「ほっ」と。キャンペーン

――野田総理は再稼働を認めるな!――

■ひとたび事故起これば取り返しの付かない惨事に

運転停止中の大飯原発3・4号機の再稼動について、
野田総理は5月30日に、
「私の責任で判断する」と表明した。
私は野田総理に対し、
大飯原発3・4号機の再稼動を認めないよう強く求める。

東日本大震災でも明らかとなったように、
原発はひとたび事故が起これば
取り返しのつかない事態を招いてしまう。
そして、
再び原子力発電所で事故を起こさないように
今年4月にも設置されるはずだった「原子力規制庁」は
いまだに設置されていないのである。
大飯原発再稼動の是非の基準となる
「安全基準」を作ったのはこの原子力規制庁ではない。
この「安全基準」は閣僚会議で決めた
「暫定的なもの」に過ぎないというのだから
あきれる(朝日新聞5月31日)。

■まだ原子力規制庁もできていないのに

少なくとも原子力発電所の再稼動の是非を
検討するにあたっては、
最低限、
政治的な圧力から独立した
中立的な原子力規制庁の設置を待ち、
東日本大震災以降の新しい知見を踏まえた
厳しい安全基準を策定した上でのことであるべきだ。
また、
電力需要の逼迫を再稼働の理由とするのであれば、
稼働期間も夏のピーク時など必要最小限に抑えるのが
論理的帰結となるはずである。

■脱原発への期間を区切った工程表を!

そもそも、
今後わが国が
いかに原発から脱却していくかという道筋も
明らかにされていない中で原発再稼動を強行すれば、
原発依存の状況をなし崩し的に
国民に追認させようとしているのではないかと
疑わざるをえない。
原発の稼動・非稼動は、
まずはいつまでにどういった形で
原発依存から脱却するかという
明確な工程表を示した上で、
完全な脱原発依存までの間、
既存の原発をその大きな枠組みの中で
どう位置づけるのかを明らかにするのが
議論の筋道ではないだろうか。

どの原発をいつまで稼動させ、
いつまでに脱原発を実現するのか、
その筋道が見えない中での原発再稼動には
私は断固として反対する。

[PR]
by imadegawatuusin | 2012-06-04 17:52 | 環境

――主要新宗教を見渡せる好著――

■熱心な信者の多い新宗教は無視できない

日本の主な新宗教をざっと眺め渡すことのできる新書が
本書・『日本の10大新宗教』(島田裕巳)である。
世界の主な宗教を眺め渡すことのできる本としては、
『完全教祖マニュアル』著者の架神恭介氏も薦める
『世界がわかる宗教社会学入門』橋爪大三郎)などの
よいものがある。
だが、
今の日本で現実に、熱心に活動している新宗教について
ほとんど触れていないのが難点であった。
『日本の10大新宗教』は
『世界がわかる宗教社会学入門』の
そうした弱点を補うことのできる
良い本である。

題名には
「日本の10大新宗教」と書かれているけれども、
この本で紹介される新宗教は
10教団だけではない。
「立正佼成会と霊友会」や
「世界救世教、神慈秀明会と真光系教団」など、
系統を同じくする新宗教が
まとめて「1つ」と数えられて紹介されているので、
日本の主な新宗教のほとんどを
見渡すことができるのだ。

■成功のカギは「カリスマ+実務家」のコンビ?

精神科医の和田秀樹氏はこの本を読んだ感想として、
「女性の教祖と
 それを支える男性の参謀という形が多いこと……など、
 不可解なことの整理に役立つ」と述べている。
立正佼成会の長沼妙佼と庭野日敬、
霊友会の小谷喜美と久保角太郎、
大本の出口なおと出口王仁三郎、
真如苑の伊藤友司と伊藤真乗、
璽宇の長岡良子と山田専太などが
その典型といえるだろう。
(立正佼成会では庭野日敬、
 霊友会では久保角太郎、
 真如苑では伊藤真乗の側が
 「教祖」という扱いになっているが、
 それぞれ長沼妙佼・小谷喜美・伊藤友司の方が
 「神がかりする霊能者」で、
 男性の「教祖」はむしろ
 教義を整えた理論的な支柱であり、
 組織の大成者である)。

