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やぶうち優『少女少年』第一期解説(その3)

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■るり:「みんなのアイドル」発言に込められたもう一つの決意
『少女少年』第一期の157ページで、
赤沢智恵子に正体がばれて呆然とする主人公・晶に、
青野るりは次のような宣言をしている。

私はこれからも
みんなのアイドルとしてがんばる。


従来この言葉は、
「みんなの」という部分にあまりにも注目が集まりすぎてきた。
本書の、智恵子に対する晶の告白、
「おまえだけのアイドルでいるためさっ!」(本書177ページ)
に対応する表現である上に、
作者の やぶうち優さんが、
るりのセリフの「みんなの」の部分に
傍点まで打っているという事情もある。

僕も、
「おまえだけのアイドル」に対比される、
「みんなのアイドル」という表現の
本作における重要性を否定はしない。
ただ、あまりにも「みんなの」という部分が重視されすぎてきたために、
この場面に込められた るりのもう一つの重大な決意が
どうも見落とされてきたように
僕には思えてならないのである。

この発言の中で
実はるりは すごいことを宣言している。
それは、「みんなの」を はさむ形で登場する、
「これからも……アイドルとしてがんばる」という部分である。
これこそ実は、
青野るりの、おそらく生まれて初めての、
『自発的な』アイドル宣言なのである。

思い出してほしい。
るりが初めて登場したとき、
彼女が何と言っていたか。

「5歳のとき、
 ママに無理やり劇団に入れられて…、
 わたしはママの夢をかなえるために
 がんばってきたの。」
「(筆者注:それは)わたしの夢じゃない…。」(本書36ページ)


これが、白川みずき(=水城晶)に対する
青野るりの心情の吐露だった。
そして、彼女は涙を流しながらこう言ったのだ。

「わたし…、
 ほんとはやりたくない…。
 やりたくないの…。」(本書37ページ)


実はこれらの発言は、
本作の他の部分に登場する るりの言動と比較すると、
やや奇異な印象を受けるのも事実である。
彼女は基本的に肝の据わった「強い」少女であるし(本書59、77ページ)、
ものごとに対しても、
本来 楽天的な気質を持ち合わせている(本書103~104ページ)。

ただ、みずき(=晶)がるりに初めて会ったとき、
彼女は「熱が38度あ」るという、
尋常でない状態であったことを忘れてはならない(本書36ページ)〔注1〕。
熱が出て弱気になっていたという部分もあるのだろうが、
それだけに、
普段は口に出せないような心の内を
ついさらけ出してしまったのだと見るべきだ。

つまりるりは、
みずき(=晶)に初めて会った時点では、
アイドル業を「やりたくない」と思っていた。
それは「ママに無理やり」やらされてきたものであり、
自らの意思で選んだ道ではなかったわけだ。

そして彼女は、
みずき=晶の秘密を守る代わりに、
彼に一つの願いを託す。

「私なんかいらなくなっちゃうくらい
 売れっ子になって。」(本書44ページ)


と。

彼女はそれほどまでに、
「アイドル」からの脱出をひそかに望んでいた。
少なくとも、
当時の彼女の意識の上では
そのはずだったのである。

ところが、そんな彼女の姿勢に徐々に変化が現れる。
それは、晶に誘われて行った「球技大会」でのことである。
るりは、
黒木紗夜香に対してこう言っている。

「気がついたら
 晶くんにひかれつつ
 みずきさんに嫉妬してる自分がいるの……。」(本書114ページ)


ここでるりは、
「気がついたら
 ……みずきさんに嫉妬してる自分がいる」という表現をとっている。
これは、「自分でも意外だった」という意味を込めた発言であろう。
彼女はみずきに、
自分など「いらなくなっちゃうくらい
売れっ子になって」もらうことを望んでいたはずだった。
だからこそ、
「晶くんにひかれ」ることはともかくとして、
「みずきさんに嫉妬してる自分がいる」ことには
自分でも驚き、戸惑いを感じたはずである。
自分はアイドルなど「やりたくな」かったのではなかったのか。
だからこそみずきに、
自分など「いらなくなっちゃうくらい
売れっ子になって」くれと頼み込んだのではなかったのか。

ところが、
現に自分を脅かすトップアイドルとなってゆく みずきを目の前にして、
彼女は「みずきさんに嫉妬してる自分」に「気がついた」。

本当に自分はアイドルを「やりたくな」かったのか。
確かにきっかけは、
「5歳のとき、
 ママに無理やり劇団に入れられ」たことだったかもしれない。
けれど本当に、
今日まで「がんばってきた」のは
「ママの夢をかなえるため」だけだったのか。
「劇団に入った頃はいじめられ」(本書59ページ)、
「小さい頃から嫌なことがあっ」ても(本書151ページ)、
それでも今日まで「がんばって」、
高いプロ意識を持つに至ったのは(本書35~37、59ページ)、
本当に「ママの夢をかなえるため」だけだったのか。

