「ほっ」と。キャンペーン

鉢呂発言問題について

――「死の町」と「放射能付ける」とは区別せよ――

■実態の直視を恐れてはならない

9月30日の朝日新聞で、
時事問題解説家の池上彰氏が、
鉢呂前経済産業大臣のいわゆる「発言問題」について、
「安易な批判で問題隠すな」と主張している。
福島第一原子力発電所の視察後に、
周辺の町を「死の町」と評したことについて、
「英語メディアは『死の町』を
 『ゴーストタウン』と訳しました。
 この表現、
 これまで日本のマスコミ各社も使ってきました。
 英語ならよくて、
 日本語だと問題になるのか。
 それなら、
 政治家たちは今後、
 問題になりそうな表現は
 英語で言っておいたほうがいい、などと
 なりそうではありませんか」と言うのである。
そして、
東京新聞に寄せられた反応として、
「誰が見ても人がいない町は死の町です、
 ゴーストタウンと言えば良かったのか!」・
「死の町は人間であれば率直な感想。
 (中略)批判されるべきは
 死の街をつくった人たちです」などの感想を
紹介している。

私も、
「死の町」発言へのマスコミ総がかりの批判については
違和感を覚えた。
いまの福島の惨状を「死の町」と評することが
それほど悪いことなのか。

気を悪くした被災者や
傷ついた被災者がいたことは事実であろう。
しかし、
その発言自体が「事実無根である」とか
「名誉を棄損している」とかいったものでないにも
かかわらず、
「傷ついた人がいる」という論法で
発言が規制されるのはいかがなものだろうか。
あらゆる人の心性をおもんぱかって発言することは
不可能である。
極端な言い方をすれば、
失恋したときに
愛する人への思いを高らかに歌う歌を聴いた場合も、
人は傷ついてしまう生き物なのだ。

もしもその発言を聞いて、
自分が傷ついたのであれば、
理由を明らかにしたうえで
「傷ついた」と堂々と訴えればいい。
また、
その発言が不条理なものであり、
自分もそれが間違っていると思うのであれば、
第三者が糾弾してもいいだろう。

だが、
ただ説明なしに
「傷ついた人がいる」ということだけで、
他人の発言を批判する態度は
間違っていると私は思う。
「鉢呂発言を受けたマスコミがすべきなのは、
 『人が住めるようになるのはいつか、
  もし住める展望がないなら、
  それを住民に告げるべきではないか』との問いを
 政治家や行政に投げかけることではないでしょうか。
 ……深刻な事態はなるべく見ないようにして、
 それに触れた発言だけを問題にする。
 これでは、
 事態に正面から取り組む人は出ません。
 結局は事態を解決することを
 遅らせることになりませんか」という池上氏の指摘は
まさに正論であろう。

鉢呂発言で問題とするべき点があるとすれば、
むしろ「放射能付ける」発言の方だ。
福島第一原子力発電所を視察勅語に取材記者らに、
「(自分の)放射能を付けちゃうぞ」などと
じゃれついたというものである。

大臣辞任に値するかどうかについては
議論はあろう。
だが、
福島周辺に住む人たちへの差別・偏見を助長しかねない
極めて不用意な発言であることは間違いない。
特定の人間のおびた放射能が、
他人に影響を与えるほどに
「伝染」したり「うつ」ったりするとの
荒唐無稽な認識を広げかねない。
悪ふざけにしても悪趣味であることは間違いない。

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by imadegawatuusin | 2011-09-30 18:44 | 政治

観念論の歴史的起源――アニミズム

本書・『唯物論哲学入門』は、
「哲学の歴史」を
唯物論と観念論の闘争という形をとっている」と
捉えている。
「……という形をとっている」
という言い方をしているのは、
マルクス主義者の理解では、
『共産党宣言』にあるとおり、
「今日までのあらゆる社会の歴史は、
 階級闘争の歴史である」と考えるからだ。
それがたとえ、
一見 哲学という分野における、
唯物論と観念論との論争であっても、
それはそういう「形をとっている」にすぎず、
その本質は階級闘争であるというのである。
わかりやすく説明すると、
哲学論争を繰り広げる二つの陣営のうち、
より観念論的な哲学は、
その時代の支配階級の立場(利害)を反映しており、
より唯物論的な哲学は
その時代の進歩的勢力・新興階級の立場(利害)を
反映している。
両者の利害はことごとく対立し、
あらゆる領域において衝突が起きる。
唯物論と観念論との論争も、
結局のところはその対立の現われの一つにすぎない。
支配する者と支配される者との間の利害対立の反映に
他ならないというのである。

ただし、
唯物論を観念論から厳しく切り離すべきことを説く
著者・森信成氏の立場からすれば、
過去それぞれの時代の「より唯物論的な哲学」も、
観念論的な要素を完全に拭い去っていない限り、
結局は観念論の一種と分類せざるをえない。
そうした森氏の立場から見れば、
これまでの哲学の歴史は
「観念論の圧倒的優位のもとに進行してき」たと
いうことになる。

