人気ブログランキング | 話題のタグを見る

『唯物論哲学入門』(森信成)を読む・その13

唯物論と死の問題

「死んだら全てが無になる」という「冷たい」考えが
唯物論だという思い込みが
世間ではわりと行き渡っている。
しかし、
これはむしろ、
唯物論とは正反対の考え方である。
唯物論者は一般に、
天国も地獄も、
復活も輪廻転生も信じない。
そのことから、
「死んだら無になる」と考えているのだろうと
勝手に決め付けられがちである。
だが、
事実はそうではない。

唯物論とは、
「私」が死のうが生きようが、
この世界というものは厳然として存在し、
存在し続けるという強烈な確信である。

『私』が死んだら全てが終わり、
全てが無になるという考えは、
むしろ「私が全て」・「心が全て」という
独我論とか唯心論とか
そういった部類の考え方である。
これは唯物論ではなく、
むしろ観念論の一派である。
唯物論は世界の基礎を、
「私の心」ではなく、
時間・空間の中にある物質とその働きから構成される
物理的な世界そのものに置いている。
だから、
死というのは
世界の一部分である私が
その有機的な活動を停止するという、
大きな物理世界の中で起きるべくして起こる
一現象にすぎないのである。

私が死んでも世界は動いてゆくのであるし、
歴史も進んでゆく。
そして、
「私」もそんな物質世界の一部である以上、
その私が生きているうちに働きかけたさまざまな事柄が、
世界への影響としてさまざまな形で残ってゆくと
唯物論は考える。

歴史はそうした、
過去の先人たちの行動の積み重ねの上に
現在に至っている。
人類の歴史は神様でも一部の英雄でもなく、
一人一人の人間の日々の行動の積み重ねが
築きあげてきたものなのである。
このことを誰よりも強調する唯物論者の世界観が、
「死ねば全てが無になる」であるわけがない。

「私が死んでも世界は存在し続ける」。
これが唯物論の結論である。
「私」の主観を絶対視する観念論に対して、
客観的な世界は
主観から独立して存在すると強く主張するのが
唯物論なのだ。


【戻る】
『唯物論哲学入門』(森信成)を読む・その1
『唯物論哲学入門』(森信成)を読む・その2
『唯物論哲学入門』(森信成)を読む・その3
『唯物論哲学入門』(森信成)を読む・その4
『唯物論哲学入門』(森信成)を読む・その5
『唯物論哲学入門』(森信成)を読む・その6
『唯物論哲学入門』(森信成)を読む・その7
『唯物論哲学入門』(森信成)を読む・その8
『唯物論哲学入門』(森信成)を読む・その9
『唯物論哲学入門』(森信成)を読む・その10
『唯物論哲学入門』(森信成)を読む・その11
『唯物論哲学入門』(森信成)を読む・その12

【進む】
『唯物論哲学入門』(森信成)を読む・その14
『唯物論哲学入門』(森信成)を読む・その15
『唯物論哲学入門』(森信成)を読む・その16
『唯物論哲学入門』(森信成)を読む・その17
『唯物論哲学入門』(森信成)を読む・その18

【参考記事】

『社会民主党宣言』を読む
新しい社会主義像を求めて
小牧治『マルクス』について
レーニン「マルクス主義の三つの源泉と三つの構成部分」を読む

by imadegawatuusin | 2011-12-16 18:55 | 弁証法的唯物論
<< 『唯物論哲学入門』(森信成)を... 『唯物論哲学入門』(森信成)を... >>