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板野博行『語句ナビ690』について(その3)

――仮面は「顔」=「個性」を消去する――

■モザイクは「顔」を隠す
本書26ページから27ページの「仮面」の項は、
本書の最も難解な部分だ。
何度読み返しても意味がわからない。

まずのっけから、
「仮面=ペルソナ」の存在価値を論じることは、
とりもなおさず
近代的「自我」について論じることになる。(本書26ページ)

とくる。
何で?

次はこうだ。

「仮面」のもつ逆説的意味としては、
一件無表情に見える「仮面」の裏側にある
「有機的宇宙」の存在にある。(本書26ページ)


「意味としては
 ……存在にある」って、
文法的に係り結びがおかしくないか。

そもそも「仮面」の裏側に
何で「有機的宇宙」があったりするのか。

まず整理してみよう。
本書は仮面の裏側に
「有機的宇宙の存在」があるという。
これは、
おそらく何かの比喩なのだろう。
では、
仮面の裏側には何があるのかを考えてみれば、
答えは以外に簡単だ。
仮面の裏側には「人間」があるのである。
「有機的宇宙」とは、
究極の有機生命体である「人間」の世界を
象徴しているのだ。
それは「かつて人間がまだ
『近代的自我』をもつ前にあった世界のことで」あると
本書は述べている(本書26ページ)。
しかし
「近代に入ってからの人間は、
 自由という名の孤独にさらされた『自我』を
 もってしまい、
 かつての共同的な存在から
 個々に分断された存在へと変化した」(本書27ページ)。

仮面は人間の顔を隠す。
顔は人間の最も個性的な部分である。
その証拠に、
テレビなどで個人の特定を避けたいときには
必ず「顔」にモザイクをかける。
顔を映しながら
手にモザイクをかけたりすることはない。
人間の個性を最もよく表すのは顔であり、
手ではないからだ。
言い換えると、
顔は「孤独にさらされた『自我』」=近代的自我の
象徴である。

「その近代的自我を覆い隠し、
 再び人間を有機的宇宙へとつなげるものとして
 『仮面』はある」と本書は説く。
「人間のもっとも重要な(筆者注:個性的な)部分である
 顔を覆い隠すことで」(本書27ページ)、
人は「顔」を失い、
「個人」ではありえなくなる。

「個性」=近代的自我を消去し、
人を近代以前の共同体的存在へと誘う
象徴として、
仮面が捉えられているのである。
(そんな大層なものなのだろうか、
 仮面って……)。


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by imadegawatuusin | 2008-12-05 17:46 | 日本語論