森氏の厳しい観点から見れば、
「唯物論」と認められる思想は
近代になってからしか本格的には現れない。
逆に言えば
前近代の哲学史は ほぼ観念論一色である。
かろうじて
古代ギリシアのデモクリトスあたりが
がんばってました的な見方がせいぜいなわけだ。

だから森氏は、
哲学の歴史を解説するときに、
まず観念論の説明から始める。
唯物論とは何かを学ぶ前にまず、
観念論とは何かの方を先に勉強し、
そのことによって
唯物論が「何でないか」をとらえてゆく。
それが、
本書・『唯物論哲学入門』のやり方である。
実際、
歴史的に見ても、
「唯物論哲学」は
最初からどこかに
きちんとした形で整えられていた思想ではない。
むしろ唯物論哲学は観念論への批判の中で形作られ、
鍛え抜かれてきた哲学なのだ。
したがって、
いきなり「唯物論とは何か」を勉強したりするよりも、
観念論への批判を通じて
「唯物論とは何ではないか」を勉強する方が
唯物論の本質をとらえやすいのである。


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『社会民主党宣言』を読む
新しい社会主義像を求めて
小牧治『マルクス』について
レーニン「マルクス主義の三つの源泉と三つの構成部分」を読む

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by imadegawatuusin | 2011-09-30 08:57 | 弁証法的唯物論

――金山「司法書士会館」で18時半から――

■「ワーキングプアをなくそう~雇用から考える~」

10月17日は「貧困撲滅のための国際デー」だ。
1987年のこの日、
10万人以上の人々が
世界人権宣言の採択されたパリのトロカデロに集まり、
「貧困は人権の侵害である」と声をあげたのが
その由来である。
以来、
貧困撲滅の意思を確認するため、
毎年10月17日には
世界各地で集いが開催されてきた。
1992年には国連総会が、
10月17日「貧困撲滅のための国際デー」を
国連デーと認証した。

愛知県でも今年の10月17日(月)に、
名古屋市熱田区の司法書士会館で、
午後6時30分から
「貧困撲滅のための国際デー」の集会が開催される。
主催は私が幹事を務めている
「反貧困ネットワークあいち」だ。
テーマは
「ワーキングプアをなくそう~雇用から考える~」
である。

2008年秋のリーマンショック以降、
ここ愛知では
「派遣切り」・「非正規切り」の嵐が吹き荒れた。
特に、
仕事と住まいがセットになった
「住み込み派遣」で働いていた多くの労働者たちが、
仕事と住まいを同時に奪われ、
路上に放り出されたことは記憶に新しい。

人間は労働によって社会に価値を作り出す。
職場で労働者が汗を流して働くことが
社会を動かす原動力となっている。
したがって、
まっとうな雇用こそは社会福祉の原点であり、
貧困のない安定した社会の基盤なのである。

集会では
週刊「東洋経済」記者で
『雇用融解』などの著書のある風間直樹さんと、
名古屋ふれあいユニオンの賛助会員でもある
名古屋大学法学研究科教授の和田肇さんが講師となり、
雇用を改善するため、
私たち一人一人がどうしたらいいかを考える。

労働者・市民の広範な結集で
10・17「貧困撲滅のための国際デー」集会の
大成功を実現し、
貧困のない、
平和で豊かな社会への道を
私たち自身の手で切り開こう!


●日時 10月17日(月)午後6:30~8:30
●場所 愛知県司法書士会館(金山駅から徒歩5分)
●内容 ・最低賃金生活の体験談
    ・風間直樹氏の講演
    ・和田肇氏の講演など
●参加費 500円
●主催 反貧困ネットワークあいち     
【講師紹介】
風間直樹:東洋経済新報社に入社後、
     雇用・社会保障問題を取材。
     週刊『東洋経済』で記事にしてきた。
     第1回貧困ジャーナリズム大賞を受賞。

和田肇:名古屋大学法学研究科教授。
    専門は労働法。
    名古屋ふれあいユニオン賛助会員。
    反貧困ネットワークあいち共同代表を務める。


【参考記事】
「貧困撲滅のための国際デーあいち集会」開催



「反貧困ネットワークあいち」

会費額等(年額)
・会員 会費 一口1000 円。 ・サポーター 賛助金 一口1000 円。
*ただし、月収(手取り)が生活保護基準額と同等と認められる場合には、
 会費・賛助金を免除する。

反貧困ネットワークあいち事務局
〒453-0014 名古屋市中村区則武一丁目10 番6 号 名古屋法律事務所内
Email: info@hanhinkon-aichi.net
WEB:http://hanhinkon-aichi.net/
FAX:052-451-7749、TEL:052-451-7746
郵便振替 00800-6-190393 口座名義 反貧困ネットワークあいち

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by imadegawatuusin | 2011-09-29 20:18 | 労働運動

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思想的混乱の源泉

本書・『唯物論哲学入門』の中で著者の森信成氏は、
唯物論と観念論とを
「哲学史上を通じての二つの対立した潮流」で
あるという。

その上で、
「中国とか一般にアジアの諸国はそうですが、
 日本でも専制主義が非常に強かったので、
 とくに科学的な思想であるとか、
 科学的なものの考え方とかが非常に遅れており、
 非合理主義が非常に強いのが特徴です。
 そのために無神論と唯物論が非常に弱く、
 逆に、
 唯物論というものに対する偏見が
 とくに強いのが特徴です」としている。

