「ほっ」と。キャンペーン

(2013年8月29日掲載)

旧日本軍の慰安婦だった韓国人女性2人と支援団体が、
いったん申し入れていた
日本維新の会の橋下徹代表との面談を中止した。
支援団体側(がわ)はその理由について、
「(2女性とも)
 橋下氏とは会いたくないと言っている」・
「政治利用される心配もある」と言う
(朝日新聞5月24日)。

橋下氏は最近、
「戦時慰安婦必要論」や
在日米軍への「風俗業活用推奨論」などをぶち上げ、
国内外から非難を浴びていた。
橋下氏がどういう人かは
始めから分かりきっていることだった。
元慰安婦らが面会すれば
「和解」の演出に利用されうることも
当然分かっていたはずだ。
面会を申し入れた側から
面会を拒否する理由としては弱い。
こうした発言をしておいて、
まさか橋下氏には
当事者に合わせる顔があるはずがないという思い込みが
支援者側にあったのではないか。
だとすると、
橋下氏の「恥を知る心」に期待した作戦は
失敗したことになる。

そもそも橋下氏は、
慰安婦は「必要」であり、
今後も「活用」されるべきだと考えている。
つまり、
元慰安婦らの「働き」に意義を認めているのである。
その点で、
最近問題になっている憎悪演説にあるような、
元「慰安婦」を見下し、
さげすむがごとき悪意が
橋下発言には決定的に欠けている。
だから橋下氏は、
元慰安婦らと面会し、
戦時中の彼女らの働きに感謝するつもりだったのか、
ねぎらいの言葉をかけるつもりだったのか、
とにかく
彼女らと顔を合わせたくないという心理を
一切持ち合わせていないのである。
この「恥を知らない」橋下氏の心理を
理解しておかないと、
彼への批判は全て空回りに終わる。

[PR]
by imadegawatuusin | 2013-05-25 14:45 | 政治

『朝日新聞』の昨年12月23日の投書欄に、
「正月の風習 少しだけでも守る」と題された投稿が
載っていた。
その文章は、
「商店街の門松もめっきり減り、
 しめ縄飾りをする家もまばらになった」と
書き起こされ、
「せめて、
 家の中でもおせち料理を作り、
 鏡餅を供え、
 おとそで新年を祝うことだけは守っていきたい」と
締めくくられている。

だが、
門松・しめ縄飾り・鏡餅といったものは
単なる風習ではない。
本来は神道という特定宗教と結びついた
宗教グッズなのである。

たとえば門松は、
正月の神である「歳神様」が訪れるための
目印であると説明され、
松が「(歳神様を)待つ」に通じるとされている。

しめ縄飾りは
「穢れ・不浄を防ぎ、
 歳神様を迎える家を神聖な領域にするもの」とされ、
歴史的には差別や偏見とも結びついてきた
「穢れ意識」とも関わりが深い。

そして何より鏡餅は、
「家の中で歳神様が宿る依り代」であり、
いわば神の「ご神体」となるものなのだ。

ただただ前例を無批判に踏襲し続けていると、
日ごろどんなに宗教を遠ざけ理性的に暮らしていても、
非合理な宗教的観念や穢れ意識に
知らず知らずに侵されてしまう恐れがある。

「風習」だから「伝統」だからと
思考停止に陥るのでなく、
意味や由来をきちんと知って、
その是非を自分の頭で一つ一つ判断していく
主体的な態度が必要だ。
そうした態度を身につけてこそ、
不要なものまで売りつけて金儲けを図る商業主義に
踊らされずに
無駄を排する賢い消費者となることができるのである。

[PR]
by imadegawatuusin | 2013-05-22 18:14 | 文化

3歳と1歳の姉弟を餓死させた親に
殺人罪で懲役30年の判決が出たことについて、
昨年12月18日の『朝日新聞』に、
「2児放置死 みせしめ判決では」との投書が載った。

投稿者は、
「児童虐待死の裁判を見ていると、
 懲役10年前後くらいまでの判決が多い」と
主張していた。
しかしそれは、
殺害された児童が1人だった場合の判決ではないか。

この投書を読み私は、
児童への虐待殺人が軽く見られているのではと感じた。
昔は尊属殺人罪があり、
親など「目上の身内」への殺人では
死刑か無期懲役しか下せなかった。
子殺しが軽視されるのはその裏返しで、
「目下の身内」を低く見る意識、
「子供は親のもの」と
子の独立性を否定する意識の表れではないか。

[PR]
by imadegawatuusin | 2013-05-14 14:39 | 政治