に
 学ぶところは大きかった」。

「東京に骨を埋めるつもりだった」という杉浦医師だが
1995年、
「親が病気になって
 ほっとけない状態になった」ことを受けて
名古屋に帰り、
実家の内科・小児科を継いだ。
以来、
日雇労働者や野宿労働者を支援する
「笹島診療所」の活動に参加。
名古屋ふれあいユニオンと連携しての
「名古屋労災職業病研究会」の創設にも尽力し、
今に至る。

杉浦医師は今、
重い胃ガンと闘っている。
「余命数ヶ月と医者に宣告されてもう2年。
 もうすぐ死ぬ、もうすぐ死ぬと言ってきて、
 そろそろオオカミ少年と思われている」
と笑う杉浦医師だが、
1年前と比べても明らかに頬がやせこけ、
体の衰弱は隠しようがない。

そんな杉浦医師はまた、
名古屋ふれあいユニオンを創設から現在に至るまで
物心両面で支え続けてきたサポーターでもあった。
そんな立場から杉浦医師は、
これからのユニオン運動について
注文をつけたいことがあるという。
「個人加盟制のユニオン運動は、
 どうしても『メジャー』ではないために、
 斜めに構えてものを見たり、
 被害者意識が先に立ったりしがちな欠点がある。
 自分だけが割を食っているという
 被害者意識だけから出発すると、
 運動の阻害要因になることもある」というのである。

「最初は『被害者意識』から出発するにしても、
 どこかでそれを乗り越えていかないといけない。
 自分一人だけの問題としてではなく、
 そういうものを生み出している
 全体構造に関心を向けて、
 運動をつなげていくことが必要だ」。
そう語る杉浦医師は、
自らも携わってきたアスベスト全面禁止運動の歴史を
振り返る。
杉浦医師らのグループは1980年代から、
アスベスト(石綿)が原因の労働災害患者を支援し、
アスベストの危険性を指摘して
「ノンアス社会」を提唱してきた。
1992年にはアスベスト規制法案が国会に上程されたが、
業界の圧力もあって潰されてしまう。
「それでもやっぱりノンアスが世界的な流れなんだと
 訴え続けてきた。
 私たちの仲間が
 アスベスト被害者の掘り起こしを行なう中で、
 『クボタの工場の周辺にはガンが多い』ということが
 明らかになった。
 そこから世論の論調もガラッと変わり、
 国も全面禁止に動いていく」。
2004年のいわゆる「クボタショック」である。

「そこに到るまでには、
 被害者を巻き込んだ20年以上の蓄積、
 積み上げがあった。
 それがあってはじめてクボタショックにつながった」と
杉浦医師は言う。
「最初は『アスベスト』なんて言っても
 誰も知らないところから、
 20年以上 コツコツ、コツコツやって、
 やっとメジャーになった。
 今はマイナーであっても
 自分たちの活動は理念的には正当であるし、
 5年後、10年後、50年後には多数派になって
 世界のルールになるんだという自信を持つ。
 ユニオン運動においても、
 そういった姿勢が非常に大切だ」と言うのである。

「理念だけがあっても組織がないと続かない。
 金がなければうまくいかない。
 組織とは、
 数でもあるし継続性でもある。
 かっこいいことを言ってても、
 組織をつくっていかないと継続性もないし、
 問題解決能力もつかない」という杉浦医師は、
「だからこそみなさんも、
 少なくとも仕事のある間は組合員として
 ユニオンを支え続けてほしい。
 私も以前は組合員だったが、
 (病院の)経営者だということで
 組合を辞めなければならなくなった。
 けれど、
 今は経営者を引退して再び一労働者だ。
 もう一度ユニオンの組合員にしてもらって、
 最後までみなさんと一緒にがんばらせてほしい」。
病身をおしてユニオンを叱咤激励し、
ユニオン再加入を宣言した杉浦医師に
会場からは大きな拍手が寄せられた。

■相互支援・連携強化を確認

その後、
休憩を挟んで自らの案件を解決した7人が
解決報告を行なった。
そして、
名港陸運分会や玉葉会分会をはじめ、
現在取り組みが続いている組合員らから
報告や支援要請が相次ぎ、
相互支援の大切さと連携の強化が訴えられた。

ユニオン運営委員会からは活動報告や会計報告の後、
特別報告として「脱原発」の方針が提起された。
9月19日午後1時30分から白川公園で開催される
「9.19さよなら原発
 1000万人アクションinあいち」への参加や、
大江健三郎ら文化人が呼びかける
「脱原発1000万人署名」への協力が呼びかけられ、
参加者らは拍手でこれに応えた。

すべての くにの はたらたみは、
むすがろう! 


労働組合名古屋ふれあいユニオン
雇用形態や国籍に関わりなく、
愛知県下で働くすべての労働者が一人から加盟できる
地域労働組合(コミュニティユニオン)。
「コミュニティ・ユニオン全国ネットワーク」加盟。
「コミュニティ・ユニオン東海ネットワーク」事務局団体。
日ごろから組合員の学習会や交流会などを
積極的に企画しながら活動している。
現在、組合員数約200名。
組合員は組合費月額1500円。
賛助会員(サポーター)は年会費5000円。
住所:〒460‐0024
 愛知県名古屋市中区正木4-8-8 メゾン金山303号室
    (JR・地下鉄・名鉄金山駅下車 名古屋ボストン美術館の向かい)
電話番号:052‐679‐3079(午前10時~午後6時)月~金
ファックス:052‐679‐3080
電子メール:fureai@abox.so-net.ne.jp
郵便振替 00800‐8‐126554
ホームページ
http://homepage3.nifty.com/fureai-union/


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by imadegawatuusin | 2011-08-30 19:44 | 労働運動

――組合員全体会で発表――
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■9.19脱原発行動参加や1000万人署名を呼び掛け

愛知県の個人加盟労組・名古屋ふれあいユニオンは
8月27日に組合員全体会を開催し、
9月19日(敬老の日)午後1時30分から
白川公園で開催される
「9.19さよなら原発
 1000万人アクションinあいち」への参加や、
大江健三郎ら文化人が呼びかける
「脱原発1000万人署名」に取り組む方針を
明らかにした。

名古屋ふれあいユニオンはこれまでにも、
7月30日に原発問題の公開学習会を開催し、
組合員らの問題意識を高める活動を行なってきた。

全体会でユニオンの運営委員会は組合員らを前に、
「脱原発を目指す集会に参加し、
 みんなで声を上げよう! 
 9・19脱原発集会・1000万人署名に
 ともにとりくもう!」などと呼びかけ、
会場からは大きな拍手が沸き起こった。

以下は、
名古屋ふれあいユニオン運営委員会による呼びかけ文である。

公開学習会の成功にふまえ
脱原発を目指す集会に参加し、みんなで声を上げよう! 
9・19脱原発集会・1000万人署名にともにとりくもう! 