確かにこの本が出た当時(1972年)、
「中国とか……アジアの諸国」は
「一般に」まだまだ発展途上の国々だった。
日本も戦後27年しかたっておらず、
戦前生まれの人々が社会を主導する立場にあった。

だが、
目を世界に広げてみれば、
「専制主義が非常に強かった」のは
なにも「中国とか一般にアジアの諸国」に
特有の現象ではないことがわかる。
ヨーロッパにおいても つい200年くらい前までは
ずっと封建社会であったわけだ。

キリスト教やユダヤ教などと比べて、
仏教や儒教が取り立てて観念論的かといわれれば、
別にそういうわけではないだろう。
見方によっては
「神」を根本原理としない仏教や儒教の方が
キリスト教よりはるかに唯物論的であると
見ることもできる〔注1〕。

当時は、
日本特殊論というか、
「アジアの後進性」をことさら強調する風潮が
非常に強かった時代なのである〔注2〕。
だから森氏も
冒頭ではこのように述べてしまったのだろう。
だが他方で、
それが日本の特殊現象でないことも
森氏はきちんと指摘している。
森氏は次のように述べている。

「唯物論に対する偏見などは
 日本だけかと思っていたわけですが、
 戦後だけを見ても、
 たんに日本だけではなくて、
 国際的にも
 唯物論と観念論についての誤解というものは
 非常にひどいものであり、
 このようなことが
 現在の非常に大きな思想的混乱の源泉になっていると
 いえると思います」。

森氏は、
「唯物論と観念論についての誤解」が
「現在の非常に大きな思想的混乱」の大本であると
考えている。
「唯物論と観念論」という
「哲学の根本問題というようなところで
 理解の不充分さが出てくると、
 あらゆる面についてのひどい混乱が起こる」
というのだ。

よって、
本書・『唯物論哲学入門』は、
この「哲学の根本問題」、
すなわち「唯物論と観念論」との間に、
いわば筋目を正すことを目的としている。
物質的な存在こそが世界の基礎と考える「唯物論」は、
極めて理性的で合理的な性格を持っている。
この「唯物論」を、
神や心を世界の基礎と とらえる
主観的・非合理的な「観念論」から
一切のあいまいさを残すことなく切り離し、
唯物論の方が優れているということを
高らかに主張することこそが、
本書・『唯物論哲学入門』の目的なのだ。

なお、
本書6ページで森氏が、
「唯物論の基本的な点について……
 説明」した人物として
「エンゲルス」と「レーニン」を挙げながら、
マルクスを挙げていない点にも注目したい。

今日、
一般に「マルクス主義唯物論」と言われているものは、
マルクスその人の著書ではなく、
マルクスの親友で同志であったエンゲルスや、
ロシア革命の指導者であるレーニンが書いたものを
基礎として大体成り立っている。

〔注1〕もっとも、
「本来の」仏教や儒教が
アジア民衆の間で本当に根付いていたのかは
かなり疑問である。
「南無阿弥陀仏」とか
「南無妙法蓮華経」と唱えれば救われるといった
まじないじみた信仰の方が
むしろ民間では主流となったり、
日本神道のような現地のアミニズム信仰と
結びついたりすることの方が多かった。
またインテリの間でも
唯識思想の類がはびこる傾向が強かったのも
事実である。
しかし無論、
こうした考え方は
もともとの仏教とはかなり異なるものである。
上座部仏教長老のA=スマナサーラ氏は
正しくもこう断言している。
「『起こる出来事』は自業自得ではないのです。
 純粋な出来事、という意味では
 自業自得の面もあり、
 他業自得の面もあり、
 まとめて言えば多業多得です。
 自分、他人、社会情勢、自然環境といった
 さまざまな因縁が重なり合って
 複雑な現象が成り立つのです。
 唯識思想ではあるまいし、
 初期仏教では現象としての外界の存在を
 きちんと認めています。
 それをすべて無視して自業自得というのは、
 極論であり邪見です。
 ……多くの因縁で構成された『出来事』を
 個人レベルの自業自得に還元することは
 行き過ぎです」
(A=スマナサーラ「釈尊の教え・あなたとの対話」『パティパダー』(宗)日本テーラワーダ仏教協会、24~25ページ)。

〔注2〕マルクス自身、
アジアを非常に遅れたものと
固定的にとらえる傾向から
免れることはできなかった。
専制国家主義と家父長制的な共同体によって
特徴付けられる社会を
「アジア的停滞性」などと
失礼な言葉を使って表現したりしたこともある。
また、
アジア社会は
「過去の政治的様相が
 いかに変転をきわめ」ているように見えても、
「その社会的条件は
 最古の時代から十九世紀の初頭の一〇年代まで
 かわ」っていないなどと
無茶苦茶なことを言っていたのも事実である。
さらに、
革命に反逆する「反革命的な」諸民族に
「アジア的」との名称を与えようとしたふしも
あると言うことだ
(カン=サンジュン「マルクスはアジアをどう見ていたか」朝日新聞社『マルクスがわかる。』収録)。