天理教もその初期の段階では、
神がかりする教祖・中山みきの言葉を
世間に受け入れてもらうための
「応法の理」を整えるにあたっては、
みきの長男である中山秀司の働きが大きかった。
秀司はさまざまな迫害を避けるため、
まずは「神社の総元締めである吉田家に入門する」。
これが
「天理教を
 神道系の新宗教教団として組織化していく上で
 大きな影響を与えていくこととなった」という。
具体的には、
「秀司は、
 そこで、
 中臣六根、御清めの祓いといった
 神道式の儀礼を営む方法を学んだ。
 中山家に戻ってきてからは、
 神主の格好をして、
 それを実践した」という。
「みきは、
 周囲の人間たちに、
 七十歳になってから、
 自分は立って踊るようになったと語っており、
 天理教の儀礼で用いられる『みかぐらうた』が作られ、
 それにあわせて踊る『おてふり』が
 教えられるようになるのは、
 これ以降のことである。
 おそらくみきは、
 秀司が行っている神道式の儀礼に刺激を受け、
 そこから
 天理教独自の儀礼の方法を
 編み出していったのであろう」ということで、
天理教はこうした形で形成されていったのである。

しかし、
江戸幕府が倒れると吉田家は
「神社の総元締め」としての地位を失い、
お墨付きは意味を成さなくなる。
すると秀司は、
今度は「既成仏教宗派である真言宗の傘下に入ることで、
迫害を避けようとした。
/具体的には、
高野山真言宗光台院の末寺である
金剛山地福寺へ願い出て、
転輪王講社を結成した」という。

本書によれば、
「秀司という人物について、
 天理教の教団のなかでの評価は
 必ずしも高くはない」らしい。
天理教では戦後、
権力の弾圧を避けるためのこうした「応法の理」は
否定された。
かわって今では、
教祖・中山みきの「純粋な」教えに立ち返ろうという
「復元の理」が提唱されている。
したがって、
権力におもねる「応法の理」を推進した中山秀司などが、
体制に迎合して権力にへつらい
「教祖様の純真な教えを捻じ曲げた」と評価されるのは
ある意味やむをえない面がある。
だが本書も指摘するように、
「彼は教団の中心を担っていた。
 秀司がいなければ、
 天理教の教団はもっと厳しい取り締まりを
 受けていたかもしれない」のである。

また、
天理教の現在の教理である「復元の理」を推進して
「その先頭に立った」のも、
「東大の宗教学科でも学んだインテリ」であった
「二代目真柱、中山正善」であった。
土俗的で混沌としていた天理教の教義を
一神教的で洗練された現在の姿に整えたのは、
実質的にはこの正善であると言ってもいい。
「正善は、
 皇族とも付き合いがあり、
 庶民である信者とは対極に位置していた」という。

こうした例を見ると、
教団の大成のためには
神がかりする教祖だけでは十分ではなく、
教義をきちんと体系づけたり
教団組織を整えたりする
知的な実務者の存在が欠かせないことがわかってくる。

古くは、
イエスに対するパウロのような例もある。
長岡良子を教祖とする璽宇の例を見ても、
組織宣教者である「山田が教団の本部を去ると、
……活動は停滞し、
世間からは完全に忘れられてしまった」ということだ。

■創価・牧口は「日蓮仏法の解説者」

さてそうなると、
「そういうタイプに当てはまらない」新宗教は
どうなっているのかが気になってくる。
特に、
日本最大の新宗教である創価学会は
明らかにこの例に当てはまらない。
初代会長の牧口常三郎は
神がかりしたり霊感を用いたりする人物ではなかった。
この本によると牧口は、
「小学校の校長を歴任した教育者であった上、
 地理学に強い関心をもち、
 地理学関係の大部の著作も残している。
 地理学を学んだ関係から、
 柳田国男や新渡戸稲造がかかわった
 『郷土会』という民俗学の研究団体にも入っていて、
 柳田や新渡戸とも交流があった。
 /牧口は、
 新宗教の教祖としてはめずらしく、
 知識人、インテリであった」とのことである。

立正佼成会や霊友会・真如苑の場合も、
確かに初代創立者自身は
理論家・実務家タイプではある。
けれど彼らは、
それぞれ長沼妙佼・小谷喜美・伊藤友司といった
女性の霊能者とコンビを組んでいた。
しかし、
創価学会の牧口には、
そうした相方が見当たらないのである。

