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『唯物論哲学入門』(森信成)を読む・その16

唯物論と不死の思想

「人生の意義というのは、
 人類の幸福に
 われわれがどの程度貢献するのかということに
 あるのです」。
非常に明快な人生論である。
そして本書・『唯物論哲学入門』の著者・森信成氏は、
そうした人生観は
「個人として
 絶対に死ぬということが
 はっきりしている」ところから
導き出されるというのである。
「将来の、
 自分の死んだ後のことを考えて生きている時に、
 道徳的に行為するということが起こるのです」と。

では、
逆に道徳的に生きられないのは
どういったときのことなのか。
もし、
人間が「永遠の命」を手に入れてしまった場合、
人は道徳的に生きられないのか。
そしてもう一つ、
人間が自分の死後というものを考えないとき、
「死ねばすべてが終わり」・「すべてが無になる」と
観念論的・独我論的に考えたとき、
人は道徳的に生きられないのか。
これは意外に難しい問題である。

人間には「歴史観」というものがある。
自分に直接関係がないと思っても、
自分の生まれる前のことや、
自分の死んだ後のことが
どうしたことだか気になるという性質を持っている。
特に、
自分が死んだ後のことである。
自分というものが永遠に生きられず、
死んだ後に世界に残せるものは
自分が生きている間になした行為の
影響だけだということを知るからこそ、
自分のやったことが
自分の死後にどんな影響を与え続けるのかが
気になってしまう。

そうした、
「歴史の中の自分」という感覚がなくなったとき、
人は道徳的には生きられないのだろうか。

守旧的な人々は、
道徳の源として歴史より、
世間とか民族共同体のようなものを
意識する傾向がある。
「世間の中の自分」・「世間の一員としての自分」
という感覚がなくなれば、
人は道徳的には生きられないのではないかという危惧を
持つ人が多い。

一般に左翼は、
そうした「世間の中の道徳」を乗り越えようとする。
「世間様が見ているから悪いことはしない」といった
旧来型の感覚を超越しようとする。
そのときに何が道徳の動機となりうるのか、
「世間様」ではなく誰の目を意識するのか。
そこで持ち出されてくるのが
「歴史の審判」という考え方である。

本書の著者・森信成氏は、
「個人の生命の不死とは、
 唯物論の見地からいいますと、
 その人の行為そのものが、
 人々の追憶のうちに生き残って、
 その追憶のうちによみがえるということだと思います」
とまで言っている。
これほどまでに、
個人の道徳的行為の理由が
後世への思い入れに規定されているのである。

ただ、
マルクスとかエンゲルスとかいった人々は
今後何百年も、
ことによると何千年も
「人々の追憶のうちに生き残って、
 その追憶のうちによみがえる」ことになるだろうが、
そうした「偉人」でない一般の人々は、
相当道徳的に社会進歩のために貢献したとしても、
「人々の追憶のうちに生き残って、
 その追憶のうちによみがえ」り続けることなど
難しいのではないか。
死後、
たとえ名が忘れられ、
「追憶のうちによみがえる」ことがなくなったとしても、
その人が職場で、地域で地道に奮闘した社会的貢献が、
知らず知らず、
後世の人々に良い影響を与え続けている……。
そんな後世への影響の残し方であっても、
それが実現できるのであれば立派に人々の励ましになり、
道徳的行為の動機に
なりうるのではないかと思うのであるが、
どうだろう。


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【参考記事】

『社会民主党宣言』を読む
新しい社会主義像を求めて
小牧治『マルクス』について
レーニン「マルクス主義の三つの源泉と三つの構成部分」を読む

by imadegawatuusin | 2011-12-19 17:02 | 弁証法的唯物論
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