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by imadegawatuusin | 2011-09-29 09:25 | 弁証法的唯物論

国民栄誉賞について

――長谷川町子が受賞して手塚治虫はなし?――

■「次の受賞者」は誰か

9月17日の朝日新聞「青be」に、
国民栄誉賞の話題が載っていた。
「過去の受賞リストの中で、
 『国民の栄誉』に真にふさわしい
 『ベスト受賞者』は誰なのか、
 アンケートしてみ」たという。

現在までの受賞者は19人(団体を含む)で、
中には「こんな人知らんぞ」という人もいる。

「国民栄誉賞は選考の基準も、
 方法もいま一つわからない賞です。
 時の政権の人気取りという批判もあります」
と記事にもあるように、
受賞にあたって客観的な基準があるわけではない。
「対象者は
 『広く国民に敬愛され、
  社会に明るい希望を与えることに
  顕著な業績があった者』。
 ゆるい規定で、
 総理大臣顕彰では対象にしにくい
 プロ野球選手にも授与できるようにしたといわれる」
とのことだ。
「機会逸すると授与しにくい」とも。

漫画好きとしては、
長谷川町子(『サザエさん』の作者)が受賞していて
手塚治虫がもらっていないというのは
今ひとつしっくりこない。
もちろん、
『サザエさん』が
国民各層に広く受け入れられた作品であることは
否定できないが、
漫画という表現ジャンルそのものへの功績というか、
後の世への影響みたいなものも勘案すると、
「漫画家で誰か一人」ということになれば
やはり手塚治虫なのではないだろうか。

現在、
ただ「漫画」と言ったとき、
新聞の四コマ漫画や風刺漫画ではなく、
『ジャンプ』や『サンデー』に載っているような
ストーリー漫画を想像する人のほうが多いはずだ。
長谷川町子がいなくても、
おそらく現在の漫画業界に
大きな変化はなかったと思うが、
手塚治虫がいなければ、
漫画業界・アニメ業界のありようは
大きく違っていた可能性が高いと思う。

死亡時に生前の功績をたたえ、
受賞が決定することも多いようだ。
「広く国民に敬愛され、
 社会に明るい希望を与えることに
 顕著な業績があった者」。
『となりのトトロ』や『天空の城ラピュタ』で有名な
宮崎駿監督などは、
目下かなりの有力候補ではないかと思うのであるが、
どうだろう。

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by imadegawatuusin | 2011-09-21 18:46 | その他

――『涼宮ハルヒ』シリーズと『なぞの転校生』――
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■「この世界」へのこだわり

少年向けの大人気小説・『涼宮ハルヒの憂鬱』で、
「不思議なこと」に興味津々の涼宮ハルヒが
「謎の転校生」の転入を心待ちにしている場面がある〔注1〕。
ハルヒはなぜ、
「謎の転校生」が転校してくるのを待望していたのか。
その答えがSF作家・眉村卓の代表作・
『なぞの転校生』である。
ハルヒはこの本を読んでいたはずだ。
本書に登場する「なぞの転校生」・山沢典夫の正体が、
ハルヒが会いたがっていた「異世界人」なのである〔注2〕。

美形の上に勉強もスポーツもよくできる
転校生の山沢典夫は、
どこか「ふつうではない」。
妙に神経質なのだ。
エレベーターが止まっただけで慌てふためき、
核実験の放射能が含まれていると言って雨を怖がり、
頭上をジェット機が通っただけで逃げ出してしまう。
それは山沢典夫が、
核戦争で破滅的な最後をむかえた別の世界からやってきた
「次元放浪民」だったからだった。

優秀だが臆病で神経質な山沢やその仲間は、
あちこちでやっかいごとを引き起こしてゆく。
結局この世界での定住をあきらめて、
またもや別の世界に移っていこうとする
「次元放浪民」たちに、
本書の主人公・岩田広一は
こう問いかけるのである。
「そういうふうにつぎからつぎへと
 別の世界に移っていって、
 それでおしまいには
 どこか理想の世界が見つかるんですか?」、
「理想の世界なんてものは、
 ほんとうにあるんでしょうか?」、
「理想の世界なんて
 どこにもないんじゃないでしょうか。
 ぼくはそう思います。
 いや、
 そう思わないと、
 ぼくたちのようにこの世界でしか生きられない人間は、
 どうしようもないんじゃないでしょうか。
 典夫くんやみんなは、
 なまじっか次元から次元へ移れるから、
 より好みをしてしまうんです。
 そうじゃないでしょうか」……。
ここには、
『涼宮ハルヒの憂鬱』や、
その続編の一つである『涼宮ハルヒの消失』で
繰り返し主題となってきた
「世界選択」の問題が提起されている。

『涼宮ハルヒ』シリーズの主人公・キョンは、
『~憂鬱』では、
「今よりもっと不思議な世界」より「この世界」を、
『~消失』でも、
「今よりもっとまっとうな世界」より「この世界」を
選択した。
仲間と共に、
「この世界」を生きてゆくことに、
『涼宮ハルヒ』シリーズはこだわりをもつ。
そこに、
少年向けSF作品の先行作とも言うべき
本書・『なぞの転校生』の影響を見るのは
私だけではないはずだ。