彼女は、そうではないということに、
みずきという、
アイドルとしての自分を脅かす存在を目の当たりにすることで
初めて気づかされたのだ。

「わたしはママの夢をかなえるために
 がんばってきた」。
それが、それまでの るりの自己認識であった。
だが、今はもう違う。
アイドルとして、
自分が「いらなくなっちゃ」ったりすれば悲しい。
自分と互角に戦いうる実力を持ったライバルが迫ってくると、
嫉妬の念を押さえることができない。
それは、
やはり彼女が本質的に
「プロ」のアイドルだったからだ(本書37、59ページ)。

「私はこれからも
 みんなのアイドルとしてがんばる」。
そう宣言したるりには、
かつてみずき=晶に
「私なんかいらなくなっちゃうくらい……」
と懇願した、あの弱々しさはどこにもない。
そこにあるのは、
しっかりと自分の意思で自らの道を選び取った
一人の少女の姿である。

そして同時に、
彼女は、もはや みずきが
「みんなのアイドル」にはなりえない存在であることも知っている。
みずき=晶には「好きな人がいる」(本書156ページ)ことも、
それが、
「球技大会のときに会った智恵子ちゃん」であることも(本書156ページ)。

かつてみずきに、
「今までの女のコアイドルにはない
 フシギななにか」(本書44ページ)を感じ、
期待をかけたこともある。
瞬く間にトップアイドルへと駆け上がってきたみずきに
「嫉妬」を感じた自分に戸惑ったこともある。
けれど、いま目の前にいるみずき=晶は、
特定の女の子のことで頭が一杯の、
一人の男の子でしかなかったのである。

るりにとってそんな みずき=晶は、
恋愛の対象にはなりえても、
もはや自分の、
プロのアイドルとしてのライバルではない(本書152~157ページ)。

だからこそるりは、
「私はこれからも
 みんなのアイドルとしてがんばる」という言葉に続けて、
「そんな気のぬけたみずきさん、
 ライバルとしてみとめない」(本書157ページ)と言い切った。

これはあの日、
「(筆者注:アイドルなんて)ほんとはやりたくない」と告白し、
みずきに
「私なんかいらなくなっちゃうくらい
 売れっ子になって」と告げた一連の発言の撤回宣言であり、
これからは「ママの夢をかなえるため」ではなく、
自分の意思で「みんなのアイドルとしてがんばる」という自立宣言であり、
そして何より、
「プロ」の、「みんなのアイドル」としての、
みずきに対する鮮やかな勝利宣言でもあったのだ。

■アイドル・みずきに「勝利した」るり、敗北した紗夜香
だからだろうか。
このシーンは、ある意味では彼女にとって
「失恋の瞬間」でもあるわけであるが、
彼女の表情は最後まで明るさを失わない(本書158~159ページ)。
これは、黒木紗夜香が同様に晶に対して失恋したときの
最後の表情と比較すれば一目瞭然である(本書174~175ページ)。

るりは、
「晶くんにひかれつつ
 みずきさんに嫉妬」するという複雑な心情を抱えていた。
確かに彼女は、
一人の女の子として、
「晶くんにひかれ」た部分に関しては、
結局 思いをかなえることができなかったかもしれない。
けれど彼女は、
プロのアイドルとして、
「みずきさんに嫉妬」した部分については、
見事に乗り越えることに成功した。

それに対して黒木紗夜香は、
晶への思いをかなえることができなかったことはもちろん、
みずきのライバルとして、
「彼女」に勝利する機会を永遠に失ってしまった。
黒木紗夜香は白川みずきに ただ仕事を取られたまま(本書84~85、88、162ページ)、
アイドルとしての実力で一矢報いる機会を与えられないままに、
白川みずきが姿を消してしまったのである(本書172ページ)。
しかも、
紗夜香自身がマネージャーに
伝えてしまった情報によって……(本書162~163ページ)。

