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出口汪『早わかり文学史』について

――ぐいぐい「読ませる」文学史――

■文学をネタに近代史を語る!
明治時代以降の日本の文学史を、
社会の動きと関連づけながら
ぐいぐい「読ませる」文学史である。

筆者・出口汪(ひろし)さんは
日本の近代文学史を「西洋化の流れ」と位置づける(本書2ページ)。
「どうやって日本が西洋化していくかということは、
 文学史の流れをおさえると
 非常に理解しやすくなる」(本書2~3ページ)との考えの下、
むしろ文学をネタに近代史を語ろうとしているかのような
おもむきすらある。

第一次世界大戦後の世界恐慌の中、
マルクス主義を基盤とするプロレタリア文学
隆盛したことについて、
「マルクス主義というのは、
 こういう時に入ってくると『思想』ではなく、
 現実的な『生活』そのものなのです」と捉え、
「例えばロシア革命でも中国の革命でも、
 あれは僕は『生活』の必要から
 起こったのだと思うよ。
 要は革命を起こさないと食えない。
 そこに、
 共産主義思想が生まれてきます。
 結局は人間を動かしているのは
 『生活』なんですよ」と記す出口さんの視点は
極めて鋭い(本書168ページ)〔注1〕。
〔注1〕実はこれこそが、
まさにここで話題に上っている
共産主義の根底にある、
唯物史観の考え方だ。
人間生活のあり方が、
その人の意識を規定する。
歴史や政治といった「上部構造」を動かしているのは、
下部構造=人々の生活のあり方だ……
と考えるのが、
唯物史観の基本的な立場であるからだ。


一方で、受験参考書らしく、
受験生を鼓舞することも忘れない。
小倉に左遷された森鴎外が
軍部上層部の圧力で文学活動を停止させられる中、
それでも密かに小説の構想を練り続けたことを挙げ、
「挫折の時期にどう生きたかで、
 その人の価値が決まってくる」(本書135ページ)
と説く本書は、
下手な人生論を読むよりずっと
人生にハリを与えてくれる。

恋愛論もなかなか鋭い。
尾崎紅葉の『金色夜叉』をネタにしつつ、
「お互いに、好きな者同士が、
 別れて別の人と結婚する時、
 相手を本当に嫌いになってから結婚をするなら
 うまくいくのですよ。
 でも好きなまま別れて、
 別の好きでもない人と結婚するときは
 必ず失敗すると僕は思います。

 好きな人とはもう会えない。
 なのに好きでもない人と
 一緒に暮らさなければいけないのでしょう。
 となったら無意識に
 女の人は比べるのですよ、
 好きな人と実際一緒にいる人と。

 そうやって好きな人というのは、
 どんどん頭の中で理想化されていくんです。
 良いところばかり頭に残って、
 会わないものだから
 どんどん理想化されていくのです。
 相手が死んでいれば
 もっとそれが美化されてしまうわけでしょう」と、
実にクール。
(このパターンは
 実は「女の人」ばかりではないとおもう。
 男も以外に未練がましい。
 古くは『源氏物語』で、
 光源氏が藤壺と別れて葵の上と結婚させられたときも
 こうであったといえる)。

野村美月の傑作ライトノベル「文学少女」シリーズ
第一作を読む前などにも
ぜひ目を通しておきたい一書である。

なお、
出口汪さんは、
本書読了後に
「薄い文学史の問題集を
 一冊解いてみることをおすすめする」
としているが(本書ivページ)、
受験技術研究家の和田秀樹さんが
『受験本番に強くなる本』(PHP)文庫で薦めている、
柿崎広幸『ぶっつけ日本史』(文英堂)がいいだろう。
文学史短期完成の決定版だ。


《本文校訂》
「付録」の190ページで、
佐藤春夫が「新思潮派」に分類されているが、
佐藤春夫は「耽美派」である。
本文でも佐藤春夫は、
「その他の耽美派の作家といえば、
 佐藤春夫」とされ(本書106ページ)、
本書1127ページの「ミニマム記憶事項(6)」でも
耽美派に分類されている。
by imadegawatuusin | 2008-12-05 08:42 | 文芸
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