組合員の皆さん。
労働者市民の皆さん。
3月11日に東北を襲った大地震に伴い
福島第一原発で起こった大事故は、
今も、
炉心融解・水素爆発によって終息困難な状態が続き、
放射性物質も排出され続けています。

これによる放射能被害は、
事故対処に当たる労働者に被曝を、
周辺住民に先の見えない生活を強い、
そして
日本中から世界までまき散らされた
放射性物質による汚染は、
人々に恐怖をもたらし、
とりわけ女性や子供への深刻な影響が懸念されています。

この大事故を通じて、
政府と電力会社の進めてきた原発推進政策を、
このまま続けていてよいのかという声は高まり、
浜岡原発停止に続き、
点検中の原発の再稼働の停止、
ひいては原発を廃止する方向を目指した運動も
広がりつつあります。

とりわけ、
内橋克人、澤地久枝、鎌田慧ら
9人の文化人の方々が呼びかけた
「9.19さよなら原発集会」と
「さよなら原発1000万人署名」の取り組みは
その頂点をなすものです。

署名は
1.新規原発建設計画の中止 
2.既存原発の計画的廃止 
3.一番危険な「もんじゅ」と再処理工場の廃止
を目標にしたものです。

この呼びかけに、
労働組合を含む多くの団体・個人が賛同しつつあり、
愛知など東海地方各県でも
集会などが予定されています。

私たち名古屋ふれあいユニオンは、
この福島第一原発事故が、
労働者・市民に多くの被害をもたらしている
深刻な事態であることから、
7月30日に
河田昌東さん(チェルノブイリ救援中部)をお招きして
公開学習会を催し、
組合員をはじめ多くの方々の参加により
大成功させてきました。

この成功にふまえ、
私たち運営委員会は、
原発を再検討し、
脱原発の方向を模索していくため、
上記の取り組みに賛同し参加していくことを、
組合員の皆さん、
そして広範な方々に訴えたいと思います。

みなさん、
福島第一原発事故がもたらしつつあるものを、
見過ごすことなく、
現在と未来のために行動していこうではありませんか。

2011年 8月27日 
名古屋ふれあいユニオン 運営委員会

集会案内
「9.19さよなら原発1000万人アクションinあいち」
日程  2011年9月19日(月・祝)
会場  名古屋 白川公園(地下鉄伏見駅徒歩5分)
集合  午後1時半
出発  午後2時半
主催: 『9.19さよなら原発inあいち』実行委員会
メール:mirai.tokainet@gmail.com
電話:050-3500-2887
ホームページ http://blog.goo.ne.jp/611aichi

かく人類じんるい共存きょうぞんできない。
人類じんるいきねばなりません。
ノー モア ヒロシマ! 
ノー モア ナガサキ! 
ノー モア フクシマ! 
ノー モア ヒバクシャ! 


労働組合名古屋ふれあいユニオン
雇用形態や国籍に関わりなく、
愛知県下で働くすべての労働者が一人から加盟できる
地域労働組合(コミュニティユニオン)。
「コミュニティ・ユニオン全国ネットワーク」加盟。
「コミュニティ・ユニオン東海ネットワーク」事務局団体。
日ごろから組合員の学習会や交流会などを
積極的に企画しながら活動している。
現在、組合員数約200名。
組合員は組合費月額1500円。
賛助会員(サポーター)は年会費5000円。
住所:〒460‐0024
 愛知県名古屋市中区正木4-8-8 メゾン金山303号室
    (JR・地下鉄・名鉄金山駅下車 名古屋ボストン美術館の向かい)
電話番号:052‐679‐3079(午前10時~午後6時)月~金
ファックス:052‐679‐3080
電子メール:fureai@abox.so-net.ne.jp
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by imadegawatuusin | 2011-08-29 19:36 | 環境

――民主党代表選に思う――

■5氏、きょう立候補

筆者はこれまで一貫して、
菅内閣を支持してきた。
仮に菅首相を引き摺り下ろした場合、
菅直人より革新的・進歩的な政治姿勢の首相が
民主党から出てくるとは到底思えなかったからである。

市民運動出身で、
社民連で初当選、
現在も江田五月のグループに所属する菅直人は、
「保守かリベラルか」で分類すれば
間違いなくリベラルな政治姿勢の持ち主だった。
東海地震の想定震源域の真上にある浜岡原発の停止を
要請した菅首相の決断は、
その後、
「脱原発」を具体的な政治の焦点にまで押し上げる
大きなきっかけとなったことは間違いない。

それに対して本日、
後継の民主党代表選に立候補した五人はどうか。

自民党出身の鹿野氏は論外として、
松下政経塾出身の前原氏や野田氏も
間違いなく保守系の議員である。
馬淵氏も野田グループに一時所属していたというから、
保守かリベラルかといえば保守派だと思う。

かろうじて「リベラル」に分類できなくはないのは、
「市民リーグ」出身の海江田万里氏くらいだろうか。
しかし報道を見る限り、
小沢氏の影がちらつくのは気になる。
いずれにしても「菅よりまし」には全く見えない。

しかしながら、
この5人の中から
「次の首相」を選ばなければならないことも事実である。
朝日新聞8月27日の夕刊に掲載された
「候補者5氏の公約」や「推薦人名簿」などを頼りに、
検討をしてゆきたい。

■無原則な「大連立」には反対!

