「『振り込め詐欺』妥当論」に反論する

1.文法は絶対の規範ではない。だが、考慮すべき目安ではある
1月13日の記事の中で紹介した
鈴木克義さんの「振り込め詐欺/名称に違和感」に対する反論が、
1月16日『朝日新聞』朝刊の投書欄に掲載された。
弁護士・江頭節子さんの「振り込め詐欺/妥当な名称だ」である。

江頭さんはまず、次のように言う。

「振り込め詐欺」という名称は
文法的に誤りだから反対だという投稿(11日)を読んだ。
その文法の分析には「なるほど」と思うものがあった。
しかし、文法には例外がつきものであるのが言語の特性である。


「文法には例外がつきもの」という江頭さんの指摘には、
原則的には同意する。
文法は決して絶対的なものではなく、
自分の意思をより多くの人に円滑に伝えようとするときや、
その言葉を習得しようとするときなどに参考にするべき
目安の一つに過ぎないと思う。

ただし、「文法的に誤」った言葉の使い方は、
たとえ通じたとしても、
聞き手や読み手に負担を強いる。
また、日本語を読んだり聞いたり、
あるいは書いたり話したりする必要があるのは、
いまや必ずしも日本語を母語とする人だけではない。
日本で暮らす外国人もいれば、
日本語の情報にアクセスして情報を入手しようとする
海外の学者やジャーナリストもいるだろう。
そうした、
何らかの理由で日本語を「外国語」として学んでいる人々にとって、
あまり「文法の例外」が多いことは好ましいこととは言えないだろう。

以上の理由から僕は、
(「仲間内」だけの閉ざされた世界での会話ならともかく)、
役所やマスメディアなどの「公の場」で使われる言葉は、
現代日本語の標準的な文法に
即したものであることが望ましいと思う。
まして、
「公の場」で用いられる新しい言葉を考えようとする際に
わざわざ「文法的な例外」を作り出そうというのであれば、
そこには「よほどの必然性」が存在しなければならないだろう。


2.「振り込め」詐欺の本質は「なりすまし」である
江頭さんは「振り込め詐欺」という名称を用いるべき理由を
次のように説明する。

名称の適否は
「詐欺の電話を受けた人に、
 それが詐欺だと気づかせられるかどうか」を
第一に考えるべきだと思う。
 
この点「オレオレ詐欺」は
犯人が「オレオレ」と言わない場合は無力である。
「なりすまし詐欺」も、
まさになりすましであることに被害者が思い至らないのだから
役にたたない。

犯人側が電話をする目的は
金を振り込ませることにあるのだから、
「振り込め詐欺」という名称は
わかりやすくて効果が期待できる
妥当な名称だと思われる。


江頭さんは、
「犯人側が電話をする目的は
 金を振り込ませることにある」としているが、
これは必ずしも正しくない。
犯人が電話をする目的は
「金を騙し取る」ことなのであり、
「金を振り込ませる」のはその手段でしかないわけだ〔注1〕。

事実、銀行や郵便局の口座への振り込みではなく、
宅配便や私書箱を利用した「振り込め詐欺」もあることが
新聞などで報道されている(読売新聞12月15日夕刊)。
ちなみに『読売新聞』では、
この事件が「振り込め詐欺」という名称で報道されていたのである!
口座への「振り込ませ」という行為がどこにも介在しないこの事件にまで
「振り込め詐欺」という名称が用いられていたという事実は、
「その種の詐欺」の本質が
「金を振り込ませる」という部分にはなかったのだということを
明らかにしている。

一体、「その種の詐欺」を「その種の詐欺」たらしめているのは
一体何なのだろう。
江頭さんの言うように、
犯人が「オレオレ」と言わない「オレオレ詐欺」が存在する。
また、僕が先ほど指摘したように、
「現金を振り込ませる」という行為の介在しない
「振り込め詐欺」も存在する。
しかし、これらの事件は、
たとえ犯人が「オレオレ」などと言わなくても、
あるいは銀行や郵便局の口座に金を「振り込」ませたりはしなくても、
犯人が何者かになりすまして金品を騙し取るという一点では
すべて共通していたのである。

「その種の詐欺」を「その種の詐欺」たらしめているのは
まさに「なりすまし」だったのだ。
「なりすまし」こそ、
「オレオレ詐欺」・「振り込め詐欺」の本質だったのである。

大体、「お金を振り込ませる」という行為は、
それ自体は実に日常的な、
どこにでもある行為である。
NHKは受信料を「振り込ませ」ようとするし、
水道局は水道料金を「振り込ませ」ようとする。
大家は家賃を「振り込ませ」ようとするだろうし、
都会に出ている家族に仕送りをしようと
お金を銀行や郵便局の口座に振り込むことも、
それ自体としてはごくごく自然な行為のはずだ。

だが、NHKも水道局も、
言うまでもなく都会に出ている家族も、
誰かになりすまして金を騙し取ったりはしないのだ。
僕たちが警戒しなければならないのは「振り込ませ」自体ではなく、
「なりすまし」なのである。

江頭さんは「なりすまし詐欺」という名称について、
「まさになりすましであることに被害者が思い至らないのだから
 役にたたない」と述べている。
だが、
「なりすまし詐欺」という名称とその実態が世間に流布することによってこそ、
誰かから金品を送るように頼まれたとき、
「もしや、これが世にいう『なりすまし詐欺』では」と
「被害者」に「思い至ら」せる効果が期待できる。
重ねて言うが、僕たちが警戒しなければならないのは
「振り込ませ」ではなく「なりすまし」なのである。

また、13日の記事にも書いたが、
「振り込め詐欺」という名称は、
「高圧的で命令調の犯人像を想像させ」がちであり、
むしろ猫なで声で金品をせびるような場合も多い
「その種の詐欺」の実態と乖離している。

以上の理由で僕は、
「その種の詐欺」の名称は、
広島県警の考案した「なりすまし詐欺」が最善であると考える。

だが江頭さんは投書の最後で、
次のような提案もしている。

あくまで「文法的に正しく」というのであれば
「振り込ませ詐欺」となるだろうか。


江頭さんの言うとおり、
「振り込ませ詐欺」なら「文法的に正しく」、
また「高圧的で命令調の犯人像を想像させ」るという欠点も払拭される。
すでに
「振り込め詐欺」という名称が
マスコミなどを通じて一般化しつつあるという実態と
その言葉との連続性とを考えるなら、
これも確かに一考に値する「妥協案」ではあるだろう。

〔注1〕大体、「金を振り込ませる」という面だけを取り上げるなら、
「オレオレ詐欺」でもなんでもない「ごく普通の詐欺」においても
犯人が被害者に金を振り込ませることはあるはずだ。
「金を振り込ませる」ことはやはり、
「オレオレ詐欺」の特質たりえないのである。
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by imadegawatuusin | 2005-01-16 17:42 | 日本語論