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靖国問題:国は信仰を裁いてはならぬ

■合祀取り消しを求める遺族
靖国神社に合祀された
戦没者の遺族が合祀取り消しを
求めている裁判がある。
靖国神社は
戦没者遺族が合祀を止めるよう求めても、
一切耳を貸そうとはしない。
戦争指導者と肉親とが
ひとつ所に祀られることを望まぬ人、
肉親を「神」とされることを
宗教的理由から拒む人、
朝鮮・台湾など旧植民地の遺族など、
その理由は様ざまだが、
靖国神社はそんなことにはお構いなしに
一方的に「英霊」を合祀し続けている。

遺族が祀ってほしくないと
必死で訴えている戦没者を
無理矢理「神」として祀っている、
その一点だけとっても、
この神社の非常識さが分かる。
自らが信仰しない、
場合によっては反対する宗教に
勝手に肉親を「神」扱いされて
崇め奉られる遺族の苦しみに、
靖国神社は驚くほど無神経である。

筆者の肉親が、
もしオウム真理教に勝手に
「神」として祀られたら、
どう考えても いい気持ちはしない。
やめてくれと抗議するのも当然だろう。
「一度合祀したものは、
 もはや混然一体となっており、
 再び分離することは不可能だ」などと
独自の「宗教理論」を振りかざして
居直られたりした場合には、
激怒するのは当たり前である。

その意味で、
合祀取り消しを求める遺族の訴えには
社会的正当性があると筆者は思う。

■裁判で解決できる問題なのか
靖国神社のこの傍若無人な振る舞いを
社会的に暴露し、
抗議し、心を入れ替えるよう
靖国神社に求めること、
これは間違いなく正当であり、
必要である。
しかし筆者は、
その遺族が靖国神社に
合祀の取り消しを求めるために
裁判所に提訴するという行動には
賛成できない。

いかにろくでもない信仰であろうと、
信仰は信仰である。
もし裁判所が
原告肉親の合祀取り消しを命令すれば、
それは靖国神社という一宗教法人の
信仰対象そのものを
禁止することになってしまう。
国家権力が
「この人物は
 信仰対象として拝んではならない」と
民間の一宗教法人に
命令することになるのである。

「Aという人は
 お国のために死んだので英霊となり、
 今も護国の神として
 我が国の平和を守っている」
という信仰を持つ人が現に存在する中で、
国家権力が
「Aという人を神として拝んではならない、
 祀ってはならない」と
特定宗教の信仰を禁圧することは
許されない。
ある存在を「神」と信じる人の心を、
国が裁くことはできないのである。

先のオウムの例でいえば、
筆者の肉親がオウムによって、
麻原彰晃と並ぶ神として祀られた場合、
筆者は当然抗議し、糾弾し、
その取り消しを求めて社会的に訴えるだろう。
しかし、
それでもオウムの人たちが
悔い改めようとしないなら、
その信仰を禁止することは、
やはりできないということだ。

では、
その場合の筆者にできることは何か。
オウム真理教が遺族の心情をないがしろにする
実にけしからん集団であると、
その事実をありのままに
社会に暴露することができる。
その実態を知ってもらうことによって、
オウムに引き寄せられそうな人間を
1人でも2人でも引き留めることができる。
そうすることで、
オウムがこの社会において存在できる
社会的基盤を掘りくずしてゆくことができる。

これは靖国神社の場合でも同じなはずだ。
(インターネット新聞JANJAN8月27日号より
 加筆転載)


【参考記事】
靖国神社問題について


8月30日は衆議院総選挙の投票日です。
選挙権のある人は必ず投票しましょう。

by imadegawatuusin | 2009-08-27 23:01 | 宗教
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