5人のうち、
失礼だが鹿野氏は論外だと思う。
「原発事故による避難者の早期復帰に向け、
 子どもや妊娠中の女性を最優先に
 放射能対策を推進する」とか
「地域経済活性化のため、
 6次産業化を通じて農林漁業を発展させる」
などというのは
「スローガン」ではあっても「公約」ではなかろう。
具体的でないのはもちろん、
政治の方向性を示すものとさえ言えない。
「子どもや妊娠中の女性を最優先に」した
「放射能対策」とは何なのか。
それを明らかにしてもらわないことには
検討のしようもない。
(子どもや妊婦に限って
 「自主疎開」した場合にも補助金を出す、とか?
 しかしだとすれば、
 「原発事故による避難者の早期復帰に向け」
 という枕詞と矛盾する。
 除染対策などについて言っているのなら、
 相手は人ではなく土壌であって、
 「子どもや妊娠中の女性を最優先に」行なうことなど
 できないはずだ。
 あるいは学校とか病院を優先して
 除染するという意味なのか?)

残る4人の公約を見ると、
野党との距離の取り方について、
候補者間で明らかな違いが見受けられる。
前原氏が
「各党政策協議会設置など
 与野党の信頼関係を構築する」、
野田氏が
「与野党間で対話を進める」といった主張を
行なっているのに対し、
海江田氏・馬淵氏は
あくまで自らの理念や考えを語っている。
野党(主として自民党)とのいわゆる「大連立」に
積極的な前原・野田氏に対し、
懐疑的な海江田氏・馬淵氏という構図が浮かび上がる。

私は、
いわゆる「大連立」には反対である。
衆院選で中心となる小選挙区制のもとでは、
私たち選挙民は事実上、
第一党と第二党、
すなわち「自民党か民主党か」という選択肢しか
与えられない。
その第一党と第二党が手を組んで
連立政権を樹立してしまうのであれば、
何の選挙をしたのかさっぱりわからなくなってしまう。

「国難のおり、力をあわせるべきだ」というような
もっともらしい主張もあるようだ。
だが、
力を合わせてことにあたるべきは
政府をはじめとする行政機関などである。
国会においてはむしろ、
意見の違う政党はそれぞれ自らの主張を鮮明にして
よりよい復興の方策を国民の前で討議することこそが
本来のあり方ではないのか。
国会議員の仕事はまさに「議論をすること」であり、
具体的な仕事を一緒に現場ですることではない。
意見が違うのであれば「力をあわせる」のではなく、
「意見を闘わせる」べきなのである。

そして「力をあわせる」べき内閣は、
意見の隔たりのあるもの同士の大連立でなく、
意見の近い勢力が寄り集まってつくるべきである。
もし参議院での与党の「過半数割れ」を補う、
いわゆる「ねじれ対策」を考えるのなら、
先の選挙の際の原点に立ち戻り、
自民党ではなく、
社民党との協力関係の再構築をこそ追求すべきだ
(民主・国民新党に社民党の議席を合わせれば、
 参議院で法案が否決されても
 衆議院での再可決が可能となる)。

■「脱原発」でも各候補に違い

では、
「大連立」に否定的な海江田氏と馬渕氏について
見てゆきたい。
世間では「原発推進派」と目されてきた海江田氏だが、
「公約」では
「20年代初頭までに原発依存度を20%以下に。
 原発の新規建設は原則凍結し、
 40年以内に原発ゼロ」と、
以外にも数値目標を具体的に設定した
脱原発を唱えている。
このことは、
「安全性を確認した原発の活用で
 電力の安定供給を確保」などとしている野田氏の公約や、
「原子力依存を中長期的に低下させ、
 安全性を確認できた既存原発は
 再稼動させる」としている前原氏と比べると
一目瞭然である。

一方、
具体的な数値目標こそあげないが、
馬淵氏も原発への姿勢はかなり厳しい。
「原発再稼動に厳格な規制体制で臨み、
 核燃料サイクル政策は抜本的に見直す」としている。

東日本大震災の際、
1号機から6号機まであった福島第一原子力発電所のうち
4機が制御不能になってしまった事実から考えても、
地震大国・日本における原子力発電の継続は
危険性が高すぎると筆者は思っている。

その意味からも筆者は、
「脱原発」方向での公約を唱える
海江田氏・馬淵氏を評価したいと思うのである。

■「推薦人名簿」から考える

「小沢系中心」と報道されている海江田氏だが、
推薦人名簿を見ると
社民主義・リベラル系の政治理念を持った議員が
推薦人の中に少なくない。
旧社会党で若手改革派の旗手と言われた赤松広隆氏や
狭山事件・石川さんの弁護人を務める辻恵氏、
部落解放同盟を支持基盤とする中川治氏や
「現代社会民主主義研究会」の代表を務める山花郁夫氏、
参議院からは
愛知県で反貧困運動などに積極的な谷岡郁子氏などが
推薦人となっている。

一方、
馬淵氏に関しては、
筆者とリベラルな政治理念を共有できそうな推薦人は
少ない。
愛知県選出の大西健介氏や磯貝香代子氏などが
良心的そうだ、という程度である。

こうしたことから総合的に考え、
筆者としては今回の民主党代表選において、
海江田氏を応援したいと思っている。

むろん、
いずれの候補者が代表に選ばれた場合でも、
民主党は与党第一党として
結束して新代表を首相に指名すべきである。
筆者もまた、
「与党第一党・民主党、野党第一党・自民党」という構図が
変わらない限り、
いずれの候補者が民主党代表となった場合も、
旧弊な自民党政治からの脱却、
よりリベラルな政治の実現を求め、
あくまで民主党中心の政権を
相対的に支持してゆきたいと考えている。


【参考記事】
「最小不幸社会」菅新総理に期待
保守勢力主導の内紛に社民党はきっぱりNOを!

