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『聖書の教え』(ものみの塔)を批判する(その6)

■「神」・「主」を神の名とする宗教は多数派か
この本の13ページには、
次のように書いてある。

神には名前がありますか。
多くの宗教は,
「神」あるいは「主」が名前だと答えます。
しかし,
それらは固有の名前ではありません。
「王」とか「大統領」と同じように称号なのです。(本書1章14節)


しかし、
話はむしろ逆ではないか。
一部の一神教を除く圧倒的に「多くの宗教」は、
「天照大神」とか「大国主命」とか(日本神道)、
「シヴァ」とか「ビシュヌ」とか(ヒンドゥー教)、
「アフラマズダ」と「アーリマン」とか(ゾロアスター教)、
実にいろいろな名前を神々のために用意している。

むしろ、ただ「神」と言っただけで、
ただ一つの「その神さま」しか指しえないのは、
聖書信仰の特質ではないのか。

確かに本書の言うとおり、
『旧約聖書』の「詩編」83編18節(「新共同訳」では19節)にある神の御名を
「主」(=ご主人様)などという普通名詞に訳し変えるのは
どう考えてもおかしな話だ。

この部分は「新共同訳」では

あなたの御名は主
ただひとり
  全地を超えて、いと高き神である


と訳されているが、
「あなたの御名は」とある以上、
その後に続く部分は明らかに神のお名前(=固有名詞)である。
この神の名――YHWH――は、
「ヤハウェ」としても「ヤーヴェ」としても
「エホバ」としても大した問題ではないと思う。
ある言語を異言語に翻訳した場合、
「ペトロ」が「ペテロ」になったり
「ペーター」になったり「ピョートル」になったり、
あるいは「ピーター」になることも珍しくない。
何も日本人が、
古代ヘブライ語風・ギリシア語風の発音をしないからといって
目くじらを立てる神さまでもないだろう。
(大体、「ペトロ」・「ペテロ」とカタカナで表記した時点で、
 これは完全に「日本語の発音体系」に組み込まれている)。

しかしそれを、
たとえば「ペトロ」は「石」・「岩」という意味だからといって、
この人の名前を「岩男(いわお)」とか「石人(いしと)」などと
勝手に訳し変えるならば大問題だ。
“YHWH”が神の「御名」である以上、
固有名詞としてその発音に沿った翻訳をするべきだ。

世の多くの翻訳聖書はこの点で誤っており、
この点に関して言えば本書は正しい。
しかしだからと言って、
世の「多くの宗教は,
『神』あるいは『主』が名前だと答え」ているなどという認識は
明らかに誤っている。

「多くの宗教」と言いながら、
ユダヤ教・キリスト教・イスラム教など、
聖書に関係する、
いわば(広い意味での)「同根宗教」しか検討の対象にしておらず、
ヒンドゥー教・日本神道・中国道教などの世界各地の多神教は
最初から一切視野に入れようともしていないのではないかと、
このような記事を目にすると疑わざるをえなくなる。

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by imadegawatuusin | 2006-07-09 18:23 | キリスト教