「今よりもっとよい世界」を求めて放浪を続ける
「次元放浪民」たちには
悲惨な結末が待っていた。
命からがら再び「この世界」に戻ってきた
山沢典夫の父は
このように言っている。
「ほんとに、
 わたしたちは愚かでした。
 いつも最上のものを求めてさまよっていた結果が
 これです」。
そして、
こう言うのである。
「わたしたちは、
 もう自分たちだけの生活にとじこもっているつもりは
 ありません。
 みんなといっしょにやってゆかなければ、
 ほんとうの生き方はないということに、
 やっと気がついたんです」。

「みんなといっしょに」、
「この世界で」。
この二つのキーワードが、
『涼宮ハルヒの憂鬱』や『涼宮ハルヒの消失』でも
重要なカギとなっている。
私はそこに、
二つの少年向けSF作品の
深いつながりを感じるのである。

〔注1〕谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』68・96~98ページ
〔注2〕谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』11ページ


眉村卓『なぞの転校生』(評価:2)


【参考文献】
谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』について
谷川流「涼宮ハルヒの退屈」について
ツガノガク「ノウイング・ミー、ノウイング・ユー」解説
谷川流「笹の葉ラプソディ」について
谷川流「ミステリックサイン」について

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by imadegawatuusin | 2011-09-20 19:51 | 文芸

――悪役を買って出た青鬼の動機は「友情」なのか――
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あたしはね、
『泣いた赤鬼』を読んで以来、
鬼を見かけたら優しくしてあげようって
心に決めてるのよ。
もう、
すっごい泣いたわ『泣いた赤鬼』。
あたしなら立て札見た瞬間に
大喜びで赤鬼さんちに行って
お茶とお菓子を遠慮なくもらったのに……
(谷川流『涼宮ハルヒの陰謀』54ページ)


少年向けの大人気小説・『涼宮ハルヒ』シリーズで、
主人公のキョンとハルヒとが
幼いころに共に涙した絵本として、
『ないた赤おに』が挙げられている〔注1〕。

人間と友達になりたいと願う心優しい赤鬼は、
毎日お茶とお菓子を用意して
家に人間が遊びに来るのを待っていた。
家の前に立て札を立てて誘うのであるが、
人間たちはワナだと思ってなかなか近づこうとしない。

それを見かねた青鬼が、
赤鬼に協力することを申し出る。
「青鬼が村で大暴れしているところに赤鬼があらわれ、
 青鬼を退治する」という
芝居を打とうというのである。

二人の計略は成功し、
赤鬼は村人たちからの信頼を得て、
慕われるようになる。
だが、
それ以降、
青鬼は赤鬼の前に姿を現さなくなるのである。
心配になった赤鬼が、
ある日、
青鬼のところをたずねてみる。
すると、
青鬼の家には誰もおらず、
赤鬼あての置き手紙があったのである。

「アカオニクン 
 ニンゲンタチトハ 
 ドコマデモ ナカヨク マジメニツキアッテ 
 タノシク クラシテイッテ クダサイ。
 ボクハ シバラク 
 キミニハオメニ カカリマセン。
 コノママ キミト ツキアイヲ ツヅケテ イケバ、
 ニンゲンハ、
 キミヲ ウタガウ コトガ ナイトモ カギリマセン。
 ウスキミワルク オモワナイデモ アリマセン。
 ソレデハマコトニ ツマラナイ。
 ソウ カンガエテ、
 ボクハコレカラ タビニ デル コトニシマシタ」。
そんな言葉で始まる手紙は、
「ドコマデモ キミノ トモダチ    アオオニ」と
締めくくられていた。
物語は、
「赤おには、
 だまって、
 それを読みました。
 二ども三ども読みました。
 戸に手をかけて顔をおしつけ、
 しくしくと、
 涙を流して泣きました」と書かれて終わっている。

一般には「友情の美しさ」を描いた作品であると
位置づけられる絵本である〔注2〕〔注3〕。
だが青鬼の行動を、
そういう「赤鬼個人への友情」という動機だけで
理解する考えに
私は若干の疑問を持っている。

私が考えるところでは、
この青鬼もまた、
鬼と人間の友好を
強く望んでいた一人ではなかったのだろうか。
だが、
これまでのいきさつから、
鬼と人間とが交際を始め、
お互いが理解しあうには、
何かきっかけが必要なのだ。
「一転突破、全面展開」ではないが、
たとえ一人でも
「鬼の中にも優しい鬼がいる」ということが
実感されるならば、
そこから関係を切り開いてゆくことは
可能なのである。

だからこそ青鬼は、
自分が悪役を買って出たのである。
赤鬼との友情はもちろんだろうが、
鬼全体と人間の友好の未来のために、
たった一人でも、
「人間と関係を築く鬼」を輩出するために、
自分が悪者になったのである。