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by imadegawatuusin | 2011-08-27 19:14 | 政治

――全く新しい「女装アイドル」漫画――
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■「定石」の逆を行った新展開

女装ものとアイドルものは
相性が悪くないらしい。
やぶうち優の『少女少年』シリーズをはじめ、
これまでにも数々の先行作品がある。
アイドルともなれば社会的な反響も大きい。
「女装」の事実が影響を及ぼす範囲も広い。
当然、
「実は男であるということ」は極秘事項である。
女装の事実が明るみに出るとマスコミなどが押しかけ、
大騒動が巻き起こるというのは
いわば「女装アイドルもの」の「定石」であり、
「バレるかバレないか」というドキドキが
作品の醍醐味となってきた。
その「定石」を覆し、
「それとは全く逆のストーリー展開」をみせたのが、
ゲーム作品を原作とした本書、
黒瀬浩介の『アイドルマスター Neue Green』である。

本書の主人公・秋月涼がアイドルを目指した動機は何と、
「男らしくなりたい」というものであった。
だが、
所属事務所社長の
「女性アイドルとしてトップアイドルになれたら
 男性アイドルとしてのデビューを考える」
との口車に乗せられた涼は、
「女装アイドル」の道を歩むことになる。

そして、
「女性」としてトップアイドルの道を極めた涼は、
ついに自ら、
マスコミの前で真実を告白する。

これまでの作品なら、
自発的にであれ不本意なものであれ、
女装の事実がマスコミにあきらかになると、
大きな波紋が広がり大騒動となることは
いわば作品の「前提」であった
(しげまつ貴子『天使じゃない!』など)。

だがこの作品では、
そうした「期待」は大きく裏切られることになる。
勇気を奮い、
意を決しての涼の一大告白を、
メディアは完全に黙殺するのだ。

涼の告白を受けてのメディア関係者の反応は
次のようなものだった。

「参ったな…
 なんてことだ…」
「このことが世間に
 知られれば
 大変な影響が
 出るでしょう」
「まさか秋月 涼が
 本当に…」
「ええ
 信じがたいことですが」
「ともあれ対処は
 しなければ
 なりますまい」
「この数日間で収録された
 秋月 涼の出演番組を
 すべてチェックし
 必要ならば修正を
 入れるように
 TV局に働きかけましょう」
「ではこちらは
 グッズ製作会社や
 出版社の関係者にも
 協力を要請します」
「お願いします」


かくして涼の告白は完全に黙殺されることになる。

所属事務所の社長は次のように証言する。

「(筆者注:涼が男であるという事実は)
 メディア上層部に
 とっては困るみたい」
「それで『発表させるな』って
 圧力がかかったようね」
「こんな素早く
 対応される
 なんてね」
「レコード会社
 TV局 出版社」
「今やあなた(筆者注:=涼)の看板で
 商売しているところは
 業界全体に
 及んでいるわ」
「私のところにも忠告が
 入ったわ
 事務所のためにも
 このことは隠し通した
 方がいいって」


通常、
「女装アイドル」ものでは、
「男である」という事実をマスコミから必死で隠し、
悟られないようにすることこそが
作品のいわば「キモ」である。
しかしこの作品では、
主人公自身が
その事実を積極的に公表しようと決意したにもかかわらず、
最初は事務所により、
そして次にはマスメディアそのものによって
事実が黙殺され、
事実の公表を妨害されるに至る。

こうした光景を目の当たりにした涼は独白する。

「今まで味方だった
 人たちに邪魔をされて
 
 トップアイドルになれても
 こんなものなの?」


この独白は非常に示唆的である。

以前、
在日朝鮮人であった芸能人が
それを公表しようとして
週刊誌などの取材を受けたにもかかわらず、
事務所や関係各所からの妨害にあい、
結局公表できなかったということがあったという。
一般に週刊誌には、
「出自あばき」のような形で
本人の意に反して
こうした「スクープ」を取り上げるというような
印象がある。
だがその逆に、
メディアにおいて
一定の位置を占めるようになってしまった芸能人の場合、
本人の側が積極的に発表しようと思った事実すら、
その「イメージ」に反するような場合は
握りつぶされてしまう場合もあるらしい。

自分が男であるという事実を、
いかに社会的に公表するか……。
そのために奮闘するという、
これまでの作品とは全く逆を行く展開が、
かえってリアルなものに映ってしまうのはなぜだろう。

アイドルとしての「努力」や「夢」を強調する反面、
アイドルというものが
メディアによって「作られる」ものでもあるという
冷厳な側面から、
この作品は目をそらさない。
本人が自分は男であるといい、
事実そうであるのだとしても、
メディアが女性アイドルとして取り上げる限り、
秋月涼は「女性アイドル」でしかないのだ……と。

「僕は引かない!
 空気なんて読まない!!」
「これは僕にしか
 進めない道だから」


涼の確固とした決意が、
事態打開への道を切り開いてゆく。
トップアイドルになる過程で知り合い、
友情を育んできた仲間たちと力をあわせ、
(逆の意味での)「メディアスクラム」を
突破してゆく涼の姿に
グッとくる読者は少なくないはずだ。

一方で、
「実は男」という発表後、
涼はこんなことも語っている。

「結果として沢山の
 人たちに受け入れて
 もらえたけど
 あの発表で
 傷つけてしまった人も
 きっといるんだよね」


そして、
この言葉を受けた
本書の「ライバル兼ヒロイン」・桜井夢子の答えは
こうだ。

「アイドルだって
 人間だもの!
 ファン全員が望む
 様になんて
 生きられないわ」
「あなたは
 自分のやりたい様に
 生きてればいいのよ」
「その姿を見て
 憧れて
 後に続こうとする
 人がいるって
 アイドルとして
 素敵だってこと
 なんだから!」


漫画やアニメで安易に描かれるほど、
「万人に支持される」アイドルは存在しない。
所属事務所の社長は
涼が女の子アイドルとして活躍していたとき、
このように言っていた。

「ファンはね
 みんなあなたに
 いろんな妄想を
 重ね合わせているの」
「こんな妹が
 娘が
 恋人がいたらいいなって」
「それが男だなんて
 わかってごらんなさい!」
「絶望のあまり
 働く気力
 学ぶ気力を
 なくす人々や
 特殊な性癖に
 目覚めてしまう
 人が溢れかえり
 そして日本は……」


