小学館『日本国語大辞典』に異論あり!

1月15日の記事の中で僕は、
「いけいけギャル」の「いけいけ」の「いけ」は、
「行く」という動詞の命令形ではなく、
「いける」という動詞の連用形〔注1〕であると書いた。

このことを確かめるために大学の図書館にある
各種国語辞典を引いてみたのだが、
「いけいけギャル」もしくは「いけいけ」という項目がみつからない。
たいていの国語辞典では、
「畏敬」(いけい)の後に「異系交配」(いけいこうはい)という言葉がきてしまうのだ。

そんな中、唯一「いけいけ」という項目を設けてあるのが
小学館の『日本国語大辞典』(第二版)である。
「大辞典」の名にたがわず、
全13巻(他に別冊も)の大著だ。
「第二版・刊行のことば」には次のように書いてある。

本辞典は、
上代から現代に至る日本語の歴史を
確実な文献によって跡づけた本格的な国語大辞典として、
国語国文学界のみならず各界より高い評価を得て、
海外においても日本語の研究には欠かせぬ基本的な資料となるに至っている。


要するに、現在ある日本の国語辞典の中でも
最も権威のあるものがこの『日本国語大辞典』なのだ。
(一般的には岩波書店の『広辞苑』がよく知られているが、
 これはあくまで1巻ものの「中辞典」であり、
 各家庭に1冊ずつ置かれることを前提とした辞典である。
 『日本国語大辞典』は13巻の大著であり、
 日本語研究者のための辞典といえる)。

その、唯一「いけいけ」という名詞が掲載されている『日本国語大辞典』には、
「いけいけ」の語源が次のように書かれていた。

動詞「いく(行)」の命令形を重ねた語


何ということだろう。
日本の国語辞典の最高権威である『日本国語大辞典』には、
「いけいけ」が「動詞『いく(行)』の命令形を重ねた語」と書かれてあるではないか。

だが、本当にそうなのだろうか。
少なくとも僕も、「いけいけギャル」の「いけいけ」の「いけ」を
「行く」の命令形だと思っていた(1月15日の記事を参照のこと)。
しかし僕は、
「『動詞の命令形+名詞』の複合語なんて
 そうそうあるわけがない」といろいろ考えた末、
これは「いける」の連用形だという結論に達したのだ。
日本語では通常、動詞を別の名詞とくっつけて複合名詞を作る際や、
動詞を名詞化するときには、
その動詞を連用形にすることになっている。
(「走る」を名詞化するなら「走り」。
 「のぼる」を「棒」につなげるなら「のぼり棒」)。
無論、まったく例外がないわけではないのだろうが、
「動詞の連用形である」としても説明のできるこの名詞を、
あえて「これは動詞の命令形だ」というのであれば、
そこにはよほどの根拠がなければならないだろう。

ところが、である。
「いけいけ」の項目に出てきた語義解説や用例を見ても、
やはり積極的に「行く」の命令形を重ねたものであるとみるほどの根拠は
ないように思われて仕方がないのである。

『日本国語大辞典』に掲載されている「いけいけ」の語義と用例は
次のとおりだ。

1.ほったらかしのこと。放任。放置。
2.受け渡しや損益の差し引きがゼロであること。相殺。
3.やたらに威勢がいいこと。むやみと元気なさま。

「1.」の用例としては、
1770年に書かれた『歌舞伎・桑名屋徳蔵入船物語』から引かれた
次のものが載っている。

「『さうして十年も家へ往(い)なずに、後はどうなった』
 『どうなったやらいけいけぢゃ』」


「2.」の用例としては
1868年から70年ごろに書かれた『両京俚言考』という、
一種の方言辞典のようなものから引かれた
次の例が載っている。

「いけいけ
 計算上に双方差引過不足なく
 取り遣り無きをいふは是も双方往け往けといふ義ならん」


「3.」の用例は挙がっていないが、
おそらくこれこそ「いけいけギャル」の「いけいけ」であろう。

どれもこれも積極的に
「行く」の命令形であるといわなければならない根拠は
ないように思う。

特に「2.」に関しては、
「受け渡しや損益の差し引きがゼロである」のであるから、
「双方が『いけている』状態なのである」。
「いける」の連用形を重ねて「いけいけ」であると考えるのが
最も妥当であろう。

また、「3.」についても、
まさか「いけいけギャル」が「行け! ギャル」という意味だとは思えない。
「いけいけギャル」は「いけるギャル」(もしくは「いけてるギャル」)という意味である。

ちなみに、この項目の末尾に
日本各地で採集された「いけいけ」という方言例が掲載されているが、
これも、

①やりっぱなし。(高知県)
②行きあたりばったりで計画性のないこと。(徳島県)
③あり合わせのもので間に合わせること(奈良県宇陀郡)
④共通にして間に合わせること(奈良県)
⑤隣家などの境界に何の設備もなく行ったり来たりできること。(大阪市)
⑥勘定が差し引きなしになること。相殺。(大阪市・奈良県北葛城郡)


とあるだけである。

「やりっぱなし」や「行きあたりばったりで計画性のないこと」を
「行け!」 という言葉で説明するのは苦しいと思う。
無論、「いける」という言葉でも説明しにくいが、
「いける」だと考えると「命令形が名詞になる」という
日本語としてかなり例外的な語義説明をする必要がなくなるのだから、
よほどの理由がない限り、「いける」説をとるべきだろう。
(むろん、「いけいけ」最古の用例である『歌舞伎・桑名屋徳蔵入船物語』が書かれた1770年には
 すでに一段活用動詞「いける」が存在したことは、
 この辞典の「いける」の項目で確認できる)。

そして何より、③・④の
「あり合わせのもので間に合わせること」・「共通にして間に合わせること」とは
まさしく「それでも『いける』」ことであり、
⑤の「行ったり来たりできること」もまさしく「いける」ことである。
⑥も「勘定が差し引きなしにな」ったのだから、「いけた」のである。

以上の理由から僕は、
「いけいけギャル」の「いけいけ」を
「動詞『いく(行)』の命令形を重ねた語」とした『日本国語大辞典』の記述は
誤りであると考える。

『日本国語大辞典』は次回の改定の際にはぜひ、
「いけいけ」の項目に「動詞『いける』の連用形を重ねた語」と書き改めていただきたい。

〔注1〕「動詞の連用形」とは、
その動詞を「~ます」に続くように変化させたときの形である。
「動く」なら「動きます」になるので連用形は「動き」。
「泳ぐ」なら「泳ぎます」になるので連用形は「泳ぎ」。
このように日本語では、
動詞を名詞化するときは通常その動詞の連用形を用いる。

「『歩け歩け運動』 動詞は2回続ければ名詞化する?」へ続く→
[PR]
by imadegawatuusin | 2005-01-18 18:04 | 日本語論