ここで注目するべきことは、
創価学会は他の新宗教と違って、
既成仏教教団である日蓮正宗の在家信者による
講組織だったということだ。

教祖には確かに神がかりするカリスマが多い。
けれども、
その教祖の教えをもとに一派を成す宗祖や、
衰えていた教団を再び盛んにする「中興の祖」には
インテリの実務者が意外に多い。
日本で言えば天台宗の最澄・
浄土宗の法然・
浄土真宗中興の祖の蓮如といった人たちである。
(一般的にはカリスマタイプと見られることの多い
 真言宗の空海も、
 その教養や業績などに注目したとき、
 実はインテリ・実務者タイプだったのではないかと
 私は思っている)。

これに対して日蓮宗の日蓮などは、
宗祖としては珍しく
明らかにカリスマタイプの宗教者だ。
創価学会はその組織そのものは新しい。
だが、
既成仏教教団である日蓮正宗の
在家信者の講組織であることを見れば、
牧口を教義上の「教祖」と捉えることは
必ずしも正しくない。
彼はあくまで「日蓮仏法の解説者」であり、
「新宗教の教祖」というよりもむしろ、
日蓮宗の一派の「宗祖」あるいは
「中興の祖」と見た方がよいのではないか。
創価学会にとってのカリスマ教祖は
あくまで日蓮なのである。
(創価学会では日蓮を「日蓮大聖人」と呼び、
 「末法の御本仏」として
 現代においては釈迦よりも優先する存在として
 あがめたてまつる。
 これは、
 あくまで日蓮を
 「釈尊の脇士・上行菩薩」と位置づけて
 釈迦を第一義的にあがめたてまつる
 他の日蓮宗系各教団とは対照的だ。
 創価学会は他の日蓮宗系教団と比べ、
 極めて突出した日蓮崇拝の姿勢を示す教団なのだ。
 日蓮がカリスマタイプの宗教者であったことが、
 彼を「教祖」的地位にまで押し上げたのかもしれない)。

■カリスマと実務家の両立の秘密は「鎮魂帰神法」!?

では、
本書に登場する世界救世教の岡田茂吉などは
どう見ればいいのだろう。
この問題は、
大本の出口王仁三郎にも通じることだ。
神がかりする教祖である出口なおに対し、
教義大成者である出口王仁三郎もまた、
偉大なカリスマを持っていた。
しかし、
教義を大成して
組織を整える実務家・インテリとしての側面と、
神がかりするカリスマの側面とは、
一人の人物の中で
はたして両立可能なのだろうか。

その問題を解くカギは、
出口王仁三郎が学び、
一時 大本の信者であった岡田茂吉も修得したという
「鎮魂帰神法」にあるのではないか。
この本によると、
「王仁三郎は、
 修験道の修行をしたこともあり、
 心霊と交わり、その力を活用する
 『鎮魂帰神』の方法を学んでいた」という。
初期の大本は
「鎮魂帰神の方法による
 神憑りの修行が実践できることが
 売り物で」あったといい、
世界救世教の岡田茂吉もその中に含まれていた。
岡田茂吉は
「大本で説かれた鎮魂帰神法の修得に
 心血を注」いでいたとされている。
「すると周囲の人間が、
 茂吉の身辺に観世音菩薩が出現していると言い出し、
 彼自身も
 自らの腹のなかに光の玉が宿っているのを
 感じるようにな」ったというのだ。

鎮魂帰神法はおそらく、
神がかり的な精神状態とカリスマ的な雰囲気とを
一時的に作り出すことを可能とする行法なのだと
私は思う。
だから、
修行によって後天的にこれを身につけた人物は、
あるときはこれを行なうことで
「神がかりするカリスマ」の状態になることができ、
そうでないときは
実務家としての腕を普段通りに振るうことが
できるということなのだろう。

もっとも本書では、
主に晩年の出口王仁三郎の奇行なども紹介されている。
それを考えると、
この「鎮魂帰神法」も、
長期的には普段の精神状態に影響を及ぼす可能性に
気をつけた方がよいだろう。
実際、
かつては
「鎮魂帰神の方法による神憑りの修行が
 実践できること」を
「売り物」にしていた大本でも、
現在はこれを行なっていないということである。


【おすすめ参考サイト】
書評:『完全教祖マニュアル』(架神恭介・辰巳一世)
書評:世界がわかる宗教社会学入門(橋爪大三郎)
橋爪大三郎『世界がわかる宗教学社会学入門』を読む

[PR]
by imadegawatuusin | 2012-06-03 18:07 | 宗教