涼はこうした社長の主張を「大げさ」と言ったが、
社長は、
「あなたの影響力は
 すでに それ程の
 ものなのよ!」と言い切った。
涼の告白にショックを受けた人も、
傷ついた人がいたことも、
それはそれで事実なのである。
この作品は、
そうした「負の部分」から目をそらさない。
それでも
「自分の夢を優先させて
 ファンを悲しませて
 しまった」涼の行動には
賛否両論あってこそむしろ当然なのだ。


黒瀬浩介『アイドルマスター Neue Green』(評価:4)


《酒井徹お薦めの女装漫画》
1.やぶうち優『少女少年』シリーズ(Ⅰ~Ⅶ)、小学館てんとう虫コミックススペシャル
2.吉住渉『ミントな僕ら』全6巻、集英社リボンマスコットコミックス
3.志村貴子『放浪息子』エンターブレイン
4.なるもみずほ『少年ヴィーナス』全4巻、角川書店あすかコミックス
5.松本トモキ『プラナス・ガール』ガンガンコミックスJOKER

女装漫画に関する参考記事
「マンガ・アニメに女装少年」 『朝日新聞』が報道
やぶうち優『少女少年』第一期解説
やぶうち優『少女少年II―KAZUKI―』解説
片山こずえ『女のコで正解!』について
筒井旭『CHERRY』について
篠塚ひろむ『ちぇんじ!』について
林みかせ『君とひみつの花園』について
富所和子『ないしょのココナッツ』について
水内繭子『恋する子どもたち』について
『かしまし』漫画版について



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by imadegawatuusin | 2011-08-21 20:52 | 漫画・アニメ

――食い違う労使の主張――

■退職問題:主張は平行線

従業員の退職問題などについて、
三度にわたる労組の団交申し入れに応じてこなかった
トヨタ系自動車部品メーカー・フタバ産業の下請会社・
S社が
名古屋ふれあいユニオンとの団体交渉についに応じ、
8月9日に岡崎市内で開催された。

団体交渉で会社側は、
日系ブラジル人労働者・Nさん夫妻が
自ら会社を辞めたと主張。
それに対してNさんは、
自分は3月4日と3月8日の二度にわたって
会社側から会社を辞めろと言われたと主張。
Nさんが退職届を書いたとされる3月8日の
前日である3月7日には、
3月4日に自己都合で辞めるよう
会社から求められた件について
会社を休んで労働基準監督署に相談にも行っており、
労基署でのアドバイスに従い、
3月8日には退職届にポルトガル語で
「無理矢理辞めさせられた」と書いたのだと説明した。

Nさんの妻も、
3月8日の10時ごろに会社に呼ばれて事務室に行くと、
いきなり
「はい、これにサインして!」と強く言われたと証言。
夫のNさんから
「会社を辞めさせられる話だろう」と聞かされていたため、
Nさんが労基署から聞いてきたアドバイスに従い、
「プレッシャーを与えられて辞めさせられた」と
ポルトガル語で記したのだと証言。
自己都合退職扱いとなっているのは納得できないと
主張した。

それに対して会社側は、
Nさんは「体がきついので退職したい」と自ら申し出、
ポルトガル語での記述についても
そのように説明したと主張。
Nさんの妻についても、
夫が解雇になれば通勤ができないので会社を辞めると
自ら申し出たのだと説明し、
主張は平行線をたどった。

■残業代問題:語るに落ちる会社側回答

一方、
Nさんが土曜日に出勤しても
残業手当が出なかったことがあると
訴えている件については、
会社側は、
「挙手で選出された労働者代表との協定に基づき
 1年間の変形労働時間制を導入していた」と主張。
それに対してNさん夫妻は、
「自分は労働者代表の選出で
 挙手をしたことなどない」と主張していた。

団体交渉で組合側は、
会社側として出席していた従業員に、
「あなたは労働者代表の選出、挙手しましたか?」と
問いかけた。
それに対して会社側従業員は、
「自分は事務所の人間なんで(挙手していない)」と
回答した。
語るに落ちるとはこのことである。

事務所の人間であろうと工場の人間であろうと、
労働者代表は
事務所全体の過半数代表でなければならない。
本当に事業所全体の従業員を集め、
挙手で労働者代表を選出したのか、
極めて疑わしいと言わざるを得ない。

会社側の役員も、
「朝礼で(挙手による労働者代表の選出を)
 やったんじゃないかと思う」という
曖昧な回答しかできず、
いつ、
どのような形で労働者代表を選出したのか、
明解な回答ができなかった。

挙手による労働者代表の選出が
事実でなかったのだとすれば、
変形労働時間制導入の根拠・前提自体が
崩れることになる。
会社側はただちに法に基づき、
残業代を支払うべきではないだろうか。

すべての くにの はたらたみは、
むすがろう! 


【参考記事】
フタバ産業下請・S社の団交拒否に抗議!
フタバ産業下請・S社が団交応諾
有限会社S社から回答書
S社事件、円満解決のご報告

労働組合名古屋ふれあいユニオン
雇用形態や国籍に関わりなく、
愛知県下で働くすべての労働者が一人から加盟できる
地域労働組合(コミュニティユニオン)。
「コミュニティ・ユニオン全国ネットワーク」加盟。
「コミュニティ・ユニオン東海ネットワーク」事務局団体。
日ごろから組合員の学習会や交流会などを
積極的に企画しながら活動している。
現在、組合員数約200名。
組合員は組合費月額1500円。
賛助会員(サポーター)は年会費5000円。
住所:〒460‐0024
 愛知県名古屋市中区正木4-8-8 メゾン金山303号室
    (JR・地下鉄・名鉄金山駅下車 名古屋ボストン美術館の向かい)
電話番号:052‐679‐3079(午前10時~午後6時)月~金
ファックス:052‐679‐3080
電子メール:fureai@abox.so-net.ne.jp
郵便振替 00800‐8‐126554
ホームページ
http://homepage3.nifty.com/fureai-union/


