先週の「裏主張」について12月10日、
求是さんから次のようなご意見を掲示板にていただきました。 今週の裏主張読みました。 ご指摘ありがとうございます。 確かに前回の裏主張は、 「ソドミー」・「ソドミータ」といった言葉の由来について、 きちんとした説明もしないままに 「俗説」の一言で片付けてしまう 軽率なものでした。 読者のみなさまに深くお詫び申し上げます。 ただ、 ロトの家に押しかけたソドムの町の人々が 同性愛者であったとは 断定できないのではないかと僕は考えております。 また、 ソドムの町が同性愛を理由として滅ぼされたという説が 間違っているという僕の考えも やはり変わることはありません。 今回は、 「ロトの家に押しかけたソドムの町の人々は 本当に同性愛者だったのか」という問題と 「ソドムの町は本当に同性愛ゆえに滅ぼされたのか」という問題とを 前回より深く突っ込んで考えてみたいと思います。 (1)ロトの家に押しかけたソドムの町の人々は同性愛者だったのか。 求是さんによりますと、 日本聖書刊行会版の新改訳聖書では 「ここに連れ出せ。 彼らをよく知りたいのだ」となっている部分が、 zondervan BIBLE publishers版聖書では “Bring them out to us so that we can have sex with them”と なっているということです。 こういうときは、 直接原典にあたってみるより他ありません。 『旧約聖書』の原典は古代ヘブライ語聖書です。 これを見ると、 それぞれの部分の原典は次の通りであったことがわかります。 ホツィエム エレーヌ ヴェネドゥアー オタム(ヘブライ語がワープロでは出ないので、カタカナで表記させていただきます) 逐語訳していきます。 「ホツィエム」とは、 主体が一人の男性であるときに使う、 「外へ出す」という意味の言葉の命令形と、 「ム」という、 語尾につける接尾語との複合語。 「エレーヌ」とは、 「~に」という意味の前置詞である「エル」と 「エーヌ」という接尾語との複合語。 「ヴェネドゥアー」とは、 「そして」という意味の接続詞である「ヴェ」と、 主体が「私たち」であるときに使う、 「知る」という意味の動詞「ヤダー」の願望形・「ネドゥアー」との 複合語。 そして「オタム」とは、 「~を」をという意味の前置詞である「オタ」と、 語尾に付ける接尾語である「ム」との複合語 ……だそうです。 ですから、 直訳すると次のようになるかと思います。 おまえ(=ロト)は(来た連中を)外へ出せ。 このように見ていきますと、 zondervan BIBLE publishers版聖書よりむしろ 日本聖書刊行会版新改訳聖書の方が 原典に忠実であることがわかります。 ただここで問題になるのが、 「知る」という意味の動詞である「ヤダー」という言葉は 単に「知る」というだけではなく、 「(肉体的に)知る」という意味で使われることも あるのだということです。 この場合、 「彼らを外に連れ出せ。 私たちはその者たちについてよく知りたい」 という意味にも取れますし、 「彼らを外に連れ出せ。 私たちはその者たちとセックスがしたい」という意味にも 取れないわけではありません。 もし前者ならロトは、 自分の迎え入れた客人を ソドムの人たちの尋問(と称するおそらくリンチ)から守るために 自分の娘を差し出そうとしたということになります。 もし後者なら、 自分の迎え入れた客人を強姦しようとする ソドムの人たちの性欲を静めるために 自分の娘を差し出そうとしたことになるでしょう。 日本聖書刊行会版新改訳聖書と zondervan BIBLE publishers版聖書との違いは この点をめぐる解釈の違いなのです。 少なくとも、 聖書の他の箇所に、 この暴行未遂事件について 同性愛的性格があったと主張している記述はありません。 ですから僕は、 ロトの家に押しかけてきたソドムの町の人々が 同性愛者であったとは断定できないと思います。 (2)ソドムの町は同性愛ゆえに滅ぼされたのか 「ソドムの町は同性愛ゆえに滅んだ」という説を 僕は支持することはできません。 なぜならソドムの話は、 両者の合意に基づく一般的な同性愛行為について 書かれた話ではないからです。 この話は、 本来ならば大切に迎えて庇護しなければならなかった客人に対して ソドムの人たちが集団暴行を働こうとした話なのです。 たしかに求是さんもご指摘の通り、 ロトの家に押しかけてきた男たちが同性愛者であり、 ロトに対して客人とセックスをさせろと迫っていたのだという説は 否定できないかもしれません。 しかし、 たとえそうだとしても、 それは「同性愛」というよりは むしろ「強姦」の問題です。 相手が同性であろうが異性であろうが、 強姦が悪いことであることは言うまでもありません。 この話は、 合意の上で行なわれる 一般的な同性愛行為の是非については 何も言っていないのです。 ここで『ユダの手紙』を、 求是さんが引用なさったところより少し前の部分から 引用いたします。 (なお、 前回僕は聖書の語句の引用に 日本聖書協会版新共同訳聖書を使用いたしましたが、 今回は求是さんのお使いになった 日本聖書刊行会版新改訳聖書を 使用させていただきます。 ただし、 『旧約聖書続編』(カトリックの第二聖典)につきましては、 日本聖書協会版新共同訳聖書を 使用させていただきます)。 主は、 これをご覧になればおわかりいただけると思いますが、 「好色にふけり、 不自然な肉欲を追い求めた」のは ソドムだけではありません。 ゴモラや周辺の町々も そうであったと書いてあるのです。 また、 これは非常に重要なことなのですが、 「好色」や「不自然な肉欲」とは 具体的にどのような行為を指しているのか、 ここには何も書かれていません。 もちろん、 それを同性愛と確定することもできません〔注1〕。 さて、 堕落した天使の例を持ち出している点でも 『ユダの手紙』と非常によく似ている 『ペテロの手紙 第二』では 次のように書かれています。 神は、 これを見れば、 ソドムの町の人々の退廃に、 ロトは(ある一時ではなく)継続的に悩まされていたことが わかります。 ソドムだけではなく ゴモラやその周辺の町々も 「好色にふけり、 不自然な肉欲を追い求め」ていたのだという記述と総合しますと、 『ユダの手紙』で書かれている 「好色にふけり、不自然な肉欲を追い求めた」というのは、 ソドムの町の男たちが ロトの家に押しかけてきたその時のことを指しているとは 考えにくいことがわかります。 「好色にふけり、不自然な肉欲を追い求めた」というのは、 神が調査のために天使を派遣するきっかけとなった ソドムの住民全体の道徳的退廃の一例と見るのが 妥当ではないでしょうか。 そもそも神は、 ロトの事件の以前から、 すでにソドムを罰することを 考えていたのです(『創世記』18・17~33)。 ソドムの町が滅んだ説明としては、 次の4つが挙げられるかと思います。 その1.ソドムの町が滅びたのは、 神が調査のために天使を派遣するきっかけとなった ソドムの住民全体の道徳的退廃のせいである その2.ソドムの町が滅びたのは、 ソドムの男たちが天使たちに セックスを強要(または暴行)しようとしたからである その3.ソドムの町が滅びたのは、 ソドムの男たちが天使たちと 同性同士でセックスをしようとしたからである その4.ソドムの町が滅びたのは、 ロトを除くソドムの人たちが 神に遣わされた訪問者たちを邪険に扱ったからである 当たり前のことですが、 「その2」と「その3」とは同一問題ではありません。 「その3」は確かに同性愛の問題ですが、 「その2」は強姦(または暴行)の問題です。 どう考えても僕には、 「その1」や「その2」の説明の方が はるかに納得しやすいのですが、 なぜか世間的には「その3」ばかりが 強調されているように思われてなりません。 『ユダの手紙』や『ペテロの手紙 第二』の記述は、 「その1」を裏付ける有力な証拠だと思います。 その他、 「その1」を根拠付けるものには、 前回あげた『旧約聖書』の『エゼキエル書』の他に 次のような史料があります。 