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板野博行『語句ェ門777』について(その1)

――「アイデンティティー」=「自己自認」――

■「自己の存在証明」なんて意味不明!
「アイデンティティー」の意味として、
本書では
「自己同一性・自己の存在証明」との語釈が
掲載されている(本書6ページ)。
自分でそう説明しておきながら、
「『アイデンティティー』という語自体が
 まだ日本語として根付かない」ためであろうか
(板野博行『語句ナビ690』13ページ)、
それを四コマ漫画で
「『自己の
  存在証明』
 なんて
 わかんないよ」と
自分で突っ込む場面がある(本書6ページ)。

これではかえって訳がわからなくなりそうだ。

私の理解するところでは、
「アイデンティティー」という言葉は
「自己自認」とか「自己理解」、
あるいは
「自分の自分たる拠り所」などと言い換えてみると、
かなりしっくりくると思う。

自分で自分のことを、
「私は○○だ!」と自認するところのもの、
「僕は○○だ」と理解するところのもの、
そしてそのことが
自分の生き方・生活の仕方の
拠り所となっているところのものが、
この「アイデンティティー」というものなのだ。


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by imadegawatuusin | 2008-12-01 22:56 | 日本語論
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