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by imadegawatuusin | 2011-08-20 18:26 | 労働運動

「自民党をぶっ壊す」と言った小泉は総選挙で大勝し、
郵政民営化を実現した。
ところが次の総選挙では、
「政権交代」を掲げた民主党に大敗した。

名古屋の河村現象や大阪の橋本現象にも共通するのは、
「とにかく何でもいいから変えたい」という
「変えたい願望」である。

どのように変えるのかということなどは
とりあえず二の次なのである。
とにかく今の現状はよくないという不満が先に来る。
だから変えたい。
そして選挙においては、
「この人なら、この党なら現状を変えてくれる」と
思えるところに投票する。
キーワードとしては、
「既成のありかたへのNo!」である。

その証拠に、
現状に不満を言う人たちに
どんな政治を求めているのかとたずねても、
「もっと市民の方を向いた政治」とか
「迅速で機敏な対応をする政治」とか、
心構えや やる気の問題のようなものばかりで、
具体的な政治方針
(「もっと高福祉高負担の福祉社会」とか、
 「総理大臣に権限を集中した、
 機敏で迅速な対応の取れる中央集権的な体制」とか)が
出てくることはほとんどない。

こうした中で私たち「革新陣営」と言われる勢力は
どうだろうか。
実のところ「革新」と言いながら、
戦後「革新陣営」は一貫して、
「○○改悪反対闘争」や「××阻止闘争」しか
できてこなかったのが現状ではないか。
「現状に不満を持つ人たち」の目には、
「○○改悪反対」や「××阻止」だけでは
「現状保守」にしか映らない。

「革新陣営」の人たちはよく、
「護憲」と言う。
「憲法を守れ」と言う。
だがこうしたスローガンは、
「革新陣営」内部の人たちに対しては
説得力があるかもしれないが、
「現状に不満を持つ人たち」に
訴える力が薄いのではないか。

戦後66年が経ち、
戦争体験者はどんどん減っている。
「戦争反対」・「戦争はいけない」というだけで、
理屈を超えて
「そうだ、そうだ」と共感してもらえる時代は
終わったのである。

無論わたしは、
「だから9条を変えろ」と言いたいのではない。
ただ「守ろう」というだけでは、
もはやアピールできないと言いたいのである。

「憲法9条を守りたい」。
それはいい。
だったらそのために
「護憲」・「憲法を守れ」という言い方でいいのだろうか。

実際、
細かく見ていけば、
私たち革新陣営の目線から見ると、
今の憲法には文句をつけていい点が
いくらでも見えてくる。

例えば、
いま世界的に保守とリベラルの政治的焦点となっている
同性婚問題。
実は、
日本の民法は実に進歩的で、
同性婚を認めている。
民法によれば婚姻は、
「当事者双方」が署名した書面を届け出ることで
成立することになっている(民法739条)。
もっとも、
「男は、十八歳に、
 女は、十六歳にならなければ、
 婚姻をすることができない」とか、
「配偶者のある者は、
 重ねて婚姻をすることができない」など、
731条から737条までには禁止規定が並んでいるが、
ここには「男性同士・女性同士がダメ」という規定は
全くないのである。

だったらなぜ民法で認められているのに、
日本では同性婚が実現しないのか。
より上位の法律である憲法で
認められていないからとしか言いようがない。
憲法第24条には、
「婚姻は、
 両性の合意のみに基づいて成立し……」と書いてある。
両性の合意「のみ」に基づいて成立する以上、
男同士・女同士の合意によっては成立しない。
民法と同様に、
「当事者双方」の合意としておけばいいものを、
「両性の合意のみ」などと書くから
ややこしいことになるのである。

あるいは、
今の憲法では基本的人権に関する条項が、
「全て国民は……」という文言で始まっている。
選挙権とかそういったものには
議論があるかもしれない。
だが、
生存権のような「超基本的な人権」でさえ、
権利の主体は「国民」であって、
外国人に対してはそれが「準用」されているにすぎない。
日本国民の基本的人権は権利だが、
外国人の人権は
あくまで恩恵で認めてやっているに過ぎないという
立場である。

天皇制条項を定める1条から8条も含め、
「本当にこの憲法は完全なのか」という視点を失った
「憲法守れ運動」では、
なかなか共感を得られないのではないか。

確かに昔、
いわゆる「護憲派」勢力が
国会で3分の1を占めていた時代は、
「憲法を変えることはできないが、
 護ることはできる」ということで、
ただひたすら
「憲法を守れ」という言い方をするというのも
戦略上「あり」だったかもしれない。
だが、
今はもうそういう状況にないのである。

だったらむしろ、
私たち革新陣営の側からこそ、
「私たちは憲法をこういうものにしていきたい」と
提起して、
その中に9条をきちっと位置づけていくという積極性が
必要とされていくのではないか。

現行のものを
ただひたすら「守ろう」というだけの運動では
もはや人々の理解は得られない。
これからは「守る」運動から「変える」運動に
シフトしていかなければならない。
守るべきものを守るためにも
積極的に「変えよう」という攻めの姿勢を取り、
その中に守るべきものを
きっちりと位置づけるということが
大切になってくるのではないかと思うのである。


【参考記事】
2人の「左翼」が僕を改憲論者に転向させた
憲法記念日に際して
左からの改憲提言はタブーか
「九条の会」で雨宮処凛さんと対談
「改憲派」社民党員の提言
改憲、社民党での論議を歓迎

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by imadegawatuusin | 2011-08-18 20:47 | 政治

『新約聖書』の「ヨハネによる福音書」に
次のようなイエスの言葉が載っている。

「わたしはぶどうの木、
あなたがたはその枝である。
人がわたしにつながっており、
わたしもその人につながっていれば、
その人は豊かに実を結ぶ」(15-5)。

この「ヨハネによる福音書」の中でイエスは、
自らを「道であり、真理であ」ると言っている(14-6)。
現代風に解釈すればこのたとえ話は、
真理から外れず歴史の正道を行く者は
人生において実りが多く、
真理から外れ道を踏み外した生き方をする者は
人生において実を結ばないということになろうか。