主は、 『旧約聖書続編』は、 紀元前3世紀から紀元1世紀の間に成立した ユダヤ教の宗教的文章です。 カトリックでは「第二聖典」として重視されていますが、 プロテスタントの間には その権威を認めない宗派もあります。 しかし、 当時のユダヤ人がソドムの滅亡について どのように認識していたかをよく示す文章であることは 間違いありません。 「その4」については 意外に思う方がいらっしゃるかもしれませんが、 どうやらイエス=キリストは 「その4」の理由で理解していたようなふしがあるのです。 どんな町や村にはいっても、 町にはいっても、 また、 『旧約聖書続編』の『知恵の書』にも、 「その4」の説を補強する記述があります。 罰が罪人たちの上に下った。 訪問者を冷遇したことが 町が滅ぼされるほどの罪なのかと思う方は 多いと思います。 しかし、 古代世界には 大都市以外には宿屋などほとんどなく (事実、ソドムにきた天使たちも最初は野宿を覚悟していた)、 旅行者たちは 住民の善意ある歓待に 頼らざるを得ませんでした (ジョン=ボズウェル『キリスト教と同性愛』 国文社 113ページ参照)。 訪問者を冷遇することが いかに大きな罪とみなされていたのかは、 『旧約聖書』の次の記述をご覧になれば うかがい知ることができるでしょう。 アモン人とモアブ人は よく考えてみますと、 ロトは自分の迎え入れた旅人を (強姦または暴行から)助けるために、 自分の娘を差し出そうとしたのです。 これを見る限り、 当時の倫理観では「性的貞操」などよりも 「旅人をもてなすこと」の方が ずっと大事だったのだとも考えることができます。 さて、 その他さまざまな聖書の箇所で ソドムは悪の象徴として描かれていますが、 ソドムの住民の罪を同性愛だと特定している箇所は 一つたりともないのです。 またその聖書の中でも、 ソドム滅亡の話がある 『創世記』の成立から時代を隔てて成立したものほど (『ユダの手紙』や『ペテロの手紙 第二』)、 ソドムの滅亡と「性的退廃」(同性愛であるとは書かれていないが)とを 結びつける傾向があることも 注目に値します。 以上を踏まえて考える限り、 「ソドムの町は同性愛がはびこったので滅亡したのだ」という説は、 後の時代に作られた俗説であると 考えるのが妥当でしょう。 そして、 たとえ同性愛とソドム滅亡との間に 関連性があるのだとしても、 それは今挙げた 「その1」・「その2」・「その4」の理由に 付随する問題にすぎなかったと考えられます。 〔注1〕『ユダの手紙』の新改訳(日本聖書刊行会版)は、 最後に、 アメリカの首都・ワシントンで開かれた学会で、 ある神学者が行なったスピーチの最初の部分を引用して、 この文章を締めくくらせていただきます。 私は今日、 【参考文献】 ジョン=ボズウェル(大越愛子・下田立行訳)『キリスト教と同性愛―1~14世紀のゲイ・ピープル』、国文社、1990年。 ジェフリー=S=サイカー編(森本あんり監訳)『キリスト教は同性愛を受け入れられるか』、日本キリスト教団出版局、2002年。 (『鈴木邦男をぶっ飛ばせ!』「酒井徹の今週の裏主張」No.17より転載) 【関連記事】 西洋における男性同性愛者観の移り変わり
by imadegawatuusin
| 2002-12-16 03:04
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名前:酒井徹
生まれた日:昭和58(西暦1983)年8月22日 世わい:40歳 住みか:〒454-0013 日本国愛知県名古屋市中川区八熊一丁目12番6号 明治第4ビルディング205号 電話番号:070-4531-5528 電子郵件宛先:sakaitooru19830822@gmail.com ミニブログ(微網誌):https://twitter.com/SAKAI_Tooru カテゴリ
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