その意味で、
冒頭で紹介した涼宮ハルヒは、
この物語の真のテーマを
きちんと理解していた一人であろう。
ハルヒが団長を務める
学校当局非公認サークル・「SOS団」では、
2月3日の節分の日の豆まきの際、
「鬼は外」とは言わず、
もっぱら「福は内」とだけ言うそうである。
ハルヒはこう言っている。
「鬼を外に追いやろうなんて絶対不許可よ。
 SOS団は人以外の人にも
 広く門戸を開放しているんだからね」と〔注4〕。

〔注1〕谷川流『涼宮ハルヒの陰謀』54ページ
〔注2〕西本鶏介「浜田廣介と『ないた赤おに』“無償の愛の美しさ”」、浜田廣介『ないた赤おに』48ページ、金の星社
〔注3〕樋口裕一『子どもの頭がよくなる読書の習慣』183ページ、PHP文庫
〔注4〕谷川流『涼宮ハルヒの陰謀』54ページ


浜田廣介『ないた赤おに』(評価:3)


【参考記事】
谷川流『涼宮ハルヒの憂鬱』について
谷川流「涼宮ハルヒの退屈」について
ツガノガク「ノウイング・ミー、ノウイング・ユー」解説
谷川流「笹の葉ラプソディ」について
谷川流「ミステリックサイン」について

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by imadegawatuusin | 2011-09-19 19:05 | 文芸

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日本語の文章が読めない……。
日本語を母語としない人や
識字能力に難のある人でなければ、
原因はまず、
出てくる単語の意味がわからないということにある。

知的な文章を読むために
最低限必要なキーワードを集め、
これを解説した本はさまざまある。
その一つが本書・
『風呂で覚える現代文キーワード』である。
大学別入試過去問集・「赤本」を出版している
教学社が出している。

「有名私大・国公立大とセンター試験の過去問」から
50のキーワードを厳選したというのが売りである。
ただその中には、
「身分け」とか「遠近法」など、
「これが現代文キーワードなのか?」と
疑問の残るものもないではない。

むしろ本書の特色は、
各キーワードについている豊富な読書案内ではないか。
序文にあたる「はじめに」で、
新聞の社説や文化欄を読むことを薦めている点も
評価できる。

この本を読んだことをきっかけに、
さまざまな問題に興味・関心を広げ、
深めてゆく。
そんな「知の原点」とすることが
本書の理想的な使い方であろう。


【読書案内】
現代文のキーワードを、
頻出作家の考え方などを紹介しながら
コンパクトにかつ深く解説した本としては、
河合出版の
『ことばはちからダ! 現代文キーワード』
最も優れていると思う。
これが難しすぎるという人は、
漫画と短い文章とで
現代文キーワードをやさしく解説する
板野博行『語句ェ門777』(アルス工房)を経由して
読むとよいだろう。

日本語文の構造理解についての最良の入門書は、
本多勝一『日本語の作文技術』(朝日文庫)であろう。
日本語の文章について勉強がしたい、
わかりやすい文章が書きたいという人は
ぜひ読んでみてほしい。


『風呂で覚える現代文キーワード』(評価:3)

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by imadegawatuusin | 2011-09-18 18:25 | 日本語論

職場の飲み会で
執拗に「おじさん」などと侮辱されたことに
苦情を申し立てたところ、
最終的に退職に追い込まれたなどと
ブラザー販売の元派遣社員が訴えていた事件は、
8月17日に名古屋地裁で和解が成立しました。

ご注目ありがとうございました。


【関連記事】
ブラザー元派遣社員「苦情を申し立てたら退職に」


労働組合名古屋ふれあいユニオン
雇用形態や国籍に関わりなく、
愛知県下で働くすべての労働者が一人から加盟できる
地域労働組合(コミュニティユニオン)。
「コミュニティ・ユニオン全国ネットワーク」加盟。
「コミュニティ・ユニオン東海ネットワーク」事務局団体。
日ごろから組合員の学習会や交流会などを
積極的に企画しながら活動している。
現在、組合員数約200名。
組合員は組合費月額1500円。
賛助会員(サポーター)は年会費5000円。
住所:〒460‐0024
 愛知県名古屋市中区正木4-8-8 メゾン金山303号室
    (JR・地下鉄・名鉄金山駅下車 名古屋ボストン美術館の向かい)
電話番号:052‐679‐3079(午前10時~午後6時)月~金
ファックス:052‐679‐3080
電子メール:fureai@abox.so-net.ne.jp
郵便振替 00800‐8‐126554
ホームページ
http://homepage3.nifty.com/fureai-union/

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by imadegawatuusin | 2011-09-10 11:18 | 労働運動

S社から回答書

――会社側、「示談金10万9167円」を提示――

■Nさん「会社はウソ。録音とっておけばよかった」

8月9日の第1回団体交渉の開催を受け、
トヨタ系自動車部品メーカー・フタバ産業の下請会社である
S社が、
8月31日付で名古屋ふれあいユニオンに
FAXで「回答書」を送付してきた。

