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「売れないものを作るから儲かる」

――新幹線の「顔」を作る山下工業所――

■手作業でしか採算が合わぬからくり

企業は普通、
少しでも売れるものを作ろうとする。
売れないものを作っても仕方がないと考える。

だが世の中には逆に、
「自分の作っているものが売れすぎてしまうと
 儲からなくなる、
 むしろ会社がつぶれてしまう」という企業もある。

「山下工業所」はそんな会社の一つだ。
山口県下松市にある板金会社である。

この会社が作っているのは
「あまり売れないもの」ばかりである。
たとえば、
「新幹線の先頭でスピードと安全性を左右する
 丸い顔。
 空気抵抗を和らげ
 高速走行と安定走行を実現する中核部品だ」(千葉香代子「新幹線の『顔』を生む世界に一つの板金技術」『ニューズウィーク日本版』2011年12月7日)。

何と日本の新幹線の「顔」の先は
すべて山下工業所が、
しかもアルミの板をハンマーでたたいて
手作業で作っているのだという。

「鋼板をハンマーでたたき、
 曲げたり延ばしたりして必要な形に成形する。
 板を打っては新幹線の顔の骨組みの上に載せ、
 隙間の開き具合を確かめ、
 またたたく。
 打ち出した板を何枚も溶接して、
 ようやく完成する。/
 アナログな作業だが、
 ほかに方法はない。
 材料は鉄からアルミニウムに変わったが、
 同社はこの方法で
 新幹線開業用の0系から最新の東北新幹線E5系まで、
 22車種350両以上を製造してきた」(同上)。

最先端の技術を結集して作られた新幹線の
まさに「最先端」が、
どうしていまだに手作業なのか。
それは、
新幹線の顔の先が「売れない商品」だからである。

「機械でやらずに人手にこだわる最大の理由は
 コストにある。
 顔のある車両は1本の新幹線に2つしかなく、
 中間車両よりはるかに数が少ない。
 モデルチェンジも頻繁にある。
 いちいち生産設備を作っていては、
 とても採算に合わない。
 人間が手作業で作ったほうが、
 安いし早くできる。
 実は経済的に最も理にかなっているのだ」。

もしも新幹線の「顔」の先が、
1年間に何千個と「売れる商品」だったらどうだろう。
たちまち大手企業が参入して
機械を使って安く大量生産を始め、
手作業で仕事をしている山下工業所などは
太刀打ちできなくなるだろう。

けれども、
新幹線の「顔」の先はそれほど売れない。
中間車両と違って1本の新幹線には必ず2つで、
それ以上増やすことはできない。

新幹線自体が日本にしかないし、
その日本にも路線は数えるほどしかない。
山下製作所が今まで顔を作ってきた「22車種350両」が
世界の新幹線のすべてなのだ。

こんなに「売れない」もののために、
いちいち機械を開発して作っていたら、
絶対にコストが高くなる。
確かな経験とノウハウを持った職人が
腕一本で作るのにかなわない。

そして、
新幹線の「顔」の先を作った
経験・ノウハウを持っているのは
世界中を探しても山下製作所だけなのだから、
これはもう他社の参入を許さない
完全な独占企業なのである。

この会社が作っているものは他にも、
「建築デザインから工芸品まで、
 一点物を中心に幅広い。
 ハイテク分野でも、
 複雑な形状の超音速研究機の主翼を造るための
 成形型を
 宇宙航空研究開発機構(JAXA)と共同開発した。
 これも、
 研究用の一点物だ」(同上)。
こうした「一つしか売れないもの」こそ、
山下工業所の独擅場なのである。

「売れるもの」ではなく「売れないもの」を作る。
高い技術を持った小規模経営の知恵と言えるだろう。

by imadegawatuusin | 2012-01-08 11:07 | 経済
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