歴史の必然・方向性に自らを重ねて生きる者には
実りがある。
社会の進歩の先頭に立って牽引する人は
そのような人生自体に喜びを見出すことができる。

力及ばずとも、
そんな充実した人生を私は生きてゆきたい、
目指してゆきたいと思うのである。

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by imadegawatuusin | 2011-08-17 20:20 | キリスト教

――日本キリスト教団洛陽教会で――

■講師、「『護憲』から『共和制』へ、自由に議論を」

66回目の終戦の日となる8月15日に、
京都市上京区の洛陽教会で、
日本キリスト教団京都教区
「教会と社会」特設委員会などが主催する
「第32回『8・15』を問い続ける京都集会」が開催され、
約60人の市民らが参加した。

集会では最初に、
「いま、『共和制日本を考える』」というテーマで
『天皇条項の削除を!』などの著作のある堀内哲さんが
講演を行なった。

堀内さんはまず、
子供のころからの天皇の存在への違和感や、
大学在学中、
母校の野球試合を天皇が見に来るというので
仲間と一緒にビラをまきに行ったところ、
先に行った仲間がたちまち逮捕され、
自分もまだ何もしていないのに警察署に連行されて
「雪隠詰め」にされた経験などを語ったあと、
問題提起を始めた。

「私も9条改憲反対という意味の意思表示として、
 『9条の会』に参加しました。
 ところがそこで、
 どうしても出てくるのが『護憲』という言葉。
 『(天皇条項のある)1章はどうするんだ』というと、
 『その話はまぁいいじゃないか』とか、
 『その話題はやめよう』とか、
 『今はその時期じゃない』とか、
 みんな変な自主規制が働いているとしか
 思えない反応をするんです」。

「これまでにも辻本清美さんとか、
 1章の削除を主張した人はいました。
 けれどそれは、
 あくまで辻本さん個人の意見、
 個人の良心の問題としてスルーされ、
 流されてきたと思います」。

「敗戦から66年間、
 この国では『立憲君主制』という国の在り方が
 まともに問い返されることがありませんでした。
 敗戦という事態になっても
 天皇を退位させられなかった無責任体制のツケ、
 そのツケがいま、
 無策・無責任を露呈する震災対応や
 原発事故といった形で
 現れてきているのではないでしょうか」。

堀内さんは、
天皇制一般は批判しても憲法第1章を批判しない左翼や、
「共和政は国民国家の解体につながらない」などと
話をすり替えてきたアナーキストなどにも、
「共和制論議を意識的に避けてきた」と
批判の矢を向ける。
かつて大学で
「黒ヘル」(アナーキスト)として活動してきた
自らの経験も踏まえ、
「天皇制国家も共和制国家も
 同じ『国民国家』とひとくくりにしてきたが、
 まずは、
 共和制国家と天皇制国家の微妙な違いを
 明らかにする作業が必要ではないか」と主張した。

堀内さんは
戦後イタリアが国民投票で王制を廃止した例なども挙げ、
「そろそろ共和主義を媒介に日本国憲法を相対化し、
 憲法を社会制度の問題として考える試みが
 なされてもいい」と提起し、
「第1章の判断を留保したまま
 『改憲反対』ということが、
 結果的に天皇制を『守ってしまう』ことには
 自覚的でありたい」と参加者らに訴えた。

刺激的なテーマであっただけに、
講演が終わると会場からは
賛否両論の様々な意見が飛び出した。
堀内さんは質問や意見に一つ一つ回答した後、
「憲法や天皇制問題を、
 もっと平場で自由に議論できるものとしていきたい」
と語った。

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by imadegawatuusin | 2011-08-16 18:16 | 政治

――「進歩と発展」真正面から描いた好著――

■「文明開化の火」ともした少年

もの知りのおじいさんから若者が
昔の話を聞かせてもらう……。
代表作・『ごんぎつね』でも使われる、
新美南吉の得意技である。

村から一度も出たことのなかった
13歳の少年・巳之助は、
ふとしたきっかけで町に出て、
そこでランプというものを知る。

「このランプのために、
 大野の町ぜんたいが
 竜宮城かなにかのように明かるく感じられた。
 もう巳之助は
 自分の村へ帰りたくないとさえ思った。
 人間は誰でも
 明かるいところから暗いところに帰るのを
 好まないのである」。

「巳之助は今までなんども、
 『文明開化で世の中がひらけた』ということを
 きいていたが、
 今はじめて文明開化ということが
 わかったような気がした」。

文学というのは、
社会の進歩や発展を描くのに
向いていないのではないか……。
この物語を読むまで僕は、
そんな偏見を抱いていた。
文明開化というものを、
13歳の少年の目を通して
これほど鮮やかに、
そして実感を持って描き出すことができるのかと、
新美の手腕に驚きもした。

巳之助は町でランプを仕入れ、
それを村に持ち帰る。
「巳之助の胸の中にも、
 もう一つのランプがともっていた。
 文明開化に遅れた自分の暗い村に、
 このすばらしい文明の利器を売りこんで、
 村人たちの生活を明かるくしてやろうという
 希望のランプが――」。

はじめは「新しいものを信用しない」村の人々も、
やがてランプを求めるようになってくる。
「巳之助はお金も儲かったが、
 それとは別に、
 このしょうばいがたのしかった。
 今まで暗かった家に、
 だんだん巳之助の売ったランプが
 ともってゆくのである。
 暗い家に、
 巳之助は文明開化の明かるい火を
 一つ一つともしてゆくような気がした」。

貧しく無学な少年が
町からもたらしたランプ。
そのランプが一つ、また一つと
村に普及してゆくさまが、
「文明開化の明かるい火」として描かれている。

物語の中盤、
大人になった巳之助が村の区長さんから聞いた、
「ランプの下なら
 畳の上に新聞をおいて読むことが出来る」という話を
自分で実際に試してみる場面がある。

「やはり区長さんのいわれたことは
 ほんとうであった。
 新聞のこまかい字がランプの光で一つ一つ
 はっきり見えた。
 ……しかし巳之助は、
 字がランプの光ではっきり見えても
 何にもならなかった。
 字を読むことができなかったからである」。