団体交渉で会社側は、
日系ブラジル人労働者であるNさん夫妻が
自ら会社を辞めたと主張。
それに対してNさんは、
自分は3月4日と3月8日の二度にわたって
Y課長から会社を辞めろと言われたと主張した。
退職届を書いたとされる3月8日の前日である
3月7日には、
3月4日に自己都合で辞めるよう
会社から求められた件について
Nさんは会社を休んで岡崎労働基準監督署に
相談にも行っており、
その際の労基署でのアドバイスに従って、
3月8日には退職届にポルトガル語で
「無理矢理辞めさせられた」と書いたのだと
説明したのである。

Nさんの妻であるRさんも、
3月8日の10時ごろに会社に呼ばれて事務室に行くと、
いきなりY課長から
「はい、これにサインして!」と強く言われたと証言。
夫のNさんから
「会社を辞めさせられる話だろう」と
聞かされていたため、
Nさんが労基署から聞いてきたアドバイスに従い、
「プレッシャーを与えられて辞めさせられた」と
ポルトガル語で記したのだと証言し、
自己都合退職扱いとなっているのは
納得できないと主張した。

それに対して会社側は、
Nさんは「体がきついので退職したい」と自ら申し出、
ポルトガル語での記述についても
そのように説明したと主張。
Rさんについても、
夫が解雇になれば通勤ができないので
会社を辞めると自ら申し出たのだと説明し、
主張は平行線をたどった。

Rさんについては団体交渉の中でも明らかになった通り、
これまでにも夫のNさんが欠勤の日にも
会社に出社してきていた実績がある。
交通費がきちんと支給されるならば、
「夫が解雇になれば通勤ができないので
 会社を辞めると自ら申し出た」という言い分は
通らないのではないだろうか。

Nさんは、
「Y課長と話したとき、
 携帯で録音しといたらよかったよ。
 ずるいな。
 あんな平気でウソつくのおかしいよ」と
大変いきどおっている。

■あれ? 「挙手で代表選出」のはずなのに……

一方、
Nさん夫妻が土曜日に出勤しても
残業手当が出なかったことがあると
訴えている件については、
会社側は当初ユニオン側に、
労働者過半数代表の選出方法を「挙手」と明記した
1年単位の変形労働時間制に関する協定書を送付し、
「当社は変形労働時間制を採用し、
 その旨労働基準監督署にも届出をしております。
 年間カレンダーも本人に渡しております」と主張。
それに対してNさん夫妻は、
「自分は労働者代表の選出で
 挙手をしたことなどないし、
 年間カレンダーももらっていない」と
主張していた。

団体交渉で名古屋ふれあいユニオンは、
会社側代表者として出席していたY課長に、
「あなたは労働者代表の選出、
 挙手しましたか?」と問いかけた。
それに対してY課長は、
「自分は事務所の人間なんで(挙手していない)」と
回答した。
語るに落ちるとはこのことである。

事務所の人間であろうと工場の人間であろうと、
労働者代表は事務所全体の過半数代表でなければ
ならない。
本当に労基署に届け出た協定書に記載されているように、
事業所全体の従業員を集め、
挙手で労働者代表を選出したのか、
極めて疑わしいことが浮き彫りになった。

会社側の杉浦専務も、
「朝礼で(挙手による労働者代表の選出を)
 やったんじゃないかと思う」という
曖昧な回答しかできず、
いつ、
どのような形で労働者代表が選出されたのか、
明解な回答ができなかった。 

挙手による労働者代表の選出が
事実でなかったのだとすれば、
変形労働時間制導入の根拠・前提自体が
崩れることになる。

ところが、
団体交渉を受けての
8月31日付の会社側の「回答書」では、
当初「挙手」によるとされていた
労働者代表の選出について、
「各事業所……毎に
 従業員が自主的に代表者を選出しており、
 弊社としては
 その代表者が適法に選出されたものと信頼して、
 その者と労使協定を締結しています。
 貴団体より指摘を受け、
 改めて各代表者に
 その当時の選出方法を確認したところ、
 労働者全員に口頭で意向を確認し、
 労働者の総意を以て
 自分が代表者に選出されたとの回答でした」と
いうのである。

仮にそうであるならば、
どうして労基署に届け出られた協定書では、
労働者代表の選出方法について、
他に「話し合い」という項目もあったにもかかわらず、
「挙手」という虚偽の届出がなされたのか、
全く説明がつかないことになる。

Nさんは、
「(筆者注:会社は)みんなで手挙げて決めたて言ってた。
 また話変わった。
 ぜんぜん話違うね」と言っている。

また、
「労働者全員に口頭で意向を確認し」とあるが、
少なくともNさん夫妻には
そのような意向確認があった事実はないという。
ブラジル人労働者は
「労働者全員」に含まれないとでもいうのだろうか。

また、
ブラジル人労働者だけではない。
元従業員のM氏も
名古屋ふれあいユニオンの聞き取りに対し、
そのような意向確認は行なわれていないと
言明している。
またM氏が電話で聞いたところによると、
同じく元従業員のT氏も
同様の証言をしているという。