だからこそ、
紗夜香の痛手〔注1〕は大きかったのだ。
プロのアイドルとして、
見事にみずきに勝利してアイドルとしての自立を勝ち取り、
自分は
「ママのつくった、イミテーションパール」にすぎないというコンプレックス(本書45ページ)を
完全に払拭したるりと、
みずきに実力で勝利する みちを
自らの失敗によって断ち切ってしまった紗夜香。
二人の失恋時の表情の違いが、
その差を雄弁に物語っているのである。
〔注1〕「黒木紗夜香の痛手」については、
もう一つ振れておきたいことがある。
それは、
『少女少年』第一期に登場する3人のヒロインの中でただ一人、
紗夜香だけが
「『白川みずき』に魅力を感じることができなかった」という点、
そして紗夜香はこの点に、
かなり劣等感を感じていたらしいという点である。
青野るりにしても赤沢智恵子にしても、
みずきが実は男の子であるという事実に気付く前から、
すでに「みずき」に魅力を感じていた(本書38、64、73~74ページ)。
だが紗夜香は「みずき」のことを、
「なまいき」・「しょせん二番煎じ」としか
捉えることができず(本書51ページ)、
「彼女」に対して
相当卑劣な嫌がらせを繰り返した(本書53~65ページ)。
だからだろうか。
例の球技大会の際、
「晶くんって、
 ……すごくフシギな
 魅力をもってる。
 みずきさんとして
 歌ってる時も
 そう。
 紗夜香さんも
 そう思わない?」と るりに問いかけられたとき、
紗夜香は一瞬、ものすごく困った顔をした(本書114ページ)。
るりや智恵子は
「みずきさんとして
 歌ってる時」の晶に「フシギな魅力」を感じたが、
紗夜香だけはそうではなかった。
そのことに気付かされた劣等感が、
あの一瞬の「困った顔」に
表れているのだと僕は思う。
その直後に紗夜香が るりに言った、
「あ…あなた
 なんかに
 負けないから!」というセリフも、
「みずきさんとして
 歌ってる時も
 そう。
 紗夜香さんも
 そう思わない?」というるりの発言を聞いて感じた、
「晶に対する想いの深さで
 自分はるりに負けている」という
劣等感の裏返しであったのだろう。


■青野るり:『少女少年』第一期で最も顕著な成長を示す
従来、青野るりに関しては、
『少女少年II』の日比野絵梨や
『少女少年III』の桃園ユリと比べて、
「成長」が感じられないという声が多くあった。
しかし、
以上のように見てゆくと、
そうした見方は一面的であることに気付かされる。
少なくとも、こと『少女少年』第一期に関して言えば、
青野るりほど顕著な成長を示したキャラクターは他にない。

僕は、
この「青野るりの成長と自立」こそ、
『少女少年』第一期の隠れたテーマであったのではないかと
考えている。

当初、自分の活動は「ママの夢」ではあっても「私の夢」ではなく、
「ママにむりやり」やらされていると感じていたるり。
「ほんとはやりたくない」と思いつつ、
それを行動に移すことは決してなかったるり。
そのるりが、
みずき=晶との関わりの中でどう変わり、
どのような方法で母親からの自立を勝ち取ったのか。
それが、
『少女少年』第一期のもう一つの主題だ、と僕は思う。

るりは、
「ほんとはやりたくない」はずであったアイドル業を
「辞める」ことによってではなく、
「がんばる」ことで母親からの自立を勝ち取った。
それも、母親一人の夢をかなえるためのアイドルではなく、
「みんなのアイドルとしてがんばる」ことによって、
彼女は自らの道を切り開く決意を固めたのである。

「もともと目指していた目的」を達成するのではなく、
むしろそれを「達成しない」道を選択することによって
「本当の自分」を実現させた青野るりは、
後の『少女少年III』のテーマを先取りする存在であったといえる。
(「みんなのアイドル」の道を選ぶことで
 「本当の自分」を母親から取り戻した青野るりと、
 「アイドルをやめる」ことによって
 「本当の自分」を取り戻した
 『少女少年III』の橘柚季とは、
 表面的にあらわれた「選んだ道」と「選ばなかった道」だけを見れば
 まったく対称的な正反対となっているように見えるが、
 構図・主題そのものはきれいな相似形をなしている)。 

彼女は、
物語の開始時点からすでにトップアイドルの座にあった。
だから、
「人気の向上」というようなわかりやすい形で、
読者の前に自らの成長を示すことはできなかった。
ここが、
『少女少年II』の日比野絵梨や
『少女少年III』の桃園ユリと、
青野るりが大きく異なる点である。

しかし、表面的には終始一貫して人気アイドルであり続けた彼女も、
みずきとの出会いと交流の中で、
内面的には大きな変革を経験した。
「ママのため」から「自分のため」に。
「イミテーションパール」から「本物の真珠」に。
そして何より、
「温室育ちの『お人形さん』(本書132ページ)」から「試練を乗り越えたアイドル」に。
たとえ目には見えなくとも、
青野るりは この作品において、
確実に人間としての成長を獲得した少女だったのだ。
『少女少年』第一期最終ページにおける青野るりの「イメチェン」は、
そのことを鮮やかに象徴している。
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