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桜庭一樹『少女には向かない職業』について

――人を殺してでも、生きようとした少女たち――
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■手をつなぐ ふたりの少女たち

桜庭一樹の前作・『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』
「子供の無力感」を描いた作品であるならば、
この『少女には向かない職業』は、
「無力な子供たちが
 それでも自分たちの力で生き抜こうと奮闘する物語」
だろう。
主人公はその過程で、
人を殺す。
それも2人。

「それくらいのことをしなければ、
 子供には自分の運命を切り開くことはできない」という、
裏返された無力感と見ることもできる。
一方で、
「たとえ人を殺してでもやり抜くのだという覚悟があれば、
 自分の道を自分で切り開くことは子供にもできる」という、
前作には存在しなかった希望を見ることもできる。
少なくとも本作の主人公・大西葵と宮乃下静香は、
殺されることなく生き残ったのである。
『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』の海野藻屑のように
殺されるくらいなら、
人を殺してでも生きようとした少女たちが
『少女には向かない職業』の主人公なのだ。

本書巻末の「解説」の中で杉江松恋氏は、
「迫り来る運命を知らない二人が
 無意識のうちに互いを同志と認め合う」場面として、
本書の次のような描写をあげている。

やがて少しずつ日が陰ってきた。
あたしはそろそろ帰ろう、と立ち上がった。
静香も立ち上がった。
どちらからともなく手をつないで、
一緒に、
狂ったように咲き誇る黄色い真夏のフリージア畑を
駆け下りていく。


手をつないだ中学二年生の少女たちは無敵だ。
本書にも、
「この世で一番強いのは中学生の女の子だ」
という言葉があった(本書18ページ)。
ただし、
ここでいう「中学生の女の子」というのは
その前後の文脈を見れば明らかなとおり、
英語で言えば単数形ではなくて複数形。
一人一人の「中学生の女の子」は無力で弱い。
それでも、
手をつなぎ合えばとてつもない力を発揮する(こともある)。

この本を読んでいて、
そんなテーマの作品がどこかにあったなぁと
思い出したのが、
『ふたりはプリキュア』というアニメ作品だ。
いわゆるお子様向けの
「闘う魔法少女もの」であるのだが、
くしくもこの作品も、
2人の主人公たちは中学二年生の少女たちだった。

なぜこのようなアニメ作品を思い出したのかというと、
「手をつなぐ」という表現が
これほどふたりの結びつきの強さを表現した作品を
私は他に知らないからだ。

セーラームーンにしても何にしても、
普通の「闘う魔法少女」たちは
一人で変身して一人で闘うことができる。
ところがなぜか
この『ふたりはプリキュア』シリーズだけは変わっていて、
主人公ふたりが手をつながないと
変身もできないし必殺技も出せない。
「だったらなんで敵は、
 主人公がそれぞれ一人のところを
 襲ってこないんだろう」という
作品の根幹にかかわる疑問は
口にしないのがマナーなのだろうが、
主人公ふたりの絶対的な信頼感や絆のようなものが
「手をつなぐ」という行為に表れていた。

ひるがえって本作・『少女には向かない職業』ではどうか。
『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』の海野藻屑が
ウソばかりついていたように、
『少女には向かない職業』の宮乃下静香も
相当のうそつきだ。
主人公の大西葵に対してうそばかりついている。

けれど、
ウソばかりついている少女の言うウソの中に、
ほんの少しだけ「本当」がある。
そして、
ふたりの少女が心を通い合わせるには、
本質的にはそれで充分なのである。
それも、
『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』の場合と同じである。

ただし、
まさに殺されようというとき、
『砂糖菓子……』の海野藻屑が
あっさりと殺されたようには、
本作の宮乃下静香はいかなかった。
宮乃下静香は叫ぶのである。

「こわく、ないよ」
「あんたなんかぜんぜんこわくない。
 だって、
 こっちには大西葵がいるもん。
 あんたのことも、
 葵が、殺してくれるもん」
「……誰も、誰も知らなかったけどね。
 あたしの友達は、
 大西葵は、
 特別な女の子なんだよ。
 誰も知らないけど、
 葵は、
 本物の殺人者なんだよ。
 すごいでしょ?」


「すごいね、と私は思う。
 何がすごいって、
 そうして同志の存在を絶対のものとして称賛できる、
 少女の気持ちだ。
 『大人』の手によって蹂躙され、
 すべてを失い、
 何者でもなくなりかけた少女は、
 最後の最後にかけがえのない同志を得て、
 全幅の信頼を与えるのである」とは
解説者の杉江松恋氏の謂いだ。

誰も知らないけど、
相方が特別なことをあたしは知っている。
相方が闘う少女であることを、
世界中の誰も知らなくても、
あたしだけは知っている。
それはもはや、
闘う魔法少女ものの世界ではないか。

「敵」を倒した2人の少女たちは、
おそらく警察に捕まってしまう。
「敵」を倒せば町中の人が喜んでくれ、
変身を解けばまた何食わぬ顔で日常に戻れる
魔法少女ものの世界と現実とは違う。
けれど、
手をつなぎ命を賭けて共に闘った少女たちの友情は、
今後 紆余曲折があったとしても、
ずっと壊れることはないだろう。
現実であれ、
魔法少女ものの世界であれ、
それはきっと変わりない。
そんなことを私は思った。


桜庭一樹『少女には向かない職業』(創元推理文庫)
(評価:4)


【参考記事】
桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』について
桜庭一樹『少女七竈と七人の可愛そうな大人』について
桜庭一樹『赤朽葉家の伝説』を読む

by imadegawatuusin | 2012-01-16 09:56 | 文芸
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