■カレンダー:「本人に渡した」から「職場に貼った」に

また会社側は、
当初は「年間カレンダー」を
「本人に渡しております」と主張していた
変形労働時間の労働者への周知方法についても
言を翻し、
「以前に送付したとおり
 年間休日カレンダーを作成しており、
 それを職場に貼付して
 労働者に周知させておりました。
 また、
 事務室においても
 いつでも要求があれば閲覧できるうように
 備え置いていました」と言いだしたのである。

ユニオンに「以前に送付」された会社側FAXには、
「年間休日カレンダーを作成しており、
 それを職場に貼付して労働者に周知させて」いると
書かれていたのではなく、
「年間カレンダー」を「本人に渡しております」と
書かれていたのである。
個々の労働者に直接配布されていたのか、
単に作成して職場に張り出していたのかは
無視できる範囲を超える違いである。
この違いをなかったことにして、
「以前に送付したとおり」などと
あたかも
以前から一貫した主張をしているかのように言うのは
詭弁である。

また、
Nさん夫妻は年間カレンダーについて、
「今は貼ってるかもしれんが、
 昔(筆者注:=自分が会社にいたころ)は
 貼ってなかった。
 見たことないよ」と言っている。
これはNさん夫妻だけが言っていることではなく、
元従業員のM氏もユニオン側の聞き取りに対し、
職場にカレンダーは貼ってなかったと
言っているのである。
会社側はこれでも
「当社は適法に
 1年単位の変形労働時間制を採用しており、
 それに基づいてN、Rの給与を計算し、
 その全額を既に支給しております。
 これ以上支払うべき金銭はありません」と
言い張るのであろうか。
姑息な言い逃れはやめるべきである。

■「これだけ迷惑かけられて10万円?」

ところで会社側は、
変形労働制は正当であると一方では強弁しながら、
他方では次のような提案を
ユニオンに持ちかけているのである。

「ただ、
 貴団体の意見に基づき、
 仮に変形労働時間制が不適法・無効として
 土日を休日と仮定して計算すると、
 Nにつき21万1359円、
 Rにつき6975円、
 合計21万8334円の未払が発生します。/
 当社としては上記のとおり
 適法に変形労働時間制を採用しており、
 両名に対して一切金銭を支払うべき義務はないと
 考えていますが、
 この問題について早期かつ円満に解決を図るため、
 今回は特別に譲歩し、
 上記金額の半額に当たる10万9167円を
 示談金としてお支払いする用意があります」。

ところがこの「示談金」の支払いには、
次のような条件が付けられている。
「この示談金をお支払いする場合には、
 当社に対して今後一切請求をしないこと、
 本件について
 関係機関及び第三者に他言しないこと等を
 お約束いただきます」。 

つまり、
この「示談金」を受け取った場合は
両名の退職問題もふくめ、
「今後一切請求を」してくるな、
また本件については一切他言するなというのである。
Rさんはこれを聞いて、
「これだけ迷惑かけられて、
 10万円ではすまないね」と言い切った。

そもそも会社側の回答書には、
変形労働時間制問題についての回答はあっても、
Nさん夫妻が主眼とする、
両名の退職が
会社の働きかけによるものであった事実を
認めよという要求には
回答が一切ない。
Nさん夫妻は会社側が
「自己都合退職」扱いで離職票を
職業安定所に届け出た結果、
きちんと会社が「会社都合退職」で届け出ていれば
180日間受給できたはずの雇用保険が、
このままでは
それぞれ90日しか受給できなくなってしまうのである。

Nさん夫妻は、
土日休日に関する21万1359円を
会社が全額支払うのであれば
退職問題も含めた解決も可能であるとしているが、
現状の会社の回答では
到底納得することができないと言っている。
会社との間で話し合いによる合意ができない場合は
提訴も辞さない構えだという。

名古屋ふれあいユニオンは
本件の全体的解決の実現のため、
会社側に対し、
第二回団体交渉の開催を要求した。

ユニオン側は1週間後の9月13日午後6時までに
回答書を送付するよう求めている。


【参考記事】
フタバ産業下請・S社の団交拒否に抗議!
フタバ産業下請・S社が団交応諾
S社と第1回団体交渉開催
S社事件、円満解決のご報告


労働組合名古屋ふれあいユニオン
雇用形態や国籍に関わりなく、
愛知県下で働くすべての労働者が一人から加盟できる
地域労働組合(コミュニティユニオン)。
「コミュニティ・ユニオン全国ネットワーク」加盟。
「コミュニティ・ユニオン東海ネットワーク」事務局団体。
日ごろから組合員の学習会や交流会などを
積極的に企画しながら活動している。
現在、組合員数約200名。
組合員は組合費月額1500円。
賛助会員(サポーター)は年会費5000円。
住所:〒460‐0024
 愛知県名古屋市中区正木4-8-8 メゾン金山303号室
    (JR・地下鉄・名鉄金山駅下車 名古屋ボストン美術館の向かい)
電話番号:052‐679‐3079(午前10時~午後6時)月~金
ファックス:052‐679‐3080
電子メール:fureai@abox.so-net.ne.jp
郵便振替 00800‐8‐126554
ホームページ
http://homepage3.nifty.com/fureai-union/

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by imadegawatuusin | 2011-09-06 17:45 | 労働運動