そして巳之助はこう言ったのである。
「ランプで物はよく見えるようになったが、
 字が読めないじゃ、
 まだほんとうの文明開化じゃねえ」と。

こうして巳之助は大人になってから、
区長さんのところへ
一から字を教えてもらいにいくのである。
作品の中では、
「熱心だったので一年もすると、
 巳之助は尋常科を卒業した村人の誰にも
 負けないくらい読めるようになった。/
 そして巳之助は
 書物を読むことをおぼえた」とある。

ここで終わればこの物語は、
ただ一人の男の立身出世話に
すぎないということになる。
ここまでくれば読者の側も、
ハッピーエンドを期待する。

ところが、
それをあっさり裏切ってしまうのが
新美文学の文学たるゆえんである。

やがて町には電線が引かれ、
家々にはランプの代わりに
電灯がともるようになってゆく。

「(筆者注:巳之助は、)ランプの、てごわいかたきが
 出て来たわい、と思った。
 いぜんには文明開化ということをよく言っていた
 巳之助だったけれど、
 電燈が
 ランプよりいちだん進んだ
 文明開化の利器であるということは分らなかった。
 りこうな人でも、
 自分が職を失うかどうかというようなときには、
 物事の判断が正しくつかなくなることが
 あるものだ」。

そしていよいよ、
巳之助の村にも電気を引く計画が
持ち上がる。
巳之助はここで、
断固として電化反対の論陣を張るのである。

巳之助はいう。
「電気というものは、
 長い線で山の奥からひっぱって来るもんだでのイ、
 その線をば夜中に狐や狸がつたって来て、
 この近ぺんの田畠を荒らすことは
 うけあいだね」。

だが巳之助の奮闘もむなしく、
村会は電線導入を決定した。

「巳之助は誰かを怨みたくてたまらなかった。
 そこで村会で議長の役をした区長さんを
 怨むことにした。
 そして区長さんを怨まねばならぬわけを
 いろいろ考えた。
 へいぜいは頭のよい人でも、
 しょうばいを失うかどうかというようなせとぎわでは、
 正しい判断をうしなうものである。
 とんでもない怨みを
 抱くようになる」。

かつて巳之助に字を教えてくれた
大恩ある区長さん。
その区長さんを巳之助は恨む。
恨むことに決めてから、
恨む理屈を頭の中ででっち上げて
恨むのである。
こういったものは世に「反動」と呼ばれる。

そしてついに巳之助は、
区長さんの家に火をつけようとするに至るのである。

こうして読むとこの作品は、
やはり文学作品なのである。
単なる文明賛歌にとどまらない、
隠された人間の本質に迫るものがある。

ランプ普及に燃える巳之助の心情描写、
自らの立身と文明開化とが
まさに完全に一致して事が進む前半部分には、
他の作品ではなかなか見られない躍動感がある。

自分のやりたいこと、やっていること、
言い換えれば自分の生き甲斐とするところが
社会の進む方向性と合致したとき、
人は実に生き生きと、
のびのびと自分を発揮する。
本作の前半部分は、
まさにそのことを示している。

しかし、
社会の進歩の流れに抗して
それに立ちふさがろうとしたとき、
人の努力は空回りを始め、
歴史の中で反動的な役回りを与えられることになる。
本書の後半はそのことを
示しているに違いない。

文学は社会の進歩・発展に接したとき、
発展の中で生じた矛盾や悲惨を描くことは得意である。
また、
現代社会が失った何かを、
昔のあり方への郷愁とともに
かきたてることも得意である。
現代社会のあり方に、
「それでいいのか」と
常に問いかけを投げかけようとすることは、
それはそれで文学の大切な役割である。

だが一方でこの作品の前半のように、
自分の実現がそのまま社会の発展に結びつき、
歴史の必然と一体となる充実感というようなものは、
ノンフィクションでは描かれることがあっても、
物語の世界では
あまり主題とされることがなかったのではないか。

新美南吉といえば『ごんぎつね』という程度にしか
思っていなかった筆者にこの作品は、
文学の持つ新たな一面を
教えてくれた作品となった。


新美南吉「おじいさんのランプ」
評価:3



【テキスト本文】
「おじいさんのランプ」


【参考記事】
書評:『ごんぎつね』(新美南吉)
新美南吉『手ぶくろを買いに』について

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by imadegawatuusin | 2011-08-15 17:40 | 文芸

(2011年9月26日掲載)
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66年前、
広島に原子爆弾が投下された8月6日、
名古屋では市民団体・「東海民衆センター」が
「8・6原爆の日行動」に取り組んだ。

午前7時30分から金山駅前に集合した十数人の市民が、
駅前広場に横断幕やパネルを掲示。
その後、
チラシや演説で核廃絶を訴え、
8時15分には「ダイ・イン」で
原爆投下に抗議の意思をあらわした。

「66年前の今日、
 広島に落とされた原子爆弾は
 14万人の命を奪っただけではない。
 戦争が終わった後も放射能が、
 ガンや肝炎などの原爆症を引き起こし、
 生き残った被爆者たちの命を奪い続けてきた。
 これを見れば、
 核兵器は絶対に使ってはいけないし
 作ってもいけない。
 今ある核もなくしていかなければならない」。 

参加者たちは口々に
核兵器の非人道性と核廃絶を訴えた。

今回の行動を主催した東海民衆センターは、
「私たちは2年前まで、
 毎年8月6日は
 広島での平和行動に取り組んできた。
 しかし、
 アメリカのオバマ大統領が
 プラハで核軍縮を提案するなど、
 世界の反核機運が高まる中で、
 私たちも昨年から
 自分たちの住んでいる地域で
 反核・反戦平和の行動をと、
 金山駅前での行動に取り組むことにした。
 ヒロシマ・ナガサキを経験した日本こそ、
 核廃絶の運動の先頭に立つべきだ」と
記者に語った。


【参考記事】
被爆66年 8月6日「原爆の日」
原水禁、一致点軸に共闘続けて

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by imadegawatuusin | 2011-08-07 18:08 | 政治